第百六話 イリスの先輩の定義

 何とも素直に嬉しいとも言い難い空気の中、それ以降は今回の結果に対して文句を言う勇者バカは出てくることは無く……というかCクラス合格者の大半は事前情報や目の前のミリアさんの実力から、この人の言う贔屓というのが直訳スパルタである事を正しく理解出来ているから、むしろ俺に同情的な視線まで寄越して来た。

 ……サンクス……お前らは長生きするだろうな。

 そんな連中の中から一人の女性、弓使いのキャナリが俺に声をかけて来た。


「ギラル、今回はその……色々とありがと。何か凄く……勉強になったわ」

「んあ? そうっスか? キャナリさん腕っぷしに限っちゃ最初から十分実力があったじゃん」

「キャナリ……で良いよ。同じCクラスなんだからさ」


 そう言ってニッと笑って見せる彼女には最初の頃の刺々しさなく、それは彼女のパーティ『血塗れの剣』全体にも言えて自然体な爽やかさがにじみ出ていた。

 本来の彼女たちはそんなパーティだったんだと分かる。


「アンタがフリーだったら遠慮なくパーティに誘うとこなんだけどね……既に私らじゃ太刀打ちできないお仲間がいるみたいだし……残念ながら」


 チラッと隣のカチーナさんに視線を送ってキャナリはクスリと笑った。


「……それは光栄だキャナリ。いつか機会があれば一緒に依頼を受ける時もあるかもだから……そんときゃ宜しく頼むぜ」

「ふふ……そうね。その時は是非とも今回よりは余裕のある仕事で一緒したいね」

「違いない」


 二人してそう笑い合い、同時に上げた手の平をパシンと合わせた。

 冒険者は世知辛く危険な仕事……こんなやり取りが出来た友人と次の機会には死別している事だって珍しくはない。

 だが個人的にはキャナリ程俯瞰で観察できる人物がいれば次の機会も多そうな気はする。

 近接戦専門の仲間が多い『血塗れの剣』の中でキャナリの役割は本当に貴重だし、何なら唯一の射手である彼女が戦闘を組み立てる機会も多そうだ。

 コレから連中がどんな成長を遂げるかを考えると……楽しみでもあるが、負けてられないという想いも湧きかがって来る。

 一期一会……神様が教えてくれた人との出会いの一つ一つを大切に、俺はそんな想いを今日友人になったキャナリに勝手に抱くのであった。


 それから続々とギルドから帰って行く本日の受験者たち。

 あれ程混雑していたギルドホールが次第に閑散としていくのがちょっと寂しい気分にもなるけど、そんな中で近付いて来たのは魔導士のロッツである。

 やはり合格して嬉しいのだろう、その表情は分かりやすく喜色に彩られている。


「よ! お互いCランク昇格おめでとうってとこだな、最優秀合格者のギラル」

「……あんまり言うなよ。正直最優秀とか言われても俺自身が一番ピンと来てないし」

「な~に言ってんだか……『剛腕のミリア』を下したヤツ以外の誰がてっぺんだってんだ」


 そう言って肩を組んでくるロッツ……何というかやっぱり合格して浮かれているのか行動がいつもよりテンション高いなコイツ。

 今後を考えるとこのテンションもいつまで続くか分かったもんじゃね~けど。


「今回の勝利はお前らが一緒だったからのもんで、その資格はお前らにだってあるだろうが。実際に俺一人でミリアさんにダメージ通すだけの威力は産めなかったし、大体にして最後の一撃はお前との合体技じゃん」


 切れ味抜きの『風刃閃』による強制射出、それが無ければあの威力は無かったのだから手柄の半分はロッツにもあってしかるべきとは思うんだが……。

 しかしロッツは露骨に「チチチ」と指一本で否定してくる。


「お前は意外と自分の評価が低いよな~。あの場では間違いなくお前がいたからこその勝利であって、残念だがあの場にいたのが俺たちじゃ無かったとしてもお前は何らかの形で切り抜けていたハズだ」

「買いかぶり過ぎだぜ父さん」

「誰が父さんか……」


 あの場で最大の攻撃力を発揮できた今回の即興パーティを引き当てたのは単純に運が良かったとも言えるが……多分この組み分けはギルド側の思惑があったんだろうと予測する。

 全力で、ギリギリの実力を引き出し色々と複雑な人間関係、心理等を考慮して……。

 俺は間違いなくミリアさんからの免許皆伝的な事だっただろうが、こいつに関しては多分“あっち方面の覚悟”を含めた諸々の試験……。


「そんな事よかロッツ、早いとこ愛しのリーダーにご報告しなくて良いのか? 念願の昇格を果たした事をよ」

「そうだな………………って!? ななな何だよ愛しのって!? 俺たちは別にそんな関係じゃね~っての!?」


 ……おや? ちょっとしたからかいのつもりだったのに思いのほか過敏な反応が?

 パーティ内でのギブアンドテイクな関係……そんな風にロッツは言ってたっポイのに。


「いやだって、お前リーダーにあっちの世話になったとか何とか……」

「…………あの人にとって俺はまだまだヒヨッコだ。お情けで可愛がって貰ったくらいで彼氏面で隣に立てるほどの実力も財力も無~よ」

「…………」

「その……あの人にとって俺は丁度いい遊び相手ぐらいだから、そんな事おくびにでも出したらコレから相手して貰えなくなると思うと外面的にはそう言っとくしか無くて…………スマン、察してくれ」


 ナニイッテンダコイツ?

 俺の気持ちは完全に顔に出ていたようで、ロッツはきまり悪げにボソボソと言い訳めいた事まで言い始める。

 え~~~~っと? つまり整理すると……先輩に娼館に誘われた時に“私が相手してあげようか?”と憧れの人が言ってくれたからこれ幸いとそんな関係になり、でもその人と自分は釣り合ってないからライトな関係を装って今の状態であると?

 何となく視線を感じてギルドの受付を向けば、既に通常業務に戻ったミリアさんがおそらく現在の俺と同じような呆れた顔つきでこっちを見ていた。

 どうやらミリアさんも今の話を聞いていたらしい。


*視線だけの会話

『……もう放っておきなさい』

『そうする……』


 何とも心底くだらない事で以心伝心してしまうのが虚しい。

 単純に言えば相思相愛のクセして告白の前にそっちを済ませてしまったせいですれ違っているとか……どこの官能小説か!?

 俺は何かもうイラっとしてロッツの脳天に拳骨を落した。


ゴキ!!

「イデ!? なにすん……」

「やかましい鈍感野郎! さっさと報告に行け!! んでもって墓場に直行しろバカタレが!!」

「んだよ墓場とか冒険者に縁起の悪い事を……」


 俺にブツブツ言いながら帰っていたロッツが俺の言葉の真意を知るのはそれから数時間後の事。

 後日“自分の子を妊娠した”というリーダーの報告に喜び有頂天になったロッツはその場でプロポーズをするという……何ともその手の修羅場で男として百点の最高な答えを返す事になるのだが……まあそれはヤツの物語という事で。



 んで……粗方の冒険者たちがいなくなりギルドホールも大分閑散としてきたな~と思えば、ホールの隅に淀んだ空気が立ち込めていた。

 本来俺には見えるはずもない“邪気”が見えたんじゃないかってくらいにどんよりとした空気を纏い体育座りで蹲っているリリーさんによって。


「うお!? 暗!!」

「あ~……やはりこうなってしまいましたか」

「シエルさん?」


 普段陽気な方のリリーさんの現状に驚く俺とは違って困り顔でそう言うのは親友の聖女シエルさん。

 その物言いじゃこの状態は初めてではないって事みたいだけど……。 


「やっぱりって?」

「以前にも話しましたが、リリーは魔法量は申し分なくても放出する事に難があり狙撃杖と出会うまでは色々な方法を模索していまして……結構資格マニア的な面があるんです」

「資格マニア……」

「ええ、初級的な事を言えば言語、剣技、事務、農耕、魔術で言えば属性も関係なく数多く……だからこそ自分に才が無く上に行けないと判断した時は見切るのが早く落ち込む事も無いのですよ」


 何とか自分にとって役立つ事を模索しようとした結果あらゆる事を試したとは聞いていたけど、そこまで色々な事をやっていたとは……。

 個人的には古代亜人種言語を解読できるだけでも相当だと思っていたのに。


「だからこそ、今回のように自分の力が及ばないのではない、自身の不備のせいで不合格になった時は自己嫌悪を覚えて落ち込むんですよ、あの娘」

「あ~~~~……なるほど」


 及ばなかったなら次に力を付けて挑めばいい、無い能力なら潔く諦める。

 しかし自分には力があったのに準備不足、ケアレスミスでの不合格は完全に自分の落ち度であると落ち込んでしまうと……。

 今回はくじ運の悪さが大きいが、結局は根っこが真面目な人だって事なんだよな。

 そう思っているとリリーさんの妹分にして元同僚のイリスがひょっこりと顔を出した。

 ちなみに本日の試験で相当活躍してくれた彼女ではあるが、やはり教会関係者は試験の加点には含まれず、彼女たちも教会の協力者というだけでギルド的な特典は無いらしい。

 あれ程の活躍が出来る連中だ、ギルドサイドとしてはそれこそCクラスでも与えたいほどじゃ無かろうか? とも思うがな。


「仕方がありませんね、今晩は我々昔馴染みの出番です。リリー姉の慰め役は私たちにお任せ下さい」

「そうか……すまないが頼まれてくれるか? 正直あんなに落ち込んだリリーさんを見たのは初めてだしよ」

「はい! 明日までにはしっかり立ち直らせておきますので、ギラル先輩たちは今夜は合格の喜びを存分に分かち合ってください。それでは!」


 そう言ってチョコチョコとリリーさんに歩み寄り、自然な感じに横に一緒になって座るイリスに……何とも言えない気分になる。

 何か……端から見たら本当に姉妹のようだよな。

 そう思っているとシエルさんが微笑を浮かべてこっちを見ていた。


「……ギラルさん、随分とイリスに気に入られたようですね」

「そうなの?」

「ええ、あの娘にとって“先輩”とは“師”と同義。技を、志を、目で盗む価値を見出した人物に対する尊称ですからね」

「あ……ああなるほど」


 考えてみれば現在シエルさんもそう呼ばれているし、今回の試験で俺みたいな盗賊に何らかの価値観を見出してくれたというなら……それは光栄と思うべきなのか?

『預言書』の『最後の聖女』にそう思われるのは良いのか分からんが。


「だったら……リリーさんはどうなるっスか? 実力を補う為にあらゆる方法を模索する姿勢ってのは正に彼女にとって先輩枠にはまる気がするけど」

「それはそれ、あの娘にとってリリーが“お姉ちゃんでいて欲しい枠”なんでしょう。自分が妹ポジションに収まるために」

「あ~~~~納得」


 どんよりと落ち込むリリーさんの横に座ってよしよしするイリスの姿に違和感はない。

 今は邪魔しないでおこうと思うのみである。


「カチーナさん、お言葉に甘えて今日は俺らだけで祝勝会と行きますか」

「そう……ですね。シエルさん、それでは親友のケアをお願い致します。今日はしばらくはいつもの酒場にいますので」

「今日は待たなくても良いですよ~。リリーが立ち直るのは翌朝というのが定番の流れですから」


                 *


「元気だしなよリリー姉。実力が不足していたワケじゃないんだし」

「実力が足りていたから余計に落ち込むんでしょ…………しばらくほっといて」

「やれやれ……そういうとこは教会を出ても変わらないね。少し安心したよ」


 そしてしばらくの間、よどんだ空気の塊はギルドホール隅に居座る事になった。

 後輩の聖女見習いに頭をペシペシやられながら。

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