第百五話 上がる者、落ちる者

 前回の昇格試験は合格者0と言う珍事があった為、合格発表も『合格者なし』とだけ記されたシンプルな物だったが、今回はしっかりと数名の合格者がいるようで何行かに渡って人名の様なモノが書かれているのが分かり、盗賊で遠くを見る訓練を普段からしている俺は慌てて下を向いた。


「ギラル君?」

「……こういうのってやっぱり目の前に行って確認するべきでだよね? 俺の場合こっからでも目を凝らせば見えちゃうからさ、俺はしばらく下を向いておく」

「君はお仕事中は凄まじい度胸を発揮するのにこういう時は結構ナイーブなんですね」


 カチーナさんに若干呆れたように言われてしまう……ほっといてちょうだい。

 どうにもこういった結果が確定していない事を見る瞬間というのは腹のあたりがキュとなってしまうのだ。

 

「逆にカチーナさんは落ち着いたもんだね? 試験の結果発表とかは緊張しない方だったとか?」

「……う~む、以前学園に通っていた時など私の場合は性別が違うというシークレットがあったからな~。それに試験は合格で当たり前、成績はトップで当然みたいな実家の意向に沿う事だけで……今回のように不合格しても全て自己完結できるというのは逆に気が楽だったりするね」

「……すみません、この程度のプレッシャーで腹痛起こしてすみません」


 結果を自分だけで済ます事が出来る、しかも今回に限ってはギルド監修で命の危険さえ最小限何だから……ファークス家という地獄でどっちにしても癇に障る不毛の中ででも好成績を保ってきたカチーナさんには愚問でしかなかった。

 しかし尚も躊躇する俺を「仕方ないな」とカチーナさんは軽く手を握って誘導してくれる…………コレでは本当に保護者に付き添われた子供のようだ。


「何を謝っているんだか……私がここで昇格試験を受けているというのがどれほどあり得ない事だったと思っているんですか? 私自身合格を目指すのは当たり前でしたが、ここまでのびやかに試験を受けた記憶は今まで無かった事ですよ?」

「……んえ?」

「君が私を破滅の道から盗み出してくれたからこそ、試験の最中であるにも関わらず、私は腐りかけていた他の連中に喝を入れてやろうとか考えてしまう余裕が生まれてしまいました。だからこそ今回のギルドの意図した本当の課題も見えたのですよ……以前のファークス家長男であった私では見えなかった事」


 そう言ってカチーナさんはクスリと笑った。


「教えてくれたのは貴方ですよ? だからまあ落ちたら落ちたで仕方がない、君が落ちたら慰めてあげますし、私が落ちたら慰めて下さい」

「……二人して落ちたら?」

「その時はトコトンやけ酒いたしましょう!」


 男前な事を物凄い美しい笑顔で言い切るカチーナさんに引っ張られて、俺たちは張り出された合格者を掲載された掲示板前まで来た。

 どうでもいいが今朝までカチーナさんの事を過剰に意識していたのに今は別の緊張のせいで手を引かれている事に今更気が付いた。

 既に確認した連中の中には「やった~~~~」と興奮気味に舞い上がる奴もいれば「またかよ……」とうなだれる結果を全身で体現している者もいる。

 そんな中で合格者を下から確認する俺は見知った名前を見付けた。


“血塗れの剣所属 弓使い キャナリ”


「あ、あ、あ、あったああああああああ!!」


 分かりやすい程に分かりやすい歓喜の声……見れば彼女は同じパーティの連中と抱き合って喜びを爆発させている。

 どうやら今回の試験でキャナリの所属する『血塗れの剣』は全員がⅭランク昇格を果たしたらしく、カチーナさんに指導を受けた野郎に至っては「感謝します隊長おおおおおお!」などと吠えている……。

 妙なもんで試験前の態度でヤツ等は誰かが不正行為の罠に引っかかると思っていたのに、あの様子では誰一人掛からなかったらしいな。

 意外と根は真面目なヤツ等だったんだな……。


“アマルガム所属 魔導士 ロッツ”


「よっし!!」


 そのタイミングでガッツポーズをするヤツの姿に何故か俺はホッとする。

 何となく今回に限っては自分が落ちていてもコイツには絶対に合格してもらいたいとすら思っていたからな。

 これから本当の試練が待っている同期としては……な。

 そして辿って行くとまたもやよく知っている名前が目に留まる。

“無所属 剣士 カチーナ”


「お、合格ですね。さすがにホッとしました……」


 言葉のワリにはどこか余裕のある微笑みのカチーナさん。

 彼女は既に貴族籍としては死亡扱いで家名を名乗っていないから純粋に名前は“カチーナ”でしかない。

 そう考えると今回は剣士カチーナとして初めての昇格……カルロスという偽りの過去に関係なく実力で手にした、王国軍っぽく言えば出世なんだよな~。

 そんな風に嬉しく思いつつ合格者を更に上に視線を向けて行き……そろそろで全員の名前が終わると思い、今回はダメだったかな? とすら思い始めたのだが…………俺は自分がこの世で最もよく知るなじみ深い名前を何故か、本当に何故なのか合格者一覧の一番上で見つけた。

“最優秀合格者 無所属 盗賊 ギラル”


「……………………は?」

「いや~本当にホッとしましたよ。パートナーが最優秀で合格しているのに不合格だったらどうしようかと……何か決定的なミスでも無かっただろうかとヒヤヒヤしました」


 カチーナさんが言う“ホッとした”の意味がこの時点になってようやくわかった。

 彼女は普通に上から確認した事で真っ先に俺の名前を見付けていたから“自分は大丈夫か”という意識で見ていたのだろう。

 下から見ていた俺と違って……。


「…………」

「……あれ? どうしたんですギラル君? 合格ですよ~嬉しく無いのですか?」

「……あ、ああ……いや嬉しいんだけど」


 合格は確かに喜ばしい……コレからⅭランクを名乗れるなら仕事の幅は広がるし、何より身分証として国境も超える事ができるようになる。

 しかし自分の名前がそんな感じに晒されているという事に何とも違和感が先走って、素直に喜ぶことが……。

 最優秀合格というのは言ってしまえば今回最初の格付けのようなもの……今回合格のⅭランクで最も出来るヤツの称号になるので、当然今後の仕事にも関わって来るのだ。

 そんな称号を盗賊で元は『真っ二つで死ぬ《ハーフデッド》』のハズの俺が??

 俺がそんな風に戸惑っていると、さっきまで酒盛りをしていたガラの悪い男の一人が怒鳴り声を上げた。

 アイツは……確かリリーさんのパーティに“なるハズだった”ヤツだな……。


「んだと!? 指示通りに『闇色の花』を最短で持って来た俺が不合格なのにこんなヒョロイ野郎が最優秀で合格!? ふざけんじゃねえ!!」


 酔いに任せて自身の不合格が納得いかないとばかりに受付に戻ろうとしたヴァネッサさんに因縁をつけ始める男。

 そんな様子に元々ギルドの美人受付として男共を中心に人気の高いヴァネッサさんの危機かと剣呑な空気が立ち込めるが……そんな風に威圧されてもヴァネッサさんは一つも怯む様子もなく冷静な瞳を返した。


「厳正なる審査の結果で貴方は相応しくないという結論に至ったまでです」

「な……なんだと!?」

「こちらは最初から用意したパーティでの攻略を条件としていたハズです。納品の早さを引き合いに出した覚えはありませんが?」


 恫喝したつもりが逆に威圧し返されている。

 まあそりゃそうだ、あの人は荒くれ共が集うギルドで長年受付嬢をこなしているんだからな……半端な恫喝程度で怯むような胆力はしていない。

 セクシーで華奢に見えても彼女だってプロの一人なんだからな。

 更にヴァネッサさんは冷ややかな目で酔っぱらいに不合格の理由を列挙していく。


「更に貴方はその『闇色の花』をどうやって手に入れましたか? こちらの情報では貴方がたは『深闇の森』に立ち入ってもいないようですが? 街での購入を厳禁されていた状態で手に入れられる方法は限られていると推察しますが?」

「……な!?」


 男はその言葉に驚きを見せた。

 それは“何故知っている”という類のモノじゃなく、“何でそこを指摘する?”という類のもの。

 見ると不合格に不満気な顔をしていた何人かも似たような表情をしていた。

 つまりコイツ等はギルドが唆した言葉を真に受けた“誰かから略奪した”ヤツ等という事なのだろう。

 案の定酔っぱらい共はワケが分からないとばかりに声を荒げ始める。


「て、てめえらギルドは入手方法に感知しないって言ってたじゃねぇか!?」 

「そ、そうだそうだ! 自分たちで唆す事しといて今更になってソコを指摘するとかふざけんじゃ……」

「あら? ご存じないのですか? 人の物を奪う行為は窃盗、力で無理やり取るのは強盗という立派な犯罪行為ですが? ギルドサイドは確かに入手方法を決めるのは本人たちにお任せいたしましたが犯罪者に加担するような非合法な組織ではございません」

「な……!?」

「ギルドのⅭランクには相応の責任が付随します。誰かに言われたから犯罪行為を容認するような人物にそのような称号を認めるほど甘くは無いのですよ」


 それは完全なる正論、ギルドサイドが仕掛けたとか以前に引っかかった時点で失格にされる事に頭が回らない方が悪い。

 簡単な話でこれでこの先ギルド職員やあるいは依頼者が“目零すから、許可するから”などと甘言をして犯罪行為を実行する事になればそれこそ終わりだ。

 ……何か向こうの方でキャナリたち『血塗れの剣』の連中が心からホッとしている姿が印象的である。

 分かりやすく“やらなくて良かった”と顔に書いてあったから。

 うんうん、そこで留まれたのは君らの美徳であるよ。


「そして決定的な事は今回の試験でギルドが注目したのは即興での組織力、適応力です。冒険者ともなればあらゆる依頼があり、色々な人間と交流する事になります。依頼者が嫌いな者であっても護衛対象が気に喰わなくても、仕事仲間が憎らしくてもプロとして仕事に徹する事に重きを置いたのです。そのギルド側の意図を合格者である皆さんは分かっていらっしゃいます。自分達のみで早々と戻って来た誰かとは違って……」

「な……そ……!?」


 ヴァネッサさんのいつもの気安い雰囲気とはかけ離れた理路整然とした口調に、高圧的だった酔っぱらいのオッサンの方が気圧されて行く。

 それ以外にも不満気な顔をしていた不合格者の連中も押し黙って行く中、唯一リリーさんが悔し気な顔で頭を掻いて言う。


「つまり……即席パーティと戻らなかった時点で失格だったって事よね?」

「あ~~~……リリーさん。貴女の合否については実は最後まで迷ったところでしたが……何せ指定された連中は勝手にいなくなってたった二人でギルドの猛者を3人も撃退して見せたのですから」


 そう言えば合格者の中にリリーさんの名前は無かったな……う~~~ん、という事はつまり、そういう事なんだろう。

 リリーさんの呟きにヴァネッサさんは酔っぱらい共とは違い、表情を崩して苦笑する。


「ただ今回の課題はあくまでも適応力でして……助っ人の教会関係者はあくまでもゲストで合否には含みません。それに元から相性の良いお二人のようですし個々の戦力としては十分な実力を見せていただきましたが……」

「分かってるわよ……今回合格する為にはそいつらの首に縄付けて連行でもすればよかったって事でしょ……」

「ははは……まあ今回はクジ運が悪かったという事で」


 そう言うヴァネッサさんは申し訳なさそうにしている。

 実際リリーさんの実力はシエルさんと共にB、もしくはAクラス相当と言っても過言じゃないだろうが……今回はその強さが合否を決める時じゃ無かったってだけなんだよな。

 バカが仲間の足を引っ張るという典型例にも見えてしまう。


「さて……今回ギルドが最優秀と定めたギラル氏は、なれないパーティであっても即興でチームを組織し、全員に役割を全うさせて現ギルド最強である元Aクラス『剛腕のミリア』をも打ち破って見せたのですよ? 皆さん、それを聞いてもまだご不満が?」


 ザワ!! 一気に驚愕の視線が俺に集まって来た。

 その瞳は2種類で合格したらしき者たちは一様に驚愕に彩られていて、不合格になった一部の者たちは露骨に見下した“気に入らない”という目をしていた。

 そんな中でも最も俺の事を見下し、不満を抱いていたのは……やはり件の酔っぱらい冒険者だった。


「ハン! 『剛腕のミリア』だと!? 確かヤツは以前同じパーティでコイツの保護者だった女じゃね~か!? なんだおい、ギルドってのは何時からママのお世話にならないと一人立ち出来ねーような保育所になっちまったんだ!?」

「そうだそうだ! ボクちゃんがママの七光りでワザと負けて貰ったってんだろどうせ! 恥ずかしくね~のか~~~?」


 そう言って今度は俺に恫喝紛いの因縁を付けて来るヤツ等は自分たち以外がこの場で同調すらしていないという事に気が付いていない。

 自分達が今とんでもない地雷を踏みに来ている事を……。

 俺はそんな哀れな酔っぱらいのオッサンに、親切百%で言ってやる。


「……言いたい事は分かったけどオッサン、とりあえずまともに右で受けない方が良いと思うぜ?」

「あ?」


 ゴキイ!!

 唐突にギルドホールに響く鈍く嫌な音……さすがに酔っていても腐っても冒険者、咄嗟に反応は出来たようだけど、俺のアドバイスを実践できる実力は無かったのか真っ正面から受けやがったな。

 自分の懐に入り込んだ“もう一人の受付嬢”の拳を……。

 拳を受けた右腕が変な方向に曲がる……その様を目撃した瞬間、右腕が折れた事を自覚した男はようやく激痛を自覚した。


「あ……あ! ああ!! あがああああああああ!!!」

「あら? おかしいですね……私の息子は同様に右腕をへし折られても痛がっているなんて悠長な事はせず、即座に残った左腕で反撃しましたよ?」


 瞬間に脂汗を噴き出させて叫び出す男に構わず、今度は反対方向にスルリと移動して自らの自重をしっかりと乗せた拳を下から肝臓に突き刺した。


ボゴ! 「ゲグウ!?」

「何しろ、そうしないとこんな風に追撃がありますからね」


 涼しい顔で大柄の酔っぱらい男を気絶させたもう一人の受付嬢ミリアさんは何でもない事のように、主に不合格に不満を述べていた連中を見渡した。


「さあ……皆さん? 確かに私は元保護者として彼に特別扱いをしたかもしれません……全力で叩き潰すという特別扱いを。貴方方がその事にご不満であれば、僭越ながら彼と同じ特別扱いをジックリと堪能していただこうかと思いますが……いかがでしょう?」


 その顔はいつもと同じで優し気であるのに……視線を合わせる者は誰もいない。

 実に静かで恐ろしい……さっきの酔っぱらいなど比較にならない程の恫喝であった。

 息子自慢に『右腕を折られても』の件があったのも大きい……痛みを介する暇があるなら次の行動に移れとか……贔屓されて甘やかす様な者の口からは出ないしな。


「では皆さんから異論は無いようですので……ギラル君、Cランク最優秀合格おめでとう」

「……やめろよカアちゃん、恥ずかしいだろ?」


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