第百四話 桜は咲くか散るか……
正直な話、昇格試験でのギルドの意地の悪さを考えればミリアさんの言った『これ以上の事は無い』の言葉を信じて良いのかは微妙な所だったのだが、ふたを開けてみればその言葉に偽りは無く、その後は『闇色の花』の群生地まで妨害も何もなく進む事が出来た。
そして日が傾いて来た頃、ギルドまで戻って試験内容の『闇色の花』の納品を済ませた俺たちは一斉に溜息を吐いて崩れ落ちた。
「は~~~~~終わった。結果は分からないけど何はともあれ課題は終了したな」
「闇色の花を一人頭五本、間違いなく持って来たし水気にも気を使ってしおれてないんだから大丈夫だろ? ……前と違って」
「そうね……前の試験じゃ“終わった~”って思った瞬間に最後の罠があったから気が気じゃ無かったけどね」
ロッツとキャナリの前回受験者の棘ありまくりな言葉を俺は聞こえないふりをしつつ、ギルド内の受付ホールを見渡してみた。
そうすると俺たち以外にも既に戻っている受験者たちもいて、妙にボロボロなのもいれば小奇麗な格好のまま余裕で談笑している奴らもいる。
そして当然と言えば当然だが、朝いた全員がこの場に戻っているワケでは無かった。
そんな中、見知った顔の女性が一人、何故かガラの悪そうな屈強な男共が直立する前で号令をかけていた。
「皆、本日はご苦労であった! 任務成功の結果は貴様らが奮闘した結果である事は間違いない! よくやった!!」
「「「サーイエッサー!!」」」
「たった数時間の付き合いで会ったが仕事を遂行できるお前らは既にゴミムシを卒業した! 一介の戦士である!! 胸を張るがいい我が同胞どもよ!!」
「た、隊長!」
「たいちょう!!」
「光栄であります!!」
そしてむせび泣きつつ敬礼する男共の一人は、確か数時間前に俺の事をバカにしていたキャナリさんのお仲間の一人だったはずだが……自分の仲間の豹変ぶりにキャナリさんも鈍引きしている。
とりあえず俺は状況が飲み込めず……件の隊長さんに声をかける事にした。
「……何してるんっスか、カチーナさん?」
「あ、ギラル君戻って来たのだな。なに、コイツ等は同じパーティだったのだが昇格試験に連敗していた事で腐っていたから古巣のやり口で少々躾をね……」
「古巣……ああ……」
カチーナさんの古巣と言えば男として生きていた頃の前職、王国軍……要するに軍人式で連中の鍛え直したという事か。
元々隊長すら務めた彼女には“この手の”やり口はお手の物なのだろう。
「こちらのルートには強敵ではあったがミリアさんはいなかったから君の方を心配していたよ……多分そっちだろうなってね」
「ああ、それは予想通りにこっちだったよ……何とか撃退出来たけどさ」
「勝ったのですか!? それは凄い!!」
今回の試験でミリアさんが間違いなく俺の即席パーティを担当するのは予想が付いていたらしいカチーナさんはその辺も含めて心配してくれていたみたいだ。
まあこの人も一度訓練場でミリアさんに“かまされた”事があったからな……あの強さを実感しているだけに驚きもひとしおなのだろう。
ただ感心してくれる彼女には悪いが、俺としては全く素直には喜べない。
「アレを勝ったって手放しで喜べないな……集団リンチ紛いの戦い方なのにこっちは満身創痍で疲労困憊、実際の仕事だったらあの後魔物の餌になってただろうな……」
変な話だが俺たちは今回『勝った』という感情よりも『生き残った』という感情の方が大きかった気がする。
今回は試験で向こうも戦いやすいようにお膳立てをして、そして何よりも試験官がミリアさんであった事で俺たちは戦う事を選択したワケだが、実戦でミリアさんクラスの猛者が現れたとするなら、俺だったら真っ先に逃亡を考えるだろう。
盗賊が利き腕を複雑骨折させての勝利など願い下げなのだ。
「どうやら相応の犠牲の上での勝利だったようですね。お疲れさまでした……大変ですね、お強い方が母であり師であるとは……」
「本当に……愛が重くてありがたいぜ……」
俺が溜息を吐くのをカチーナさんは苦笑しつつ労ってくれる。
そしてそんなやり取りをしている内に聞き覚えのある声がギルドの出入り口から聞けて来た。
「ふ~~、やっと着いた……。結構手間取ったね」
「ギルドの刺客の方々はレベルが高いですね。襲いかかって来た3人を追い払うので精一杯でしたよ」
「リリー姉!? シエル先輩!!」
現れたのはお疲れの様子でいつもの特殊な魔法杖を抱えたリリーさんと、今回助っ人参戦である聖女エルシエルさん。
二人の姿を認めたイリスが“テテテ”と嬉々として駆け寄って行った。
「うお!? イリスが先にいるって事は…………なんてこった、先を越されたか!」
「ふふふ~! 今日は私の勝ちだねリリー姉!!」
「……別に試験内容は競争では無いでしょうに……全く貴女たちは」
元同僚であり姉貴分であったリリーさんに得意げにドヤるイリスの姿は、何というかさっきまでとは違う年相応の幼さが垣間見えて……こっちの方がホッコリするな。
世話焼きおっとりだけど実は脳筋で最強の長女。
口調は軽いが実は最もクールで……だけど妹には甘い次女。
元気いっぱいで生真面目だが、お姉ちゃんに構って貰いたい三女。
エレメンタルの仲良し三姉妹……的な?
何というか着飾っているワケでもないのに華やか、あの配置にハゲ
無論戦闘力はまだ幼く小さいイリスの方が及ばないものの、それ以外の需要が色々とありそうなのは断然こっちの方だよな。
下手に殺伐とした宗教観の教義で信者を縛るよりか、こういった方向性で資金を集めて行く方が平和的かつ安全だろうに…………俺は精霊神教の見逃しているポテンシャルがもっといっぱいある気がして、実に勿体ないと思ってしまう。
「でも今回は私の方が運が良かっただけね。何しろ今回の組み合わせで一緒のパーティにあの方がいたのですから」
「あの方って……ああギラルか、確かにソレは運が良い」
不意にイリスがそう言って俺の事を指差すと、リリーさんが納得したとばかりに溜息を吐いた。
? 俺がいた程度でそんなに変わるとも思えないんだけど……。
「ギラルは自分の戦闘力以上に全体の力量を把握して組み合わせる視点での立ち回りがピカ一だからね。多分だけど強敵相手にそれぞれが自分の仕事に専念出来たんでしょ?」
「うん、その通り! 私なんていつ潰されてもおかしくなく超接近戦だったのに何度もフォローして貰ったお陰で攻撃に専念できたし」
何か唐突に俺の事を褒め始める二人に、そんな会話にカチーナさんまでがウンウンと頷いていて……やたらと恥ずかしくなってくる。
いや……そう言ってくれるのは嬉しいけど、イリスの認識は少々過大評価である。
今日の立ち回りを鑑みれば確かにフォローはしているけど逆にフォローして貰ってもいる。遠近の組み合わせで相互の戦闘力を組み合わせたからこその集団戦だったんだから、決して最大利用を考えただけの俺が凄いワケじゃ無いのに……。
「今回、私は色々と勉強させてもらいました。魔力の運用がつたなくても結局は使いよう……魔法以外に体術の修練に重きを置いていましたが、ギラルさんの利用できるモノは道具でも人でも利用する概念は我々エレメンタル教会も学ぶべき姿勢なのかもしれません」
「イリスさん……それ司祭とか高僧の前では絶対に口にしてはダメよ。忖度しないと危険思想だって思われますからね」
キラキラした瞳でそういうイリスにシエルさんがため息交じりに釘を刺した。
確かに使えるモノを使うって思想は盗賊には有益だけど聖職者としては利用するのは最低限良しとしても喧伝するのはヤバイ感じだものな。
う~~~~む、前途ある若者の教育に今日の俺は良くなかったんじゃなかろうか?
『預言書』では『最後の聖女』としてどこまでも高潔に描かれていたイリスという少女に要らない汚れを付けてしまったような微妙な気分に俺がなっていると、リリーさんは薄暗い瞳で呟いた。
「……逆に私らは今回不合格かも」
「……え!? 何で!?」
見たところ一緒に帰って来たこの二人は今回の即席パーティで一緒だった事が伺える。
元々親友同志で異端審問官の同僚だった二人は当然連携もバッチリで互いの長所短所も知り尽くしているベストパートナーだ。
俺と組んだイリスよりもこの二人が一緒のパーティだった方が絶対にラッキーだっただろうに……。
しかし俺の驚愕の表情に心情を察したリリーさんが溜息交じりにギルドホールの座席で酒盛りしているガラの悪い連中を指差した。
既に納品も終えて自分たちの合格を疑っていないのか下世話な話で盛り上がっている、頭の悪そうな連中であるが……。
「……アイツらが私らのパーティだったんだけど、最初の集合以降森に入った途端に姿をくらましてね……結果私とシエルの二人だけで試験を受ける事になったのよ」
「制止するヒマもありませんでした。結局二人で戦闘を請け負うしかなくなり……ギルド側が意図したでしょう“緊急時に即興で他人と連携する”って目的からは完全に外れてしまったでしょうから」
「あ~~~……それは……」
それは分かる人には分かる試験でギルドが見定めようとしていた目的の一つ。
冒険者などをやっていると見知らぬ誰か、嫌いなヤツ、全く戦えない護衛対象などあらゆる人物と冒険を共にしないとならない状況に遭遇する。
その状況を如何にきり抜けるかが今回の肝だったと思うのだが……リリーさんたちはその意図が分かる側だけに今回“普段から息の合ったコンビ”の状態で切り抜けてしまった事に不安があるのだろう。
「それにアイツら……『闇色の花』の採取場所に到着するまで一度も遭遇しなかったし、私らよりも先に帰って来た事を考えると『深闇の森』に入ってないんじゃないかな?」
「あ~~~~…………そいつは本当に運が悪い」
森に入っていないのに先に帰って来たという事は試験内容の『闇色の花』を採取以外の方法で手に入れたという事。
朝の話を聞き逃すバカじゃないとするならば、その入手方法はたった一つしかない。
ギルド側の用意したパーティメンバーが連携どころじゃなくスタンドプレー、しかも向こうが用意した罠に引っかかったとするなら……。
「……良い気分で馬鹿笑いしてっけど、ありゃダメだな」
「今回の試験、減点が連帯責任じゃない事を祈るしかないよ。会話すら碌にしないでいなくなったんだから……」
「……ギルド側の慧眼に期待しましょうや」
自分は完ぺきな仕事をしたのに同僚が足を引っ張る……色んな場所でよく聞く話ではあるが、基本自由業のハズの冒険者でもこんな事は起こるようで……。
俺は苦労の末に更なる不合格という精神的不安にあえぐリリーさんに気休めを言うくらいしか出来なかった。
そしてそれから更に小一時間…………朝に集まった時にも見た顔が戻ってくるのだが、やはり全員ではない。
戻って来はしたものの既に不合格を確信してか暗い顔で落ち込んでいる連中もいたりして悲喜こもごもと言うか何というか……。
俺自身は合否が全く読めずにずっとソワソワして落ち着かない。
何しろギルドの昇格試験だからな……一見『剛腕のミリア』を下したというのがポイントになりそうにも思えるけど、やっぱり“満身創痍、負傷を度外視での戦闘はCランクとして論外”と判断されるかも……とか考えてしまう。
一緒のパーティだったロッツ何かも似たように落ち着かずにさっきから訓練場に行ったりトイレに行ったりを繰り返しているし……。
ミリアさんの口振りじゃ、アイツは合格間違いなしな気はするけどよ。
そしてギルドの受付の一人ヴァネッサさんが手に丸めた羊皮紙を持って現れた時、ザワついていたその場の空気がキンと張り詰めたモノに変わる。
Cランク合格者の張り出し……ついにその瞬間が来たのだ。
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