第百三話 子離れの涙

 師を超える事こそ弟子としての最大の恩返し。

 そんな事を言う輩は多いし言葉の意味は理解できるけど……どうしても言いようのない痛みが残ってしまう。

 勝利という喜びが無いとは言わないがそれでもこの痛みは耐え難く……俺に深く深くのしかかって来る。

 精神的に、そして圧倒的に物理的に…………。


「イダダダダダダダ!! ミリ、ミリアさん!? もっと優しく頼む!!」

「無理言わないの、我慢なさい。骨折した個所を整復もしないで回復魔法掛けたら曲がっちゃうでしょう……が!」

 ゴキリ…………

「んぎゃああああああ!?」

「「「うわ~~~~~」」」


 仲間たちが俺とミリアさんから距離を取っているのは気を使っての事じゃ無いのは、その呟きだけで丸わかりだ。

 まあ自分も同じ立場なら見てられないだろうがな……。

 元Aクラスの『剛腕のミリア』に必殺の一撃を加える……それが成功したからこそ俺たちは勝利する事が出来たワケだが、その代償は相当に大きい。

 主に俺に対してだけど……。

 ミリアさんに匹敵するだけの突進力を得る為にロッツに協力して貰って突っ込んだのだが、その威力を伝える為に踏み込んだ右足と右腕は骨折、更に直接ブチ当てた拳は骨が飛び出るくらいの複雑骨折をしてしまう大怪我。

 戦闘終了後にミリアさんが回復魔法をかけてくれる事になったのは非常に助かるのだけど……やっぱし痛いモノは痛い!!

 流れ出る脂汗は戦闘時のダメージを遥かに凌駕している。


「こんな……モンを……軽々扱ってたとか…………やっぱバケモンだよ……ダダダダダダダダダダ!!」

「強化魔法と回復魔法使えるからこその無茶なの! それなのに全く……君がそれを実現何かするから……ふん!」

 ビキリ…………

「くわ…………!? !?」


 飛び出た拳の骨を無理やり定位置に持って行く為にそのまま手を引っ張られた時には最早声も出ない……マジで他に方法が無かったのか今更考えてしまうくらいだった。

 そして数分後……しっかりと回復魔法を施されて傷も痛みも無くなったハズなのに、俺は精も魂も尽き果て虚ろな目になってしまっていた。

 そんな俺の様子をミリアさんは余裕のある笑みで見ていて……他の三人だって短時間とは言え一撃必倒の緊張感と殺気の中全力で動き続けていただけに疲労の色が濃いと言うのに、コレではどっちが勝者なのか分かったモノじゃない。


「私と同じマネをすればこんな事になるのは君なら分かっていたでしょうに……」

「知ってたけどよ……ミリアさんに渾身の一撃を当てる為にはこのくらいしなきゃムリだろ? この中で最大威力はロッツの『風刃閃』だけど、あんな大振り直接当てるのは無理だし……」


 ロッツが何度も言っていたのは事実、現実的に最後の瞬間ロッツが矢の雨の直後に一撃狙っていた事まで既に読まれていたワケだしな。


「どんな手法であれ、ほんの一瞬でも隙を作らないと当たらない。かと言ってスレイヤ師匠の『油断はするモノじゃない、させるもの』を実践しようにもミリアさんが隙を見せてくれる気はしななかったからさ……」

「だからソレって事? 感動して受け止めたくなる一撃と言葉で……悪い子ね」


 クスリと笑うミリアさんに俺も苦笑で返すしかない。

 汚いと言えば身寄りのない俺の母親役を担ってくれた人の愛情に付け込んだ一撃とも言える。

 自分にも他人にも厳しく優しい貴女も、先輩であり母であり……そして師であった事を言葉と技に乗せて…………未だ未熟な俺にはこの人に勝つための突破口はそこにしかなかったのだから。

 ……と、そこまで考えて俺はふと思い出した。

 今が昇格試験の真っ最中であるという当たり前の事を……。

 

「ところで、ここでギルド側が受験者に治療するとか……今更だけど減点対象とかじゃないの?」

「本当に今更ね……大丈夫よ、自分で言うのも何だけどⅭクラス昇格の場で私が出張る事自体が行き過ぎ……本来ならAクラス昇格試験並みよ? あとは『闇色の花』を収穫すればそれ以上の困難は無いはずよ?」

「…………ホントでしょうね~?」

 

 そう言ってミリアさんは腰に手をやり呆れたように言うが……ここまでのギルドの対応を考えてみると言葉や行動のどこに罠やヒントがあるのか分かった物じゃない。

 しかし警戒する俺にミリアさんは再びクスリと笑い……俺の耳に口を寄せる。


『……この後で本当の試練が待ち構えているお友達にこれ以上の精神的負担をかけるつもりは無いわよ。それこそ私との戦闘なんて前菜でしかない人生最大の衝撃が待ち構えているんだから』


 そういうミリアさんがチラリと視線を送るのは向こうで待機しているロッツ。

 あ~~~つまり……そういう事か。


『つまりヤツは今晩辺りに人生最大の岐路に立たされ選択を迫られる……と?』

『向こうも向こうで準備万端らしいから……密かに賭けも始まってるよ』

『…………オッズは?』

『成功失敗は成立しなかったから、今は男の子か女の子かで密かに……今のところ5分5分かしら?』

『…………俺は双子に一口、男女で』

『お? 大穴狙いね。じゃあ私は女の子の双子で乗っておこうかな?』


 元聖職者がギャンブルについて寛容なのもどうかと思うが、少なくとも“知っている連中”の間では失敗は全く考慮されていないようである。

 ま……俺も同感だけど。

 あんな行き当たりばったりの作戦にしっかりと乗ってくれてやるべき仕事を違えない男が責任から逃れるって未来は予想できないからな。

 そう思っているとミリアさんは居住まいを正して真面目な表情になった。


「ところでギラル君、君はあのエレメンタル教会の娘……イリスさんとは顔見知りでしたか? 不思議と連携が上手かった気がしましたが」

「いや? 今日が初顔合わせだぜ? 元々リリーさんやシエルさんの後輩らしいけどな」

「……そう」


 そう呟いたミリアさんはどこか思案気になった。

 彼女について何かあるのだろうか? 『預言書』では『最後の聖女』として邪神に立ち向かう英雄の一人だったはずだが、現状は見習い聖女の人でしかないと思うけど……。


「彼女がどうかしたの?」

「あ、ああいえ……彼女は今回は回復役、光魔法の人員としてギルドの依頼に応じて来ていただいたワケですが……どう思いました?」


 どう思いました? って……ギルド職員が受験者に聞いてい良い事なのか迷ってしまうが……答えないというのも何となくモヤっとするのも事実。

 俺は一緒に戦った率直な感想を口にしていた。


「回復役としては正直使いづらい……戦闘中だと回復に時間が掛かり過ぎるし完全回復したワケじゃなかったからな。俺が教会関係者なら迷わず格闘僧を進めるよ……あの年で超接近戦をこなし、粗削りながらも組み技を立ち技として活用する軽さと技術……特に盗賊を凌駕しそうなスピードを見せる時すらあって……」

「やっぱり……君も“そこ”が気になるわよね?」

「ん?」

「実はね、彼女“聖女候補”の枠から外されそうになっているのよ……さっき君が言った通り回復魔法が未熟であるという事でね。今回ギルドの依頼に彼女が駆り出されたのもその辺の経緯があって……万が一試験で役に立たなかったら正式に“聖女候補”から外すって事で……」

「!?」


 俺は驚いて向こうで待機している3人の中でちょこんと腰掛けているイリスに視線を投げてしまう。

『預言書』で未来を知る俺は彼女が最後にして最高の聖女として戦うのを知っているだけに、その状況が受け入れがたい現実に思えるのだ。

 ただ同時にリアルな冒険者として考えると“当然”と思えてしまう。

 教会という枠組みでも魔法を行使する『聖女』ばかりが役割じゃ無いのだし、何なら今のイリスを見ている限り先輩共の悪影響か絶対に脳筋の部類……聖女や魔導僧に並々ならぬ執着があるとも思えないのだが……。

 俺が素直にそういうと、ミリアさんも困った顔で溜息を吐いた。


「ん……まあ私も格闘という枠組みで考えればそう思うのですがね? 聖女や魔導僧としては彼女の持つ膨大な魔力を何としてでも魔法として生かしたいらしく……今回の試験で何が何でも魔力属性の片鱗や寵愛を受ける精霊の出現を期待していたのです。君たちのお仲間のリリーさんの例もありますし」

「あ~~~~なるほど」


 魔力というのは持っていない俺には全く分からないが、持っている連中にとっては何となく見えるらしく光のようであるとか靄のようでもあるとか、自然界にも満ち溢れているとか聞いた事はある。

 変な話だがその辺は具現化した魔法にしないと見えないワケで……漂っていても見えない“邪気”と俺にとっては全く変わらん。

 イリスは魔力の分かる連中にとっては膨大な魔力を持っている事が分かる逸材に見え、何としても自分たちの陣営として力を発揮して欲しいけど今のところ魔法は芽が出ない。

 代わりに魔法の訓練の名目で『光の聖女』と行動を共にしたら格闘のセンスがめきめきと発揮され始め、格闘僧たちからスカウトが掛かっている状態なのだろう。


「一度私が君の腕を折った時、完全には治らなかったイリスさんの治療で私だったら10人同様の負傷を治療できるくらいの魔力が使われていたわ」

「10人!? そんなに魔力を使っておいて……」


 俺はそれ以上の言葉を紡げなくなる。

 全力で魔法を使おうとしていた事は目の前で俺自身が見ているワケなので、さすがに何でそこまでしてて中途半端にしか治らなかったのか? とは言い難い。


「それに引き換え組み技でも打撃技でも要所要所で私の予測を遥かに上回るスピードを見せたり……何か中途半端な感じがするのですよ」

「中途半端……」


 何か決定的な事を見落としている。

 俺もミリアさんもやり方も才能も違うけど身に着けた戦い方は全部己の修練によるモノ……使える物を最大限に使い長所を伸ばし短所を補う。

 短絡的に言えば無駄を省き自分の武器を最大限に知り、利用する事は同一だ。

 だからこそ感じる違和感は俺も頷けるものがある。

 何というか……剣で畑を耕しているというか、槍で洗濯物を干しているというか……何かがズレている感覚。

『預言書』で『最後の聖女』を見ているのに答えが良く分からん。


「何か気が付いたら教えてくれる? 年取ると柔軟な考えが出来なくなって来ますから」

「…………まだ25で何言ってんだ、カアちゃん」


               *


 その後ギラルたち即席パーティは試験を再開、『闇色の花』の群生地を目指して森の奥へと進み……試験官を終えたミリアは彼らとは真逆の森の出口を目指して歩いていた。

 しかしミリアはギラルが有する『気配察知』の射程範囲から完全に出会た事を認識した瞬間……膝から崩れ落ちた。


「ぐ……くく……う……」


 自分が唯一教えた全身全霊の一撃は決してヤワでは無いミリアの体へと突き刺さり、数本の肋骨を砕き……本当は呼吸もままならない程の激痛が歩くたびに響いていたのだ。

 ただ、ミリアはその事をギラルのは知られたくなかった。

 知ったら心配するだろう、必要な事だったとは言え悩むだろうし後悔するかもしれない。

 だというのに、回復魔法でその怪我を治療する事をミリアは選択しなかった。

 そんな彼女の前に、褐色黒髪の女剣士が苦笑しながら現れた。


「息子が優秀な盗賊だと母の意地を通すのも大変そうだね」

「ジニーさん? 見て……いたのですか?」

「いいや? さすがにそれは無粋だろ……一応私も信じて待っていなければいけないがわだからね。回復魔法の名手が回復したくない苦痛を抱えている事情を察せない程鈍感じゃないってだけさ」

「…………そうですか」


 そう呟くとミリアはフッと笑ってその場に座り込んだ。

 動くたびに苦痛の顔を歪ませるのだが、それでもその顔に憂いは無く……やる事をやり切った満足感に満ちていた。


「つつ……凄いですよウチの子、即席の今日初顔合わせの人もいるのにまとめ上げて、しかも元Aクラスの私を倒したんですから。まだDクラスだったと言うのに」


 自慢げにギラルの活躍を詳細に語るミリアにジニーも驚きを隠せなかった。

『剛腕のミリア』の噂も力も良く知っているジニーにしてみれば今回の試験、お目当ての彼は不合格する算段が高いとすら思っていたのに、結果はこの通りなのだから。


「確かに、その話が本当ならスゲーなお前の息子。4人にお前を圧倒する力があったワケじゃねーのに全部使い切り組み合わせて接近戦最強の『剛腕のミリア』を接近戦で下す一撃を……」

「言ったでしょ? 自慢の息子だって……」


 そう呟くミリアの瞳からは一筋の涙がこぼれていた。

 その涙が示す意味……母親役を終えた女性をこれから母親になる女性はその光景をただ静かに見つめるだけだった。


「あ~あ…………負けちゃったな~」


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