第百二話 師として受け止めたい一撃を……

『外した!?』


 さて、元Aクラス冒険者という実力をまざまざと見せつけ、スピードで翻弄しようとする4人の受験者たちを難なくいなし貫禄を見せつけているかのように見えているミリアだったが……実は内心結構焦っていた。

 担当した4人の冒険者の実力は想定よりも遥かに高く、確実に捉えたと思った超至近距離打撃『寸勁』をインパクト直前で直撃を避けられたのだから。

 それは超接近戦でトンファーを扱うイリスの体術と反射神経が高かった事も理由だったが、咄嗟に回避できた理由は別にある。

 その事を思うと……ミリアは自然と持ち上がりそうになる口角を堪えるのに必死になる。

 そしてその間にも途切れることなく魔導士ロッツによる斬撃が襲い掛かり……こちらも想定よりも遥かに高い攻撃に意識を引き締め、常人なら目をそらしそうな刃先を見据えてギリギリを見極める。


「シ!!」

『……速いし強い……けど、やはり生粋の剣士に比べるとやや単調に直線が過ぎる……』


 そう冷静に判断したミリアは袈裟状に振り下ろされる、風魔法で強化された斬撃に合わせてそのまま拳を突き出す。

 剣を相手に拳の捻りで斬撃をいなしつつ、そのまま拳を当てに行く……それは拳を硬化し格闘の研鑚を積んだミリアだからこそ可能なカウンター。


「!?」

「まだちょっと……上のランクは早かったかな?」


 ゴ!!

 ロッツの顔面に剣の振り下ろしと同時にミリアの拳が突き刺さった。

 しかし……「つ!?」


 インパクトの瞬間、またしてもミリアは異変を感じた。

 それは振り抜いた右腕と踏み込んだ右足……腕は何か引っ張れる感覚で、右足には急激に走った激痛……その答えは腕に絡まった蜘蛛の糸と足に突き刺さった一本の矢だった。

 そのせいで完全に決まったと思ったカウンターが威力を大幅に削られてしまったのだ。


「いってえええ……くそ、斬撃にカウンターとか頭おかしいのか!?」

「バカ野郎いくら何でも直線過ぎだ! 正面から切り込んで下がるタマじゃねーんだから、もうちっと斬撃のバリエーションを増やせ!」

「無茶言うな! おりゃ魔導士だって言ってんだろうが!! お前の相棒と一緒にするんじゃねぇ!!」

 

 ……拳を喰らったはずのロッツは意識を失うどころから頬を押さえていたがる余裕すら見せている。

 その事実に……ミリアは浮かれそうになる気分を必死に抑え込んでいた。

 軽口を叩き合いながらも互いを利用し利用される事を情動とするプロの冒険者。

 五年前に出会った時には憐れな子供、少しマシになって悪ガキでしかなかった憧憬が浮かび上がり……ミリアはギラルの成長を喜ばずにはいられなかった。


『寸勁の時も今のカウンターも……あの子は私が行動を移すよりも前に察知してサポートに回った。上からの援護射撃を誘導する為に背後から蜘蛛糸を使って攻撃も仕掛けつつ』


 確かに自分が担当した連中は高いレベルだったが、その攻撃にも防御にも重要な要素に常にギラルが関わっている。

 ミリアは常に仲間の陰に徹し、決して自身の手柄を優先することなく探索に、情報収集に、そして戦闘においてもサポートをして『酒盛り』の生命の危機を幾度も回避して来たギラルの師匠の姿がダブって見える。

『酒盛り』のリーダーはドレルだったが、戦闘において俯瞰から全体を見通し戦略をこう移築するのは盗賊スレイヤの担当であった。


『ふふふ……師匠の座は貴女に負けましたが、最初に越えられる栄誉は……私のモノかもしれませんね』


 ジワリと痛みだす足の甲に突き立った矢を引き抜いたミリアは、自分の敗北の予感にワクワクしつつ……拳を構えるのだった。


                *


 クソ、さっそく仕掛けた罠を一つ消費しちまった!

 イリスとロッツが接近戦で、キャナリが射撃で押さえてくれている間で動き回りつつ仕掛け回った貴重な罠の一つだったが、この場を切り抜ける為には4人全員が機能しないとどうにもならん。

 どんな攻撃にもカウンターで打ち抜くミリアさんの拳をまともに受けたら今日中に目を覚ます事は不可能、その時点で不合格は決定的……俺は何とかその一撃を防ぐために使っわざるを得なかった。

 しかし合わせて踏み込みの足を狙ってくれたキャナリの援護もありがたかった。

 お陰でロッツは口から血を流して痛がる事が出来ているのだから……。


「ぐ……う、すっげ~痛ぇのに……これでも威力は散ってるのか!?」

「デーモンスパイダーの糸と足を狙ってくれたキャナリさんに感謝しとけ! その妨害で威力は1割以下に落ちてるはずだからな!」

「……マジか、威力が落ちてるのにこの威力なのかよ」


 実際常人なら動かせない伸縮性の糸で腕を後ろに引っ張られ、体重移動の要の足を射抜かれたというのにその上で無理やり拳を当てて来たのだから……この期に及んでやはり化け物である。

 しかし足を止めずに動ける辺り、まだ大丈夫な範囲と言えなくも無い。

 即席チームだが結構得意分野がバラけていてバランスのいい俺たちはミリアさんを中心に4重の円を描く形で動き回り攻撃しつつ互いを守る陣形に自然となっている。

 四対一の図式で一見こっちが有利に見えそうだが、技術的にも体力的な部分でも俺たちは圧倒的に分が悪いのだ。

 当たり前なことだけど動き回っている方と待ち構えている方、どっちが体力を使うかなんて議論するまでも無い。

 おまけに知る限りミリアさんは持久力の鍛錬に昔から余念がなく……俺自身最後までミリアさんの限界を見た事が無かった。

 普通なら数で劣る向こうが短期決戦を望みそうなものなのに、実際にそれを望んでいるのは俺たちの方……というか勝機はそこにしかない。


「で……どうするんだギラル、何とかして一撃必殺しか手は無い気がするけど?」

「最後の一撃は……ロッツ、お前に『風刃閃』を魔力全開で頼みたい」

「……はあ!?」


 俺の言葉にロッツは“何言ってんだ!?”とばかりに声を上げた。

 まあ無理も無い……それはロッツ自身がさっき絶対に無理だと言い張った技なのだから。

 タメが多く大振で、その上最大魔力なんかで撃ったら外した瞬間に不合格決定なのだからな。

 しかし俺は奴だけに聞こえるくらいに小さい声で呟いた。

 その悪だくみの内容にロッツはあからさまに驚愕し……そして呆れた顔になる。


「頼むぜ……最期はお前にかかってるんだからよ」

「……お前……何つーか、ホントに……イイ性格してんな~~。さすがにそれを利用するのはえげつなく無いか?」

「でも……脳筋の部類は好きそうじゃん? そういう展開は」

「ま……俺も嫌いじゃね~けどな!?」


 そう言い残して再び剣を手にミリアさんに切りかかるロッツは実に楽しそうな、悪ガキの顔をしていて……作戦を了承したようだった。

 ……これで下準備は全てOK。

 余りに突然な状況だったが、ミリアさんが試験官として立ちふさがる事を予想した時からある種の覚悟をしていた。

 初撃で折られた腕が未だにズキズキと痛むけど、それは言い訳にもできない。

 何故なら対峙するミリアさんだって既に無傷じゃない、体重移動の要である足に負傷しているにも関わらず回復魔法もかけず、構わずに踏み込んで戦っている。

 4人に対処する為に回復の暇がない事もあるだろうが、そこにある種の矜持を感じない程“親不孝”ではないつもりだ。


 ……中間距離で立ち回る盗賊の主な役割は援護に攪乱、そして仲間内で戦闘中に情報を共有させる伝令役。

 幸い3人が攻撃に専念してくれたお陰でその辺は自由に動き回って作戦概要を戦闘中に伝える事も出来た。

 あとは作戦を発動させるのみ……!

 俺はそう覚悟を決めて木の幹を横に蹴り、ダガーを引き抜いて上空からミリアさんに強襲を仕掛けた。

 至近距離で2人を相手取る彼女にとっては突然襲い来る第三の存在……普通の人なら対処にしようも無い突然の攻撃。


「うおら!!」

「…………」


 しかしすれ違いざまに切りかかる俺に二人同時に対処していたミリアさんはこっちを振り返る事も無く流れる動きで左手を外側に出した瞬間、ダガーを弾き飛ばしてそのまま拳を俺の胴体に当てがう。

 超至近……!? 貰ったら確実に3日はうなざれる事になるだろう一撃……だが流れるように俺に向けられた拳は威力を伝える前に不発に終わる。

 突然打撃のみで戦っていたイリスが背後に回って仕掛けた“組み技”によって。


「え!?」

「させません!!」


 その動きはやはり速い。

 盗賊である俺の素早さよりも遥かに上なのかもしれないその速さは、やはり何か違う要素があるのかもと思うところだけど……露骨に戸惑いを見せたミリアさんの疑問はそこではないだろう。

 何せ数分前に組み技は危険だと俺が言った言葉を無視してイリスが組み技に出たのだから、さすがにその行動には疑問しか湧かないだろう。

 しかし、その動揺が無くなるのを待っているワケには行かない。


「いよいしょっと!」

「!?」


 今回は腕では無くて首、呼吸器の窒息を狙ったいわゆるチョークスリーパーであったのだが、首が極まる直前になって……イリスが自ら組み技を外して飛び上がった。

 ワザワザ組み付いたというのに自ら外す……その意図は技自体ではなく瞬間的にでもミリアさんに組み技を意識させる事。

 組み付いたイリスを地面に叩きつける為に反射的に姿勢を崩した瞬間、俺の視線が投げた木の上のキャナリさんは頷き俺の仕掛けたデーモンスパイダーの糸を切った。


ザアアアアアアアア……

「なん……ですって!?」


 その瞬間……まるでにわか雨でも振り出したのかという音と共に大量の矢がミリアさん目掛けて降り注ぐ。

 それは俺とキャナリさんが共同で仕掛けた簡易的な自動射出の罠……木の枝とデーモンスパイダーの糸を活用して矢をつがえて、一本の糸で引き絞った弦が解放されるように仕込んだもの。

 ミリアさんの防御は両腕に集中させ卓越した武術に裏付けられたものとは言え、体勢を崩した状態で隙間なく放たれた矢の雨を全てかわし切る事は出来ない……俺は一瞬そんな“都合の良い事”を考えてしまった。


「まあまあだけど……まだまだかしら? 剛腕のミリアに対する攻撃としては……ちょ~っと目算が甘くないかな~?」


 その声色には既に焦りや疑問は感じず、ただ冷静に目の前の危機に対処しようとするAクラス冒険者としての自信が含まれていた。

 大量に迫りくる矢に対してミリアさんは崩した体勢を無理に戻す事はせず脱力して逆に宙へと投げ出した。

 そして、高速で迫る矢に対して、まるで踊るかのようにクルクルと回転しながら矢じりにだけ当たらないように、羽毛を掴むかのようにフワフワと隙間なく飛んで来たはずの矢の間に隙間を作って行く。

 最小限の動きで最高のきり抜け方……確実に当たる矢のみを限定して硬化魔法で受け、後は全て体術で避け切って見せる。

 

「……で? ここで私が避け切る事まで見こうして、一撃を加える役目が君って事かな?」

「ぐ!?」


 そして全てを避け切り着地したミリアさんは、その一瞬に全ての魔力を掛けて間合いに潜り込んでいたロッツと完全に目が合ってしまった。

 俺の攻撃を基点にイリスが組み技を仕掛けて体勢を崩し、その上で上空から全方位射撃、から全て回避される……そこまでは読み通りであった。

 しかし……最期の攻撃の要、俺たちの中でも最も攻撃力のあるロッツの一撃を加えるところまでミリアさんはお見通しであったようだ。

 残念ながら単純な戦闘力ではロッツはミリアさんにまだ及ばない、そして攻撃力の上でコイツの『風刃閃』よりも威力の高い攻撃手段は俺たちには無い!

 最早攻撃のモーションに入ってしまっているロッツは振り下ろす剣を止める事が出来ず、冷静に突き出したミリアさんの拳がロッツに今度こそ完全に突き刺さる…………。






「……え?」


 確かにミリアさんの拳が入ったと思われた瞬間……ロッツの全身は上空へと引っ張られていた。

 元々俺が仕掛けていた糸に糸に引っ張られる形で……。

 そしてロッツは“予定通り”上空に持ち上げられた状態で、全魔力を集中した『風刃閃』を“鞘に納めたまま”で思いっきり振り下ろした。

 上空待機していた、俺の靴底目掛けて……。


「それ行け、バカ息子!!」 ゴ!!

「だああああああああ!?」


 鈍い音が俺だけに聞こえて、俺は斜め下に向けて砲弾の如く打ち出された。

『風刃閃』を斬撃ではなく打撃として俺をぶっ飛ばす為に使う……発想がどこかの筋肉ハゲ僧侶にやられたゴッツい名前の技なのが微妙な気分だが、俺だけでここまでの突進力を得る方法はないから贅沢は言えん。

 最期の最後、この一撃を生み出す為にはどうしても必要な手段だったからな。


『酒盛り』で世話になっていたあの頃……当然戦闘に関して一番教えてくれたのはスレイヤ師匠だったが、他の人たちも色々と教えてくれたものだった。

 結局職としては選ばなかったとは言え、ドレルのオッサンは剣の使い方、ケルト兄さんは槍というか長柄の取り回し方。

 そしてミリアさんは…………。


『拳は軽く握って脇を締める、振りかぶっちゃダメよ? 折角助走をつけても威力が散っちゃうから』

『動きはあくまでもコンパクトに、地面を踏みしめて威力を全て伝えるのは難しい事。無駄な力を抜いて必要な力を一点に全て集約……自分の全ての力を全身で当てる事を意識するの』


 過去ミリアさんから教わったのはたった一つの殴り方。

 ミリアさんだからこそ可能に出来る身体強化魔法を付与した蹴り脚と踏み込みを生かした盗賊を志した俺では絶対に到達できないハズの一撃。

 即席の仲間たちが作ってくれたたった一度のチャンスとばかりに似たような突進力で大地を踏みしめた瞬間、俺はミリアさんの懐に潜り込んでソレをぶっ放す。


「俺からの礼です……ミリア師匠!!」 

「……ここで“ソレ”はズルいでしょ…………ガ!?」


 初めての、今回の試験というだけじゃなく俺が冒険者として『酒盛り』に拾われてから今まで何度も修練を重ねていた頃から考えても初めてのクリーンヒット。

 その威力は思ったよりも凄まじく、吹っ飛んだミリアさんが木の幹に激突して幹をなぎ倒してしまう程の威力だった。


 そしてミリアさんが起き上がるよりも早く他三人が倒れた彼女に武器を突きつけると……彼女は諦めたとばかりに溜息をついた。


「………………参りました」

「…………」


 世話になった先輩、色々と教えを齎してくれた母親代わりをしてくれた女性……その人から初めて勝利を得た。

 その感触は嬉しいような悲しいような、泣きたいようなそうでもないような複雑な気分で……少なくとも何度も味わいたい感触では無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る