第百一話 深海魚と4匹の小魚

「じゃあ全員手はず通りに、足を止めるなよ!!」

 

 俺の言葉と同時に頷いたイリスとロッツはそのままミリアさんへ突撃、逆に俺はキャナリの手を取ってロケットフックで一気に木の上に登った。


「うわあああああああああ!?」


 手っ取り早く距離を取り上から狙ってもらう為にもキャナリには木の上を動き回って射撃してもらう必要があるワケなのだが……説明なく唐突に上空高くあげられたキャナリは叫び声を上げた。


「ちょっと何なのよいきなり!?」

「さっき言った通りだキャナリさん! アンタはココから接近戦に専念する二人の援護射撃を頼む、言った通り限度5秒で動き回りつつな!」

「え……でも……」

「アンタの腕なら味方に誤射するヘマはしね~だろ? 何とか頼むぜ!」

「!?」


 目で示した先では既にイリスとロッツがミリアさんと肉薄し素手対武器とは思えないようなギャリギャリと金属同士がぶつかり合うみたいな甲高い音が響き出している。

 その状況下で最早問答している暇もない事は明らかで、Aクラスの圧倒的実力に呆然としていたキャナリの瞳に否応なく正気の光が灯って行く。

 

「で……でも昇格試験は闇色の花の採取でしょ!? アンタのママとやらと無理に戦わなくてもこの中の誰かが足止め中に取りに行けば……」


 お? その最もな意見に俺はちょっと驚く。

 ギルドでイキって見せていたキャナリたちだが腕は確かであるものの、そのせいで『力押し』に考え方が偏っていた節があり、徐々にその力を暴力という犯罪へという悪い方向に思考が傾いていたようでもあった。

 ここで目的の為に作業を分担、ある意味“逃げ”に徹しようと考えるのは少し頭が柔らかくなって来た良い傾向でもある。

 まあそれは良い事なんだけど……今日この瞬間に関しては無理があった。


「状況がこうじゃ無きゃ、そして敵がミリアさんじゃ無かったら迷う事なく採用するとこだが……この道は花の群生地まで真っすぐの一本道しかない。曲がりくねった小回りの利く道ならまだしも300mを潰せる突進をかますアレから逃げられると思う?」

「ぐ……」

「もっとも……4人でもどうかって状況で3人で対抗できる気もしねーけどな……」


 キャナリにもそれは容易に想像できたようで黙り込んでしまった。

 この道に俺達即席パーティが配置されたのは意図があっての事……ぶっちゃけると剛腕のミリアが一番力を発揮できるルートにぶつけられたって事だから戦闘は避けられない。


「ワリーなキャナリさん、アンタ等の言った通り保護者同伴で迷惑かけてよ。あの人は間違いなく俺用の試験内容でアンタらは完全にとばっちりみたいなもんだ」


 本当のところはどうか知らないけど、俺のルートにあの人がいるって時点であながち間違ってはいないだろう。

 俺がきまり悪げにつぶやくとキャナリは露骨な舌打ちをして眼下を睨みつけた。


「アタシらが言ったのはそういう意味じゃ無かったのに……ああああもう! これも不合格が続いたからって人の事バカにした天罰だわ、チクショウ!!」


 抗議の声をを上げつつもしっかりと弓に矢をつがえるキャナリを確認した俺は即座に『気配察知』を集中、限定的に意識する。

 極力五感を集中しあらゆる情報を感じる事で周囲の危険を感じ取るのが『気配察知』の最も知られた使われ方なのだが、それだけが全てでは無い。

 狭く深く、対象を限定して『気配察知』を集中すれば、相手の動き、呼吸、心音、足音、挙句は微細な動きで空気を揺らす感覚すらも感じ取り、ある程度対象がどう動こうとしているのか予測が可能になって来る。

 ミリアさんの経験による洞察力とは少々毛色が違うものの近い事は出来るようになり、今のところ俺の中では筆頭化け物のホロウ団長の初動だけは何とか察知出来たしな。

 代わりと言っては何だが、逆に周辺への察知が希薄になる難点もあるのだが、今現在俺の感知可能圏内半径300m以内にミリアさん以上の危険生物はいないから問題ないはず。

 俺はザックから『デーモンスパイダーの糸』を取り出しつつ木の幹を横から蹴りつけてキャナリの射程とイリス、ロッツの射程の丁度中間から状況を確認する。


 接近戦にいる二人だがイリスは小柄な体格を生かして超低空で動き回り常にミリアさんの死角に回り込み小さい動きでしっかりと遠心力を利用するトンファーを振り回し、逆にロッツは剣と風魔法を駆使して常に正面に立って見える場所で直線の斬撃を放って牽制している。

 いわば円のイリスと直線のロッツ、即興コンビの接近戦だというのに見事な波状攻撃でミリアさんは自慢の踏み込みを使う暇もなく防御一辺倒に陥っている。

 硬化魔法をかけた二つの腕で防御するミリアさんは強固と言えるが、逆に言えば防御さえ何とか出来れば攻撃が通じるハズ……無論防御力が弱いって事は無いだろうが、付け入るとしたらそこしかないのだから。


「隙あり!!」

「…………」


 しかしロッツの剣を受け、キャナリの射撃に気を取られた瞬間背後に回ったイリスのトンファーが側面から顔面に直撃する……かに見えたその瞬間に防御一辺倒に思えたミリアさんが動いた。

 死角からの攻撃でほとんど密着した距離だったせいでイリスには気が付けなかったほどの僅かな最短最小の微細な動き。

 ほとんど密着した位置に拳がある……振る事も出来ない場所なら危険はない、イリスはそう判断したのかもしれないが、『気配察知』を全力でミリアさんのみに集中していた俺にだけは“力強く地面を踏み込む予備動作”を感じ取れたのだ。


「イリス! ボディ! 捌けええ!!」

「え!? ゲグ!?」


 俺が叫んだのとほぼ同時にイリスは吹っ飛ばされていた。

 拳を振る距離も大してない密着した距離、しかも死角からだったと言うのに……。


「ちくしょう! 風の防壁よ!!」

「こんな密着した距離でもかよ! こなクソ!!」


 吹っ飛んだイリスに追撃を掛けようとするミリアさんだったが、咄嗟にロッツの風の防壁と俺の鎖鎌術『女郎蜘蛛』に阻まれて動きを止めた。

 その間でロッツは再び接近して、俺は吹っ飛ばされたイリスの元に向かう。

 連携できていると言えなくも無いけど……一方的にやられているだけだから正直楽観できん。

 地面に転がるイリスは俺の言葉で咄嗟に腹をひねって捌けたのか意識を失ってはいなかったが、何をされたのか全く分からないようで幼さの残る顔からは疑問符が浮かんでいた。


「な……何をされたのですか私……グ!?」

「呼吸を整えて回復魔法を! ハッキリ言ってロッツ一人で相手できる時間はそんなに長くねぇ」


 腹に受けたダメージも軽くはなさそうだが、今は悠長に休ませている暇は無い、俺はイリスに何があったのか、何をされたのかを手短に説明する。


「簡単に言えば密着状態から体重移動のみを武器に下から拳で抉られたんだよ。最短最小の距離でな」

「さ!? ……あの密着姿勢から殴られたのですか私は!?」


 驚愕するイリスの気持ちもよく分かる。

 ぶっちゃけ間近に見なければ腕を振る事の出来ない状況なのに拳を当てられたとは思わないだろう。

 あれ程密着した位置で打撃は自分の一方通行であるとすら思っていただろうが……。


「拳一つ分の距離があれば事足りる……あの人の口癖だったよ」

「拳一つ分の距離…………なるほど、勉強になります」


 そう言ったイリスの目に怯えは無く、寧ろ嬉し気に腹を押さえたまま立ち上がった。

 強者との戦いに怯えでなく喜びを覚える……何というかイリスよ、お前もか?

 あの教会、大聖女あのばあさんの関係者はこんなのしかいね~のか? 戦意喪失されるよりはマシではあるけど……。


「ワリーがイリス、君は同じように超接近戦で翻弄してくれ。ただし密着状態でも油断はするな……拳以外の打撃も考慮してな」

「……なるほど硬化魔法をかけた腕以外、肘、肩、膝……それらも危険なのですね?」

「ああ、相当手癖も足癖も悪いぞ……うちの母ちゃん」

「足を止めたらマズイ訳ですね」


 スピードが速ければ確かに有利ではあるが、それが強さの全てじゃない。

 事実今の攻撃でミリアさんはほとんど動いてないからな……かと言ってこっちは同じ事が出来るワケじゃない。

 最短最小の動きでこっちを捕食しようとする深海魚に対抗するためには小魚4匹で協力し合って姑息に動き回るしかないからな。

 巨大な深海魚を一撃で仕留められる一撃を加えられる、その瞬間を逃さないために。



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