閑話 母からの贈り物 (ミリアside)

 聖女……それは精霊の寵愛を受けた精霊神教に籍を置く魔導僧にとって最高の称号であるが、志した全ての者が名乗れる称号では無い。

 私とて幼き日にはその称号を名乗る日を夢見ていたものではあるが……残念な事に私は光魔法に適性はあったものの光の精霊に寵愛されるまでには至れなかった。

 しかし私は聖女になれないと知った日には悔しい想いは否めなかったけど、絶望する事は無かった。

 曲がりなりにも人の役に立つために自ら選んだ聖職者の道、少なからず使える光魔法で自分の出来る事をして行く……その志は変わる事は無かった。


 絶望を覚えたのは自身が所属する正義の側と信じて疑わなかった精霊神教が裏の組織と繋がり汚職や人身売買にまで関与していると知った日……自分達が救うはずの罪の無い子供たちを売り買いしているのがエレメンタル教会の上層部であるのを知ってしまった時。

 その時は自分が今まで信じて疑っていなかった信仰の心がカラカラと音を立てて崩れて行く感覚に襲われたモノでした。

 祈りが、信仰が全ての人を救えないという事は幾ら何でも理解していたけど、自分が信じていた信仰が、教会自体が救わないどころから傷つけ食い物にしているという現実。

 今となってはそれも教会の一部であると思えるけど、まだ小娘で潔癖でもあった当時の私には耐え難い事だったのです。

 あの時の上司である聖女ジャンダルムが追放という形で逃がしてくれなかったら、私は今こうして生きてはいなかったかもしれません。

 教会の不正を捏造し、自身の妄想の為に教会を強襲した狂人として犯罪者になっていてもおかしくはなかったでしょうから。


 教会を出て冒険者として一端に名も知られるようになった頃の事。

 冒険者として世の中の表も裏も見て来た私はその時“精霊神は貧者を救わない”という考えに陥っていました。

 この国のどこに赴いても貧富の差、身分の差は激しく宝飾を貪る一部の者がいる中で、明日の食糧すら知れない状況下で喘いでいる者たちは税として搾り取られても対抗する術もなく犯罪者に身を落していく。

 特に子供が、生活苦で捨てられたのか犯罪に巻き込まれたのか理由は様々でも両親を亡くして孤児となった子供たちが生きる為に他者を害する野盗に身を落していく様は見ていられないものでした。

 とある村の依頼で多発する野盗の討伐を請け負った時……自分が聖職者として生きていた頃に治した覚えのある少年が野盗として自分の前に現れた時には、私は自分という存在が心底嫌になっていました。


 自分が救ったはずの命が他者を傷つける存在になっていた。

 でも、彼が野盗のなったのは数年前に村が襲われ孤児になったから、飢えに苦しみ他者から奪うしか方法が無かったからでした。

 奪うのも殺すのも悪、犯罪を犯した者は犯罪者……そういうのであれば他に方法の無かった子供たちにはどうしろというのだろうか?

 高慢に自分たちを正義の側であると自認し彼らを悪と断ずる精霊神教は犯罪を犯すしかなかった子たちに何をしたというのだろうか?

 自分たちの正義を押し付けるくせに汚職に手を染め裏と繋がり救いの手を差し伸べない……そんなのは“信仰の下、黙って死ね”と言っているのと何が違うというのか。



 私が不思議な男の子に会ったのは……私が信仰というモノにすっかり懐疑的になっていた頃の事でした。

 彼は自分の村が野盗に皆殺しの目に遭い山中を彷徨って空腹に苦しむ……そんな何度も目にした事のある、自分が何度も何度も救う事の出来なかった存在でした。


 しかしその少年の目は、そんな哀れな状況下であるにも関わらず死んでませんでした。


 親を、友を、村を奪われ怒り、悲しんではいても絶望する事は無く、あろう事か山中で見つけた遺体を『この人を弔うべき人に届ける為』と運んでいる最中だったのです。

 誰にも見られる事の無い山中で遺品を荒らす事すらせず、それどころか空腹に体力も尽きかけたその小さな体で遺体を遺族に返す為に……。

 信仰というモノを諦めかけていた私はその日、小さくも尊い少年の行いに在りし日の自分が抱いていたハズの、失った何かが再び灯った気がしたのです。

 少年の名はギラルと言いました。


『まだ私自身が絶望するのは早い……こんな尊い行いの出来る子を、ギラル君を志半ばで死なせるような事があっては行けない! 私が……私たちがこの子を守らねば!!』


 幸いな事に私の所属するパーティ『酒盛り』はお人よしの集まりでした。

 リーダーのドレルなんて最初に勘違いから殴ってしまった罪悪感からか全財産を投げうってでも保護しようとする始末。

 紆余曲折あり私たちのパーティが保護する形で仲間入りする事になったギラル君は、彼自身の適性から『盗賊』を選びスレイヤに師事する事になったのです。

 この辺は少々、いえ大分嫉妬してしまったモノです。

 教え魔のドレルさんもそうですが、真面目で教えた事をドンドンと吸収していくギラル君に師匠と呼んでもらえる立場にみんな憧れていましたからね。

 ただ、日常における常識、炊事洗濯買い物などの事については私が教える事が多かった事で、私は20代前半にしてギラル君のお母さんポジションに収まっていました。


 そんな形で冒険者として実力を付けて行ったギラル君でしたが……数年後には実力はすでにDランクに収まっておらず、実力を測るつもりで彼に課したオーガ討伐を成した時に私たちは『酒盛り』の解散を決定したのです。

 当初は結婚ご懐妊のスレイヤだけが引退して『酒盛り』を継続する案もありましたが、Bランクですら難しいはずのオーガも倒せるギラル君は一人前と認めるべき、もう自分たちが守るべきではないのだとドレルさんは言ったのです。

 皆がギラル君を一人前の冒険者と認め、スレイヤに至っては彼女にとって盗賊としての命とも言えた『ダガー』と『ザック』を渡し証とする始末……。

 そんな美しい師弟関係を心から羨ましく思って……そして同時に私はその時になってもギラル君が心配で心配で仕方がなかった。

 基本的に現実的で自分の力を過信しない、まさにスレイヤの弟子として相応しいと思えるのに、何故か彼の行動に自分にも覚えのある感情を私は感じていたから……。

 まるで過去の過ちに対する贖罪の為に、自分を二の次にしてもかまわないとでもするような……そんな自棄にも似た感情を。


『これが子離れ出来ない親の気持ち……なんですかね』


 解散後ギルド職員になったのも紹介された事もあるけど、ギラル君の事が心配だったという気持ちが無かったとは言えない。

 元パーティで最も彼の事を信じていない事に激しい自己嫌悪を覚えていました。


「息子の事は何時になっても心配……世のお母さんはみんなそういうもんじゃない?」

「……ホッといて下さい」


 同僚のヴァネッサはいつもそんな私を見てはからかい半分で慰めてくれます。

 本当に私は誰かに助けられてばかり……元聖職者が聞いてあきれます。

 そんな折でした……ギルドで次の依頼を探すギラル君の前にとある凛々しく美しい女性剣士が現れたのは。

 王国軍の騎士にも似た雰囲気の彼女は名をカチーナと言い、その日からギラル君は彼女と依頼をこなす仲間として行動を共にするようになったのです。


 直感でしたが私はこの時思いました……この娘は、ギラル君と行く道を共にする人だと。


 恋人だの伴侶だのという関係をこれから構築するかは分かりませんが、確実に苦難を共にする『同志』である事を確信したのです。

 私が共に歩む事無い道を歩む同志の登場……この時になって私はようやく自分も彼を冒険者として、そして一人前の男として認めなくてはいけないと決心しました。

 仲間たちに比べて随分と遅い、あまりにも遅い決断でしたが……。 


              ・

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 それから数か月は経ったころ、そろそろ昇格試験の時期であり今回はギラル君もCクラスに挑戦するのよね~とボンヤリと考えていたのですが、唐突に昔馴染みの冒険者で『アマルガム』のリーダーを務めるジニーさんが真剣な顔で夕食に誘ってきました。

 ハッキリ言いますと……凄く嫌な予感がしました。

 この人、元聖職者の私に話す事で懺悔でもしているような節があります。

 以前にもそんな事があって、その時は“パーティの同僚が気になっている男の子を成人の祝いと称して娼館に連れて行こうとしていて、その場の勢いで自分が手を出してしまった”というどうしようもないモノ……。

 確かお相手はギラル君と同世代で8歳は離れていたから奥手になっていたらしいけど、そうやって焚きつけてジニーに実力行使させるところまでが『アマルガム』全体の総意だったらしく……彼女はまんまと誘導されてしまったのだとか。

 本音を言えば聞きたくない……と思いますが、こういう時に元聖職者として放っておく事も出来ず夕食を共にする事になりました。

 案の定、個人的には『知りませんよ』と言いたくなる話でしたが……。


「先月から…………無いんだ」

「…………」


 先月から無い……その言葉でピンと来ない女性もいないでしょう。

 普段大剣を扱い大酒を喰らい高笑いをする男勝りな彼女が、今は人生の重要な場面に悩める女性でしかない。

 無計画、とは思うモノの今現在好物のアルコール類を頼んでいない辺りに彼女なりの覚悟は感じます。

 私はそんな彼女の代わりにワインを一口飲んで真っすぐに見据える。


「相手はあの子で間違いなのですね?」

「……うん……私はあの子としか……無いから……」


 見た目や印象に反して初心で一途なジニーさんは完全にお目当ての男の子にぞっこんで、端から見れば最早出来上がっている関係にか思えない。

 引っかかっているのはやはり最初が宜しくなかったと言いますか……。


「まるで大した事じゃないから自分で経験しておけ、何て誘い方するからこういう事になるのですよ。素直に告白してれば問題無かったでしょうに……」

「だって8年も離れてたし……」

「一度だけじゃなくズルズルと関係を続けていおいて何を今更言いますか」

「う…………だって求められると……嬉しくて……」

「だってじゃありません! 彼の人生を縛ってはいけないとか言っていたのは自分じゃ無かったのですか?」

「うう~~~~~」


 泣きそうな顔で俯くジニーさんは複雑そうです。

 しかし少々辛辣な物言いになってしまいましたが、こうなっては言わざるを得ません……最早事は“二人だけの問題”では無いのですから。


「……どうするつもりなのです?」

「とりあえず冒険者稼業はしばらく休業するよ。ある程度蓄えもあるし次のリーダーを決めてからな」

「確かあの子をリーダーにする為に『アマルガム』では時間をかけて育成していたのではなかったですか?」


『アマルガム』は私らとは違い大所帯のパーティで、長年かけてリーダーを代替わりする事で生き残って来たから、ジニーさん自身も先代から引き継いだリーダーだったはず。

 そして次期リーダーと目されているのは件の男の子だったはずで……その子自身もその事を理解し努力を重ねていた。

 今回はその計画が前倒しになる事になるのです。

 それだって強要するべきじゃ無いと主張していたハズのリーダー本人が彼が覚悟を決める最大の理由になってしまうのは何と言う皮肉なのか……。


「……彼にはいつ伝えるのです?」

「次の昇格試験が終わったら……前回は合格したら『アマルガム』を引き継ぐか聞くつもりだったけど、今回は合否に関わらず“この事”も含めて話すつもり……」

「合否に関わらず……ですか」


 その言葉で私は少々……感じるものがあります。

 前回の昇格試験に関して、ギルドに頼まれたからと色々やらかして合格者0という事件を起こしたのが私の元仲間である師弟コンビである事を知っている身としては……何というか罪悪感というか、責任感にチクチク刺さると言いますか……。

 私はワインを一気に煽って……溜息を一つ吐いた。


「……分かりました、こうなれば仕方がありませんね。私も友人が未亡人になるはゴメンですからね。キッチリと貴女の彼の覚悟を私なりのやり方で見極めさせていただきます」

「ミリア?」

「ついでと言っては何ですが、私も私で親離れしなくてはならないですから……そっちの方もこの際同時にやらせていただきますよ……。彼がボロボロで試験に落ちても恨まないで下さいね?」


 私は一方的に宣言すると、当初はキョトンとしていたジニーさんでしたが何を言われたのか徐々に理解したようで……本日初めて表情を崩し、苦笑する。


「頼むよ……喩えどっちの意味で振られても、それなら少しは気持ちが楽そうだ」

「あの子ならそういう方向には行かないと思いますけどね。何せギラル君の長年のお友達ですからね」


 自慢の息子が友達と共闘して私を超えに来る。

『酒盛り』解散のあの日、私だけが彼に渡す事が出来なかった何かを渡す為に今回の試験官を請け負ったのですが、更に友人の側にも負けられない理由が人知れず出来てしまった。

 情報通で頭の回転の早いギラル君の事だ。

 おそらくその事をどこかで知り、彼の為にも全力で勝とうとしに来るだろう。

 息子が親を超える為の条件が重なる……自分が敗北する可能性が増えて行く……。

 全力を尽くしてその上で自分を超えられるのかもしれない……その事が何故か無性に嬉しく思える。


 さあ……全力で来なさいギラル君!

 君の未来の為に、この私を踏み台に高く飛ぶために!!



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