第百十話 回復付き格闘家の恐怖

 意気揚々、セリフに相応しく再び地面を蹴って接近するミリアさんに対し、俺は言葉の勢いとは裏腹にバックステップ……瞬時に半歩程距離を取って、代わりに前に前に出たイリスがトンファーを手に肉薄した。


「……お?」

「拳の語り合いに割り込むのは無粋かもとは思いますが、今は昇格試験の真っ最中。申し訳ありませんが仲間に入れていただきます!」


 突如対象が入れ替わった事で今度はミリアさんの方がわずかに拍子が外れる。

 懐に飛び込もうとしたのに、逆にもっと小柄のイリスが更に下に潜り込んで超接近からトンファーを振り上げた。

 しかし……


 ガキイイ!! 「な!?」

「もちろん、大歓迎ですよ? 私は今日息子のお友達を紹介してもらうつもりでしたから」


 完璧に顔面を捕らえたかに見えた一撃は、まるで鋼鉄を叩いたかのような甲高い音をたてて片腕で防がれていた。

 拳を鋼鉄と化し鉄壁の防壁を成す硬化魔法……見た目は女性らしい美しい腕だというのに、その気になればロングソードの一撃すら“砕く”硬さを誇る。


「く……それならば!」

「お、おお!」


 しかし表情を変える事無くアッサリとトンファーを受け止められた事で“打撃では不利”と悟ったのかイリスは更に密着しミリアさんの腕に組み付いた。

 そして流れるような見事な動きで、寝技でもないのに瞬時に宙に浮いた状態で腕ひしぎ十字の型に持って行く。

 その動きは確かで、そして速い……さっきも思った事だけどイリスは戦闘時の動きに不可解なほどのスピードを見せる事がある。

 修練の賜物なのかそれとも別の理由があるのかは分からないが、それでも組み技に持って行くのは自身がミリアさんより非力である事を認めた実に賢い方法ではある。

 肉体を硬化しても強化しても関節は動く必要がある以上破壊できる……普通であればそう考えるのは自然なのだが……。


「イリスダメだ! 離れろ!!」

「……え?」


 ミリアさんがそのセオリーに当てはまらない事を熟知している俺は、慌てて組み技に入る瞬間だったイリスをすれ違いざまに“引っぺがした”。

 その次の瞬間……

 

ドゴオオオオオ!!

「ええ!?」


 轟音と共に地面に叩きつけられたミリアさんの右腕が、決して柔らかくは無いはずの森の地面にクレーターを発生させる。

 右腕を取られると判断した瞬間にミリアさんは外そうとは考えず、地面に体を投げ出して自分の腕ごと地面に叩きつけたのだ。

 自身の腕にダメージがあるとかはお構いなしに……。

 しかもただ倒れ込むではなく回転も加えていて、地面を背にする事も無くそのままの勢いで立位に戻り既に構えた状態に戻っていて、こっちを追撃する体勢になっている。

 ……やばい!!


「ウインドスラッシュ!!」

「!?」


 しかし焦ったその瞬間、ミリアさんの目の前を風の刃が空気を切り裂いて通過し行く手を寸断……ミリアさんは地面を蹴るのを直前で踏み留まった。

 今のはロッツの風魔法で威力は低いけど即効性の高い攻撃なのだが、お陰で命拾いした。

 術者本人は当たらなかった事の方がショックなのか渋い顔をしているが……。


「サンキューロッツ!」

「……風の魔法は基本空気、目に見える類じゃねーのに今完全に見切られなかったか? どうなってんだよお前の母ちゃん」


 言外に化け物と言われた本人は嬉しそうに……見た目だけなら聖母の如く慈悲深く見える笑顔を浮かべて見せる。


「お見事、早いですね。ギラル君のアドバイスも組み技に入るのを断念したイリスさんの判断も実に正確です。惜しいですね~ロッツ君のフォローも素晴らしい……あと少しで一人減らせたのに」


 ゾ……久々に見た”戦闘時の笑顔”に背筋が凍り付く。

 その笑顔が慈悲深い微笑みではない事はこの中で俺が一番よく知っている事実。

 回復師は傷を癒せる事で温和なイメージを持たれやすいものだが、戦闘もこなすタイプとなると厄介な感覚がある。

 治す事が出来るから、一般人に比べると限界の閾値が高くなりがちなのだ。

 それは自分にとっても他人にとってもで……盗賊のイロハを叩き込んでくれたのはスレイヤ師匠だが体力的なもの、特に持久力の訓練に最も厳しくスパルタだったのはミリアさんだったからな。

 そう考えてみると『光の聖女』が脳筋志向なのは仕方がない事なんだろうか?

 自然と俺達即席パーティは互いが互いを守れるように、四人ともが武器を構えてミリアさんに対峙していた。

 一挙手一投足、一つでも見逃したらその瞬間に来る……それだけが全員の共通した認識なのだから。


「あ、ありがとうございます。あのままでは私はモグラさんの仲間入りでした……」

「お前さんが組み技に入り切ってなかったから引っぺがせたまでだ。まあ今ので分かったろうけど、あの人にセオリー通りの組み技は自殺行為だぞ。自分の負傷もお構いなしに叩きつけられるからな」

「…………瞬時に折りに行ったつもりでしたのに」


 俺の指摘にイリスは露骨に悔しそうな表情を浮かべた。

 彼女はまだ年若い事で力負けする事に関しては受入れているようだが、どうやら組み技のような技術と速さに関しては確固たる自信を持っていたようだ。

 だが、この場においてそれは過信になりかねない……。


「ミリアさんはスピードの一点を考えるなら踏み込みの直線以外は俺や君の方が速いくらいだ。しかしあの人は経験則が並外れているから攻撃の猪突猛進さに比べて無駄な動きは一切しない」

「……え?」

「ハッキリ言えば君が動く前に予想されていた、ロッツの風魔法が見切られたのも魔法発動の瞬間を見切られたんだよ……。先読み関しては俺たちよりもあの人は遥かに早いという事を念頭に置いておいてくれ」


 俺の言葉にイリスは息をのみ……そして冷や汗を流しつつ不敵に笑って見せた。


「……まるでシエル先輩みたいです。どう攻め込んでも打開策が浮かばないと言いますか」

「う~む……シエルさんは性格が災いして真正面から受けたがる癖があるからな~。ミリアさんは逆に雑な受け技は使わないから」

「……その辺は全くもって否定できません」


 聞きようによっては先輩に対する非難にもなりそうなのに否定意見は出ない……後輩の目から見てもあの人はアレなのかな?


「で? ど~すんだ? お宅のママ、今んとこ付け入る隙が見当たんねーよ。逆にこっちが隙見せた瞬間に終わりそうだし」

「ロッツ、お前の風刃閃なら……」


 露骨に迷惑そうにロッツが言うが、剣はキッチリとミリアさんに向けて構えている。

 俺は一縷の望みで聞いてみるが、ロッツは無言で首を横に振った。


「分かってんだろ? 無理だ……タメが大きく振りもデカい。最速のウインドスラッシュが完全に見切られるってのに……当たる気もしねーけど当たったとしてもあの鉄壁を抜ける気が欠片もしねぇ」

「……だよな」


 正直ロッツの言う通り分かってはいた。

 大岩すら切り裂くロッツの一撃でもミリアさんの鉄壁は抜く事が難しい……もしかしたら~とか期待したんだけど……。

 俺たちの中でおそらく最大の攻撃力がダメとなると……。


「ど~考えてもあの両腕をどけない限り勝機は無い……か」


 俺はボソリと呟いて、色々と覚悟を決める。

 全力でミリアさんを倒す、母であり師であり先輩である人を超える為に全力を尽くす覚悟と……彼女自身の教えを利用するという覚悟を……。


「今ので分かったと思うけど俺たち個人個人の技量じゃあの人には通用しねぇ……急造でもコンビネーションを交えないと」

「「「…………」」」

「当り前だが踏み込んだ一撃をまともに喰らえばその時点で即リタイアだ。攻撃を確実に潰しつつ防御を跳ねのけないとこっちの攻撃は一切通じない……」


 その見解に否定意見は無いようで3人とも無言で了承の意を示す。

 イリスは納得行かなそうではあるものの、プライドを優先して実戦で意固地になるタイプではないようだ。

 実戦向き……それはある意味『預言書』で猛者として描かれていた彼女の片鱗なのかもしれない。


「どうしても最大威力の攻撃“踏み込み”を封じる為にイリスとロッツは接近戦を、特にイリスはお得意のトンファー使って超接近戦、抱きつけるくらいに肉薄して貰う事になる最も危険な役割を頼みたいが……良いだろうか?」

「……!? そ、それは……確かにこの場では私にしか出来ない役割ですが…………骨は拾って下さいよ?」



 一番危険な役割を押し付けられたイリスは危険性も重々分かった上で、不敵に笑って見せる。

 ココで笑って冗談言えるんだから……やっぱりこの娘、実戦向きだ。

 逆にキャナリの方は完全に怯えた表情で震えている……まるでランクの違う化け物に怯える獲物のように。

 気持ちはよ~~~~く分かるけどね。


「キャナリさん、アンタは射程ギリギリから絶えず射撃してくれ。ただし絶対に5秒以上射撃位置を留めるな……絶えず動かないとこの二人の肉薄を抜けて突っ込んでくる可能性が高い」

「…………」

「キャナリさん!!」

「は、はい! 了解……」


 大丈夫だろうか? 色々とあったせいか自信喪失しているみたいで……ギルドで俺の事を舐めていた時の方がまだ余裕があったくらいだ。

 イリスとロッツに接近戦を任せてもミリアさんの踏み込みを完全に防ぐ事は出来ない、そのリミットは精々5秒だと考えているのだが……。


「お前はどーすんだよギラル、今の提案じゃ最大の攻撃をしのぐ事しか出来ない気がするけど?」

「俺か?」


 そうやって聞いてくる間も常にミリアさんから視線を逸らさないロッツはやはり戦い慣れている。

 ……これからの事を考えると実に頼りがいのある男に成長しそうだと思ってしまうのは少々勝手であろうか?


「俺のやる事はいつも変わらん。盗賊は仲間のサポートが主な仕事、罠を張り意識を逸らし相手を出し抜く……それは相手が誰でも変わらんさ」

「そっか…………まあお前はそういうヤツだものな」


 そう言うロッツの言葉は何時もと変わらないようだが、どことなく……残念そうにも聞こえた。

 仲間として、師として、母として親しかった人物との対決において俺が実際にミリアさんと対峙しない事に、彼なりに思う事もあるのだろう。

 そしてそれは彼だけではなく……………………。

 俺はスレイヤ師匠から受け継いだザックに触れ、本日の為に揃え直した七つ道具を確認しつつ師匠に叩き込まれた格言を繰り返す。


『油断はするモノじゃない、させるモノだ』




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