第百九話 拳に賭ける重い想い

 にこやかに、聖母の如く美しい笑顔を浮かべているというのに……彼女は体を斜に構えて急所を隠し軽く握った両腕をキッチリと上げて構えている。

 隙なんてもんを見つけ出す事ができねぇ……。

『剛腕のミリア』なんて言われた彼女の戦闘スタイルは名の通り徒手空拳……拳の一撃で岩盤すらも砕くという何とも姿に似合わない豪快なもの。

 回復魔法以外に身体強化魔法を突き詰めたミリアさんは、体格は全く違うのに筋肉ハゲのロンメル氏と似通ったところがある。

 ただ違うところがあるとすれば……。


「え? あれってギルドの窓口の……」

「あ!?」


 ミリアさんが何者なのか、この時点でようやく察したらしいキャナリが間の抜けた声を漏らしたその時、俺は反射的に動いた。

 目の前の人物を良く知っている俺やロッツなどは当然油断していなかったが、俺と会話している最中にキャナリは自分に攻撃の目が向くとは思っていなかったようで……。


「……え!?」


 既に“懐深くまで潜り込みかけていた”ミリアさんの動きに一切反応できず、俺が盾になった瞬間ですら間の抜けた声を漏らしていた。


ゴギ!! 「ぐぎ!?」


 鋼鉄よりも硬く重い一撃が右腕を突き抜けて行く……クソ、捌き切れねぇ!

 腕から胴、胴から足と一撃を流す為に総動員したというのに、右腕に突き刺さった激痛と鈍い音が一瞬で“折られた”事を自覚させる。

 しかし……だからと言って激痛にあえぐ暇をくれるほどこの人は甘くない!

 俺は既に追撃の姿勢に入ろうとしているミリアさんに、咄嗟に左手で抜いたダガーを振り回した。

 狙いも何もなかったが、それを受ける気は無かったようでミリアさんは大きくバックステップして再びさっきと同じ立ち位置まで戻った。


「お、偉い偉い。しっかりと肝臓打ち抜いたつもりだったのに……やるじゃない?」

「ぐ……ふっざけんなよ。俺が受け流す事まで織り込み済みでキャナリの方を狙いやがったな……」

「ふざけてないよ? ギラル君が私の一撃を受け流せるくらいにはスレイヤに仕込まれているのはよ~く知ってますからね、私も……そのくらいしないと君の拍子を崩せないと判断したまでです」

「ギラル! 大丈夫か!!」

「ギラルさん!!」


 一瞬のやり取りの後ハッとしたロッツとイリスの二人が慌てて俺の前に立って各々の武器を構える。

 そして俺が激痛のほかに右腕が動かせなくなっている事に気が付いたイリスが慌てて患部に魔法を使い始めた。

 そして、ここに至りようやく呆気にとられていたキャナリも自分たちの状況がマズイ事に気が付いたようだった。


「……え? 何? 今の……」

「ボーっとすんな! アレがギルドでお前らが笑っていたギラルのママ……Aクラス冒険者の『剛腕のミリア』だ! 目を離すんじゃねぇぞ、ぶっ飛んでくる!!」

「A……クラス? え? ぶっとんで…………え?」


 緊張の面持ちで剣を構えるロッツは既に剣に風魔法の付与も加えて油断なく構え……そんな様をミリアさんはニコニコと感心の面持ちで見ていた。


「元、Aクラスですよ~アマルガムの期待の星、ロッツ君。ジニーに良く自慢されてただけあって君も中々良い目をしているね」

「以前うちのリーダーに教えられた事があったもんで……『剛腕のミリア』の名に惑わされるな、ヤツの本当の武器は踏み込みと蹴り脚ってね」

「あらら、おしゃべりなのね~あの娘も」


 ジニーというのは『アマルガム』のリーダーで、まあつまりロッツのパーティのリーダーにしてヤツに色々と教えてあげた相手なワケだが……前もって知識があったからか、ロッツはミリアさんの戦い方を正確に把握していたようだ。

“ぶっ飛んでくる”という表現は余りにも的確だからな……。   

 剛腕の、なんて渾名が付くのはミリアさんの攻撃が拳である事が多いのが理由だが、強烈な破壊力を生む最大の理由は足の方。

 身体強化魔法を脚力に集中して地面を蹴って踏み込み、その勢いを硬化魔法で強化した拳で叩き込む……基本はその一点。

 豪快にして単純な戦闘方法だが威力のほどは目の前の地面に深く刻まれた足跡が物語っている。

 俺の『気配察知』を無視して300mの距離を一瞬で詰めたのもこれが理由……身体強化魔法で地面を蹴って、砲弾の如く“ぶっ飛んだ”のだ。

 威力の高さの犠牲にそのやり口は直線のみと隙がデカくなる欠点もあるのだが、そんなのは使用するミリアさん自身が一番よく分かっていて、近距離遠距離でも対応できる踏み込みの強弱は最早熟知しているあたりまえの技術。

 猪のように直線急に止まれないなんて分かりやすい隙を作ってくれることも無く、逆にさっきみたいにこっちの拍子を崩す策略も組み込んできやがる。

 これが個人個人の技量だけで済む試験ならまだしも今回はギルド指定のパーティ戦……相当な違反行為でもない限り最後までパーティが揃っていなければ減点の対象だろうし、俺がそこまで読んだ上で意識を外したキャナリを守りに割り込む事まで考慮した、実に厭らしくも効果的なやり口である。

 そして……守られて俺が負傷した事にキャナリは顔を青くしていた。


「あ、アタシのせいで……」

「今は気にしなくていい……それより警戒しろ、うちの母ちゃん戦いに関しては見た目と違って遥かに性格悪いぞ!」


 俺の言葉にようやく現状がまだ修羅場真っ最中だと思い出したのか、キャナリは慌てて弓に矢をつがえてミリアさんに狙いを定めた。

 その表情に脅えがありありと浮かんではいるものの、何もしないより遥かにマシだ。


「む……失礼な事言うわね~この子は……ママ泣いちゃうわよ?」

「笑顔で息子の右腕をへし折って置いて、良く言うな……」


 そうしているうちにイリスの治療が終わったようで俺の腕から“申し訳なさそうに”手を離した。

 

「すみませんギラルさん、私の回復魔法では完全に修復するには時間が……」

「……いや、問題ない。今は動かせるなら御の字だ」


 自分の右手を開いて閉じて動作確認をしてみると、相変わらず動かすたびに激痛が走るけど動かす事は出来るのだ。

 この強敵を前にして痛いとか言っている場合じゃないのだから、本当に動かせるだけでありがたい。


「俺に対する試験って名目でしゃしゃり出て来たのは何となく分からんではないけど、正直今回ロッツと一緒くたにしなくても良かったんじゃね? ヤツもほら……今後色々と物入りだろうしさ~」


 とにもかくにも、俺は軽口を叩きつつダガーを利き腕に持ち直して逆手に構える。

 いつ一直線に“ぶっ飛んでくる”か分からない強敵かあちゃんに向かって……。


「うん? ああ……ギラル君も聞いたんだ、例のアレ」

「まあ少々、後は何となく状況を聞いて分析しただけだったんだけど……その様子じゃ俺の予想は間違ってないって事か?」

「あ~~~うん、まあ……。あの娘は同世代の友達だからね、当時から色々と相談されてはいたのよ。なんかもう罪悪感塗れで“やってしまった”って頃からね」

「……手近に元聖職者がいたから懺悔を聞かされてたって事か? 色々終わったら詳しく聞きたいとこだけど」

「良いよ~~ぜひカチーナさんたちも一緒に連れてきてね。私も若い女の子たちとお茶会したいから」


 さすがにこの辺の会話は意味が分からなかったのか、渦中の人物であるはずのロッツがクエスチョンマークを浮かべている。

 まあ、まだコイツは決定的な事を知らないのだろうから無理もないけど……。


「私も長年の友人が突然シングルになるなんて事態は見たくないからね。それなら低いランクであっても細々とでもやって行けばいい……。ムリにランク上げて危険な仕事を請け負う事は無いじゃない?」

「……まあ、一理あるか」

「そしてその辺は……息子に対しても同じ事を考えるワケなのよ。実力がないなら請け負うべきではない。ギルドのランクは縛り付けるモノではなく、安全の為のルールなんだからね……」


 そういうとミリアさんの顔から優し気な笑顔が消え失せ、一介の冒険者『剛腕のミリア』として……俺たちの行く手を阻む敵として対峙する。

 言うまでもない……ミリアさんは最後の壁として自ら立つ事で俺に対する卒業試験をしようとしているのだ。

 チクショウ……重たくもありがたい…………熱い愛情だこと……。


「さあ……私に子離れさせてくれるのかしら? スレイヤが一番弟子にして『酒盛り』の子、盗賊のギラル」

「今日この場で示してやるよ……俺はアンタらに真っ当に強くしてもらえた、親離れできるって事をな。剛腕のミリア!」

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