第百八話 試験という名の教育
大雑把に分けられたようでもある即席パーティではあるが、こうしてみると分かる者には分かるように振り分けてある。
普段組んでいる者とは極力かぶらないように、そして同種の職も戦闘面では近、中、遠と構成できるようになっている。
要するに今回の試験でギルドが見ようとしているのはチームワークに対する意識。
それも慣れた者同士ではない唐突な他人との連携……うがった言い方をすれば“他人同士でどこまで利用し合えるか”という辺りだろう。
試験で合否を争う者同士を組ませて、更に奪い合いを誘発するような言葉も聞かせる辺りギルドの試験は本当に底意地が悪い。
最初からスタンドプレーに走るか、他の受験者から奪うかした時点で即失格だろう事を森に入ってから歩きつつ話していたら最後尾を歩くキャナリは途端に顔色を悪くした。
「じゃ、じゃあ、あのオッサンはギルド側の罠って事!? でもあのギルド職員は“過程は問わない”って……」
「ギルドは……な。だが窃盗は普通に犯罪に当たるから法律は普通に問われるし、犯罪者に対してギルドがどういう扱いをするのかは特に言及していないだろ? だけど“ギルド側が依頼品を奪う”というのは試験の一環だから犯罪行為には当たらない。何しろ俺たちは望んでギルドの試験を受けているんだからな」
「平たく言えば、俺らが奪うのは厳禁だが自分たちは遠慮なく奪いに行くっていうヒントでもあるワケだよアレは」
ロッツの追従に更にキャナリは冷や汗を流して焦り出していた。
自分は元より他のパーティ仲間の心配をしているのだろう……けど今更別のルートに分裂した仲間にその事実を伝える術はない。
ギルドでの説明の時に邪な企みを仲間内でしていたようだから、その辺の心労は自業自得ではあるけどな。
本日の試験では魔物か、もしくはギルド側に雇われた者たちが採取依頼を妨害してくるはずなのだ。
少なくともある一つのルートに関してはほぼ確実に……。
「リーダーにゃ口酸っぱく『昇級試験は合格させる為のモノじゃない、レベルの低い者を見合わない依頼に付けないように落とすための試験だ』って言い続けられてたから、今更どうこう言うつもりは無いけど…………やっぱ性格悪いよな~この試験」
「それは同感だな。もうちょっと手加減してくれても良いとは思うが……」
「……前回全力でトラップ地獄ダンジョンを師匠と作りやがった野郎が言う事か?」
「う……」
ジト目でロッツが言う言葉にグウの音も出ない。
前回の試験で師匠とノリノリでやってしまった『合格者0事件』を考えれば、人の事をとやかく言う立場ではないやな……。
そして顔色を悪くしていたキャナリが物凄い目で俺の事を見ていた。
「……ちょっと待ちなさいよ。前回の昇格試験のトラップダンジョンはアンタが作ったとか聞こえたけど?」
「あ……いや~アレは主に師匠が監修したモノであって、俺はちょこ~っと手伝っただけだって言うか……」
「ダンジョンボスのオークを撃破したところで発動するトラップを解除に成功したと思った帰りで発動する部屋の床が全部無くなる落とし穴は?」
「ああ、アレは師匠とボス撃破の感動で浮かれた者が引っかかる類のトラップを突破して“ふ……俺たちがこんな罠にかかるかよ!”とイキった瞬間を狙おうと綿密に計算した別名イキり潰しのトラップで…………あ」
トラップについて聞かれて俺が思わず事実を口にした瞬間……キャナリだけでなくロッツすらも物凄い目付きで俺の事を見ていた。
「……まあ前回の試験に比べれば今回はまだ良心的かもな。知ってっか、キャナリさん……あの試験の正解は“ダンジョンボスを倒さずにスルーする”だったんだぜ?」
「は!? はああああああ!? 試験の為って必死で倒したボスだったのにスルーが正解だった!? どんだけ性格悪いのよ!!」
「あ~~~はは……ま、まあまあ……もう終わった事だし………………あ」
怒りの形相を浮かべる二人に俺は曖昧に笑うしかない。
まあ確かに前回の試験については我ながら意地が悪過ぎると、後々反省したもんだ。
ボス部屋でボスを戦うという固定概念を覆す、最終的には確実に部屋の床が抜けるというトラップ……しかも倒した後に宝箱すら用意する悪戯まで仕掛けていたからな~。
しかしこの場は笑って誤魔化すしかないかな~と思っていた矢先、俺は話を逸らす絶好な理由が出来た事に内心ホッとした。
「その辺の抗議はまた後で…………北東方面から四足歩行の魔物が5匹」
「「「!?」」」」
『気配察知』に引っかかった情報をそのまま伝えると3人とも驚いた様子だったが、さすがにこの中では付き合いが一番長いロッツが疑う事も無く真っ先に行動に移る。
「動きは集団か?」
「ああ……バラバラに見えてしっかりと統率が取れている。こっちを囲い込むように一直線に……こりゃ臭いを感知されているな」
「……この森でそれならワイルドウルフの類か?」
ロッツの見解に俺は無言で頷いた。
『深闇の森』での今の情報ってだけでそう判断できる辺り、ロッツの知識も経験も伊達ではないって事だ。
ワイルドウルフ……この森の中では最も多く、そして厄介な魔物の一つだ。
名の通り狼の姿だが一体の大きさは1mはあり、単体というよりは集団戦の狩りを得意とする肉食獣。
定期的に獲物を求めて森から近隣の村や町に出没する事もある駆除対象でもあるのだ。
毛皮が高価に買取される事もあるけど素早く攻撃力の高いワイルドウルフは上級の冒険者だって油断できない強敵でもある。
と……俺たちが淡々と話していると慌てた様子でキャナリが話に加わって来た。
「ワ、ワイルドウルフですって!? な、何でこんな森の浅い場所でそんなランクがDクラス以上の魔物が出てくるのよ?」
「確かに……繁殖期で餌を求めて森を出る以外、普段は森の割と奥に生息していると聞いてましたが……」
生態についてはある程度知っていたようでイリスも首を傾げるが……俺はあんまり考えたくない可能性が脳裏をよぎって……嫌な汗が流れた。
「餌が理由じゃないなら、一時的に住処を追われるような何かが森の奥地で出現したんじゃないのか? 普段は穏やかにしているのに今日は気合十分に隠す気も無く高ぶっている何かがさ……」
「あ~~~……やっぱり“この道”か?」
「この道だな…………う~~む、愛が重い」
俺の言葉の裏の意味を理解しているロッツが露骨に嫌な顔を作った。
経験の長く『深闇の森』を何度も訪れた事のあるコイツが知らないワケが無いものな……俺たちが指定された道筋は別のルートと違い『闇色の花』の群生地まで最短なのだが、その道筋が一本しか無いという事を。
「何呑気に話しているのよ!? ワイルドウルフが近寄っているってんならのんびりしている暇は……」
「おお……確かにその通りだな」
「でも、本当にワイルドウルフ5匹もいるの? アタシも『気配察知』は使えるけど20~30m内に気配は感じないけど?」
キャナリの正論に俺は意識を現状へと戻した。
しかしまだ魔物の姿も確認していない事でキャナリは俺の警告に懐疑的、というか戸惑っているようにも見える。
まあ自分も『気配察知』が使えるなら感知していない危険を問われても納得しかねるだろうけど。
「キャナリさんや……コイツの索敵範囲はゆうに半径300メートルはあるから間違いないと思うぜ?」
「さ、300!? 冗談でしょ!?」
「本当だ……普通のDランクの範疇でコイツを考えない方が身の為だぞ。何せAランクの化け物にみっちり鍛えられたヤツだからな」
驚愕するキャナリにロッツは俺の事を持ち上げてるのか、それとも下げているのか分からん説明をしやがる……。
「失敬だな……たった300で誇れるワケあるかよ。師匠だったら1キロ圏内は索敵できるんだぞ? こんな近寄らせてからじゃ準備も遅れちまう」
「「「…………」」」
俺は苦笑してそう言ってやるが、3人とも呆れたような戸惑ったような顔で俺の事を見つめていた。
解せん……。
・
・
・
「は……は……は……」
「グルルル……」
そして数分もしない内にワイルドウルフの群れがさっきまで俺たちがいた辺りに姿を現していた。
しかし集まって来た5匹の狼たちはその辺の地面をフンフンと嗅ぎまわって人間のいた痕跡を辿ろうとしているのに、その痕跡を見付ける事が出来ずに困惑している。
その様子を待ち構えていた俺たちは『上』から眺めていた。
ワイルドウルフたちが臭いを見失ったのは単純な事で『気配察知』で見つけた直後、ロッツに風魔法で追い風を起して貰ったからだ。
この辺は師匠の教えというよりは神様の教え。
臭いって言うのは鼻の中に臭いの元になる目に見えない物を感じ取ったからであり、鼻の良い動物は人間より遥かに遠い場所でもこの臭いの元を感じ取る事が出来るのだという。
逆に言えば“空気中の臭いの元が届かないと感知できない”という状況になり、ワイルドウルフたちにとって追い風では俺たちの臭いを正確には感じ取れないという事になる。
だがさすがに今までいた場所、踏んでいた地面には臭いが残ってしまうし、普通に歩いて木に登ったらその痕跡を臭いで辿られてしまう。
だから俺達は全員その場から直接木の上まで登ったのだった。
幸いというか即席パーティなのに全員が身軽な職でもあったせいか、苦も無く現在の位置を陣取る事ができ、突然人間の臭いが途切れた事に戸惑う狼たちを見下ろす事が出来ているのだ。
凄く狙いやすい、固まった状態で……。
その状況に最初狼たちが現れた時にはあからさまに『本当に来た』と驚いていたキャナリが音もたてずにゆっくりと弓を引いて狙いを定めた。
そしてその動きを合図に俺はあらかじめ仕掛けていた罠、でデーモンスパイダーの糸を右腕を振り上げて発動させる。
ガサ……「「「「「!?」」」」」
瞬間、
糸の音には気が付いたようだが最早手遅れ……敵の姿を確認する暇もなくワイルドウルフたちにキャナリの矢が降り注いだ。
「「「ギャン」」」
狭い範囲ではお得意の素早さや連携も発揮できず3頭の手足や急所に正確に矢が突き立って行く。
へえ……口だけじゃなく良い腕をしている。
しかし命中したというのに当のキャナリは表情をゆがめて舌打ちをした。
「チ……浅い。やっぱワイルドウルフの毛皮にアタシの矢じゃ威力が足りない……」
ワイルドウルフの最も厄介な所は防御力。
分厚い毛皮に覆われた全身に生半可な攻撃は通じず、正確に突き立った矢は表層で留まり急所に届いていないのだ。
それどころか今ので敵の場所、キャナリが潜んでいたのが木の上である事もバレた事で自分達を負傷させたヤツが上にいるとワイルドウルフたちは歯をむき出しに殺気をまき散らしながら威嚇を始めた。
が……目先の敵に注目してしまった事が連中にとっては致命傷になる。
上に注目したばかりに逆方向から降り立って至近距離まで侵入を果した見習い聖女の存在に気が付くのにワンテンポ遅れてしまったのだから。
「は~い、余所見は厳禁ですね!」
「ガギャ!?」「ギャ!!」「ギャン!?」
そのわずかな瞬間に懐に潜り込んだイリスは急所に突き立っていた矢をまるで釘を打つかのようにトンファーで打つ付けて、根元まで押し込んでしまう。
致命傷を受けた3頭は絶叫を上げたのみで二度と動かなくなってしまった。
瞬く間にイリスに仲間を倒された残り2頭は強敵の出現に咄嗟に飛びのき逃亡にシフトする……しかし。
「「!?」」
それは弱肉強食の自然界において非常に正しい判断なのだが、そっちの方角にも俺が仕掛けた糸がある事を忘れていたのは間違いだった。
そして風向きのせいで臭いが届かなかった存在がそっちの方にいる事に気が付けなかった事も……。
「悪いがこっちもそういう仕事何でね…………ふ!?」
糸にかかって身動きが取れなくなった2頭の首は、しっかりと風の魔力を練り込まれたロッツの剣『風刃閃』によって一刀で泣き別れとなった。
・
・
・
俺は溜息を一つ吐いてロッツが剣を納めたのを確認して、周囲に別の反応が無い事も確認してから木の上から飛び降りる。
「フッ……と。よ、おつかれ、さすがだなロッツ! ワイルドウルフを2頭同時とか益々腕上げたんじゃね?」
「あ~ほ……あんなタメの多い技、普段から狼共に使えるかよ。これを実戦で使ったのは鈍重なトロル相手以来だぜ?」
俺は素直に久々に見たロッツの剣の感想を述べるが、ロッツは呆れたように鼻を鳴らして見せた。
まあ確かに速い魔物相手に一撃のタメが多い技は一対一だったら不利だろうがよ。
そんな風にロッツと軽口を叩き合っていると、イリスが興奮した様子で近寄ってきた。
「す、凄いですギラルさん! ワイルドウルフは厄介な魔物だと聞いていたのに貴方の策略通りに非力な私でも瞬時に3頭も!!」
速さや技に定評があっても年齢的にどうしても一撃の攻撃力が軽いイリスの基本戦闘は手数勝負だったようで……今の結果に興奮を覚えているようだった。
……なんか『預言書』とは本当に違う印象なんだよな~この娘。
儚げな印象は無く、天真爛漫というか……聖女っぽくないというか…………初対面の時には見習いなのに一番聖女っぽいとか思っていたのに……。
「…………こんなにアッサリ……5頭も……」
そんな事を考えている内に最後の一人、キャナリも木の上から降りて来たのだが……何故だか目の前の光景に呆然としていた。
「何驚いてんだよ。この結果はアンタの正確な射撃のお陰でもあるんだぜ? じゃ無きゃ見習い聖女ちゃんの攻撃は一撃必倒にはなり得なかったんだから」
「その通りです! ありがとうございますキャナリさん!!」
「あ……いや……」
イリスに真っすぐに礼を言われてキャナリは戸惑った表情を浮かべていた。
何というか今起こった結果が自分の功績であると思えていないというか、信じられないというか……自分の中で消化できていないようでもある。
「……今までアタシらのパーティでもワイルドウルフの討伐は受けた事あったけど、こんなに手際よく、かつ綺麗に仕留めた事なんてなかったから」
「……アンタのパーティに斥候役はいねーの?」
「索敵関係はアタシが兼任してる……けど索敵範囲はせいぜい30mが限界だから……」
俺が聞いてみるとキャナリは露骨に落ち込んだ表情を浮かべた。
今まで苦労していたのは自分の力が無いから……自分が仲間に迷惑をかけていたからとか考え始めているようだなコレ……。
まあ俺もそんな事を思った経験はあるけど……ハッキリ言えばそれはある意味仕方がない事でもある。
「な~に言ってんだか……ギルドにいたアンタの仲間を見たところ基本が攻撃特化の近接武器ばっかだったじゃね~か。索敵云々別にしても討伐は自分を囮に一対一で戦うしか方法がね~じゃん。弓使いのアンタだって同じ事、攻撃専門の輩が専門家である
「…………え?」
「ちっと考え方がかて~な……冒険者なんて結局一芸バカの集団が役割分担するもんなんだから弓使いは狙撃できる範囲の索敵が重要だろ? 逆に言えばそんな距離でアンタと同じ攻撃力を俺は発揮する事なんかできないぜ?」
「…………そう……なのかな?」
そう呟いたキャナリの瞳にはギルドで腐った目をして俺の事をバカにしていた色はすでに無い。
そんな姿を見ていると何となくだが……俺はギルド側の裏の裏、今回の試験に関するもう一つの企みも読めて来る。
冒険者というのは華々しい活躍をする上級者とは裏腹に本当に息の短い不安定で危険な仕事である。
しかしギルドでは自己申告で職を名乗る事は出来るのだが、犯罪さえ犯さずキッチリ仕事をこなしてくれれば特に感知しない所があって……極端に言えば魔導士が戦士を名乗っていようが“使える人間”であれば気にしない自己責任の世界でもある。
そのせいもあって当然ド素人が唐突にパーティを組むパターンも多く、普通なら実力不足で早々に諦めるか早々に命を落とすかの二択になるけど、たまに独自路線で強くなり生き残って行く奴らもいるワケで……キャナリが所属する『血塗れの剣』もそんな運よく生き残って来たパターンなのだろう。
多分ギルドにとってはキャナリたちは貴重な有望株でもあり、出来ればDランクに留まってそれなりの仕事をしてくれるなら問題ないとすら思っているのだろう。
しかしそこは独自路線で強くなって来た冒険者……上を目指したいというプライドがあって当然ではある。
ただ教えを乞う師匠や先輩を得ずに独自路線で今までうまく行っていたヤツらは『俺たちのやり方は正しい』と確固たる自信……という名の妄執に取り付かれてしまい、他のやり方を盗み、学ぼうという柔軟性が無くなってしまう。
そして昇格試験に落ち続け腐りかけていた、ある意味一途な彼らに俺のような”使えりゃ何でも使う”という節操のないヤツをぶつけてみて、試験を通じて教育しようとしているのだろう。
「あのギルド
「あら、それなら安心して? 昇格試験にうちの子を利用するだなんてちょっと許せなかったから……昨日の晩にはしっかりと折檻しといたから♪」
ゾク!! その声を聞いた瞬間に全身の毛が逆立った。
優しく、温かく、俺にとっては命の恩人でもある親代わりの人であり……師と呼べる人でもある女性の声。
その声が……まるで隠そうともしない強烈な闘気と共にいきなり聞こえたのだから。
『深闇の森』の『闇色の花』まで最も近道であり一本しかルートの無い場所……その一本道から静かに歩みを進める聖母の如き笑顔の女性……。
笑顔の奥に隠そうともしない闘気……無意識に流れ落ちる冷や汗が、全身の神経が強敵の出現に警告を鳴らす。
俺が感知できなかったワケじゃない……『気配察知』の索敵範囲を気にせずにこの人は瞬時に300mを走破しやがったんだ……。
相変わらず……うちのカアちゃんは化け物だな。
「や~~~っぱり出て来たよ。恥ずかしいから友達の前に出てこないでくんない? カアちゃん……」
「うふふ……え~? ママにもお友達紹介してよ~~冷たいな~」
『剛腕のミリア』……俺にとっての昇格試験は本日の受験者の誰よりもハードルの高い試練が準備されていた。
全部予想通り過ぎて泣けてくるがな……。
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