第百六話 まずは自己紹介から

 さて……壁際でヒクヒクしながらシエルさんに回復魔法をかけて貰っている負傷者が既にいる事は置いといて……一通りの説明が終わった後、受験者はその場で職員から個別に集合先を指定されてから一時解散となった。

 今回試験会場になった『深闇の森』にはいくつかの出入り口があるのだが、今回それぞれの場所に番号が振られていて、これから同じ場所に集合していた者たちが今回の即席パーティという流れなのだそうだ。

 そして指定された番号は『5』…………俺は集合場所にどう考えてもギルドサイドの、いやミリアさんの意図を感じてげんなりとした。

 他の指定された集合場所は『闇色の花』の群生地に至る奥地に向かう道筋が何本かあるのに対して、『5』に指定されたそこは一本しか道が無いのだ。

 さっきのやり取りで分かるヤツは分かったハズだ……どのコースが最もハズレなのか。

 憂鬱な想いを胸に集合場所へと到着すると、どうも俺が一番最後だったみたいで既に3人の男女が重合していた。

 俺の登場に対する表情は三者三様で嬉しそうな顔、イヤそうな顔、そして無表情……まず最初に口を開いたのは同期のダチだった。


「ギラル、やっぱりお前はここだったか! いや~最悪“この道に”お前が来なかったらどうしようかと思ったぜ」

「そりゃこっちにセリフだロッツ。お前みたいな当たりがいてくれたのは僥倖だよ」


 同じパーティである事をあからさまに喜んでくれるのは悪い気はしないし、こっちとしても同期の中でも最高の風魔法使いであるコイツがいてくれるなら少しは勝機が見いだせるというモノだ。

 

「お前の相棒に比べりゃ劣るかも……だがな」

「謙遜すんなよ。詠唱破棄で巧みに風を操り攻撃とサポートをこなす頼りになるチームの要だって後輩共は持て囃してたじゃん」

「はは……そのくらいで今回を乗り切れるかは心配だがよ」

「……だな」


 ロッツは森の入り口を見つめて複雑そうにそう呟く。

 やっぱりこいつも冒険者を経験してから長いだけあって『5』のルートが持つ意味を理解しているという事なのだろう。

 しかし警戒心バリバリな俺たちに向かって蔑んだ目で鼻を鳴らすのは、あからさまに嫌そうな顔になった女性冒険者。

 完全に俺たちを格下、俺たちと即席のパーティになった事自体がハズレくじであるという態度で口をはさんで来た。


「チッ……何でアタシがこんなマザコン野郎と同じパーティ組む羽目になるのさ。役立たずの足手まといなんかゴメンだね。保護者同伴じゃねーと何もできないボクちゃんは早いとこ棄権してママのおっぱい貰いに行きな!」

「「…………」」


 そう言って凄んで来る彼女は確かさっき俺とヴァネッサさんのやり取りを笑いものにしていた連中の一人。

 キツイ目付きを更に化粧で吊り上げて、身軽な服装なのは良いとしても少し露出が過剰気味……中々立派なバストはしているものの、谷間を見せつける衣装をこれから森に入る冒険者がして良いのか疑問な所だが……。

 どうやら主武器は背中に背負った弓と腰のナイフ……おそらく弓使いの類かな?

 そんな彼女は早々に俺の事を足手まといと見なして追い返そうと悪態を繰り返す。

 まあ……足手まといというか、『ハズレ』で『重荷』である事は認めるけど……。


「え~っと……取り合えず戦力確認からしようか? まず俺は……」 


 とにかく俺は彼女の言い分をまるっと無視して即席パーティの戦力確認を優先させる事にした。

 しかし俺のそんな反応が気に入らないのか彼女は舌打ちをして口を挟む。


「聞いてんのか雑魚のマザコン野郎は帰れって言ってんだよ! これはランク昇格を賭けた命がけの試験だ! この弓師キャナリ様の邪魔したら只じゃおかないよ!!」

「「…………」」

「戦力確認? そんなのいらね~んだよ! たかだか採取依頼……アタシの実力があれば余裕で手に入れる事が出来る……」


 苛立ち紛れの言葉の端に『受験者から力ずくで奪う』という意図が感じられるし、俺を雑魚としてリタイヤさせようというのも蔑みもあるだろうが、これからやらかす事への目撃者を減らしたいという考えもあるんだろうな。

 浅はかな…………。

 まあ俺自身もそんなのは切り捨てたいところだけど、今回の試験内容を考えるとその手段は本当に最後の手にしないといけないだろうし……。

 俺が頭を抱えそうになっているとロッツがチョイチョイそれを引っ張った。


「あん?」

「ギラル、そろそろ種明かししておいた方が良いだろう。試験内容から考えても最低限戦力になって貰わなきゃ話にならねぇ」

「…………ま、同感だな。こんなのでも使えなきゃ意味がない」

「ああ!? 今何っつった!?」


 俺たちの会話が自分の事を侮辱していると察した彼女……キャナリは瞬時に怒りの表情を浮かべ怒鳴った。

 憤怒の感情に任せて己の主武器である弓矢を手に取ろうとして……呆気にとられる……今まで確かに背負っていたハズの弓が無い事にようやく気が付いて。


「あ、あれ?」

「お探しの得物はコレかい?」

「ああ!? てめえ、いつの間に!?」


 そして目の前の俺が愛用の弓を弄ぶ姿にギョッとするものの、再び怒りの咆哮を上げる。

 自分が今何をされたのかも気が付かないままに……。


「返せ! 人の武器を勝手に………………え?」

「失敬な……ちゃ~んと返すからそう怒んなって…………」

「!?」


 だがさすがに今まで怒鳴りつけていた俺が突然背後に回って、預かっていた弓を背負い直させ、声が背後から聞こえた瞬間彼女は言葉を失った。

 息をする事すら忘れたかのように目を見開いて、顔面から冷や汗を噴き出しながら腰を抜かしてへたり込んでしまう。

 まるで幽霊でも目撃したみたいに……。

 そんな彼女にロッツはゆっくりと近寄って腰をかがめ、目線を合わせてニッコリと笑う。


「どうだ? 今ギラルが背後に回って弓を盗ってから返すまでの動きが少しでも見えた? 狙撃を主にする弓使いが背後を取られたってのに……」

「…………」


 ハクハクと口を動かすのに言葉を発する事が出来ない彼女……キャナリは定まらない視線のまま首を横に振った。

 その様にロッツは更にニヤアっと笑顔を深めて見せて、その顔を見たキャナリは「ひい!?」と悲鳴を上げた。

 いや怖えよソレ……パーティでも付け上がった新人の心を折る役をアイツが担っているのも分かる気がするがな。


「良かったなぁ……お前の言うマザコン雑魚坊ちゃんがその気だったら、その首筋にアイツのダガーが突き立っていても気が付けなかったかも……だけど」

「……!?」

「お前度胸あるなぁ~。オーガキラーの噂くらい知ってんだろうに、そんな化け物相手に帰れとか足手まといとか……すこ~しでもその気になられたら~って考えないのか?」

「は!? ひ……ひいいいい!?」

「脅かし過ぎだバカ」

「いて!?」


 腰抜かしたまま震えだす姿にさすがに見ていられず、俺は更に脅しかかるロッツの頭にチョップを落した。

 

「いてぇなぁ~。こちとらお前の名誉回復をしてやろうと思ってんのによ~」

「そのせいで怯えて縮こまられても困るってんだよ! 仮にもCクラス昇格試験を認められてんだから油断さえしなけりゃ良いだろうが」

「そりゃそうだけどよ~」


 対して聞いた様子もないのに大げさに頭を押さえてブツブツ不満を漏らすロッツに苦笑しつつ、俺はへたり込んだままのキャナリへと視線を戻した。

 その瞬間再び悲鳴をあげつつ後ずさりして……今さっきとのギャップを考えるとちょっとだけ可愛く思えたり……まあそれはともかく。


「……さっきの続きだけど自己紹介をしておく。俺はギラル、前はAクラスパーティー『酒盛り』に保護され所属していた、今は独立して別のパーティを組む一介の盗賊シーフだ。役割は主にダガーや鎖鎌を足を主体に使う中間距離での攻撃、支援。索敵、罠解除、潜入、情報攪乱何かも担当する方なんで一つ宜しく!」

「……ギルドでは3番目の大所帯『アマルガム』に所属している魔導士ロッツだ。主に風魔法を得意としているがそこそこの火と水の魔法も使える。お察しの通り遠距離支援が主だけど剣の心得も多少はあるぞ」


 そう言うとへたり込んだままのキャナリは呆気に取られた顔になったが、ロッツはヤレヤレと言った風に俺の自己紹介に続いた。

 何となく謙遜気味に言ってはいるものの、ロッツは名乗るなら『魔剣士』を名乗ったって良いくらい剣の腕前は持っている。

 パーティにそれ以上の剣の遣い手がいるからか、名乗る気は無いようではあるが……腰に下げた細剣レイピアと風の魔法を組み合わせると大岩すらも切り裂くくらいなのだ。

 

「んで? アンタは?」

「え……あ…………ああ……パーティ『血塗れの剣』に所属……弓使い…………主に後方支援担当…………キャナリだ…………です……」


 そして自分に水を向けられた時ようやく今の自分の状況に思いが至ったのか、キャナリは慌てて立ち上がろうとし……腰を抜かして立ち上がる事も出来ずに座り込んだまま簡潔な自己紹介をした。

 相変わらず引きつった顔のままだが……。


「では……最後は私の番でございますね?」


 そんなやり取りを終えると、ようやく最後の一人が口を開いた。

 正直言って実はこの中で一番どう対応したもんか困っていた人物なのだが……その修道服をまとった少女は、年齢の割に迫力のある生真面目そうな表情も崩さずに頭を下げた。


「エレメンタル教会より本日派遣されて参りましたイリス・クロノスと申します。未だ見習いの未熟者ではございますが、本日は精一杯務めさせていただきますのでよろしくお願いいたします」



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