第百五話 闘魂のイリス

 イリス・クロノス、『預言書』では十代後半の絶世の美女で世界を破滅に導こうとする邪神軍を倒すため、邪神の復活をそしする為に異界から『勇者』を召喚する予定の……ザッカール王国で生き残った最後の聖女。

 唯一『精霊神』の寵愛を受けた神子として最後の決戦まで勇者と共に戦う、自分たちの都合でこの世界に召喚してしまった勇者に思いを寄せるも最期の最後までその想いは欠片も叶わない俺にとっては『預言書』の中で最も不憫で報われない女性になる予定……。

 そんなイリスの見た目は美少女ではあるもののどちらかと言えばまだ子供の体格を抜け出せていない10歳前後……常に慈愛と罪悪感を表情に浮かべ憂いを帯びた『預言書』とは異なり若干きつめの、几帳面そうな雰囲気を感じる。

 一言で言えば生意気そうなガキという印象がしっくりくる。

 そんな彼女は怒りの感情を隠そうともせずに冷や汗を浮かべて怯むリリーさんに詰め寄った。


「や~~~~っと会えましたね姉様!? 私に何も教えずに勝手に教会からいなくなるなんて……心配するじゃないですか!!」

「いや……別に隠していたワケじゃ…………」

「事情があったのは分かってますけど、それなら後で教えてくれても良いじゃないですか! なのに私と会う事を意図的に避けてましたよね……」

「!? そそそそそそそそんな事ないない!! イリスがキレ散らかすのが目に見えるから説明が面倒だったとかそんな事は欠片も……」

「……姉様?」

「……は!?」


 よっぽどリリーさんにとっては想定外だったのか、普段結構冷静な彼女は迂闊にも口を滑らしていた。

 どう考えてもこの場において完全な失言を……。

 その瞬間にイリスの全身が目の前から掻き消えた、と思った時には既にリリーさんの背後に回っていた…………って速い!

 脳筋格闘僧やら脳筋聖女、果ては脳筋ババアまで見て来たから今更教会関係者の運動能力が高い事に驚きはしないけど、イリスの動きには正直驚く。

 幼い体格から筋力はあの連中に比べればまだ未熟だろうに、純粋な早さのみで狙撃手として動体視力に優れるリリーさんの背後をアッサリと取るとは。

 しかし驚きはそれに納まらない……背後に回ったと思ったイリスは流れるような動きのままリリーさんの手足を取って全身に絡みつき、自身の両足を地に付けていないのにリリーさんの全身を“立たせたまま”締め上げたのだ。


「ダアアアアアアアアアア!?」

「ぬお!? 何だあの技は…………まるでタコが絡み付くが如く!」

「まさかアレは伝説の固め技、オクトパス卍ロック!?」


 技が決まった瞬間に何というか筋肉隆々な肉体派冒険者連中が騒ぎだした。

 何か有名な技なのか良く分からんが、何故か追及するのはマズそうな技名を口々に盛り上がり始める。

 そしてその様を冷静に見ていたシエルさんは親友が絶叫する危機の中、柔らかい笑顔を浮かべる。

 

「イリスさん、技の入りがまだまだ甘いですよ? 貴女の速度ならもう少しスムーズに固められたハズです」

「はい先輩! 精進いたします!!」

「シエル!? 何煽ってんの!? 助けてよ!!」


 ギリギリと締め上げられるリリーさんが涙目で抗議するけど、シエルさんは表情も変える事なくただただ笑顔である。


「教会を出たのは事情がありますけど、説明を怠ったのは貴女の罪でしょ? 潔く罰は受けておきなさいな…………あ! ヴァネッサ様、こちらは気にせず試験の説明をお続け下さい」

「ちょっとシエル!? ギャアアアアアアいたたたたた!! ゴメンイリス! 私が悪かったから許してえええ!?」

「許しません! 今日までの私の心配をその身を持って知っていただきます!!」


 ……まあ発言を聞いている限り非はリリーさんにあるようだし、口出しは野暮だな。

 俺だけじゃなくその場にいる冒険者たちも同じ事を思ったのか元同僚同士のじゃれ合いをしり目に試験説明へと戻って行く。

 巻き込まれたくないというのもあるだろうがな……。


 実は『最後の聖女イリス』についてはリリーさんに聞いていたが、俺がその名を出した時にリリーさんは驚く様子もなく『やっぱりあの子なのね』と溜息を吐いていた。 

 俺から『預言書』での『聖魔女』の顛末を聞いて、リリーさんは十中八九イリスである事を確信していたようだ。

 リリーさん気になってはいたのだが、俺から聞かれるまで確認しなかった理由はただ一つ……自分の妹分が後に親友を殺すというのを認めたくなかったからだった。

 詳細に聞いて行くとイリスは回復魔法を微弱だが使える光属性魔法の魔導僧の位置づけだったらしい。

 しかしあくまでも軽い怪我、しかも負傷から時間がたてばたつほどに効果が弱くなる欠点があり魔導僧としての活躍の場は無かった。

 そんな自分の才能に絶望し落ち込んでいる時に出会ったのが己が魔力を放出出来ず、それでも道を模索し鍛錬を止めない先輩魔導僧リリーだったのだ。

 境遇が似ていても挫折せずに邁進するリリーの姿にイリスは感銘を受けて、教会にいる時は常に付いて回り『姉様』と呼ぶほど慕っていたのだとか……。

 正直その辺がちょっと意外だった。

『預言書』の事前知識があるからか、イリスが最も親しかったのは『聖魔女』、シエルさんの方だと思っていたけど、どうやら違うらしい。

 道を模索する中リリーさんは『狙撃杖』という相棒を見付けて独自の路線を辿ったが、イリスの方は体術面に才覚があったのか“光属性魔法適性の格闘の師”としてシエルさんに師事する事になったのだとか……。

 そう考えると本当に因果なモノだ……『聖魔女』の誕生を阻止した結果、本来なら同時に大切な人を失う予定だった2人がこうしてここにいるのだから。


「ぐああああああああ!? ロープロープ!!」

「!? イリスさん、右足に注意です! 強引に飛んでロックを外そうとしています!」

「なるほど!!」

「しえるうううううううううう!?」


 ……その結果は何とも騒がしいけどね。

 まあ件の『最後の聖女』がこの場にいた事は予想外ではあったが、今すぐにどうこうする事でもないし……リリーさんの叫び声をBGMに俺は昇格試験の“観察”へと戻った。

 ヴァネッサさんが説明したギルド側で用意した回復魔法の使い手は、今騒いでいる教会関係を合わせても計5人なのだが………………あれ?

 俺はそのメンツを見渡して、ギルドが用意した回復魔法の人員としては少々気になる事に気が付いた。

 俺はその瞬間に背中に冷たいモノが走るいや~な予感と共に「以上で昇格試験に関する説明を終了いたします。何か質問はあるでしょうか?」と締めに入るヴァネッサさんに対して慌てて手を挙げた。


「質問良いっスか!?」

「どした、ギラル君?」

「今回ギルドが回復役に任じたのはこれで全員っスか?」


 俺が不安たっぷりにそう聞くと、ヴァネッサさんは実に“イイ笑顔”をする。

 まるで俺がその質問をするのを待っていたかのように……。


「あらら~どうしたのギラルちゃ~ん? 回復役にママがいないのがそんなに不安なのかな~?」

「ああハイ……物凄く不安です」


 まるで煽るかのようにヴァネッサさんがニヤ付きながらそう言った瞬間に、一部の冒険者連中から爆笑が起こった。

 その連中は最近ギルドに所属した連中が多く、特にガラの悪そうな男やケバイ化粧をしている弓使いっポイ女がいるパーティが指を指して笑い出した。


「ガハハハハハこりゃいい!! 噂のオーガキラーがどんなもんかと思ってみればママがいないと何にも出来ないボクちゃんだったってか!?」

「アハハハハ! な~に? まだママのおっぱいが恋しいワケ~? そんなのが即席でも同じパーティ何て不安しかないわ~」

「だよな~保護者同伴のおこちゃま何てゴメン被る」


 まあ知っている奴は知っているだろうよ、俺が普段受付をしている元冒険者の回復魔法の使い手ミリアさんを指して“ギラルのママ”と言われている事を。

 まあ長年彼女だけじゃなく『酒盛り』の連中に保護して貰っていた俺にとってみんなが師であり親代わりだったからな。

 情報の精査なんぞしなくてもギルドに顔を出せばそんな事は誰でも分かるだろう。

 ただ俺をバカにして笑っている連中は自分たち以外の連中も俺と同じように顔色を変えている事に気が付いていない。

 ヴァネッサさんが今俺を貶すように言ったセリフは、さっきの犯罪行為を煽るような事を言っていたギルド側の罠ではなくヒントである事に。

 当然今のやり取りで顔色を変えた中にはカチーナさんもいて、彼女は慌てて俺に声をかけて来た。

 この時ばかりは俺も恥ずかしいだの言っている余裕もなく、彼女の目を真正面から捉える事が出来ていた。


「ギ、ギラルくん……気配察知の範囲以内にあの人の気配は……」

「無い…………多分ギルド周辺どころか王都内にも既にいないだろうな……」


 一縷の望みをかけてヴァネッサさんに目配せすると……彼女はさっきの発言に謝罪するように軽く頭を下げると……拳を突き出して見せた。

 つまり……そういう事なのだろう。

 

「…………今のヒントで笑っていられるとか……こっちこそ保護者役はゴメンだぞ」

「……俺もだ」

「……私も」


 ロッツも今のヒントでこれから行われるであろう昇格試験が採取依頼で済まない事を察したようだった。

 Aランク冒険者パーティー『酒盛り』で『剛腕のミリア』と呼ばれたうちのママが回復役にならずにこの場にいないのに笑えるとはな……。



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