第百四話 昇格試験はトラップ満載
「よ~うギラル。お前も今回の昇格試験に参加すんのか?」
試験当日、装備や道具など一式の準備を整えて俺達パーティー三人は冒険者ギルドへと赴いていた。
そして本日の試験を受ける為に集まった集団の中にいた顔見知りの魔導士ロッツが声を掛けて来た。
「んだよロッツ、お前も今回なのか? てっきりCクラスは既に通過済みかと思ってたのによ」
「うっせーな……今回で2度目だよ」
「マジかよお前が二度目!? Cクラスになるとそんなに昇格試験は難しいのか?」
不貞腐れたようにそう言うロッツだったが、その答えに俺は正直驚いていた。
ロッツは同期の中でも優秀な風魔法の魔導士で、同年代の中でも優秀な部類なのだから。
別に舐めていたつもりはないけど、ロッツが落とされたというのは一定の基準にもなる。優秀な魔導士ってだけじゃなく魔力に自惚れる事も無く体術もそれなりにこなすロッツは正直かなりの実力なのだから……。
しかし警戒する俺にロッツはますます不貞腐れた瞳を強め……俺を睨んだ。
「前回の試験では“どっかの引退前のベテラン盗賊”が試験担当して、嬉々として謎解きと罠を満載にしたダンジョンを試験にしやがってな~。加減ってもんを知らんのか、合格者0って前代未聞の結果になったんだよ」
「へ、へ~~~そりゃ大変だったんだな。まあ冒険者としての厳しさを教える意味もあったんじゃ……」
「後から聞いた話じゃその時の試験は“愛弟子”も一緒になって参加したらしくてな……」
「…………そうなんッスか」
「そうなんッスよ……愛弟子さん?」
咎めるようなロッツの眼差しに俺の脳裏に約一年前、『酒盛り』がまだ解散前だった時にスレイヤ師匠と一緒になってダンジョントラップを設置した事があった事が過る。
そう言えばあのギルドが所有するダンジョンのトラップを何に使うとかは聞かずにノリノリで、こうすれば絶対に引っかかるという通路や宝箱、果ては休憩所に至るまでほとんど悪質ないたずらのようにやったのだが……まさか昇格試験に使われていたとは……。
「……ぶっちゃけ初見でクリアするのはAクラスじゃなきゃ無理じゃね? ってくらいの悪質なトラップを設置しまくったのは否定できねーな……なんかスマン」
俺と師匠が前回の合格者ゼロの犯人である……さすがに誤魔化す事は出来ないと諦めて軽く謝るとロッツは溜息を吐いた。
「今回は件の師匠は妊娠中だし、
「クラスに関係なく、自分の命を依頼ごとに天秤に賭けているって事を考えれば楽な昇格試験はありえねぇ~だろ? 俺もお前も、先輩方も、どんだけ死にかけて来た事か……」
「ちげぇねぇ……」
本日昇格試験の為にギルドの集まったDランク相当の冒険者は大体20人、屈強そうなのから細身のヤツ、人の良さそうなのから悪そうなのまで様々なのだが……この中の全員が一週間後に必ず生きているかどうかの保証など無い。
クラスが上がれば上がるほど更に…………。
Dクラスまで上がって来る事だって簡単ではなかったが、戦闘力というのは上に行けば行くほどに要求されるモノは増えて行く。
その要求に一つでも答えられない事態に陥れば、どれほど研鑚を積んだ達人でも容易く命を落とすかもしれない。
昇格試験はあくまでも“そういう危機に対する予行練習”である事を肝に銘じなくてはならないのだ。
と……そんな風に気合を入れ直す俺だったのだが、ロッツは不思議そうな顔で試験に全く関係ない事を聞いて来た。
ある意味、今最も触れてほしくない話題に。
「ところでギラル、お前の相棒も今日試験じゃねーのか? 何でさっきから微妙に距離取ってんだよ。喧嘩でもしたんか?」
「…………いや?」
俺はあえてロッツが言う相棒がいる方向とは反対側を見たまま……曖昧に返事する。
相棒……カトラスを腰に下げたいつもの盗賊風の衣装を纏ったカチーナさんがこっちを見ている視線は感じるけど、俺は正直彼女を今真っ正面から見る事が出来ないでいた。
具体的には一昨日、カチーナさんのメイド姿を拝見してからだが……。
以前よりも露骨に目を逸らす俺にカチーナさんが不安がっているのは理解しているけど、ノートルム兄貴に欲情を肯定され、リリーさんに妄想を加速させられてから……なんかもう俺の中でカチーナさんの存在が“たまらなく”なってしまったのだ。
『ちょっとリリーさん。何かギラル君ますます私の事避けてません? この前のメイド服を着た夜からまともに目を合わせてくれないんですよ?』
『あ~~ははは……まあ彼も男の子だし?』
『今朝も朝早くから洗濯していた彼に挨拶したのに、何故か慌てて逃げてしまったし……』
『カチーナ……それはマジでそっとしてあげなさい』
今だけは盗賊の卓越した聴覚が妬ましい……この距離でも二人の会話がバッチリと拾えてしまうのだから。
早朝の選択についてはマジでそっとしといて下さい……ホントお願いします。
まさか一昨日の衝撃から二夜連続でアレな夢を見るとは思わず、最近までとは違った意味での自己嫌悪が酷いので……。
“こういう気持ち”を自覚するのはもうちょっと……その……嬉し恥ずかしな、ロマンチックな物を夢想していたというのに。
ドラマチックな事じゃなくでも日常のフッとした出来事や表情で~とか、爽やかな始まりを勝手に期待していたのに……少なくともリビドーから始まる事は望んでいなかったというのに……。
「ちょっと最近……自分自身の欲深さというか汚らしさというか……その手の事に自己嫌悪しているというか……ね?」
「…………あ~~~つまりそういう時期なのか」
俺はそんな質問の答えにもなっていない曖昧な事を口にするのだが、ロッツはそれだけで納得したように頷いた。
まるで似たような経験のあるような言葉に俺が振り向くと、ヤツは妙に達観した表情で肩を組んで来た。
「ま、仕方ねーさ男女混合のチームにゃ付き物だからな~そういうの。俺の場合はリーダーが『今後の為に経験しておけ』と世話してくれたから落ち着いてるが……」
「……え?」
余裕のある表情でそういうロッツは、まるで俺の事を若干格下に見ているような……男としての経験で上に言っていると暗に告げているような余裕を感じる。
ロッツの所属するパーティ『アマルガム』は結構な大所帯で年齢も性別も結構様々。
そのリーダーは女性で姉御肌の豪快な美人の大剣使いだったが……まさかコイツ!?
「終わっちまうとなんて事ないぞ? ハニートラップやら魅了魔法やらの耐性を考えると慣らしは必要だって言ってたし……」
「あ……そうなの?」
「まあお陰で他の連中と違って娼館に金落とす事も無いし、後輩にムラムラする事もねーから助かってるけどな……俺自身あんまりそっちの方は強くないのか、リーダー以外と~とは思わねーし……」
「…………」
確かに長い期間一緒にいる冒険者で異性がいるとその手の男女関係は発生しやすい。
性欲のはけ口にパーティー内で割り切って付き合うタイプも存在するのも事実だ。
ただ、コイツは分かってないな……そんな風に誘導されて自分が身も心も捕まってしまっているという現状に……。
『アマルガム』のリーダーは確かに見た目は豪傑な美人だが、性に奔放なタイプじゃ無かったはずだ。
そして言葉とは裏腹に、パーティー内ではロッツには知られないように協定が結ばれているだろう。
「……一応聞いておきたいけど、ロッツは最近リーダーに昇格を急ぐように急かされたりしてないか? もしくはリーダー個人は資金集めを優先していたり……」
「……何で知ってんだ? 最近のリーダーは好物の酒も控えて娯楽もせずに節約してるし、今回の試験は絶対に受かるように発破掛けられてんだよな~。去年は“焦らなくていい”って言ってくれたのに……」
「…………」
間違いない……コイツ、逃げ道を塞がれている。
パーティーのリーダーを担うのにランクは関係ないけど、少なくとも強さを象徴する箔は必要不可欠だ。
今後“一身上の都合”でトップを降りるであろうアマルガムリーダーが自分の後継に誰を指名しようとしているのかが察せられる。
何か色々な面で同期のこいつには先に行かれてしまった気がする……俺の悩みなんか本当に小さい事だよな~。
「試験頑張ろうぜ父さん!」
「誰が父さんか…………」
俺の言葉の意味を全く理解できていないロッツは妙な顔つきで返して来た。
言葉の意味を理解するのは恐らく今回の合否が決まった後になるだろうが……。
そんな事を考えていると、ざわつくギルドのホールに手を叩く音が響いて冒険者ギルド受付嬢の一人ヴァネッサさんが現れた。
相変わらず豊満な体をしていて下世話な視線を送る輩も多数いる。
そんな奴らの視線なんて気にもせずに悠々と参加者たちの間へに出ると、彼女は壁に一枚の大きな紙を張り出した。
「は~~~い注目! そろそろお時間ですので、本日Cクラスの昇格試験を受ける方はこの場にいる方々で締め切りますよ~。そしてこれから行う説明はたった一度のみで後から聞いてなかったという苦情は一切受け付けませんのであしからず」
そののんびりしていても良く通る声に、ギルド内に一瞬にして静寂と緊張感が生まれる。
一度しか言わない……これは昇格試験における最も基本的な注意事項だ。
重要な情報を得られる機会は現実にはそんなに多くない……一度きりのチャンスに正確に、確実に入手出来るのかは分からないのだ。
事前に注意までしてくれた上で理解してませんでした~では話にならない。
「では今回の実地試験はギルド側で無作為に選出したメンバーでチームを組んで依頼に当たっていただきます。こちらの判断でなるべく同パーティーとは被らないようにしてありますのでご了承ください」
「「「「「!?」」」」」」
その情報に参加者からは動揺した気配を感じ……俺も思わず未だ距離を取ったままのカチーナさんと目を合わせてしまった。
あまり知らない相手と即興で連携を取る……冒険者としてそんな状況もあり得る事だからギルド側の意図は理解できるが……。
「その即興チームで王都からほど近い『深闇の森』でマジックポーションの材料の一つである、この『闇色の花』を採取して来てください」
ヴァネッサさんは一凛の黒っぽい紫寄りの花弁をした花……の栞を参加者に見えるように高く掲げた。
マジックポーションは俺みたいな魔力に全く縁のない者には馴染みがないけど、魔法を主体にしている連中には不可欠な道具の一つだ。
基本的には日陰の多い森の奥地に生息している植物で、たまに依頼に出される事もあるし、俺も何度か採取依頼は受けた覚えがある。
「試験は本日の夕方、日の入りまでにギルドへ納入する事。ただし『闇色の花』を森の中以外で入手する事は禁止です。王都で購入するなどの違反行為は発見次第失格とさせていただきます」
「へえ……それじゃあ姉ちゃん。森の中で手に入れるならどんな方法でも良いって事なのかい?」
ヴァネッサさんの説明の最中に質問したのはいかにもガラが悪そうに見える中年のオッサンだった。
そんな意味ありげにニヤ付きながら聞くオッサンにヴァネッサさんは表情を変える事無く頷く。
「はい、その通りです。ギルドといたしましては説明した通りに依頼品を納入して貰えれば過程を問うつもりはありません」
「そうかそうか! そいつは良い事を聞いた!!」
その言葉はある意味『森の中で手に入れるなら他者から奪い取っても良い』と宣言したように聞えた。
今のやり取りで露骨に青くなる者もいれば“その手があったか”とほくそ笑むいかにもな連中もチラホラと目につく。
『闇色の花』は『深闇の森』でも結構奥地に生息するから、魔物の脅威や労力を考えれば出入り口付近で待ち伏せようと企んだようだ。
このオッサンが“ギルド側の人間”とは欠片も疑いもせず……。
チラッとロッツを見てみればその手の連中の顔色を確認して苦笑しているし……やはり分かるヤツは分かるのだ。
今のやり取りで重要なのは“説明通りに納入しろ”って所……つまりその前の“依頼には即席パーティで当たれ”という部分にかかって来る。
要するにスタンドプレーは認めない……そう言っているのだ。
そして言葉の罠はまだあって“ギルドとしては”と注釈入れているが、当たり前の常識として窃盗や強盗は普通に犯罪行為……ギルドが無視しようと法律が許さない。
一連のやり取りは昇格試験のふるいの一環であると気が付けたヤツはどのくらいいるのだろうか?
犯罪行為を誘引するような発言を真に受けたヤツらも、そしていかな理由でも依頼を達成できなかった未熟者も不合格にするギルド側の罠であると……。
説明中でも既に昇格試験は始まっている……ヴァネッサさんの油断ならない説明はまだ続いていた。
「今回は魔物が生息する森の探索を含めますので、各パーティにギルド側から用意した回復しを一名ずつ派遣いたします。立場上はパーティの一員と捉えて構いませんので負傷時は遠慮なく頼って下さい」
「あ…!?」
そういうヴァネッサさんが目で示すと参加者一同の視線が揃ってそっちの方へと向く。
冒険者でも回復魔法が使える魔導士は重宝するもので、ここのギルドでも一定数在籍しているのはしっていたのだが……待機する5名の魔導士の中に知った顔が一人いた。
「シエル!? なんで貴女が!?」
「ヤッホ~、リリー。何でも今日は特別に協力して欲しいって大聖女様に依頼があったらしくてね~」
その人物にいち早く声を上げたのは当然親友のリリーさん……光の聖女にして格闘の達人であるエルシエルさんは輝く笑顔で手を振っていた。
「あ~~~なるほど……婆ちゃんがらみで…………あ」
教会からの派遣……そう聞いてリリーさんは気を抜きかけたのだが、シエルさんの隣にいる似たような修道服を着こんだ少女を目にした途端に動きが止まった。
金髪の、シエルさんとは違った意味で真面目そう……というより生真面目そうな少女はリリーさんを鋭い目つきで睨んでいた。
「お久しぶりです…………リリー姉様?」
「イ……イリスちゃん…………おひさ…………」
何時もはどこか飄々としているリリーさんが気まずそうに視線を逸らす少女……俺は彼女の名前を聞いて思わず凝視してしまった。
それは『預言書』の中で俺が最も報われない存在として認識していた聖女と同じ名前なのだから……。
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