閑話 悪い友達が出来た日

 ギラルがノートルムと義兄弟の杯……というかランチをかわしている時、話のネタにされていた元王国軍で男性とし生きていた、現在は女性として冒険者として生きているカチーナはと言うと……。


「お、おお……このフリルが付いた可愛らしい服は私では無理だがリリーさんにならピッタリじゃないですか」

「アンタ、見かけによらず結構少女趣味なのが好きよね」


 食料の買い出しという名目とはかけ離れた、王都でも手ごろな値段であらゆる服を選ぶ事が出来る洋服屋に訪れていた。

 昼下がりに服を選ぶ美女が二人……そこには何の違和感もなく楽し気な空気が流れており、目を輝かせてフリフリの服を手に取る人物が凄腕の剣士であるなど想像もつかないだろう。


「く……私もあと10年早ければリリーさんのように着こなせていたかもしれないのに」

「他のヤツだったら私に対する嫌味にしか聞こえないけど、家庭の事情で“着れなかった”アンタに言われると怒るに怒れないね」


 それは年齢よりは若干幼い体格のリリーにとってデリケートな部分なのだが、現状の自分では可愛らしい服は不釣り合いである事を察し、本気で羨んでいる彼女には苦笑するしかない……そのくらい本日のカチーナはテンションが上がっていた。

 それというのもカチーナは特殊な家庭環境のせいで男装を強要されていた事で女性である事を封じられていたのだが、初めて手に入れた可愛らしい小物である『猫の髪飾り』を常に付けている事から分かるように元々は可愛い物が大好きなのだ。

 男性だった事をギラルに抹消されてからはその辺に気を遣う必要も無くなったのだが、それでも“女子同士での服選び”なんて初めての事で……そんな女の子っぽい時間に彼女が憧れていた事は言うまでもない。

 そんな彼女の反応にリリーも楽しくなって来て、目についた服をカチーナに勧める。


「お? この涼し気なワンピはカチーナに似合いそう。清楚の中にさり気なく色気があって……試着してみる?」

「うえ? そんな女性らしい服が私に似合うとは……」

「な~に言ってんの。スタイルって意味でも美貌って意味でもアンタが言ったら謙虚って言うより卑屈になるわよ」

「そ……そうでしょうか? じゃあちょっと試してみようかな?」

「そうそうその調子その調子。返礼に私もアンタの選んだフリフリを着てやろうか」

「ぜひお願いします!」


 女子同士でキャッキャとしている状況を見て数か月前まで彼女が男装していた事に気が付ける者はこの場には存在しないだろう。

 それからも彼女たちはそれぞれに似合いそうな服を持ち寄っては試着するというループを繰り返し、友人同士のファッションショーを堪能……リリーの選ぶ服は基本的に大人の女性に似合いそうな淡く上品な服が多く、カチーナが選ぶのはフリルやリボンが付いた指摘された通り少女趣味な服に偏っていた。

 買わずにそんな事をして大丈夫なのだろうか? と慣れていないカチーナは心配もするのだが、その辺の不安をリリーは笑い飛ばす。


「ああ、粗末に扱わなきゃ大丈夫よ。寧ろ私らみたいな冒険者は依頼達成の時に散財してもらう為に目当ての物を見繕って貰いたいってのが店側の本音だからね~」

「あ……なるほど」


 依頼料を手にした冒険者は気を大きくして散財する傾向はあるものだが、男性は酒か娼館というのがお決まりパターンである。

 反対に女性の場合はこうした服やアクセサリーに使うというのが一番わかりやすいパターン……商人サイドとしてはそのチャンスを逃す手は無い。

 

「いや~しかしこうして試着にノってくれるのが一緒だとやっぱり楽しいわ。シエルとの休日だとこうは行かないもの」

「え? シエルさんとはこういう店に来る事ないんですか?」


 薄いエメラルドグリーンのサマードレスを着たカチーナが問うと、頭に大きなリボンを乗せたゴスロリ風の服でリリーは頷く。


「あの娘との休日は自主練か食い気に偏るのよね~。実はこういった女子っぽいイベントに付き合ってくれる友達は久々なのよ」

「友達…………」


 何でもない事のようにリリーが口にした言葉『友達』……それがカチーナの琴線に触れる。

 一応過去男性として友好を結んでいた事もあったが、気兼ねなく本性を明かした上で同性に友達と見なされたのが、実は初めてのカチーナは密かに感激していた。


「シエルも良いモノ持ってんだけど、イマイチ女子として見られるって方向の興味は薄いのよ。服も動きやすさを優先しちゃうからさ~」

「そうなんですか……それは確かに勿体ない」

「今度来る時は絶対あの娘も連れて来るわよ。な~に、さすがの脳筋もダチ二人に掛かられたら嫌とは言わんでしょ。あのけしからんワガママボディをコーディネートしてやらにゃ~気が済まないわ」

「……」


 そしてニカっと笑いながら既にシエルも自分の友達枠に入っていると言われてカチーナは更にフワフワした気分になる。

 同性の友達のいる日常……過去男装していた頃には望む事すらできなかった、それでも焦がれていたその中に自分がいる事がカチーナにとって奇跡だったのだ。

 それを与えてくれた、自身の前の生き方そのものを盗み取って行った、現在では唯一と言える異性の友人と言える年下の男をカチーナは思い浮かべた。


「そう言えばリリーさん……少しご相談があるのですが」

「ん? な~に?」

「最近私、ギラル君に避けられてないですか? 何故か露骨に目をそらされる事が増えている気がするんですよね」

「……え?」

「以前からもそんな傾向はあったんですが、ここ最近特に……視線を感じて気にすると慌てて逸らされると言いますか……私、何か彼に悪い事でもしたのでしょうか?」

「…………」


 今は露出が激しくメリハリの利いた色気を前面に出した、明らかに次回シエルを連れて来た時に着せようと企んれいる服を手に取っていたリリーは呆気にとられていた。

 異性の友人と言ってもカチーナにとってギラルは自分を地獄から、そして最悪の未来から救い出してくれた恩人であり尊敬の対象でもあった。

 そんな人に何か悪事働いたのか、不敬な事でもしてしまったのかと考えると思い悩むしかなかったのだが……その事を聞いたリリーが思う事はただ一つだった。


『こいつ……マジか!!』

 

 リリーが仲間になったのはつい最近ではあるが、ギラルがカチーナの事を性的に意識している事なんて確認するまでも無く明らかであるのに……その事実をカチーナ自信は一切自覚していなかった。

 しかしリリーも既に彼女が陥っていた特殊な経験、男性として育てられた経緯を知っており……その事を踏まえて考えてみた。

 そうすると自ずと根幹にある問題点に行き付く。


『そうか……この娘、今まで自分が女として意識された事が無いからその辺の機微に疎いんだ……女性として見られるって事実がそもそも埒外なんだ』


 当初リリーは単純にカチーナは色事に興味の無い、親友である脳筋聖女と同質の人物だと思っていたのだが、その根本が違う事をこの時初めて認識した。

 ショッピングを一緒にしてみてカチーナは思ったよりも女性的な品物に興味深々であるし、男装慣れていて抵抗があるのかと思えば選んだ服を嬉々として試着もする。

 リリー的にカチーナはシエルよりも遥かに女性的であると言えなくもなかった。

 だというのに肝心の自分自身が女性として見られる感覚が希薄、というか皆無なのだ。


「ちなみにギラルが露骨に避けだしたのはいつごろか分かる? 具体的に」

「いつ頃……ですか、う~~~~ん…………リリーさんたちと出会った後から……だったような…………あ!」


 一応念の為と聞かれた質問にカチーナは少しだけ考えて、手を打った。


「そ~です、ギラル君の部屋でシャワー借りた後です! 出会い頭に鼻血吹いちゃって、また浴びる羽目になりましたが」

「それしか原因無いでしょうが……バカモン」


 詳細を更に聞いて行き、ギラルが目撃したのは単なる風呂上りじゃなくほぼ全裸だったらしいと知るとリリーは頭を抱えそうになった。

 過去のトラウマ、そして『預言書』で知ってしまった自身の最低な死に様もあってその辺の機微には過剰なほど紳士であるというのがギラルに対するリリーの評価だが、それでも彼も分かりやすく健康な思春期男子だ。

 恋心と性欲が直結してしまっているそんな時だというのに、誰が見ても美人でスタイルも性格も良い女性の最もエロい姿を見てしまったのだから……最早“色んなもの”を持っていかれてしまったという事は想像に難くない。


『盗賊のクセにその辺を盗まれてど~すんだか……いや?』


 そこまで考えてリリーは内心ほくそ笑んだ。

 だったらだったで……面白い事になりそうじゃないか? ……と。

 元々リリーはこの二人のそう言ったやり取りを期待して仲間になった節もあり、そして今は宿よりも遥かにプライベートな空間を共用する一軒家をシェアする事になるのだ。

 

『私が加入してから少しの期間あったけど、そろそろ思春期のモヤモヤが溜まっている頃合いだろうし…………』


 リリーは何やら黒い笑顔を浮かべて……“似合うと言えば絶対にカチーナに似合う”服を一着手に取った。


「そうですねカチーナ、もしかしたらギラル君に無礼を働いたのかもしれません。しかし私のも詳細は判断の仕様がありませんから、ここはお詫びも兼ねて貴方がおもてなしをしてあげるのはどうでしょうか? この服を着て……」

「……何故急に敬語なんですか?」


 唐突に口調も態度も変えたリリーにカチーナは困惑するのだが、リリーは爽やかさを装った、どこまでも黒い笑顔を絶やすことなく、本日の計画に思考を巡らすのであった。



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