第百一話 深刻そうで実際は良くある思春期男子の葛藤

 何という不覚……それほどまでに分かりやすかったと!?

 俺は盗賊の端くれのクセにポーカーフェイスも出来ていなかった自分に恥じ入る。

 そして同時に俺如きが抱いてはいけない感情に翻弄されている事実に……。


「……ノートルムさん、ちょっと聞いても良いっスか?」

「うん? まあ答えられるようなことなら……」


 俺のような人種とは違い、資格を持ったこの人なら俺とは全く違った切っ掛けがあるはず……俺は根拠も無しにそんな事を確信しつつどうしてもその事が聞きたくなった。


「ノートルムさんはシエルさんの事、いつ女性として意識したんっスか?」

「うぐっ!? な、何でそんな事を……」

「…………」

「そ、そうだな……少々恥ずかしい想い出でもあるのだが……」


 不躾な質問に顔を赤くする彼だったが、俺が野次馬根性から聞いたワケじゃない事を理解したのか居住まいを正すとポツリポツリと語ってくれた。

 ブロッサム家という貴族の中でも珍しいほど高潔な精神の家柄で育った彼は少々潔癖気味で、王都に出てきてから王国軍のみならず王侯貴族の腐敗具合に辟易し、その流れで行き付いたはずの教会、聖騎士団ですらも賄賂の蔓延る状況に絶望していた。

 しかし腐りかけていて彼を武で叩き直してくれた、そんな環境下でも高潔で清廉な精神を失わない光の聖女との出会い。

 彼はその日の事を最初は恥ずかしそうではあったが徐々に興が乗って来たのか嬉しそうに語ってくれる。

 それは正に理想的な流れ……俺のような人間とは全く違う。


「ハハハ……我ながら彼女に叩きのめされて敗北した事が切っ掛けというのは何とも情けない限りだがね」

「何言ってんッスか。凄く……完璧な出会いじゃないっスか……やはり俺のようなもんとは……」

「…………? 良く分からないが、君は一体何を卑屈になっているのかな? 今の話にそんな羨むストーリーがあったとも思えないけど……」


 そう言うノートルムさんは疑問というよりは俺を心配するような表情になる。

 ま……そうだろうな……万人にとって俺が今思っている事は相当下らない事だ。

 でも『預言書』で自分が辿った未来を知る俺がそう言う感情から行動を起こす事だけは絶対にしてはいけない。

 どれだけ欲しても望んではいけない俺の罪業でもある。


「今の話の流れなら……君はあの人を女性として意識した時、その事に納得が行かないのだと……そう言う事で良いのかな?」

「…………」

「ふむ……では私が話したのだから君にも語っていただこうかな? 納得の行かない切っ掛け、女性を意識してしまった日の事を…………まあどうしても言いたくないなら無理にとは言わんが」

「う……」


 さすがにこの流れで気が付かないワケがない……ノートルムさんはそう言って俺に会話の主導権を投げて来た。 

 言いたくないなら……そう言われると思いのほか自分がこの件に関して思い悩んでいた事が自覚出来てしまう。

 カチーナさんを女性として認識してしまった日から、周囲に同世代の同性がいなかった事で押し殺して来た俺の穢れた思考による感情。

 それが彼の優しい促しに思わず口から洩れ出てしまう。


「俺が……あの人を…………カチーナさんを女性として意識したのは…………」

「うんうん」

「…………を見た時」

「……ん? 何だって?」


 声に出すのが恥ずかしすぎて消え入りそうな声になってしまう……しかし俺は覚悟を決めて……声量をほんの少しだけ上げた。


「……偶然、着替えを見てしまった時ッス」

「……へ?」

「だから! あの人を女性として意識しちゃったのは偶然あの人のきわどい姿を見ちゃった時からなんっスよ! それからあの人の事が視界に入る度にその事がチラついて……いけない事と分かっているのにそう考える事が止められず、しかもそれでも何度も目で追っちゃう自分がいてどうしようも無いんっス!!」


 俺の告白にノートルムさんは目が点になっていた。

 正確にはシャワー後のほぼ全裸を見てしまったのだが、さすがにそこだけは少々ぼやかしておいたが……。

 我ながら女性を意識する切っ掛けが最低過ぎる。

 カチーナさんを意識したのが彼女を性的な目で見てしまった瞬間などと……。

 これが女性らしい服装を見たとか美しい笑顔を見た時とか、それこそ自分を立ち直らせてくれた瞬間であるとかだったらそんな事も思わないだろうに。

 本来の未来では無理やりそう言う感情に身を任せて死ぬはずだった俺なんぞが持っていい感情では無いと言うのに、どうしても…ど~してもあの人をそう言う目で見る事を、不埒な事を考えてしまう事を止める事が出来ない。


「俺みたいな最低なヤツがそんな目で見てるなんて、それだけで罪深い……」

「ギラル君……」


 どう考えても気持ちの俺の心の内……さぞかしノートルムさんも俺に幻滅した事だろうな……最早侮蔑の目で俺を見ている事だろう。

 しかし俺の予想は完全に裏切られる事になった。

 突然立ち上がったノートルムさんに胸倉を掴まれる事で、無理やり立ち上がらせ見えた彼は侮蔑の冷めた瞳ではなく、熱く激しく燃え上っていた。


「この……バカ野郎!」

「う……え!?」

「貴様! 男が気に入った女性をそう言う目で見て不埒な事を考えるのが悪いって言うのか!? 確かにソレを無理やり迫るのは下の下、最低のゲス野郎だ。しかし貴様は心に秘めているだけであろう! それのどこに罪があるというのか!!」

「ノ、ノートルムさん?」


 俺は正直戸惑うしかなかったのだが、そう言う彼にいつの間にか周囲に集まっていた労働者、冒険者などの野郎どもがウンウンと頷いている。

 皆……そんな俺に罪は無い…………そう言っているのか?


「よし……そう言うのなら私も真実の真実を告白しようではないか! 先ほど君が理想的だと言った出会いの話だがな……あの人を私が女性として性的に意識したのはなぁ……敗北した瞬間、寝技に持ち込まれ腕ひしぎ十字固めを喰らった瞬間だったんだ!!」

「…………え?」

「私はあの時思った……あの太ももに挟まれ、双丘に手が当たったあの瞬間、利き腕をそのまま砕かれても本望であると!!」

「な、なんですって!!」


 俺は衝撃を受けてしまう。

 まさか……『預言書』から今まで理想の形だと思っていた彼ですら俺と同じように邪な欲望から女性を意識したというのか!?

 俺の汚れた感情が、不埒な思想が罪ではないと認めてくれるというのか!?


「君くらいの年齢で女性をそう言う目で見てしまう自分に罪悪感を抱く事はよくある事……そう思ってしまうのは仕方がない……だがな! 惚れた女をモノにしたい、不埒な事をしたい、自分だけのモノにしたい……そんな事、私とて常に考えている……それのどこが悪い! それが罪だと言うならば、私は罪人でも構わんぞ!!」

「ノートルム…………兄貴!!」


 ガシイ!!

 俺は思わずノートルムさんとさっきと比べても固く熱い、叩きつけるようなシェイクハンドをかましていた。

 むせび泣く周囲の野郎どもの拍手と共に……。


 それから……妙なもんで何となく葛藤していた心の内が軽くなったのは否めない。

 冷静になると何ともアレなやり取りだけど、今まで『預言書』の未来が引っかかっていた俺にとっては結構大事な事でもあった。

 同時にノートルムさんとの親近感が半端では無くなったのは言うまでもない。

 なんかもう敬称とかさん付けとか素っ飛ばして、いつの間にか兄貴呼びが定着してしまっていた。

 特に向こうも気にした様子も無いから良い事にしておく。


「そう言や兄貴、実家はどっちら辺なんだ? 男爵つーからにゃ領地とかもあるんだろ?」

「故郷かい? 王都からず~~~っと南下した方かな? 付近に山が広がってるから山の幸と狩猟がメインの辺鄙な所でね、成人の証が猪を仕留める事って風習も残ってるよ」

「おう、ワイルド……」

「そ~だろ?」


 俺の素直な感想に気を悪くした様子もなく笑う様子に、自分の故郷を悪く思ってはいない事が伺える。

 魔物に比べて食用にもされる猪などを狩る事を格下に見る素人はいるもんだがとんでもない。

 実際には魔物よりもそう言った動物の方が数多く人間どころか魔物すら殺している。

 ゴブリンの集団が狩ろうとした猪に吹っ飛ばされ逆襲されたとか、オークと熊が死闘を繰り広げた末に相打ちになったなんて話すらある。

 まさに弱肉強食……そんな危険の多い環境で狩猟を大人の証とする連中は総じて屈強で荒っぽいもんだ。

 そんな場所では貴族の威光よりも力の方が重要視されるだろうから……。


「じゃあそんな領地で男爵やってた兄貴ん家にもそんな成人の儀式が?」


 気になってい聞いてみると彼は露骨に、思い出したくないとばかりに眉をしかめた。


「男爵って上の立場だからね……当然示す証は猪よりも困難になる。より強い害獣……長男はオーガを、次男はハイオークの集落を、三男の私は山に住み着いたレッドウルフの討伐だったね~。ありゃ~きつかった」

「うへ~~~」


 オーガは俺も一度仕留めた事はあるけど師匠たちの見守りの中、手持ちの道具を全て使い切って辛うじての事。

 そしてハイオークもレッドウルフもどちらも単体でも厄介なのに群れになると巧みな集団戦をしてくるB、もしくはCクラスの上位冒険者が担当するべき案件だ。

 そんなモンを一人前の証としなくては男爵を名乗れないような、本当に力で民を守って来た家柄だからこそ……王都や教会の腐敗具合にはガッカリしたんだろうな。

 自分達の主君は、上司であるはずの連中はこんなモノだったのか……と。


「そんなバイオレンスな領地守ってんのに誕生日だから来いとかって……そりゃまあふざけんなってとこだな~。そのお鉢が兄貴に回って来たってワケだが」

「はは……まあ親交は面倒だが領民の事を考えればないがしろにも出来ないのも事実さ。昔に比べると野盗が減った分大分マシにもなったがね」

「野盗っスか?」


 何の気に無しに出てきた単語だが、どうしてもその連中については過剰反応してしまう。

 これも一種のトラウマと言えるのかもしれないが……。


「ああ、数年前くらいからかな? どういうワケか地方の貴族で野盗に繋がる悪徳領主が悉く潰されてね、家みたいにそんな余裕もなく細々とやってた貴族が結果的に残って……取り潰された領地を吸収みたいな事が続いて……ああいった連中は人身売買やら非合法薬物など裏の繋がりを野盗共で繋げていたから、結果的に以前より安全の確保が出来たのさ」

「…………それてって、もしかしてデムリ男爵領だった?」

「お、知ってるのかい? その通りだよ。後の調べで奴らは親族で人身売買に加担していたらしくてね……当時は禍根を断つために相当数の爵位持ちの首が飛んだらしい。連中がやって来た事を聞けば自業自得としか思えないがね」

「…………」


「南方は今ロコモティ伯爵を元にまとまりつつあるかな? 以前まではカザラニア侯爵が幅を利かせていたけど……まあ実際の領地が遠いからね。最近では『虹の羽衣』で景気もイイって話だし」


 その自業自得の一部をよ~く知っている俺はその話を聞いてもあまり“ざまあみろ”という爽快感は無かった。

 ただその事でまともな貴族が俺の故郷だった一帯を担ってくれているという事に、不思議な安堵を覚えていたのだった。



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