第百十話 ランチは隊長のおごりで

 これは……何か面倒な事になってきているんじゃ無かろうか?

 店主に『明日の夕方にはでかしておく』という頼もしい言葉を背に店を出た俺は購入したての糸をポンポンと弄びつつさっきの情報を振り返っていた。

 ザッカール王国は大陸の中では北東部に位置するが、地図上で見ると国土自体大陸の3割ほどを占める中々の広さを持っているのだが、国を遮るように切り立ったオウン山脈が走っている事で他国との交流は極端に少ない。

 南方に行けば山脈をかわして交通も可能だが、隣国までの間には広い森林が広がっていて道は無い事も無いけど魔物や野盗などの巣窟にもなりやすく危険を冒してまで国交を開こうという気概は王国内にはない。

 下手すれば死ぬまで自国以外に他の国がある事すら知らない連中も多いのだから。

 いわばザッカールは天然の鎖国状態とも言えるが、そこをすり抜けてまで利益を求めて来る連中は……残念ながらまともな連中では無い。

 犯罪者の逃げ場にして悪徳の巣窟、内政だって事なかれ主義の国王のせいで汚職のオンパレード……他国にとってザッカールは手の出しにくい犯罪者の逃げ場、もしくはお得意先みたいな位置づけであった。

 南方の貴族連中は正にそんな連中の橋渡しで財を築いていた連中が多かったイメージだったけど、しっかりと『虹の羽衣』の量産体制を築いて王都に売り込もうとしていたという経営としては至極真っ当なやり口と王家に対しても厳しい反応……『預言書』どころか俺の知っているガキの頃ともずいぶん違う気がする。

 鎖国状態で犯罪者の巣窟、その状況が最も功を奏したのが『預言書』での邪神軍だ。

 元々山脈という天然の防壁に囲まれ国交が少ないせいで援軍を呼ぶことすらできずに支配する事が出来たのだから。

 変な言い方だが『魔王の居城』を作るにはうってつけの土地であると言えなくも無い。

 覚醒したヴァリス王子『聖王』に国土を奪われて行く人々は必然的に南方に避難していき、最終的には命からがら森林を抜けて隣国『ブルーガ』に逃げ込む羽目になるワケだ。


「そーいや俺が死ぬ予定だったファーゲンは隣国から一番近いよな……今更だが」


 聖女に召喚された勇者が初めて悪を成敗するのに考えてみると実に都合の良い立地条件。

『聖王』の支配領域から亡命した元ザッカール出身の仲間たちと討伐の旅を始める……勇者以外にとっては失地回復という名目もあったんだろうな。

 という事は、聖王の覚醒何て起こっていない現在、勇者の仲間になるはずの連中は未だにザッカール国内にいるワケで……その中でも最も要注意の人物は……。


「おお、君は確かギラル君だったな! 先日は世話になった」

「ん!?」


 俺が色々と今後の不安を考えていると、不意に背後から爽やかで人の好さそうな声が聞えて来た。

 振り返ると爽やかなキラキラスマイルが板についていて、貴族特有の偉ぶった厭らしさを微塵も感じさせない聖騎士団5番隊隊長が手を振っていた。


「お久しぶりっス……え~っと、ノートルム様?」

「はは、止めてくれよ恥ずかしい。男爵家出身ってだけで跡取りでもない私に敬称など不要だよ。シエルやリリーの友人ならもっと気安く頼む」

「はあ……じゃあノートルムさんで」

 

 俺がそう言うと彼は「そうそう!」と笑顔で近寄って来た。

 知ってはいたけど彼もシエルさんたちと同様結構庶民派のようで、典型的な貴族のように畏まった態度を好まないようである。


「今日は一人なんだね。仲間たちは一緒じゃ無いの?」

「あ~今は別行動なんです。俺はちょいと仕事道具が入用でして……リリーさんたちは新居での準備で買い出しに……」

「新居!?」


 しかし俺の言葉に何故か彼はギョッとした顔になり、勢いよく詰め寄って来た。


「まままままままさか君!? それは女性と一緒に新生活を始める為の……」

「はあ、確かにその通りですけど……女性たちと新たな生活を始めると言えば……まあ」

「なあ!?」


 冒険者仲間の2人と拠点を構えて今までとは違った生活を始める……確かにその通りなのでノートルムさんの質問にそう言って返したのだが…………何故か肯定した瞬間、ノートルムさんは熱い尊敬の眼差しで俺の両肩をガッチリつかんで来た。


「ギラル君……いやギラル先輩! 是非ともお話をお聞かせください!! その若さで女性と同棲まで持ち込める手腕、是非ともこの私目にご教授いただきたく!!」

「は?」

「立ち話も何です! 丁度今は昼飯時、今日は私が奢ります故是非とも未熟者に希望の光、珠玉の経験談を語ってください!!」

「お、おいおい聖騎士様?」



 興奮した様子でそう言い切るノートルムさんに俺はそのまま引っ張られる形で大通りに面する大衆食堂へと連れて来られる羽目になった。

 どう考えても色々勘違いしているのは明らかだったが、まあ奢ってくれると言うのだから拒否するのも何だし……。

 大衆食堂は昼飯時なのも手伝ってかそこそこの賑わいで、労働者向けの安い、美味い、量が多いこの店は俺も何度か来た事がある。


「ははは……いや~ゴメンゴメン。そうか冒険者の拠点って意味での新居だったんだな。私はてっきり君がその若さで人生の決断をしたのかと……」

「いやまあ……タダ飯にありつけてんだから別に良いっスけど?」


 本日の日替わりメニューのビーフシチューを頂きつつ、俺が新居について説明するとようやく納得いったようでノートルムさんは照れ笑いをしていた。

 あの脳筋聖女に絶賛片思い中の彼にとっては近隣でのそう言った話は気になって仕方が無いのは分かるしな~。


「でも貴方もこの前パーティーのパートナーを了承して貰ったりしてんだから進展は少しはあったんじゃないの?」

「う……」


 あまり良くは知らないけど貴族にとってパーティーのパートナーというのは重要の意味を持つ軽視できない存在だ。

 その辺の重要性を軽く見たせいで地獄を見る羽目に陥った貴族の逸話など幾らでもある。

 子供同士のお友達とはワケが違う……大勢の人の前で『この異性と自分は婚姻の意志がある』という事を宣言するのと同義なのだ。

 パートナーを受けて貰える……それは一重に“貴方とは結婚を考えても良い”と意思表示したと考えても決して大げさな事じゃないのだ。

 しかし俺がその事を話した途端……ノートルムさんは露骨に落ち込んだ顔つきになった。


「私もね、今回こそはもしかしたら前よりは意識してくれる、もしかしたら想いを伝える事が出来るのではと思っていたんだがね…………翌日にはシエルの輝くような笑顔で言われたのさ…………次の機会にはちゃんと婚約者をパートナーにしなくてはダメですよ? ってさ……」

「………………」


 その瞬間、俺はさっきまで肉と野菜の旨味が凝縮された極上のビーフシチューの幸福感が一瞬にしてどこかに行ってしまったような気がした。

 いや……そりゃねーよ聖女様よう…………。

 眼の光を無くしてビーフシチューをパンに浸して食べる……本来ベストな食い方をしているのに全く旨そうに見えないノートルムさんの肩に俺はそっと手を置いた。


「……まだだ、アンタの戦いはまだ終わっちゃいねぇ。俺は、いや俺たちは何時でも応援するからよう……ヤツを倒せるのはアンタしかいねえんだから!」

「……すまん、確かに落ち込んでいてはあの強敵の牙城を打ち砕く事など遠い夢でしかないな」


 おかしい……この人こんな感じに昔からアプローチを袖にされ続けていたのだろうか?

『預言書』での『聖魔女』と常に一緒だったノートルムって戦士は誰がどう見ても男女の仲、最期の戦いの前夜では明らかに床を共にしていたシーンすらあったというのに……。

 平時ではこんなにもスルーされるんかい、エルシエルさんよ!

 人生を左右する重大事が起こった結果が『預言書』での関係性なのかもしれないけど、悲劇が起こらないと結ばれないとか……そんなのは絶対に納得はいかんぞ俺は!!

 折角悲劇的な未来が変わり出しているんだから、どうせなら『預言書』のような今生の別れ、最後の逢瀬よりも万人に祝福され、親友に揶揄われる二人を見たいじゃないか!


「幸いと言って良いのかは分からんが、少なくともあの脳筋の間近に存在できる同世代の男はアンタだけなんだからな、チャンスはまだまだある! グッドの計画があるならいつでも乗らせていただくぜ!!」

「お、おお! 友よ!!」


 若干死んだ目だった瞳に光が戻り、ノートルムさんは俺の手をガッシリと掴んだ。

『預言書』では勇者ですら誰とも結ばれる事無く逝ってしまい、男女間の事に関してだけは聖魔女とこの人の事のみが唯一の救いだったと言っても過言じゃない。

 俺のような生き直す機会を得た今でさえ、女性を邪な眼でしか意識できない俺なんかと違ってこの人には絶対に惚れた女と添い遂げて貰いたい。


「返礼と言っては何だがな、私も君の恋路を全力で応援させていただくよ! 共に難解な女性に惚れてしまったようだが、全力で立ち向かおうではないか!!」

「そうで………………ん?」


 内心そんな事を思っていた俺だったのだが……ノートルムさんが漏らした一言に思考が止まった。

 今この人、なんて言った?


「…………共に?」

「……ん? 君はパーティーの一人、先日は執事役を担ってくれた女性が狙い何だろう? リリーは恐らくタイプでは無いのか明らかに目が違ったからカトラスの彼女……確かカチーナさんだったか?」

「…………………!?」


 その瞬間自分の顔面が、脳内が爆発したような熱が起こる。

 何故!? 何故そんな俺が誰にも話した事も無い、最近悶々と悩んでいる事をそこまで付き合いの長くないこの人が的確に分かるんだ!?

 は!? まさかリリーさん辺りが余計な入れ知恵を!?

 しかし俺が混乱のままその事を言えばノートルムさんは呆れたような顔で溜息を吐いた。


「何を言うかと思えば……あれ程分かりやすく性的な目でチラチラ見ていれば初対面でも分かるというモノ。むしろあれ程気配の察知に長けた君が認識していなかった事に驚きだがなぁ……」

「な、な、な…………」

「しかもそんな視線にカチーナ氏本人が全く気が付いていない辺り……本当に君とは他人とは思えないんだよな」




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