第百九話 なるだけなら簡単な職

 冒険者と一括りに冒険者ギルドに所属する連中をまとめて言いがちだが、その専門分野は分かれていて基本は『戦闘職』『支援職』『生産職』となるワケだ。

 そして大まかな3つの分け方から先にも専門職は枝葉の如く分かれて行き……どうしても魔力なんかの天性の才能が必要なものは才能の無い者にはどうやったってなる事が出来ない。

 代表的なのが戦闘職、支援職の『魔導士』や『回復師』、または『魔法剣士』なんて特殊なものもあるし、生産職だって『魔道具職人』などの方向に行ける連中もいるもんだ。

 逆に言えばなるだけならだれにでもなれる職もあるワケで……カチーナさんの『剣士』やら俺の『盗賊』などは才能がなくても名乗れ、間口はぶっちゃけ広い。

 だけどなってからが一番大変なのもそういった誰でもなれる職である事を熟知している者は存外少ないものだ。

 何しろ剣を持つ事が出来れば『剣士』を名乗れるからと、力自慢のバカがギルドへの申請をした翌日、二度とギルドに戻ってくる事が無かった……なんて事は日常で起こりうるからな。

 誰でもなれる職はどの職よりも技術を得て生き残る事が難しいという事を知る事が出来た者であるなら、最初から冒険者なんて職を選択しないだろう。

 その中においても『盗賊』は実は最も生き残るのが難しい職であるのだ。

 ギルド登録で職を申請するのはあくまでも自己申告、実績の無い初っ端で自らの力量実力も分からない内から名乗るには剣士なら剣を、弓師なら弓をと言った見せかけだけでも持っていれば可能だ。

 だが盗賊という職だけは盗賊ならではの武器というモノが実は存在しない……言ってしまえばナイフ一本、ロープ一本でも持っていれば“盗賊です”と名乗る事も出来る。

 ハッキリ言えば技術も名声も無い状態で、最も初期投資が少なくて済むのが盗賊であるのだが……当たり前だがナイフ一本でド素人が魔物どころか人間一人を倒せるかどうかも怪しいもんだ。

 どの職業についても結局はその後の努力と運に左右されるものだが、初期投資をケチって冒険者ギルド登録しようとした浅はかな奴らの末路は推して知るべし。

 スレイヤ師匠の教えの一つに『盗賊は戦闘職に比べて武器の消耗は少なくても道具の消耗は誰よりも多い事を肝に銘じろ。盗賊は支援職、道具をケチるのは仲間の命をケチるのと同義であるのを忘れるんじゃないぞ』というモノがあるのだが……まさにその通り。

 ……結果ケチらずに使ったからこそ現在金欠の憂き目にあっているワケだがな。


「結局楽に節約して冒険者しようって考えるのが間違ってんだろうけど」


 俺は左足の動きの妨げにならないように作られたザックの道具を出しつつ残量とコンディションを確認していく。

 師匠から受け継いだザックに仕込んでいる七つ道具……本当は状況に合わせて使い分けるワケだが基本的に常備しているのが『デーモンスパイダーの糸』『鎖鎌』『煙幕玉』『ロケットフック』『ダガー』『石化の瞳』、そして投擲用の『鉄釘』である。

 ハッキリ言ってそのどれもが無ければ今俺は生きていないという代物ばかりである……どれもが消耗品である事は置いておいて……。


「糸は使い切ってたのは分かってたが……あ~~~ロケットフックは限界が近いなコリャ、一辺切れちまったし、あ~あ~……鎖鎌も刃こぼれと金属疲労がヒデェな。買い直しもやむなし……かな~?」

「メンテはほぼ自分でこなすお前さんがそんな言うとは……ありゃりゃ、こりゃ確かに、一体何の魔物とやり合ったんだよ」


 そう言いつつ俺の道具の現状に眉を顰めるのは長年世話になっている道具屋の店主。

 中年を過ぎようという頭皮を根性で維持しているナイスガイではあるが結構無茶な依頼でも『おもしれぇ!』と乗ってくれるオッサンで、俺の思い付きから制作された『ロケットフック』を作り出した張本人である。

 どちらかというと俺よりもスレイヤ師匠との付き合いの方が長く、俺はその流れで付き合いを継続する二代目って事になるのかな?

 そんなオッサンの若干批難がましい視線に俺は素直に答えるしかなかった。


「色々あったんだよ……壁を走る剣士とか、巨大なボーンドラゴンナイトを真正面で受け止める女とか、音も気配も無いのにいきなり背後にいる眼鏡とか、人間を空高く打ち出すハゲ格闘僧とか、身の丈数10メートルの巨体を易々と受け止める燃えるババアの妖怪とか…………」

「…………なんだ? 独立してからいきなりノイローゼか?? 魔物なのか人間なのか分からんが……」


 ……いかん、確かにコレでは何言ってんのか分かんねーよな。

 そして今上げた全てが魔物でなく人間である事に……俺自身が驚いてしまっていた。

 おかしい……冷静に考えると全てが人外にしか聞こえん。


「正直ここまでになると素人修理じゃ限界みたいで……」

「ま、何にしてもお前さんがここまで道具を酷使するしかなかったって事は相当なバケモノだったってのは変わらんだろうがな。オーガを一人で仕留めた時よりヒデェくらいだしよう……」

「面目ない……明日くらいには何とかなりそうかな? 実は明後日昇格試験があってよ」


 俺が申し訳なく頭を下げると店主は確認していた鎖鎌をテーブルに置いて……溜息を吐いて苦笑する。


「チッ……仕方ねェ、あのクソガキがCランク挑戦ってんなら明日までには何とかしてやるよ。『ロケットフック』『鎖鎌』『ダガー』のメンテは何とかしてやる。多少割り増し料金だがな」

「サンキュー! やっぱ王都随一に職人は一味違うぜ!!」


 俺の分かりやすすぎるおべっかに店主は「調子いい事言いやがって」と満更でもなさそうに呟いた。

 何だかんだこのオッサンの腕は確かだし、明日までに仕上げてくれるって口にしたからにはその通りに仕上げてくれるだろう。


「ただ、デーモンスパイダーの糸に関しては今後ちょいと仕入れが難しくなるかもしれねぇな。今回は在庫があったからまだ定価で売ってやれるがよ」

「……何かあったのか?」


 次に店主は今回の最大のお目当てであった『デーモンスパイダーの糸』の束をテーブルに置きつつ何やら嫌な情報を口にした。

 今回は……そう言いつつ出してくれた糸束は以前仕入れた時と変わらない量なのだが、そう言うって事は次回からは分からないという事みたいで……俺の質問に店主は腕組みをして眉を顰めた。


「糸の生産元がちょっとな……」

「生産元? 確かこいつの出所は南方のロコモティ伯爵領だったよな……何だ? 糸作る蜘蛛がストライキでも起こしたんか?」

「そうそう、待遇に不満つって賃金引上げの要求を集団で~って……違うわい。何でもそのロコモティ伯爵が王都に糸を卸すのを渋っているって話でな」


 冗談に軽く乗り突っ込みしてから店主は事情を話してくれる。


「デーモンスパイダーの糸を何重にも折り重ねて作られた布は丈夫で魔力を帯びた布になる事は知ってるだろ? 別名『虹の羽衣』ってよ」

「……俺が普段持ち歩く量の百倍使っても一着のシャツすら作れねぇってクソ高いお貴族様にしか需要のない代物だって事なら」


 魔力を帯びていて一本でも俺が乗れるくらいに丈夫な『デーモンスパイダーの糸』だが織物にすれば魔力耐性の高い魔力に反応して色を変える『虹の羽衣』の原料になる。

 まあどんなに耐性があっても俺達みたいな日雇い冒険者には関係ない代物だがな。


「今まではそうだったけどな? 何でもロコモティ伯爵領で最近安定した量が作れるようになり出したみたいでなぁ。今、南方じゃあ『虹の羽衣』を使ったドレスや装備品を名産にしようって動きが高まってんのさ」

「……? じゃあ何で王都への仕入れができねぇの? むしろ嬉々として売り込んでくる気しかしねぇんだけど……」


 上層部が腐り切っていても犯罪の温床であっても、王都がザッカール王国において最も情報の発信源であるのはド素人でも分かる事。

 量産出来て自領の目玉商品をそんな場所に出し渋る意味が分からんのだが……。


「ホレ、この前バカ王のお誕生会があったろ? 実はそこで最も地位の高いやんごとなきお方に自慢の『虹の羽衣』をふんだんに使ったドレスを着て宣伝してもらう予定だったらしいんだわ……噂じゃ相当な袖の下を用意してな」

「……はあ」


 最も地位の高いやんごとなきお方?

 何故か俺はその表現に当てはまる人物像に嫌なモノを感じる。


「だけどパーティーで自慢の『虹の羽衣』で作られたドレスは地の色合いを悉く損なう程に宝石やらの光物をジャラジャラとケバケバしく付けたデザインで魔力で淡く色合いを変えるはずの下地何か誰も気が付かない始末でよ」

「うわ……」

「それだけならまだしも、それを着ていた“やんごとない輩”は別の色でドレスを染めたらしくてな……しかもパーティー会場どころか王都の通りで国民の衆目に晒される始末で、自領の名産のお披露目に泥、いやクソを付けられた伯爵殿はお怒りのようでな。商品の出し渋りは王家に対する抗議の一つじゃねーかと俺は思ってるよ」

「…………」


 難しい顔でそんな事を言う店主に……俺は冷や汗で苦笑いするしかなかった。

 な~~~んかその状況、そしてクソを付けた件について、俺自身がつい最近関与した覚えがそこはかとなく……ね?


 ただ、妙なモノでそんな事があったからと言って、そんな形で王家に抗議しようとするという南方領伯爵の行動にも驚きはある。

 今まで面と向かって王家に反抗的な行動を取ろうとする貴族なんていなかったのに。

 先日のパーティーで『預言書』の通りに進んでいたとするなら、アンジェラを殺されたショックで覚醒した『聖王』により王都ザッカールは崩壊。この地にいる生きとし生けるものは殺されるか邪気にあてられ邪人と化していたかのどちらか……伯爵も抗議どころじゃなく命すらなかった事だろう。

『預言書』の未来が大きく変わりつつある?

 今まで中央のザッカール王家に従い従順にしていたハズの地方の貴族、領主たちが力を付け始め徐々に制御できなくなり始めている?

 その状況に神様が教えてくれた学問の中で、俺が一番ピンと来なかった『神代の世界の歴史』が脳裏を過る。

 確か神様が言っていたのは“ランセ”もしくは“センゴクジダイ”だったっけか?



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