百八話 死に損ない共が家を持った日

「は~~結構いい家じゃん、庭もありゃ風呂までありやがる。王都のはずれとは言えしっかりと王都の敷地内だってのに」

「バアちゃんがこんな場所を所有していたなんて私も知らなかったよ」


 金欠具合を流れて大聖女に話してから数時間後、俺たちは渡された地図に従い孤児院から徒歩十分程度の場所、住宅街の一角にある民家に訪れていた。

 そこは決して大きくも新しくも無いがレンガ造りのそれなりに頑丈そうな民家であり、中に入れば一階にはリビングに台所、そして浴室に個室が一つ……二階には3~4部屋程あってしばらく放置されていたからかホコリは溜まっているモノの立派に使用できるように最低限度の家具類も揃っている。

 何故こんな場所に俺たちがいるのかと言うと、金欠の為に昇格試験を見送ろうとしていた俺に大聖女が『だったら滞在費が必要なけりゃ良いんだろ?』と言って自分の所有しているこの民家を無料で貸してくれるって言ってくれたからなのだ。

 ただ……思ったよりもしっかりした家に俺は困惑していた。


「思ったよりも遥かに立派な家じゃん。正直寝起きする場所が確保できれば良かったくらいなのに……良いのかな?」

「そうですね……今回はご厚意に甘えるにしても資金が出来たら家賃くらいはお支払いした方が良いのでは?」


 カチーナさんも俺と同じように思ったようで拠点が出来た嬉しさよりも申し訳なさが表情に浮かんでいた。


「ここは元々バアちゃんが聖女時代、まだ教会に対してそれ程発言権が無い時に教会に助けて貰えなかった連中を匿う為に使ってた物件の一つらしいよ。大聖女になってそれなりに発言権を得て修道女とか孤児院とかに口出しできるようになってからあんまり使ってなかったらしいから……掃除さえしてくれりゃ遠慮なく使ってくれって言ってた」


 そんな小心者の俺たちにリリーさんが苦笑しつつ大聖女からの伝言を教えてくれた。

 あ~なるほど……あの人の人生を考えれば今までそういった状況が一度や二度のワケが無い。

 信仰優先の教会だって王国と事を構える気はサラサラ無いだろうから、自分達に不利である思えば平気で頼って来た弱者を放り出し、差し出すだろう。

 それが身寄りを無くした孤児でも、DVに耐えかねて逃げた奥さんや子供でも、お家騒動の渦中で命からがら逃げて来た令嬢であっても火種である、特にならないと思えばアッサリと……。

 ミリアさんやリリーさんの一件だって氷山の一角だろうし、そう言う非常事態に駆け込める拠点を幾つか持っていても不思議じゃないな。

 そう考えるとホコリが積もっていても家の中は整然としていて、使用者の感謝の意志が未だに感じられる気がする。


「あとはまあ……私に対する退職金代わりって事らしいし……」


 そう言うとリリーさんは照れたように笑って頬を掻いた。

 それも大聖女にとって本音の一つだろうな……教会組織から逃がすためとは言えリリーさんを追い出す事しか出来なかったと嘆いていたあの人にとっては。


「よ~~っしゃ、んじゃこの際お言葉に甘える事にしましょうや! とりあえず部屋割りをど~すべ? 一応念の為に防犯からも一階の個室は俺が使おうと思ってっけど?」


 気分を変えるべく、俺はひとまず個人の部屋から決める事を提案した。

 本当に一応防犯目的で一階は男性の俺が~って感じに言ってみたが、本音を言えばこの二人が物取りや強盗なんぞが侵入してもどうこうなる気はサラサラしないのだが……これもエチケットの一つかな~っと。


「宜しいんです? 二階を私たちで使っても……」

「お、さっすが男の子。わ~かってんじゃん! カチーナ、じゃあ早速どこの部屋か決めようよ! 私は角が良いな角!!」

「うえ?」

「日当たりもそうだけど景観も大事だからな~。後この分じゃたまにシエルも遊びに来そうだから~……」


 俺が一階の部屋というのに二人とも特に異論は無いようで、カチーナさんは嬉々として手を引っ張るリリーさんに連れられて二階へと上がって行った。

 元が男装の軍人を強要されていたカチーナさんも最近では元魔導僧でもしっかり女性しているリリーさんに引っ張られているのか少しずつ眠っていた女性らしさが現れてきている気がする。

 女子同士でキャッキャしているのは何ともホッコリする状況と言うか……。


「さ~って……それじゃ俺も部屋の掃除から始めっかな? 日暮れまでには寝床を確保しときたいところだしな……とそう言えば」


 言いつつ俺は現在リビングの暖炉の上でオブジェの如く微動だにしない竜の骨(小型)に視線を投げた。


「ドラスケ~お前は部屋いらんのか? 一応2階の部屋はまだあるけど?」


 一応こいつも仲間だし、元々は人間である事も考慮に入れて気を使ってみたが……ドラスケはカタカタと顎を動かした。


『いらんわい、このガタイで一部屋寄越されても持て余すだけじゃろがい。せいぜいリビングの不気味な置物として防犯に務めといてやるわい……』

「そう言ってくれるならそれでもかまわんが……そんな目立つところにいて大丈夫なのか?」

『何がであるか?』

「いや……その内遊びに来るかもしれないじゃん。模型製作大好きな王子様がこの家にも」

『!?』


 俺はすっかり油断しているドラスケにその事を忠告すると、ビクリと体を震わせたヤツは思わず顎の骨をカランと落とし……慌てて付け直した。


『やややややつがここに訪れる可能性があると!?』

「無いとは言わねーよ。全貌は知らなくてもあの王子だって“こっち側”だからな。そのうちご招待する可能性は高い」

『くぬ……一見で見つからないように隠れ場所や逃走経路も確保しとかねば……』


 そんな事を言いだしたドラスケは骨だけの翼をパタパタ動かしてリビング内を確認して回り出す。

 どうやらヤツの拠点はあくまでもリビングにするつもりのようで……俺はそれ以上口を挟まない事にした。

 まあお好きに……。

               

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 そしてしばらくの間は家の掃除に終始する事になった。

 結局俺は予定通りに一階の部屋、2階の角部屋がリリーさんで隣がカチーナさんの部屋という事で決まり、各々が自分の部屋の掃除と荷ほどきという流れになったワケだ。

 ただ元が宿無しの冒険者である俺たちはいつも身一つであちこち動いていた事で荷ほどきと言っても言う程手持ちの荷物は多くない。

 そして普通の入居とは違って金欠の苦肉の策であった俺達は色々と買い揃えている余裕もなく……入居する準備はアッサリと終了したのだった。


「バアちゃんが気を使ってくれて3人分の寝具は貸してくれたから、とりあえず真っ先にいるのは……晩御飯の買い出しかな?」


 晩飯の買い出し……妙なもんで王都にいてそんな言葉を自分が聞く事になるとは思いもしなかった。

 俺にとって晩飯の買い出しや準備は冒険者として野宿する時がほとんど、住居を持たない俺たちが王都で食事するのは宿の飯か外食が主だったからな……。

 当然自炊できるならそっちの方が節約になる……そう考えると妙に感慨深い。


「ギラル君、君は早いところデーモンスパイダーの糸の補充をしておいて下さい。夕食の買い出しは私とリリーさんで行ってきますから」


 俺に気を使ってくれたのかカチーナさんがそんな事を言ってくれるが……俺は思わず眉を顰めてしまった。


「……大丈夫なのか? カチーナさんこの前食材の買い出しで結構カモられてなかった? 商店街の連中に」

「う……いや、あれはまだ私が買い出し初心者の未熟であった頃の事で……」


 元が貴族で軍人だったカチーナさんは食品の値段について詳しくなく、それどころか売り子の言葉を鵜呑みにしてカモられている事に全く気が付かない欠点があった。

 目を逸らして過去の事のように言うカチーナさんだが、確か2週間前に俺が指摘しなければ保存用の干し肉を定価の3倍で買うところだった気が……。

 しかし疑いの目を向けていると、隣りのリリーさんが胸を張っていう。


「だいじょ~ぶ! そこはこの私に任せなさ~い。伊達に長年王都で教会勤めしてないわ……肉から野菜から商店街の食材の底値くらい熟知しているし、値切る事にかけては魔導僧随一と言われていたくらいなのよ!!」

「お、おお! そいつは頼もしい」


 ムフ~っと鼻息荒くドヤ顔するリリーさんの自信に満ちた姿……それは狙撃を任せた時以上に頼もしく見えたのだった。





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