第百七話 忘れていた約束の日

 しかし三つの儀式……か。

 内訳二つはどんなものか既に知っているが、一つ目の『生贄の儀』ってのは千年も前から王都の中心にあり続ける邪気浄化のシステムそのものの事だから既に実行されている。

 そして『異界召喚の儀』は『預言書』を考えれば勇者召喚の事以外に想像は付かない。

 だとすれば今よく分からないのは『蟲毒の儀』なのだが……先日のヴァリス王子の覚醒をけしかけた件がそれに通ずる何かなんじゃねーかとは思うけど。


「そもそも蟲毒って何なんだ? 語感からもどうせ碌な事じゃねーのは想像できるが」

「あ~昔から強力な毒、または狂暴な生き物を生み出す目的で閉鎖した場所に色んな生き物ぶち込んで食い合わせて、残った凶悪な一匹を魔術に利用する方法さね。イメージ的に闇魔法の連中の専売みたいに思われがちだが、ワリと他の属性魔導士でも使うヤツはいるわな……。あたしゃ趣味じゃ無いけどね」


 あっけらかんと大聖女は蟲毒について教えてくれる。

 その嫌そうな顔を見る限り、趣味じゃないと言ったのは紛れもなく本音なのだろう。

 まあこの大聖女ならそんな事をする暇があったら肉体を鍛える方に思考が向くだろうからな。

 しかし古文書に記された亜人種たちが危険視した『蟲毒の儀』がどういうモノなのか……想像がつかない。


「強力な毒を持つ者同士を食い合わせる…………?」


 俺は新たに出始める情報に頭を抱えたくなって来た。

 どうにも嫌な感じだ……今まで雑魚敵のやられ役でしかない俺がここまでやってこれたのは『預言書』のアドバンテージで先に情報を知っていた事に尽きる。

 しかし今回発覚した事については一部意味もやり方も全く分からず、最悪な事に敵の姿形も碌に分からない。

 

「クソ……分かっているのは向こうが上手で目指しているのが世界平和じゃねーって事だけかよ……」

「「「「「…………」」」」」


 思わず俺が吐いた悪態に誰も否定を意見をくれない……。

 誰か笑い飛ばしてくれよ……。


              ・

              ・

              ・


「うおおおお! やるなてめえ! この俺様とパワーでタメ張るか!!」

「ふふふふ甘いな! 僕のお姉ちゃんは元メイドだけどもっと強いぞ! 僕も力比べで勝った事は無かったし!!」


 結局アレから実りのあるやり取りも無く、新たな情報が入ったらという感じで死ぬはずだった者たちの会合、通称デスカッションは幕を閉じたのだった。

 何となく陰鬱な気分ではあったが、いつの間にか遊びの内容を相撲に変えた子供たちのはしゃぐ声が清々しく気分を一掃してくれる。

 ……お姉ちゃん認定されて鼻血出している元侍女殿が視界に入らなきゃ言う事無いけど。

 

 ホロウ団長曰く、先日の件があるからしばらくは黒幕も行動を顰めるだろうから、その間に調査兵団を駆使してジルバたち『テンソ』の行動から情報を洗いなおすとの事。

 腐敗著しいザッカール王国だとその手の裏を持っているのは貴族に限らず、商人でも平民でも、もっと言えばスラムの民でさえも当たり前にしているから精査に相当時間がかかると嘆いていた。

『私が生まれるより前から王国の闇に根付いていたであろう黒幕……厄介さで言えば邪気と同じですね。何しろ我々には認識が出来ていないのですから……』

 最後にホロウ団長が言った言葉が耳に残る。

 見えない……結局厄介事の全てはそこに集約される。

 存在を知っていても認識できるのが『死霊使い』の才をもったヴァリス王子か、アンデッドでも意思疎通が出来るドラスケしかいないワケで……。

 あれ? そう言えば……。


「カチーナさん? そういやドラスケは今日来てなかったな。今日のメンツ的にはくっついて来るかと思っていたけど……」

「え……ああ、最初は来るつもりだったようですが……」


 カチーナさんは苦笑しつつ頬を掻く。


「何と言いますか『我はもう魔改造される危険は冒したくない!!』と、今日の会合がこの孤児院である事を告げた途端姿をくらましてしまいまして……」

「あ……ああ……なるほど」


 俺は王宮で再会したドラスケの重量感溢れる変わりようを思い出して……無理も無いと思った。

 アイツにとってヴァリス王子は最早天敵だろうからな。

 朗らかに友達と遊ぶあの子が、実は未だに原因不明の事件として噂されている夜中に跳び回る奇怪な魔物『黒い巨人』である事を考えると……今後ドラスケが捕まったらどんな形状にされるのか想像できん。


「今のところは出来る事から……だな。一応俺も当初の目標は達成したって言えるし……話が前よりもややこしくなっているのを見なければ……」

「そうですね……一応今回我々が王宮に忍び込んだのも元々時間つぶしみたいなものでしたしね」

「……考えてみると豪快な時間つぶしだったわね。昇級試験までの時間つぶしに王宮、しかも現国王をダシに使っている辺りでスケールが違うわ、この男」


 苦笑、まさにそうとしか言いようのない顔でカチーナさんとリリーさんが笑い合う。

 その言い方は失敬な……別に今回の件だって最初から狙って起こしたワケでは………………ん?

 その時二人の会話のある部分が俺の脳裏に引っかかった。


「………………昇格試験?」

「ん? だってそうでしょ? 元々は昇格試験まで王都に滞在するからその時間を使って調査するって名目で……」


 その時、俺の頭の片隅に置き去りにしていた記憶が蘇った。

 受付ミリアさんにギルドで釘を刺されたDランクからCランクへ昇格するための試験日……それは前にギルドに行ってから丁度2週間後で……。

 俺はその事と同時に自分の現状と、試験までの残り日数を考えて……血の気が引いた。


「ああああああああ!? 昇格試験日明後日じゃね~かああああ!!」

「なによ……忘れてたの?」


 絶叫する俺にリリーさんがあきれ顔で溜息を吐いた。

 そう、忘れていた。

 完っ全に忘れていた!

 昇格試験は基本的に筆記の他は実戦……ギルドで用意した依頼をこなす事で判定されるのだが、当然だけで戦闘の科目も存在する。

 筆記の方は冒険者として当然のルールや知識の確認のようなもんだから、何とかなると思うのだが……。


「大丈夫じゃないですか? 君はいつもその手の学問の手を抜く事は無いですし、戦闘においても私たちにも引けを取らない猛者では無いですか」

「この前の件で『デーモンスパイダーの糸』を使い切っちまったんだった! 試験までに補充する資金が足りねええええ!!」


 カチーナさんはそう笑ってくれるが……俺の実力はあくまで盗賊としての技能を駆使して戦うからこそのモノ。

 一つの武器を頼りに戦うカチーナさんのような前衛とは勝手が違うのだ。

 先日、調子に乗ってヴァリス王子の邪気を吸収させる為に一般人の冒険者風情が大放出してしまった物の為に恐ろしい病魔に侵されてしまったのだから……

 金欠というとてつもなく恐ろしい病に……。

 魔法なんかと違い俺の戦い方は種も仕掛けもあるだけに、丈夫で多様性のある『デーモンスパイダーの糸』は必需品中の必需品。

 ついでに言えば『七つ道具』のロケットフックや鎖鎌も現在メンテナンス中である。

 修理するにも買い直すにも圧倒的に金が足りない状況なのだ。


「何よ、金銭の事で失敗とか……締まり屋のアンタにしては珍しいわね」

「……正直今回の散財は予想外だったから」


 リリーさんがそう言うのも無理はなく、俺は職業的には散財しそうな字面ではある盗賊でありながらパーティの資金管理は俺が担当していて……自分で言うのも何だけどワリとケチな方だ。

 ただ今回ばかりは急な出費が重なっていた事もジワジワと響いていたのだ。


「長期間で王都に滞在するのはどうしても金がかかるからな……試験までを見越して冒険者の依頼も受けるつもりだったから……ぶっちゃけ今の持ち金は針土竜亭での滞在費数日分しかないんだよな~」


 一応パーティでの必要経費として宿代と武器防具のメンテナンス、補充の費用は何時も寄せてはあるのだが、今回大量に在庫一掃してしまった『デーモンスパイダーの糸』を補充するとすれば滞在費の方に響いてしまう。


「あ……そうか、私も今は宿無し状態だから一泊ごとに金がかかるんだものね。今まで教会住まいだったからうっかりしてた」


 先日まで王都で生活するのが当たり前だったリリーさんがその辺の意識が行ってなかったのも仕方がない事。

 つい最近までカチーナさんも王国軍の宿舎住まいだったから滞在費には無頓着だったし。


「試験では確実にランク上位の試験官が立ちふさがるだろうしな~。盗賊の立ち回りでダガー1本で太刀打ちできる気はしねぇぞ俺……」


 おそらく試験当日にはC、もしくはB級相当の冒険者が用意されているだろうし……俺の身近でそんな実力だったのはスレイヤ師匠を始めとした『酒盛り』の連中だ。

 単純な実力ではホロウ団長や大聖女辺りの方が圧倒的に上級者ではあるけど、俺は未だに『酒盛り』の連中の実力に至ったとは思っていない。

 ましてや金欠で万全な準備ができないとなると……。


「んにゃろう……今回の昇格試験は諦めるか? 試験よりも稼ぎを優先するしか……」


 今回の昇格試験を諦めて次回に見送る……そうするのが一番後腐れが無いのも事実。

 ぶっちゃけ長年利用している『針土竜亭』だから頼めばツケも聞いてくれそうだとは思うのだが、俺は一度でもそう言う事を頼んでしまうとクセになりそうな予感がして、それなら次回持越しで良いと思ってしまう。

 俺の気持ちが表情に出てしまったようで……二人とも“仕方がない”とばかりに溜息を吐いた。


「次回の昇格試験は一ヶ月後ですか……。しっかりと準備してから出直しましょうか」

「考えて見りゃアタシも荷物運びでミスリルの弾丸相当消費してたからね……。地道に稼いでから出直しますか」

「……何かすんません」


 邪神復活だの運命の改編だのに比べて、実にスケールの小さい事態に陥る我らワーストデッドは揃って乾いた笑みを浮かべた。

 背に腹は代えられない……先立つのは何時の世であっても……金か……。


「何だい若造共、もう帰ったのかと思ってたら雁首揃えて不景気そうな顔で笑いやがって」


 そんな黄昏る俺たちに声をかけて来たのは巨大なメイスを抱えた老婆、自称『バーニング・デッド』こと大聖女ジャンダルムであった。

 さっきの会合の後、自分は孤児院に用があるからと分かれたのだったが、俺たちがうだうだしている内に追いつかれてしまったようである。


「……実際不景気っスからね。金が無いと王都では試験も滞在も難しいって世知辛い話でして……

「あん? どうかしたのか?」


 俺が思わずつぶやいた言葉に大聖女は怪訝そうに首を傾げるのであった。


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