第百六話 続編は前作を前振りにされる不思議
「ただまあ、私の生死など些末な事です。200年以上も生きて碌な事をしてきてませんから、それこそ碌な死に方をしないだろうと思ってましたからね。ギラル君の話では私は勇者の攻撃の余波で死んだようですし……さしずめ“ついでに死んだ《バイザウェイ・デッド》”と言うところでしょうか?」
「おいおい……」
自身の死に様に興味はない、そう言いつつ俺の死に様に合わせるような冗談めかしてにこやかに名乗るホロウ団長。
その表情はむしろ自分の死に様に納得しているようにも見えた。
千年前の侵略戦争の生き残りの血筋である彼にとって大事なのは、最終的には平穏の継続という事なんだろうか?
その為なら国が無くなろうと変わろうと、あるいは自分自身が歴史の片隅でひっそり消えていても一つの結果として捕らえる……そんな達観。
多分この人は結果的にその平穏な世を求めるが究極的には受け身、時流を見極め最善の道筋を共にしようとしても自身が先頭に立つ事を良しとしない……陰に徹する人生を選択しているのだろう。
『預言書』のようにまだ『聖尚書』になる可能性があると言うよりはこの人だけは今も『
ただ、こうなると俺は今後の立ち回り方が完全に分からなくなってしまう。
「でも……仮にギラルさんの言う預言書? って言うのが真実だったとしても、今回の事で邪神? でしたっけ? それの復活を目論む四魔将ってのは出現の阻止は出来たんじゃ無いですか? 言ってしまえばこれで解決って事になりません?」
「…………そう、ならいいんだけど」
キョトンとした表情でそう言うのはこの中でも完全な一般人思考のアンジェラさん……彼女は正に俺が今頭を悩ませている事を言葉にしてくれた。
そう……『預言書』の悪役に注目するなら復活を目論む中心人物の四人、『聖騎士』カチーナ、『聖魔女』エルシエル、『聖尚書』ホロウ、そして『聖王』ヴァリアント……になる予定だったヴァリス王子の未来改編は成功できたと思う。
ホロウ団長だけは改編で来たとは言い難いところだけど……根本的に流れに受け身な姿勢であるこの人は自主的に『預言書』の様な行動を起こさないと思う。
問題なのはこの辺だ。
単純に俺は四魔将の闇落ちを阻止できれば良いと今回までは思っていたけど、ここに来て厄介な事情が発覚してしまった。
俺は全員を見渡して……溜息を吐いた。
「アンジェラさんが言うように俺も今までは四人の転落人生を阻止できればと思っていたし、実際阻止出来た事は間違いじゃないと思ってるよ。今更カチーナさんやシエルさんと敵対関係になりたいとは思えないし」
「そんなのは私とて同じです」
「今更殺害目的でアンタの脳天狙うくらいなら、自分の頭を打ち抜く方が気楽かもね」
付き合いがそこまで長いワケでもないけど、軽く笑ってそう言ってくれるカチーナさんとリリーさん……仲間になれた今、自分がやった行為に意味がないとはとても思えない。
そのこと自体に間違いは無いし、後悔も微塵も無い……それは良いんだが。
「だけど『預言書』を思い返して四魔将を裏で牛耳っていたのは参謀であり知謀に長けた『聖尚書』だって……つまり真の黒幕はホロウ団長、アンタじゃないかって思ってたんだよ」
「ふむ……確かに君の話を聞く限り、ガワだけで判断するとそんな感じはありますね」
「ただ……今回知った事、そして『預言書』の『聖王』に対する立ち回りを鑑みてもホロウ団長、アンタは認めた相手に従うタイプだが仕えた主を傀儡にしたがるタイプじゃねぇだろ?」
「……ほう?」
「調査兵団から分裂した『テンソ』のジルバにしたってアンタは出来る限り放っておくような感じで、ぶっちゃけるとアンタは支配するのは嫌いなんじゃ?」
俺がそう言うとホロウ団長は身動ぎ一つ、表情一つ変える事も無くテーブルの上で手を組んで、否定も肯定もせず……嗤って見せた。
「ふふふ……中々の御慧眼、否定は全くできません。まあもう少し捻くれた言い方をすれば、年寄りが余計な口出しをするべきではない……そう言う事ですね」
「確かに……それは道理ではあるねぇ」
ホロウ団長の言葉に頷くのはこの中で唯一大聖女のみ……この辺は年と経験を重ねた者だけに至れる領域なんだろうかね?
「ギラル君がおっしゃる通り、調査兵団という影働きであっても私は自分自身で動く事を極力避けています。そのせいで起こる不都合も不幸もある事は重々承知していますが、私が動く事で余計な諍いが起こる事も事実……そのすべては私が背負う業、あるいは罪です」
「…………」
「今回の件はさすがに野放しにし過ぎた感も否めませんが……ジルバが別の何かに動かされているとしたら……」
ホロウ団長が呟いたその一言……そこに今後の問題が要約されていた。
『預言書』で邪神復活を目指す実行犯『邪神軍』を率いていたのは間違いなく四魔将達だったが、それを出現させた何者かが全く分からないのだ。
ハッキリ言って『聖騎士』『聖魔女』は流れ的に拾い物、たまたま見つけた憎悪満ちる邪気と親和性のある者が選ばれた感じだろうけど、『聖王』に関しては今回あからさまに覚醒、誕生させようと企てる“ナニか”がいたのだ。
「ヴァリス王子が元々千年前の死霊使い、エルフの子であるって事を分かった上で覚醒を計る……そんな奴が『テンソ』率いるジルバと繋がっているって事なんっスか?」
話の流れ的にみんな薄々この結論に気が付いていたようで、「ええ!? まだ黒幕がいるんですか!?」とリアクションを取ってくれるアンジェラさん以外はうんざりした表情になっていた。
そうしていると珍しい事に常に固まった笑顔のポーカーフェイスのホロウ団長が、眉をひそめて溜息を吐いた。
「はあ……あまり言いたくは無いですが、ジルバは調査兵団で陰に生きる私に不満を持っていた節があったのです。実力ある者が陰にいて腐り切った貴族共が台頭し政治を動かす王国のありようは間違っていると」
自らを年寄りと称して後任に任せようとするホロウ団長に、そんな団長が策謀溢れる実力者である事を知っているジルバは団長、もしくは師匠が表に出ない状況に不満を持っていた……そう言う事か?
無理やりにでも表に出る状況を作り出し、日向へと突き出そうと……。
「そこを、その“ナニか”に利用された?」
「……ジルバ自身は逆に利用してやる腹積もりかもしれませんがね。ギラル君の話を聞く限りでは残念ならが上手くいく気はしませんね」
「確かに……最終地点が邪神の手先だからなぁ」
あるいはホロウ団長が『聖尚書』として世界を滅ぼす事も含めての計画なんだろうか?
しかしそう考えるとこの化け物を計画に組む事を思いつくってのが俺のような凡人には想像がつかない。
使える使えない以前に不要なら近寄りたくも無い怖い人物なのだが……。
「団長さん、その裏で暗躍している何者かに心当たりは無いんッスかね? 俺の情報網では調査兵団の概要すら碌に掴めなかったから、調査兵団団長の直弟子を唆せる存在なんかいよいよ思いもつかんッスよ」
俺が素直に自分の限界を告げて教えを乞うが、聞かれたホロウ団長も困り顔で腕を組んでしまった。
「む……正直なところ予想は出来ますが、確証を得る材料が一つもありません。しかしこの件に関して言えるとするなら件の黒幕が分かりやすく動き出したのは今回が初めての事です。明確に千年前のエルフの子、しかも『死霊使い』としての才を持っている事すら知っていたからこその暴挙と言えますからね」
「……逆に言えばヴァリス王子って存在が発覚したから動き出したって事?」
何かに気が付いたのかリリーさんが口を挟むと団長は「おそらく」と肯定と共に頷いた。
「……あ~~~となると、古文書の注意書きが信憑性が出て来るな」
「そう言えば古文書の解読を担っているのは貴女でしたね。でしたら真っ先に気が付くでしょうな」
「ええ、あれ程しつこく記述されていれば亜人種たちの祖がどれほど恐れていたのか分かるってもんです」
古文書の解読はリリーさんに全て一任しているから、俺は今のところ邪気に関する記述しか理解していない。
理解している二人が真剣な顔で物騒な事を言い合っているのは言い知れぬ恐怖を覚える。
「二人だけで分かり合ってないでそろそろ教えてくれんかい? 一体亜人種たちは何を恐れて警告していたのさ……」
最初にしびれを切らしたのは大聖女ジャンダルム……俺も似たような心境だったので同じような顔で頷いた。
無論カチーナさん、アンジェラさんの二人も……。
リリーさんはそんな俺たちに仕方がないとばかりに溜息を吐いて口を開いた。
「古文書には要所要所で禁忌とされる魔術や儀式が記載されていたの。それは名前のみでやり方は一切記述されていなかったけど、その禁忌の法を全て実行した時この世の全てを終焉に導く何かが起こるって……」
「禁忌の呪法は記述によると3つ……『生贄の儀』『蟲毒の儀』そして……」
神様は確かに世界の未来『預言書』を俺に見せてくれた。
四魔将が率いる邪神軍に滅ぼされようとしている世界を救う為に、最後の希望として精霊の中でも六大精霊ではない特殊な精霊の寵愛を受けた聖女により『勇者』は呼ばれた。
その事は預言書でも明言されていた……勇者は救済のため、世界を救う為にこの世界に呼ばれ、そして相打ちになったと……。
だと言うのに……古文書に記述されていた禁忌の最後の儀、それはこの世界を救う目的で使われた『勇者召喚』とあまりに似た呪法で……まるで俺に言い聞かせるようにリリーさんとホロウ団長の声が重なった。
「「異界召喚の儀…………そのすべてが終わった後に終焉を齎す邪神、この世界に顕現す」」
異世界召喚、つまりは『預言書』で行われた勇者の召喚自体が世界を滅ぼす為に仕組まれた事だったってのか!?
しかし考えてみると俺は神様に24節の『預言書』を見せて貰ったのみ……その後の未来に何が起こっているのか、具体的には勇者の死後にこの世界で何が起こったのかは知らないのだ。
そう思うと二人の言葉で強烈に引っかかる言葉があった。
「……顕現? 邪神って教会に封じられた千年の邪気を溜め込んだエルフの事じゃないのか? その言い方だと儀式が終わった後に違う世界から現れるって聞こえるけど?」
復活や誕生じゃなく顕現……この世界を滅ぼす、ただそれだけの為に邪神に通ずる何かが呼びこまれるって言うのか? それこそ勇者召喚のように……。
まるで何者か、今の話の流れでは“ジルバの裏にいる何か”はこの世界を滅ぼす古文書の方法を実行しようとしている……世界の全てを滅ぼそうとしているという事になる。
俺はその事にただただ呆然とするのみだったが、大聖女は何故か納得したように頷いた。
「単にこの世界を滅ぼしたいなら、別の世界から何か強力な化け物連れて来た方が手っ取り早いって気はするな」
「どういう事よ、バアちゃん」
「簡単な話さ。憎たらしいとか必要だとか言われても長年住んだ家と他人の家、ぶっ壊すならどっちが容易いかって話さ。本気でぶっ壊すつもりなら思い入れも何もない他人がやった方が確実だろ?」
「戦争は相手が悪で自分に正当性がある、そう思えば遠慮なく虐殺も破壊も行えるという事か……ヤな話」
サラッとリリーさんはこの時大聖女をバアちゃん呼びで、その事に大聖女本人も一切気にした様子もなく……二人とも聖職者として上司部下の関係になる以前の呼び方に戻ったのかな~って、こんな状況なのに思ったのだった。
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