第百五話 終わらない最悪の死《ワースト・デッド》
俺は目の前の現実を無かった事にして、まずは自己紹介から始める事にした。
「じゃ……まずは興味ないとは思うけど俺の生涯について言わせてもらう。俺は数年前に野盗共の襲撃で皆殺しにされたトネリコ村の生き残り、そしてそんな境遇だってのに自分の肉親を殺した連中と同じ野盗に成り下がり、最後は正義の味方の登場で面白おかしく真っ二つになって殺される予定だった……現在Dランク冒険者の盗賊、ギラルッス」
「「「…………は?」」」
事情を知らない3人の声が見事に重なった。
明らかに何言ってんのか分からないって声色で。
ただ、俺が何者でどういう経緯で今まで生きて来たかを知って貰わないと話が繋がらないからな……。
俺は疑問符を頭に浮かべたままの3人を無視して話を続ける。
「今から5~6年は前の話になるけど……」
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それから数十分、俺はガキの頃からの他人が聞けば頭がおかしいか、もしくは壮大なホラ話として笑いものにされるだろう自身の経験談を話した。
特に精霊神教が浸透しているこの国で神様の話の件なんて背信以外の何物でもないのだから、この中では最も一般人に近いアンジェラさんは露骨に眉をひそめて見せた。
あからさまに『何言ってんのコイツ』って顔をして……。
だけど他の二人の反応は彼女と違って分かりにくく……ホロウ団長は腕を組んで黙り込んでしまい、
そして話し終えた俺の目を真っすぐに見据えたその瞳に疑念の色は無かった。
「……って事はあれかい? ワースト・デッドなんぞと名乗っていた字は自分たちの本来辿ったかもしれない死に様って事なのかい?」
「……ま、そ~っすね。このメンツの中じゃ俺が圧倒的に情けなく雑魚感が半端ねーけど」
「真っ二つに、食い殺される、毒殺…………じゃあアタシはさしずめ『焼け死ぬ《バーニング・デッド》かね?」
……焼け死ぬ? 何故か忍び笑いをしつつそんな事を言う大聖女に、訝し気にしていたアンジェラさんはギョッとした顔になった。
「えっと大聖女様、まさか今のお話を信じるのですか? 助けていただいた方ですのに申し訳ないのですが、私には全く信じられない創作にしか思えないのですが……」
そんな事を言うアンジェラさんを俺は失礼とは思わない……邪神軍だの四魔将だの聖王だのいきなり聞かされたら、むしろそっちの方が当然の反応と言える。
しかし大聖女は鼻を鳴らして腕を組んだ。
「ふん、この小僧がアタシらを謀ろうって言うなら創作の段階で問題外さ。小太りの自堕落な男って神様の扱いが宗教家としてなっちゃいない。もっと信仰を集めそうなこっちにとって都合の良い姿を脚色するもんさ。見たまんまを話ってのは策略としても杜撰、自分よりも力量の上の相手に対して話の根幹を伝えてんだからね」
「…………はあ」
「この小僧が大聖女のアタシや調査兵団団長なんてのにこんな話を開示する理由は簡単な事、大事を抱えきれなくなった小物が助けを求めてるって事さ……だろ?」
「大きなお世話だっつーの……」
そう言われてもグウの音も出ねぇ……マジでその通りだからな。
今までの活動の中でもこの件に関して共有できる人物は極端に少なかった。
ハッキリ言って『酒盛り』の連中は預言書の結果を予想も出来ない事で巻き込みたくなかったし、この国に置ける権力を担う者で信用できる奴らはいなかった。
今のところ俺が信用できると確信できる理由は『預言書』で死ぬ予定だった者たちのみ。
小物が迫る未来に怯えて臆病にも話してもいいと判断した人たちに責任の共有を迫る為に暴露している……本音を言えばそれだけの事なのだ。
世の裏も表も知った上で秘密を隠し人知れず世を正す為に動いていた大聖女や団長に比べて俺自身の何と弱い事か……結局俺は『預言書』で言う雑魚と変わりがない。
しかしそんな事を考えていると、目の前のバアさんが不意に頭を深々と下げた。
「それでも……ありがとうよ。アンタのお陰で私は弟子たちに悪人の重責を残さずに済んだみたいだ。ババア一匹の命なんざ惜しくもなんとも無いがね……引き換えに幸福な人生を残してやれないってのだけは辛い事だからね」
「やめろよバアさん、俺は単純にカッコ悪く死ぬのが嫌だっただけ。どうせなら面白おかしく生きたい、けど今のままで俺だけで抱える事が出来ないから都合の良い年寄りを巻き込もうとしているとんでもねぇ小物だぜ?」
神様の望みを聞いたと言えば聞こえがいいが、結局俺がやろうとしているのはただの自己満足だ。
結果がこうなったとは言えカチーナさんもシエルさんもリリーさんも……本来の
しかし単なる自己満足のための行動である事を言うと、大聖女は苦笑して見せた。
「そんなもん……生きとし生けるもの、誰だって同じさね。善人でも悪人でも結局は自分にとって都合の良い結果を望み、己の為に動くもんだ。例えば善政を敷く国王だったとしても、結局は国民が喜ぶのが嬉しい、平和な国なるのが楽しい……そう言う事なんだからさ。その行動が万人受けするかどうか、結局はそれだけの話さ」
「……アンタみたいな脳筋聖女でもそんな事言うんだな」
「ふ……まだまだだな若造、アタシも一人で大事を抱え込めない小物の一人……お前らの同類でしかないからね」
一見豪快な脳筋ババアの大聖女がこれまで魑魅魍魎跋扈する教会組織で抱えきれなかった大事何て何度あったか想像も出来ない事だ。
信じるに足る理由は結局似たような思考、小物同士の共感って言いたいのだろうか?
「ただまあ……実はアタシも直に『預言書』とやらを見たワケじゃ無いが、ギラルの与太話を信じる気になる夢を何度か見たもんでね」
「夢……ですか?」
そして追加で何故か大聖女が口にした“夢”というワードにカチーナさんが真っ先に反応した。
「ああ……それが精霊の寵愛によるモノかは定かじゃ無いが、アタシは長年時々だが『弟子に引導を渡される』夢を見ていたんだが……ある一時から『弟子と喧嘩して祝う』って内容に変化してね。弟子が……シエルとリリーがアンタらと背信者共の信仰を叩き折った日から……な」
「そうですか……貴女もそのような夢を」
ケンカして……祝う?
何だか瞬時に読解できない妙な言葉が聞えた気がしたが、大聖女の話にカチーナさんが口を開いた。
夢……そうだ、そう言えば彼女も……。
「ん? 何だい、アンタも何か見たのかい?」
「ええ……私は暗い二股に分かれた道の片方に、外道に堕ちた『聖騎士』の自分がいました。崩れる道と共に笑いながら奈落に堕ちて行く私は言いました『私にはなるな、カチーナ・ファークス』と……」
夢……こうなってくると妙な共通点だ。
あり得たかもしれない最低な未来の消滅、その証明がそれだというなら……。
チラリとリリーさんを見ると、彼女も困った様に後頭を掻いていた。
「私は途切れた断崖でシエルに、『聖魔女』として堕ちたアイツに会う夢だったね。途切れていた道に橋を架けてくれたらいなくなったわ」
「ほう……リリーもかい?」
こうなると気になるのは最近結末の変った人……全員の視線がアンジェラさんへと集中して彼女はビクリと体を震わせた。
「えっと……確かにそんな感じの夢、見ました……つい最近」
さっきまでこの中では俺の話に一番懐疑的であったはずの彼女は一転して顔を赤くしていた……おや?
「え~~~~っと、リリーさんの夢にかぶりますが私も断崖絶壁で……落ちそうになった時に背後から真っ黒い2~3メートルはあるフルプレートの御仁に助けられました。その巨体のフルプレートはやがて煙のように空気の溶け消えて……中から現れたのは成長されたヴァリス様の姿でした。そして耳元で囁いたのです『今度こそ貴女を守る』と」
特徴からして明らかに邪人に堕ちたヴァリス王子、『聖王』が死に際の彼女を救ったという夢……自身が言っていたようにリリーさんと同じく彼女も今回介入が無ければ命を落としていた事を示唆するような夢。
『預言書』の未来が変わったタイミングで主要人物たちに似たような現象が共通していると言う事なんだろうか?
だとすると……。
「てっきり私の野ぼ……いや願ぼ……いや希望が夢に出ただけかと思ってましたけど」
何かまたしても不穏当な事を言いそうになる元専属侍女だったが、隣に座るホロウ団長が大げさに溜息を吐いて見せた。
「やれやれ、そうなると困りましたね。何らかの分岐を示唆する夢を見ていないという事は、ギラル君のしる預言書の死因は消えていないと言う事になりそうです。残念ながら私は今もってそのような夢を見ておりません」
「……え? ホロウさん、アンタみたいな化け物でも睡眠取るんスか? てっきりそう言うのすら克服しているのかと」
「中々失礼な認識ですね~。齢を超える私とて睡眠は人並みに取りますよ? まあ長い年「月で一月以上は眠らずに過ごせる技術も会得してはいますが」
「十分化け物じゃん……」
冗談めかしてそう言えばホロウ団長も苦笑を浮かべて、何やら分かったような視線を俺に送って来た。
やはりこの人は一筋縄では行かないな……妙な事に自分と同じ境遇であるからこそ速攻で気が付いたのかもしれん。
俺がホロウ団長と同様に人生の分岐を示唆する夢を見た事がないって事に……。
俺の真っ二つになる
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