第百四話 集結する死にぞこない共

「ギャハハハ! お前なかなか足早いな“マルス”!!」

「いっつもおっかない化粧お化けから逃げてたからな! そういう君らもやるな!!」

「まあな! 俺は酒ばっか飲んでるクソジジイの拳骨から逃げるの必死だったからよ~」

「あたしももう少しで奴隷商に売り飛ばされるところだったからね。逃げ足は基本よ基本」

「このままでは勝負付かないね。なら次の鬼は僕がやろうじゃないか!」

「言ったな! 受けて立つぞ新入り!!」


 ワーワーと楽し気に走り回る子供たちの大勢が何らかの理由で親元にいられなくなった孤児たちだが、そんな境遇でも明るく無邪気に駆け回る子供たちと一緒になってはしゃぐ主の姿を、元侍女であるアンジェラさんは柔らかい笑顔で見つめていた。

 前はメイド服だったが、今は簡素なワンピースにエプロンの孤児院の職員の姿で……失礼かもしれないけど前の衣装よりも彼女には今の方が板について見える。


「どうやら元気そうっスね、元王子殿は」

「ええ、おかげさまで初めて同世代のお友達が出来た事で毎日大喜びです。毎晩“今日はこんな事があった”って自慢げに報告する様は、以前では絶対に拝見できなかったお顔ですから」


 ここは王都の西区に位置するエレメンタル教会管轄の孤児院の一つにして、アンジェラさんの現在の職場である。

 手っ取り早くヴァリス王子の経歴を抹消し連れ去る目的で、都合よく王宮内部に入り込んだゴブリンの仕業に見せかけて死亡した事にしたワケだ。

 ……ワンパターンと思わなくもないけど。

 死を偽装した手前、王都に残るのもどうか? と思わなくも無かったが、ここは教会内部でもどちらかと言えば大聖女の管轄の孤児院で、もっと言えばシエルさんやリリーさんの古巣でもある。

 さらに言えば調査兵団団長殿も偽装に一役買ってくれているので、当面の間は大丈夫だろうと言う判断で王子は新入りの“マルス君”としてココで生活しているのだ。


「あの子の身柄は……大丈夫なんっスよね? 団長さん?」

 

 一応確認の意味を込めて、俺は同じ部屋で茶をすすっている団長殿……ホロウ氏に確認する。


「ええ……どういうワケか知りませんが、先日ある日を境に現国王ロドリゲス様が病床に伏しましてね。より扱いやすくなったと現国王の態勢を継続しようとしている連中は多いのですが、逆に今こそ我こそが、もしくは我が子を後継者にと火種が導火線の辺りを行ったり来たりしてまして……死んだはずの継承者認定されていない庶子などを気に掛ける輩はおりませんので…………実に困った事に」


 そう言いつつ眼鏡を光らせてこっちを見るホロウ団長の顔を、俺は絶対に見ない!

“余計な事しやがって”と如実に語る化け物の目なんて直視したら絶対にちびる!!

 しかし先日の国王の件については俺だって予想外だった。

 己の罪を白状させて『邪神』について分かればそれで良かったし、何なら国王を連れ出す際に邪魔しなかったって事は調査兵団ホロウも容認したようなもんだろう。

 俺だけに責を押し付けるのは筋が違うと……………………あ、いやすみませんすみません! 何でもないです!! 笑顔で睨まないで……。


「ま、あのぶんじゃ遅かれ早かれ何事か起こっておったろうからな。クズ一人が持ってかれて済んだと見るべきじゃないのかい?」


 そんな無言の圧力に助け船を出してくれたのは本日も派手さの無い赤い法衣を着た大聖女ジャンダルムだった。

 見た目だけならホロウ団長よりも年長に見えるが、実際の年齢は大聖女の方がはるかに年下と言うのだから少々紛らわしい。


「……確かに今回の事件はザッカール王国が抱え続けた千年に及ぶ原罪が元凶ですからね。その事に国王がむやみに触れた事が全てなのですから、起こるべくして起こった結末なのでしょう」


 しかしそう諭された団長は溜息を吐いて無言の圧力を納めた。


「まさか邪気吸収の魔術機構の邪気吸収の仕組みが生贄によるモノ……しかも千年前に自分たちで滅ぼした亜人種、エルフを利用したモノだったとは……」


 エレメンタル教会所属の王都西区の孤児院にある応接室。

 本日はこれまでの経緯で説明が必要、もしくは説明しておいた方が良さそうな人たちに集まって貰っていた。

 あまり広いとは言えない応接室に俺とカチーナさんとリリーさんのワーストデッドの面々、そして調査兵団団長ホロウ氏とエレメンタル教会大聖女ジャンダルム、そして先日ヴァリス王子の力を目の当たりにしたアンジェラさんの計6名がテーブルを挟んで座っていた。

 正直アンジェラさんはともかく他の二人にこの件を話すのは躊躇してはいたが、先日の調査兵団『テンソ』の外部からの指令で動いていた事も含めて四の五の言ってもいられないっぽいしな。

 この際腹芸の出来そうな連中はトコトン巻き込んだ方が都合よさそうと割り切る事にしたのだ。


「ではギラル君、そろそろ教えていただけるのでしょうか? 君は何故その事を、王都の邪気吸収が単なる魔術機構ではなく生贄によるモノ……この国では大半の者が絶対の神と崇める精霊神の存在がその生贄たる存在そのものであると結び付ける事が出来た答えを」

「今更だけど教会組織の偉いさんである婆さんはここにいても良いんかい? これから異端や邪教じゃ済まないくらいの背信行為的な話をするんだけど……」

「ハン、精霊ってのは何かを直接教えてくれるようなもんじゃない。気に入って貰えたら傍にいてくれる……ただそれだけの気まぐれな連中さ。自分の存在、生死にすら気まぐれなヤツらが自分達の上を作るって矛盾は聖女になった者が誰もが通る疑問だよ」


 俺が一応とばかりに大聖女に話を振ると、彼女は鼻を鳴らして苦笑して見せる。


「今更いないって言われても驚きゃしないさ。むしろスッキリするってもんよ」


 前にも聞いたな……精霊の寵愛を受けた聖女にとって精霊はパートナーであり友達、従えているのではなく気に入られているだけなのだと。


「聖職者がそんなんで良いのか?」

「聖職者だからこそ、だよ。別に大々的に真実をひけらかそうなんざ思っちゃいない。人の暮らしに利用できるなら利用するし、諍いの種なら口を閉じる。組織の上なんざ結局リアリストにならざるを得ないのさ」


 そう言いつつ彼女はチラリとリリーさんに視線を向けた。

 元職場の教会を追放されてから、まともに顔合わせするのは今日が初めて……そういや二人は久々の再会だった事を今更ながら思い出した。


「ヤレヤレ……躾の終わったクソガキだと思ってた元部下は手元を離れた途端に元の野良猫娘に戻っちまったのに、ソイツとじゃなけりゃこんな背信的な密談が出来ないってんだから……因果なもんさ」

「うっさい脳筋ババア……アタシの記憶じゃアンタこそ昔から全く変わってないよ。面倒事を自分だけで処理しようって無茶すんのも含めて」

「人の事言えるかいバカ娘。この場にシエルを呼ばなかったのは後ろ暗い事は自分の役目だって、ま~たカッコつけてんだろうがよ」


 久々の再開に久々の会話……の割には何というかどっちもやたら口が悪いな。

 おおよそ教会の大聖女と魔導僧の間柄ではあり得ないような、どっちかと言えば下町の生意気な子供と肝っ玉ババアのやり取りのような。

 でもまあ……険悪な雰囲気では無く、むしろ通じ合った何かを感じる。 

 拳で語らすシエルさんとは違い、多分この二人は悪態で語るのがフラットなのだろう。


「あの~……何か私はここにいても良いんでしょうか? 何か場違いと言いますか、聞いても良い話なのかな~って重たい雰囲気を感じてますけど?」


 そんな感じに何となく渋い雰囲気まで醸し出す二人を他所に、落ち着かない様子なのはこの中で唯一職業戦士ではないアンジェラさんである。

 何気に自分が場違いな感じがするんだろう……何か視線を彷徨わせてオロオロしている。

 そんな彼女に俺は苦笑する。


「ま……ムリに聞く事も無いけど、先日見ちまったヴァリス王子の操った力に関して忘れとけって言っても無理でしょ? かと言って本人に今全てを公表するのは適切とは思えない話何でね……ココは一つ保護者の方には知っておいていただこうかと」

「…………はあ」


 邪気云々の力に関してはある程度知っても良いと思うし、何ならドラスケってエキスパートもいる事だから今後『死霊使い』として頭角を現すのもアリかもしれない。

 しかしその為に自分の出自について知るのは今の彼には早すぎるだろう。

『聖王』って存在が現れたのだってもしかしたら幼少期に自分の両親について知ってしまったが為にショックを受けて暴走した結果かも……と、考え過ぎかもしれないが、そのタイミングは見極めるべきだろうさ。


「王宮の職を外れてまであの子を守ろうとするアンタには知ってもらった方が良い。そして言うべきだと判断したタイミングで話して貰えるかな? 何だったらその時に俺から話すでも構わんけど……」


 俺がそう言うとアンジェラさんは何か覚悟を決めたようにストンと椅子に座った。 


「……分かりました。確かに私自身ヴァリス様のあの力について知っておきたい、いや知っておくべきだと思います。いざと主の危機に対処できないなら、ここまで付いて来た意味がありませんからね」


 そう言い放った彼女の眼に最早動揺はない。

 忠誠を誓った者を守ろうとする侍女……いやアンジェラという忠臣の姿がそこにあった。

 最早職を離れ守る義理すら失われているのにあくまで主の為にと覚悟するその姿勢には尊敬の念を禁じえない。


「あと5~6年……その頃には頃合いですし……」


 うん、今の呟きは気のせいだ。

 俺には全く聞こえなかった。

 アンジェラさんの瞳の奥に何かヤバい光何て全く無かった……。

 




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