閑話 神様、反省し過ぎて心配される

 本日の現場は結構な遠方だった。

 すっかり日の落ちた時間で交通費もバカにならないと思っていたところを現場監督が方角は同じだからと乗せてくれたのは本当にありがたかった。

 助手席で夜の流れる街灯を見ていると疲労と眠気が襲いかかって来る。

 この数か月で少しは慣れて来たとみんな言ってくれるが、やっぱり先輩方に比べて自分が出来るようになれたとは到底思えない。

 未だについて行くのがやっとで力仕事は半分も出来ないクセに半分も働かずに体力が限界を迎える……自分その度に自分の価値の無さに情けなくなってくる。

 辛いとか疲れたとか、そんな事を言う資格など俺のようなクズにあるワケも無いのに。


「よお、大丈夫かお前……いくら何でも連続でバイト入れ過ぎだぞ。元々体力に自信があるタイプでもないのに無理すんじゃね~ぞ?」

「あ、はい……すみません…………」

「現場の先輩連中に付いてこうって根性は認めるが、ヤツ等はお前が始めるよりはるか前から勤めているし、そもそも元から運動部だったり体力に自信があるヤツばっかなんだからよ~。新人はゆっくりと少しずつで良いんだからよ」

「…………はい」


 クソ……何て情けない。

 現場監督はしっかりした家庭を持つ既婚者で、二人の子供を育てる立派な人だ。

 先輩たちにしたってそう……理由はともかく目標の為に働く尊敬に値する人たちばかり……こんな社会のゴミが心配させて良い人たちじゃないってのに、俺ってヤツはどこまでも……。

 そんな事を考えていると、監督が真顔で口を開いた。


「おめぇ……うち以外にもバイト掛け持ちしてんだろ?」

「……え?」


 俺は一度も喋った事のない事実を言い当てられて驚いたが、監督は俺の反応に「やっぱりな」と溜息を吐いた。


「こんな現場にいるとよ……色んなヤツが働きに来るんだよ。体力自慢で舐めてかかってるのとか、根性を叩きなおす目的で無理やり入れられるヤツもいるしな。そう言う根っこの部分で甘えた奴らは初日で逃げ出しやがる」

「……はあ」

「そんな中でもよ……たまにいるんだよ。過去の自分を死ぬほど後悔してまるで自分で罰を受けるみたいに仕事に打ち込むヤツ」

「…………」

「お前さんの言う先輩方にもな……不登校だったり、逆に不良やって親兄弟に散々迷惑かけたのもいれば、不倫やらかして嫁と娘に捨てられて養育費の為にってのもいる。そいつらは自分の罪は過労死するまで働く事で償うくらいな無茶しやがる」


 自分如きが疲労で動けなくなる事すら情けなく、ただ外の流れる街灯を見ている俺に現場監督はハンドルを握ったまま話を続ける。

 凄く身に覚えのあるような話を……。

 現場監督がしみじみと言う話に俺はぐうの音も出ない……まさに今の俺はそう言う心理状態だった

 自身で金を稼ぐようになって初めて理解した自分のクズさ加減……一度受験に失敗してからどれほど両親に、兄弟に迷惑をかけた事か。

 自分なんて存在価値は無い、せいぜい死ぬまで働いて金を稼いで今まで迷惑をかけた人たちへの贖罪とするべきだとすら考えていた。


「おめ~……明日明後日、仕事休め。しっかり休んで体と頭をリフレッシュして来い」

「え!? いや、それは……幾ら何でも迷惑が……」


 突然の休暇を言い渡されて俺は困惑してしまう。

 幾ら先輩たちの足元にも及ばなくても、それでもシフトに穴を空けるとその分しわ寄せは行く。

 これ以上の迷惑はかけたくない……そう思ったのだが監督は首を横に振った。


「やかましい、こいつぁ上司命令だ! ここで過労死なんざ出たら現場監督の俺の責任問題になるじゃね~か!! 二日間キッチリと休んで色々な事をスッキリさせて来い!!」

「う……は、はあ……」


 そう言われてしまうと反論のしようもない。

 明日明後日は今日と同じ遠方だから別のバイトを入れていなかったから、それが無くなったら本当に丸2日は何もなくなってしまうのだが……。

 ハッキリ言って休みというモノをどう過ごせば良いのか、今の俺には良くわからなくなってい。

 引きこもっていた時にはあんなに依存していたゲームやネットなどは、起動しなくなって大分ったっているし、そもそも最近はその自室にすら戻らずに居間で寝起きしている。

 それらに罪があるワケじゃないのに、自分が手を出す事に妙な罪悪感があって……。


「…………あれ?」


 ガキの頃はあんなに楽しみだったはずの休日を憂鬱に思ってしまう……そんな調子で自宅に到着した俺は家の電気が付いている事に気が付いた。

 ……消し忘れたかな? 一瞬そう思ったのだが、ドアの鍵が開いている事に俺は背筋が凍り付く。


「え!? 鍵がかかってな…………いや、まさか!?」


 俺がその時に思ったのは鍵をかけ忘れたかもという不安と、それとは別の淡い期待。

 もしかして、あのガキが戻って来たのかも……。

 俺みたいなクズを神様だなんて言って尊敬してくれた……仕事を始める決心をさせてくれた小汚かった、自分とは比べ物にならない程本当に不運な子供。

 一抹の期待を込めて俺は慌てて家に上がった。

 しかし、その期待は予想もしていなかった方向で裏切られる。

 確かに居間には男が座っていた。

 ただその人物は自分よりも年上の、でもガキの頃から良く知っている……俺がこの家で最も苦手に思っていた人物だった。


「おう、お帰り。少しはまともな面になったか?」

「……兄貴」


 それは最後に見たのは数年前、しかもあの時は殺されるかもと思うくらいに激怒した顔で『クズはこの家から出ていけ!!』と罵っていた実の兄。

 その時とは比べ物にならない程穏やかな顔で兄貴は胡坐をかいて居間に座っていた。

 仕事終わりにここに来たのか兄貴はスーツを着ていて、着こなすその様は立派な社会人そのもの……家庭を守る大人の余裕すら感じる。

 ちなみに俺は兄貴の家を知らない。

 県外である兄貴の家に俺自身が興味を持たなかったのもあるけど、今考えれば“こうなる”事も予測していた兄貴が俺に住所とか連絡先を教えないようにしていたんじゃないかと思う。


「俺はほっとけって言ったんだがな、母さんがやたら心配しててよ……一度様子見てきてくれって頼まれたんだよ」

「そ、そう…………」


 母さんに頼まれた……つまり兄貴は二人と連絡を取り合っているのだ。

 まあ当然だ……しっかり家庭を築いて孫もいる兄貴たちと連絡を切るワケも無い。

 その事に気が付いた俺は慌てて茶箪笥の奥に仕舞っていた物を手に取る。


「あ、兄貴……父さん母さんは……元気なのか?」

「……まあ元気だな。何せ長年の想い病みが無くなったんだからな」

「そ、そうだよな…………」


 俺の質問に明らかに警戒する兄貴だったが、俺は茶箪笥から取り出した物……預金通帳とキャッシュカードを見て目を丸くした。

 それは本人か、もしくは両親に連なる誰かに会う事が出来たら渡そうと決めていた物。


「…………コレって?」

「母さんたちが置いて行ってくれた金……最初はちょっと使っちゃったけど同じ金額に戻してあるから、兄貴から帰して貰えるかな?」

「…………」

「それからやっぱりこの家は貰えない。俺は出て行くからいつでもこの家に戻って来てって言っておいてくれない?」

「お前…………」


 俺がそう言って今度は家の鍵を差し出す。

 俺自身はスぺアなんか持ってないから、これを失ったら俺はこの家には二度と入る事は出来なくなる。

 だけどそれは当たり前な事だ。

 この家を購入して守って来たのは両親、ただ安穏と惰眠を貪っていた俺なんかがこの家に居座って良いワケがない。

 明日明後日が休みなのもこうなると都合がいい。

 兄貴が返ったら早速荷物をまとめて…………しかしそんな事を考えていると、兄貴が何故か頭を抱えて溜息を吐いていた。


「親父たちの居場所を聞き出したり、金の無心をするようならブン殴ってやろうと思ってたのによ……」

「……え?」

「昔っからお前は極端なんだよ……やっぱ母さんは凄い。今日会いに来たのは正解だった」


 兄貴はそんな事を言いながら俺の顔をチラッと見ると、バツが悪そうに口を開いた。


「いや……その、なんだ…………悪かったな。俺も色々言い過ぎた」

「…………え、何を」

「あんだけ頑張ってた受験に失敗して挫折したお前の気持なんか俺は全く考えて無かった。ただ親に寄生するクズニートだと決めつけて“出ていけ”“働け”しか言わなかったものな」

「な、何言ってんの!? 兄貴は一つも間違った事言ってないじゃん」


 まるで悪い事を懺悔するように謝罪する兄貴に俺は慌ててしまう……悪いのは全部俺自身、今のこの状況だって自業自得でしかないのに。


「実は今のお前の状況な……親父たちに強要したのは俺だ。甘やかすな、放り出せ、その程度で成人男子が死ぬわけねぇってな」

「あ……そうなんだ」

「まさか本当に反省して死にかねない勢いで休みなく働いてるとか……実際に見るまで思いもしなかった」

「…………」


 どうやら現場監督や他のバイト先の責任者連中とも連絡は取っているみたいで、俺の行動は筒抜けだったみたいだ。

 この期に及んで家族に心配をかけてしまうとは…………そう思い自分の無価値さに落ち込みかけた時、兄貴が俺の頭をペシッと叩いた。


「バカ、そんな顔すんな! 親父も母さんも、もちろん俺だってお前に贖罪なんか求めてねぇ。自分の足で歩いて自分で自分を幸せに出来るならそれで良いんだよ!!」

「……兄貴」

「何があったかは知らねぇがな、胸を張れ! 今のお前はしっかり自分の足で立ってんだからよ!!」


 成人してからは疎ましくしか思わなかった兄貴だが、文系の俺と違い体育会系だったせいか結構暑苦しいタイプではあった事を今更ながらに思い出した。


                ・

                ・

                ・


「バイトは土方だけにしとくよ……」

「ああそうしろ、いやしてくれ……」


 しばらく話をしてから兄貴は安心したように笑いながら帰って行った。

 今のお前なら渡しても大丈夫だと自分の連絡先を残して……。

 そして預金通帳は持って行ってくれたものの、俺が出て行くことについては反対して鍵は受け取ってくれなかった。

『親父たちにも思うところがあるみたいだからな。しばらくはお前がこの家をまもっていてくれ』

 そう言われて俺は泣きそうになった。

 寝ころんでイジケていた俺には気が付けなかっただけで、立ち上がるとこんなにも見ていてくれる人たちがいたという事に……。


 そして同時に、立ち上がる切っ掛けをくれたあのガキを思い出す。

 元気でやっているのだろうか? 本当の本当に天涯孤独なあの子には、こんなに自分をに気かけてくれる人がいるのだろうか?

 他人の俺を立ち上がらせてくれたあの子にこそ、幸福な未来があって欲しい……柄にもなくそんな事を思ってしまう。

 そんな折、不意に今に放置していたスマフォにメールが届いている事に気が付いた。

 件名を見て……その時の俺はそれが何なのか全く分からなかった。

 何だったら怪しい業者か質の悪い詐欺の類として削除してしまったかもしれないくらいに、怪しんでいたくらいだった。

 それが……自分の人生の転換になるとは夢にも思わず…………。


『2次創作プロット、来季アニメのアイディアについて』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る