第百三話 魂の牢獄
『ソレ』は千年も前からそこにいた。
『ソレ』が望んだ事ではない。ただ邪気というモノに対して親和性をある特殊な才を持つ『死霊使い《ネクロマンサー》』が同族の生き残りの中で自分しかいなかった事……ただそれだけの理由で『ソレ』はそこに封じられた。
邪気を吸収する為の装置として、自らの意志など関係なく邪気を取り込んでも邪人化する事がない肉体が朽ちない代わりにモノも言えず動く事も出来ないアンデッドへと変質させる邪法『生贄の儀』によって……。
この邪法は人間の中でも上級である魔導士が4人がかりで行ったモノで、同族を虐殺され故郷を燃やされ憎悪に燃え絶望に暮れる『ソレ』は邪法により動く事が出来なくなるその瞬間まで、呪いの言葉を吐き出し続けていた。
未来永劫決して許さない……。
自分たちの種族を虐殺したお前らを…………。
故郷たる緑あふれる大森林を、清らかな水を称えた湖畔を滅した人間を…………。
自分にこんな所業を化すこの世界の全てを…………絶対に、絶対に許しはしない!!
しかし時の流れは過酷にして残酷なモノ……邪気が時と共に消失していくのと同じように『ソレ』も怒りと絶望を維持し続けて行くのは限界があった。
朽ちないアンデッドと化してしまった『ソレ』は動く事も話す事も出来ない意志だけの状態で長い、途方もなく長い年月をたった一人で過ごしていたのだ。
当時あれ程燃え盛っていた憎悪の感情も、同族を虐殺した人間たちへの復讐心も……時の流れと共に大きくなる孤独と寂しさに次第に忘れて行ってしまう。
時の流れと共に故郷を滅ぼした本人たちも、その家族に至るまで既に生存しているワケも無く、それどころかこの地に自分たちの故郷が存在していた事実すら無かったようになる現実。
いつの間にか『ソレ』は自分が人間たちに神として崇められ始めている事をどこか遠くの出来事のように思っていた。
邪気……それは魂の無い負の感情の塊。
『ソレ』が膨大な量の邪気を絶えず吸収していても邪気に明確な魂は無い……記録された声をただ聞いているのと何ら変わらない。
いつしか『ソレ』は憎悪も恨みをどうでもよくなり、自分をこの孤独から救い出してくれる存在を切に願うようになっていった。
誰か会いに来て欲しい。
誰か話して欲しい。
誰か触れて欲しい。
誰か……私を愛して欲しい……。。
千年の孤独から自分を救い出してくれる存在……『ソレ』はそんな者が現れてくれる日を切に願っていたのだ。
だから……『ソレ』は突如現れた男に心から歓喜した。
その男が自分をこんな場所に千年もの間理不尽にアンデッドとして封じた人間の、しかも『生贄の儀』を施した魔導士の末裔である事も知った上で。
その男が自分の事を都合の良い性のはけ口にしようとしている事を分かった上で。
その男がこれから起こる事に対して責任を取るつもりなど一切ないクズである事すら熟知した上で……『ソレ』はその男を愛した。
アア……カエッテキテクレタ…………イトシイイトシイ……ワタシノオトコ…………。
自身の体は一切動かない『生ける死体』である自分が唯一動かせる黒い手足を伸ばす事によって『ソレ』は千年ぶりに動かした。
もう決して離さないために……自分だけのモノにする為に……。
*
曲がりなりにも『気配察知』を会得した盗賊である俺が、周辺で風が薙いだ音すら感知するハズの俺が一切何も感知する事も出来ずに石像が動いた!?
唐突に国王の背後にある……いる? 石像に俺はそんな事を考えるが、チラッと元の大聖堂中央に視線を投げると、そこには変わらずに鎮座する精霊神像があった。
そして国王の背後の嗤う精霊神像が妙に黒い事に気が付き、俺は自分では感知できない特殊なモノを思い出した。
黒くて硬い金属にも似た物体、それは“こいつ等夫婦”の息子が先日使っていた実体化させたモノと同質な存在……邪気以外にはあり得ない!!
一気に背筋が寒くなる俺の目の前で笑う石像は最早お構いなしに動き始めた。
石造りか鉄製にも思えるのに動作で物音一つせず……腰を抜かして中央の石像から逃げようとする国王は気付きもしない。
「お、おい……」
「よ、寄るな! 寄るでない!! 貴様に何が分かる!! 王族なんぞ面倒な立場である事で継承権から縁遠いにも拘わらず視線を交わしただけで意味を持たれてしまう! 都合よく会える女がいて手を出したからと何が悪いと言うのだ!!」
そして分かりやすく自分勝手な、本当に女性を道具か何かにしか思っていないクズ発言をして、まるで俺に正当性を説こうとする始末。
「このような立場で生き残る為に他者の目を気にして嫌われぬよう細心の注意を計り生きて来たというに、兄たちは勝手に継承争いを繰り返しコロコロ勝手に死によって!! 国王なんぞにならなければ余は己の過ちを知らずに済んだモノを!! アンデッドを抱いたなど悍ましき過去を知らずにいれたモノを!!」
だというのにクズ発言と共に国王は明確に腰を抜かして尚、中央の精霊神像から遠ざかろうと必死になっている。
自分の背後に一切気が付く事も無く……。
人間は緊急時に大事なモノを守ろうとする。
それは人であったりモノであったり様々だが、敵対者が目の前にいるなら無意識にでも守ろうとする……スレイヤ師匠がお宝を発見する一つの手として教えてくれた心理。
だが国王の行動はその真逆の真理……恐怖の対象から何としても距離を取ろうともがいているようにしか見えない。
這いずってでも逃げようとする国王と、その背後から迫る嗤う精霊神像……その様に俺は冷や汗と一緒に幼い頃の記憶が引っかかった。
『預言書』の記憶はインパクトの強い場所はよく覚えている。
冒頭で自分が真っ二つになったり、聖騎士が残酷な復讐にあったり、勇者と
だから今更ながら、勇者が最終決戦で『邪神の祭壇』に至る直前の場面を細かくは注目していなかったのだ。
最終決戦の場へ移る直前、この場所で『預言書』では唯一魔導士の血筋として生き残っていた『聖王』が精霊神像に何をしていたか……。
「ヤベェ!!」
「……は?」
“その事”を思い出した瞬間、俺はほとんど無意識にロケットフックを大聖堂の天井……梁に向かって射出した。
右腕に確かな手ごたえを感じるよりも早く俺は天井へと飛び上がり、俺の唐突な行動に呆気にとられる国王……その背後から覆いかぶさろうとする黒い塊に目が合った。
「貴様、一体何を見て…………」
俺の視線が自分ではなく背後に向いている事にようやく気が付いた国王だったが……ハッキリ言って気が付くには遅すぎた。
ようやく背後を見た国王とハグして見つめ合える程の距離で“ソレ”と顔を合わせた時には国王の全身は黒い何か……実体化した邪気の塊が瞬時にまとわり付いていたのだから。
「ヒ、ヒギャアアアアアアアア!!」
恐怖に慄く国王にまとわりつく黒い邪気は触手の如く柔軟に、しかし鋼鉄の如き硬さと強さで硬く硬く動きを封じて……そんな形容しがたい形なのに国王にはしっかりと笑顔を向けていた。
ゲル状の物体に人の顔だけが浮かんだような悍ましいのに美しい笑顔を……。
目的のモノを捕らえた邪気の塊はゆっくりと中心の精霊神像へと近づいて行く……よく見れば邪気の塊は全て影のように中心の石像から伸びていた。
そしてズルズルと黒いナメクジが這っているような動きで戻って行き……取り込んだ国王の手だけを無理やりに動かして精霊神像の台座へと近づけて行く。
これから国王は自分が何をされようとしているのか気が付き、我武者羅に暴れまくり泣き叫び始めた。
「や、止めてくれええええ!! 余が悪かったアアアアアア!! それだけは! そこに連れて行くのだけは勘弁してくれええええええ!!」
暴れて手を動かし、何とか触れないように暴れる国王だったが抗えることも無く……精霊神像の台座に掘り込まれた六芒星に手、というか拳が触れた。
その瞬間、台座を中心に半径2~3メートルの魔法陣が光と共に出現する。
転移魔法陣……最終決戦時に勇者が聖王に強制的に連れて行かれた邪神の眠る祭壇のある場所。
千年前に生贄の儀をした4人の魔導士の末裔だけが『邪神の祭壇』への道を開く事が出来るカラクリがコレってワケだ。
つまりあのまま像の前に突っ立っていたら俺も強制的に“ソレ”のいる場所まで強制連行されるところだったのだ。
間一髪思い出して良かった……。
天井にぶら下がったまま下に視線を投げると、黒い塊にまとわりつかれたまま俺に向かって手を伸ばす国王が魔法陣の光に包まれて呻いていた。
「あ……ああ……たす……たすけ…………」
俺が元から敵対者である事すら頭にないのか、俺に対して助けを懇願するとは……なんともある意味で哀れではある。
コイツには最後の瞬間まで本当の意味で味方がいなかったのだから……。
ま…………知った事では無いがな!
俺はぶら下がったまま片手で敬礼をして見せて、とびっきりの笑顔を国王へと贈った。
「昔から夫婦喧嘩は犬も食わないって言うからな~精々仲良くすれば良いんじゃね? せいぜいお幸せに~」
「あ、あああああ、あああああああああああ……………………」
魂からの絶叫が深夜の大聖堂に響き渡るが、それも魔法陣の光が消えると同時に何事も無かったように静寂の夜に戻った。
あれ程気色悪く蠢いていた邪気の塊すらも跡形もなく……残るのは月光に照らされた、神々しく演出された精霊神像のみであった。
トコシエニ…………トモニ……イトシキヒト…………モウ、ハナサナイ…………
*
ザッカール王国現国王ロドリゲス失踪事件……その事件は翌日国王本人がエレメンタル教会大聖堂で発見される事で幕を引いた。
しかし発見された国王は息はしているものの話しかけても何をしても答える事はなく、感情というモノが一切抜け落ちたかのような……“魂が抜けた”かのような状態であったのだ。
まるで生ける屍の如き状態の国王は病に臥せっているとして王宮に戻る事になったのだが、残念な事にザッカール王国の国政には全く影響がなかった。
元々傀儡であった国王が動かなくなった事など何の影響も及ぼさない……それほどまでに国王は単なるお飾りに成り下がっていたのだから……。
国王がいなくても何の変化も無い、その事を嘆く者すら存在しない……ザッカールの崩壊は『聖王』率いる四魔将の登場せずとも決まっていた未来だったのかもしれない。
王国の未来を憂いた名も無き神官はある日、教会で祈りを捧げる時に悲痛な声で延々と助けを呼ぶ何者かの声を聞いたという。
それは崩壊に向かう王国の叫びではないかと……現国王の声を聴いた事も無い神官はザッカール王国の未来に不吉な物を感じるのみであった。
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