第百二話 外れて欲しかった答え合わせ

 現国王ロドリゲスの失踪……そんな一大事だというのに本格的に捜索が始まったのは失踪から数時間たった夕方を過ぎてからだった。

 そんな対応の遅さを王宮に務める人たちに批判するのは酷な事……なにせ現国王の責任逃れや逃げ癖は今に始まった事ではない。

 会議でも謁見でも面倒と思えば家臣に任せるという事が常態化していて、決まった場所にいない事など日常茶飯事。

 それを良い事に家臣たちは立場を利用して国政を好き勝手にし私腹を肥やしていくという……一部のクズ共にとってはWINWINの関係が出来上がっていたのだから、予定の時間に国王がいなくても誰もが“またか”としか考えなかったのだ。

 ようやく……晩飯にも姿を見せない事で異常に気が付かれたくらいなのだから、認識はほとんど犬猫と同様である。

 そして国王が発見される事も無く時間は経過して時間はすっかり深夜を回り、捜索の手は既に王都を出てしまった可能性も視野に入れて王都全土に捜索が開始される事になった。


「いや……癒しを与えてくれる犬猫に比べるのも失礼だな。そのせいでこの国は極限まで腐り切っているワケだし……」

「う……うう…………」

「お……ようやくお目覚めかい、色男」

「……!?」


 俺の呟きに呼応したように、奇しくも先日王妃を転がしていたのと同じ場所に放置していた国王が目を覚ました。

 そして目の前にいたいかにも怪しげな黒装束の俺を見て驚いた様子であったが、この場所がどこであるのかを認識した瞬間に悲鳴を上げた。


「ひいいいいいいい!? ここは……ここは!? 何故余がこのような場所に!?」

「どうした? 何を驚いている……折角連れてきてやったんだからもっと喜べよ。お前さんが過去に愛を語った逢瀬の場所なんだろ?」

「は……はひ……はひ……」


 逢瀬の場所……そんな言い回しを自分でしておいて、俺はまたもや吐き気がしてくる。

 そう、ここはエレメンタル教会の大聖堂……先日のヴァリス王子が空けた大穴はそのままなのだが、そのお陰で月光が惜しみなく降り注ぎ、雰囲気だけなら中々厳粛な感じだ。

 そして過呼吸でも起こしたような国王が腰を抜かして後ずさりしながら俺の目を『何で知っている!?』とでも言わんばかりに凝視していた。

 そして当然月光に照らされる俺と一緒に背後に鎮座する『精霊神像』までも視界に入り……国王は打ち上げられた魚の如く口をハクハクと動かした。


 この世界における俺のみの唯一のアドバンテージである『預言書』の記憶。

 あの24節に及ぶ物語の最後、勇者と聖王の最終決戦の場所は『邪神教会』と称されていて、それがエレメンタル教会なのは分かっていた。

 ただ先日教会を見学した時、俺は『預言書』で見たはずの“復活前の邪神の祭壇”に属する何かを見つける事は無かった。

 分かったのは王都の膨大な邪気を吸収しているのが『精霊神像』である事だけ……。

 その事でこの結論に至れるのは本来はいないハズなのだ。

 それはすべての事を熟知していそうな長命種のハーフエルフであるホロウ団長でも記録として残ってなければ予想も出来ないだろう。

 千年前から邪気を吸収する『装置』としての記述しか無ければ、発想はそこで止まってしまうのだから。


「千年も昔、精霊の力があふれるこの大陸を侵略した人間は亜人種たちの最後の砦であった巨大な湖すら干上がらせ大半の亜人種たちを虐殺した。そのせいでこの地には人間という存在を心底憎む邪気が留まり、生き物が隅事が出来ない呪われた場所になってしまった。だが強欲な人間たちはどうしてもこの地にいる精霊たちの力を欲した……そして邪気を吸収し大地を浄化する装置を当時最高の4人の魔導士によって作り出した」

「…………それがどうしたというのだ? ご先祖様の偉業が無ければワシも貴様もこの地で息をしておる事も無かったのだぞ?」


 偉業ね……確かに大量の邪気が蔓延っていたら草木も生えない不毛の地が広がる忌み地と化すのみ、今俺たちがこの場所で生活ができるのはそのおかげであると言えなくもない。

 その罪は自分だけのモノではない……その事だけはまともな事を言っているようにも聞こえる。

 だが……。


「知り合いのダチに邪気について詳しい奴がいてな……そいつが教えてくれたよ。邪気を浄化するのは時間をかけて大地に散らしていくしかね~って。まあ普通だよな、怒りも悲しみも結局は時間が解決するのを待つしかね~んだもの、それが世の理だわな。それを曲げる為には相応の犠牲が必要になって来る」

「そ……それがどうしたというのだ?」


 どうした……か? 分かっているくせに……。


「ダチが言うには邪気ってのはいわゆる負の感情の塊、だからそれを溜め込む事が出来るのは生命活動を停止したアンデッドだけ……生き物が不用意に大量の邪気を取り込むと肉体が変質して邪人になっちまう」

「…………」

「ただアンデッドとは言え肉体はいずれ朽ちてしまう……何とか肉体は朽ち難い長命種である何かに肩代わりさせるしか方法が無かった。それが千年前にこの地の邪気を吸収して未だに王都の邪気を取り込み続ける邪気吸収装置の真実じゃねーのか?」

「…………………………」


 最早沈黙は肯定の証、大量に冷や汗を流す国王の姿はこの地に住まう人間たちの原罪とも言える。

 戦争の後始末をあろう事か自分たちが蹂躙、駆逐した相手に押し付けたってんだからな。

 当時の国王や4人の魔導士連中が何を思っていたのかも知らないが、それでも少なからずその事に罪悪感のようなものはあったのだろう。

 邪気を浄化する為に4人の魔導士が召喚した精霊神伝説……そんな耳障りの良い話の中心に犠牲になった亜人種を据える事で許しを請おうとでもしたのだろうか?


「ついでに憶測すればテメェは4人の魔導士誰かの末裔かなんかじゃねーの? 俺みたいな無関係者じゃ絶対入れない『精霊神の間』みたいなところに装置を作った血筋だけが入れる方法がどっかにあるとか……」

「そ!? それは国王になる者のみが先代から口伝のみで伝えられる秘中の秘!? 何故貴様がそこまでの事を……」

「分かる理由はどうでも良くね?」


 俺はもう何度目になったか分からない溜息をついた。

 ここに至るまでも相当に吐き気を伴う鬼畜な歴史であるというのに、これから追及するのはもっとおぞましく……かつ卑怯者の所業なのだから。


「口伝つったか? じゃあテメェはその真実を国王になった日に親父から聞いたワケか……つまりそれからここに来る事は無かったって事だ。公務も学習も放り出してガキの頃から逃げ場にしていたハズのココに……ヴァリスを引き取りに来た時まで」

「ひ……」

「なんかの拍子で見つけた、動かない喋らない、何をしても何も言わない都合の良い眠っているみたいな絶世の美女……それが何だったのかを知ったその日からな」

「はひ、はひ、はひ…………や、止めろ……言うな……」

「どんな気分だったんだ? 責任も取らなくて済むと思っていた眠れる美女が装置の一部、先祖の罪の象徴たる亜人種で、本人の了解も無く抱いた女がアンデッドだったと聞かされた気分はよ~」

「言うなアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 目を見開き頭を抱えて絶叫する国王ロドリゲスはその場にしゃがみ込んでしまった。

 罪の意識なのか何なのかはどうでも良い……結果がどうあれコイツがやった事は本人の了解も無しに及んだ強姦でしかない。

 建国時代の原罪の象徴に手を出して、その上で現れたのが『ヴァリス』という邪気へ特性のある子供という事なのだ。


「し、知らなかった、知らなかったのだ! たまたま出会ったあの女がまさか千年前の亜人種であったなど! 邪気浄化システムの一部、アンデッドであった事など!!」

「知っていたら手を出しませんでしたってか? 何とも百点満点なクズ発言だなオイ」


 俺が一番吐き気を覚えた事はその辺だ。

 女性に無理やり行為を迫る最低な犯罪行為……それは元の歴史で俺にとって死因となった原因だけど、今現在俺は『預言書』の勇者に思う。

 よくぞあの俺を殺してくれた……と。

 目の前でまるで自分こそ被害者とばかりに騒ぎ立てるコイツと同類にならずに済んだ事はある意味で幸運だったのだ。

 本音を言えばこの予測は外れて欲しかったくらいなのに……最早コイツの態度でその予測がほぼ正解であった事が確定してしまったのが何とも……また吐き気をさそう。


「まあ良かったんじゃね~の? 結果的には相思相愛だったらしいからな……それも王国的には精霊神様との子供だぜ? 人心操作にはもってこいの逸材だな~」

「…………ば、バカなそんな事を」

「ま、真相を語りゃ~そんな事できるワケね~わな。この国じゃ未だ亜人種に対する偏見は残っているし、もっと言えばアンデットの子でもあると……神聖なる高貴なお血筋でそのような例外、知られたらどれほど自分の評判が堕ちる事か。その辺の事を隠し通したいテメェ~は相手の、母親の事を一切語らずに王室に軟禁したってワケだ……王子として認めない庶子としてな」


 俺がそう言うと国王は怯えた瞳のまま、ハッと顔を上げた。

 その目は何かに怯えていて、俺が次に口にする言葉を止めようと無理やり悲鳴にも似た声で割り込んで来た。


「し、仕方が無かろう! 今更建国時代の原罪そのものが血縁などと公表したらどのような迫害があるか……あの子を守る為にはアレしか方法は無かったのだ! 私は愛した人との証を一心で……」

「アハハハハハハ…………」


 俺の追及に突然、まるで父親が陰ながら守っていたみたいな事を言いだすクズ野郎に、俺は思わず“役割も忘れて”思わず握ったダガーで喉笛を掻っ切ってやりたくなった。

 そんな戯言がこの場所で、この期に及んで通用すると思っているのだろうか?


「ほう、守る為にってか? では何故ワザワザ国王の寵愛を受けているかもしれないって立場のあの子を庶子のまま、国王の寵愛が生死すら分かつ後宮なんぞ魔窟に放り込みやがったんだ? あの子の味方は専属の侍女一人っきゃいなかったが?」

「そ、それは……」

「王妃も側妃も王子王女も、果ては他の侍女連中に至るまで、庶子であるヴァリスはないがしろにしても良いって環境すら出来上がっていたのは一体何故だ?」

「………………そのような事態になっていたのは余も知ら……」

「知らなかったとか寝言言うんじゃね~ぞ? むしろ知らないのならあの環境下で放置されていること自体が不自然なんだからな……」

「……………………」


 俺がそう言ってバッサリと切ると国王は滝のような汗を流して押し黙ってしまった。

 やはりこの場所だ……この場所でこのクズは自分のしていた、してもらおうとしていた事を暴露される事を恐れているのだ。

 愛した人との証とやらを、このクズはどうしたかったのか……。


「言いたくないなら俺が言ってやろうか……。テメェはとりあえず経緯はともかく渡された子供を自分は保護したって体裁を取り繕いたかった。精霊神様との証を自分は大事に扱っていますって形にしたかったから」

「………………違う」

「でも本音は邪魔で仕方がなかった。過去の自分の過ちで生まれた子供が……自分の過ちを、過去の大罪を無かった事にしたくて仕方がなかった。でもどんな方法であっても自分が手を下したら、その子の母親からどんな罰が下るか分からない。自分が手を下したって状況を作り出すのは絶対にマズイ……」

「……違う……違う……」

「自分には責任がない形で過去の過ちを消し去りたいクズ野郎は、自分の責任では無い形で、自分とは関りのない方法で消してほしかった。王妃だろうと調査兵団だろうと、自分じゃない誰かにヴァリス王子の存在を消して欲しかった……そう言う事なんだろ? 現国王ロドリゲスさんよう~」

「違う違う違う違う! 余は断じてそのような事は考えておらん!! あの子を保護してのはあくまでも我が子として守るために…………」


 腰を抜かして這いずり回っていた国王だったが、いつの間にか国王の背後に精霊神像が回っていた。

 そうも俺自身怒りのあまり興奮して歩き回り周りを見ていなかったのか?

 一瞬そう思ったのだが……その精霊神像の背後に夜空が見えた事に背筋が凍った。

 先日ヴァリス王子が大聖堂に空けた大穴は祭壇側、精霊神像があるのはあくまで大聖堂の“中央”のハズ……。

 背後を見ていない国王はその事に全く気が付いていない。

 精霊神像がいつの間にか背後に回って、国王の事を見て…………ニヤリと、心底不気味な表情で“嗤った”事など……。


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