第百一話 巡る因果、三つの結末

 朝っぱらから王族とか貴族とか以前に女性として、そして人としてもあらゆる尊厳を失う醜態を身分差関係なくあらゆる国民に晒してしまった王妃ヴィクトリアだったが……当然だがその醜態を何とか広めないように血眼になって火消しをしようと奔走していた。

 しかし王宮ではそんな些末な事に関わっている暇もないほどの厄介事が発生していたのだった。

 正体不明の黒い巨人が突如襲来した事でパーティーはお開き、来賓客たちは即時解散と“何事も無く”王宮から家路に着いたのだが王宮に住んでいる側には残った火種……どこぞの王妃が策略とは名ばかりのザルな計画で王宮の結界内部に引き込んだ罪のないゴブリンたちは当たり前の事に残ったままだったのだ。

 無論大半のゴブリンたちは王妃自身の保身には何も役に立たなかったものの、最初からの計画通り配備された王国軍兵士たちの仕事で始末されたのだが……ゴブリンの習性を知らない、あるいは軽く見ている上層部の連中は完全に油断していた。

 特に自身の醜聞の火消しに躍起になっている王妃は最早終わった事としか考えておらず、事件から数日たった日には魔物の件など全く頭に無かったのだ。

 数日たっても王都中、何なら王宮の侍女や兵士に至るまで『犬の糞』という噂話が静まるどころか広がり続けている事にヴィクトリアは激高していた。


「いつまであの噂を放置するつもり!? ザッカール王国の国母たるこの私を蔑む発言が許されると思っているの!? “あの言葉”を口にした者は全て王族を侮辱したとして即刻処罰なさい!!」


 数日前に色々と“擦った”せいで千切れて禿げてしまった己の頭を残った毛で何とか隠そうとして、より訳の分からない形になった頭のヴィクトリアは血眼で頭を下げる大臣に怒鳴りつけていた。

 そんな大臣は大汗を掻きつつ頭をたれて……見てしまって笑ってしまったらエライ事になるとヴィクトリアを直視しないようにしつつ、内心『そんな無茶な……』と独り言ちていた。

 王妃であるとか言わなくても今王都で『犬の糞』と言えば? という感じに本人を貶めずとも誰もが陰で嘲笑える……ましてや王妃の名など一言も言っていない。

『犬の糞』って言っただけで処罰何て出来るはずも無いし、そんな事をしたら直接目撃したワケでも無い国民に“王妃が事実と認めた”と意識が固定してしまうだろう。

 大臣はただただ罵倒の嵐が収まるのを待つしか無かった。


「それにあの黒装束の3人……あの者たちはただでは死なせない。私にここまでの屈辱を与えて…………奴らは確実に生かして捕らえよ! そして拷問処刑には私が直接当たろうでは無いか! 一族郎党まとめて……私が受けた屈辱と恐怖以上のモノを……」

「は、はあ……」


 そしてヴィクトリアは自分を『空輸』した元凶である3人『怪盗団ワーストデッド』なる者たちに賞金賭けてまで捕縛を命じていた。

 ただこれについても大臣は目撃証言は『黒い巨人』に紛れてほとんど無く足取りも掴めない状態であり……曖昧に答えるしかなかった。

 そんな大臣の態度すら怒り心頭のヴィクトリアには不満材料でしかなく、苛立ち紛れに着替えて気分を変えようと思ったのか些か乱暴に部屋のクローゼットを開け放った。


「ギ……?」

「…………え?」


 その瞬間、ヴィクトリアは“ナニか”と目が合って……息が止まった。

 数日前、色々と事故に見せかける目的で王宮に引き入れた魔物は本命のターゲットを始末するカモフラージュの為にその時間帯空になる後宮周辺に限定されていた。

 教義などとは違って人の気配を嫌がりむしろ逃げ隠れする習性の強いゴブリンたちは本来人間の建物に侵入する事を極力嫌がるものなのだが……王宮なんて人の巣の中で追い詰められたら人気の無い場所に追い詰められていくのが自然な事。

 それは周辺の植木だったり、倉庫だったり……比較的隠れやすい“クローゼットの中”だったり……。

 仲間たちが始末される中、命からがら隠れ潜んでいたゴブリンの一体……それがとうとう人間に見つかってしまった……そんな状況。


「ひ、ヒヤアアアアアアアア!?」

「ギャギャ!? ギャギャギャギャギャギャ!!」

「ゴ、ゴブリンが何故ここに!? 衛兵! 衛兵早く来るのだ!! 王妃様が!!」


“目を見るな”“大声出すな”“背を向けるな”……奇しくもどこかの侍女が言っていたゴブリンに遭遇した時のタブーを全てヴィクトリアはやってしまったのだった。

 聞いていたし利用しようとしたと言うのに、王妃自身はゴブリンという魔物を目の当たりにした事はなく、大臣の言葉でようやく目の前の異形がゴブリンであると分かった。

 そして思う……ヴィクトリアは一瞬にして自分に取り付いて顔面に振り下ろそうとする自分の計略で王宮に引き込んだゴブリンの爪を見つつ、本当に今更な事を……。


『魔物なんか利用するんじゃ無かった……』


                 *


 王宮内部で魔物に襲われた王妃が顔面に回復魔法でも完治不可能な大怪我を負った……その事件と未だ王宮内部に入り込んだゴブリンの討伐が済んでいない可能性も示唆され、それから更に数日間王宮では厳重な捜索が行われる事になった。

 そんな中、自業自得のオンパレードで一生ものの傷を負った王妃の影でひっそりと幕を引いていた事件もあった。

 ゴブリンの紫の血液とは別に赤い人間の血液に塗れてボロボロになった子供服しか発見されず、おそらく侵入したゴブリンに食い殺されたのだろうと結論付けられた……国王ロドリゲスの庶子、ヴァリスが後宮内部で死亡した事件である。


「……お世話になりました」


 そう言って王宮の正面ゲートに向かって深々と頭を下げるのは元ヴァリス専属侍女のアンジェラであった。

 主であるヴァリスの死亡、事件を防ぐ事が出来ず主を死なせてしまった責任で辞職というのが理由なのだが……実際は単なる厄介払いのようなものだった。

 国王の庶子に仕えていた……そう言った実績を王宮内部に残したくない、王宮からヴァリスという存在を全て消し去ろうとする動きをアンジェラも感じていた。

 見送りに来てくれる同僚は誰もおらず、代わりにこの場にいるのは外宮でヴァリス王子と少しは話した事があるという数人の兵士、そして家庭教師をしていたホロウのみ。

 それでもアンジェラは王宮で主もたった一人では無かったのだと思えた。

 自分以外にもあの子には味方がいたのだと……。


「あの子が亡くなったのは君のせいでは無いだろうに……どうしても辞めるんか?」

「そうだぜ……何なら他の部署に転属だって出来たんじゃね~の?」


 あまり事情に詳しくない兵士たちは心配そうにそう言うのだが、辞職はほとんど命令に近いモノだったからアンジェラ自身の意志はそこには無い。

 あったとしてもアンジェラはあの子以外の侍女をするつもりは毛頭なかったのだが……彼女は苦笑交じりに兵士たちに向き直る。


「いえ……どんな事情であっても主を守れなかったのは事実です。本来家臣としては万死に値する恥。どの面下げて同じ職場に残れるものでしょうか……」

「そうか……」


 迷いも未練もない覚悟を持ったアンジェラの顔に兵士たちは寂しそうに呟くと納得した様子でアンジェラに敬礼をした。


「亡きヴァリス王子が忠臣アンジェラ殿、我らは貴女の忠義に敬意を表します! 貴女の未来に幸あらん事を!!」

「……ありがとうございます。あなた方も……お元気で」


 アンジェラも思わず敬礼を返す。

 本来『王子』とは呼ぶべきでは無いのに、最後にそう言って自分と主に対して敬意を表してくれる兵たちの心意気が素直に嬉しかった。

 そんな空気にホロウも釣られて敬礼……柔らかく笑っていた。


「ではアンジェラさん、次の職場でもお元気で……」

「はい、先生も……“また”お会いしましょう」


                 *


 一人の身分の低い侍女が諸事情で王宮から出る……そんなありふれた光景をワザワザ望遠鏡を使ってまで観察する人物が王宮の、しかも王国の中でも最も地位の高い者しか入室できない部屋にいた。

 その人物は侍女アンジェラが王宮から出たのを確認すると、位と年齢の割には欠片も威厳を感じさせない態度で椅子に座り込んだ。


「ようやく出て行ったか……あヤツの最後の関係者が」

「宜しいのですか陛下、色々ご懸念があるのでしたら確実な後処理をと具申いたしますがあのまま辞職で放逐するのは……」

「愚か者、余計な波風を立てるでない。あの子供の関係者にワシが関与したような後腐れは許さん……このままで良いのだ」

「……は」


 唯一国王の私室に通された“元帥ジントリック”の言葉を否定した国王は一件『亡き息子に対する国王としての配慮』とも取れなくは無いのだが……正直その口調からは隠しきれていない安堵の感情が見える。

 ぶっちゃけ言っている事の全てが白々しい。


「王妃は? ヴィクトリアの容体はどうなのだ?」

「……顔に受けた傷は命に別状ないようですが、魔物に襲われた恐怖と顔に傷を負ったショックで熱が下がらないようですね。しばし安静が必要でしょう」

「そうか……まあ落ち着いたら顔を出そうかの」


 日和見国王、周囲に嫌われる事を嫌がるこの男ロドリゲスにはそんな王妃を気遣ったような行動を考えるのは自然な事のようにも思える事だが……今回については些か妙な所が散見していた。

 王妃の先日の杜撰な計略は表ざたにはなっていないが、上層部の各部署には情報が出回っていた。

 王宮の内部に魔物を引き入れ、有力貴族の暗殺を企て、国王の庶子ヴァリスを“暗殺”しようとしていた事も含めて……。

 しかし決定的な証拠は無いが日和見国王ロドリゲスが今回の件の調査を許可せず、あろう事か王妃の行動の全てを不問としたのだった。

 仮に何か仕出かしたとしても魔物に襲われ傷を負った王妃は最早罪を償ったのだと……。

 その事は上層部としては“また国王の嫌われたくない病が始まった”と嘲笑するくらいで終わったのだが……“俺は”ハッキリいて別の意図を感じた。

 ……また、何かを隠そうとしていやがるな……と。


「陛下、恐れながらお聞きしたい事が……」

「何だ元帥?」

「先日のパーティーの折り、調査兵団『テンソ』があの方から命を下された都の事でしたが……本来調査兵団は王国の暗部中の暗部、腹の内がどうであれ表舞台の顔役であるあの方に命令を下せる組織ではないハズです?」

「……何が言いたいのだ?」


 俺の言葉に口調は変えずとも明らかに表情を無くす国王……もう俺はその態度だけで確信を持った。

 やはり本当の黒幕はトコトン、骨の髄まで腐ってんだな……と。


「いえ……王妃が連中に命を下せない事を知らずとも不思議ではないのです。問題は、にも拘らず、王妃が下した命に『テンソ』の連中が何も言わずに従っていた事でして……」

「…………」

「や……別に命令を下せる奴がそれを直接許可したとかじゃねーな。どっかの日和見クソ野郎が王妃のそんな行動をちょ~っと見ない振りすりゃ良かったんだからよ」

「!?」

「そうすればテメェの過去の過ちを、王妃が勝手に始末してくれる予定だったんだもんなぁ? 自分は何もしていないに、まるで自分が意図して無い事故のように後腐れ無く消し去ってくれるってんだからよ~」


 国王ロドリゲスは“俺が”突然声色と口調を“元に戻した”途端にギョッとした顔になった。

 元帥ジントリックの声が急に変わった事か、それとも唐突に口調も態度も変わった事に驚いたのかは知らんし興味もないけどな……。

 俺は七つ道具の一つ『変化の仮面』を外し、先日と同じ黒装束の覆面姿『ハーフデッド』のモノへと戻した。

 この道具は普通に魔道具の一種で顔だけじゃなく姿形も偽れるけど、生憎しっかりと魔力感知に引っかかるからセキュリティーを通過するには不向きだからな……。

 精々使えるのはボンクラ相手に詐欺を行う時くらいなんだよな~。


「先日賊が侵入したばっかりだってのに警備甘すぎねーか? まだ昼間だってのによ」

「貴様! 何者……ぐ…………」


 俺は国王が大声を上げる前に背後に回って速攻で締め落す。

 さすがあらゆる苦行から逃げ回っていた男……何の抵抗も出来ずにアッサリと白目を向いてしまった。

 コレでは空中を放り投げ続けられても叫び続けた王妃の方がまだ根性あるな……。

 俺はそんなどうでも良い事を考えつつ国王を“盗み出す”準備を開始した。


「さて……感動の御対面と行きましょうや色男。嫁さんが首を長くして待ってますぜ」




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