第百話 『聖王』ではない復讐の形

「なんつーババアだよ……」


 時間にすればたった5分。

 しかしコレが強烈な攻撃を受け続けるとなると話は変わり、刹那の一瞬でさえも永遠に思える苛烈な時間になってしまう。

 巨大で強力な拳を5分間受け続ける……考えるのすら恐ろしい状況なのだが、あのババアは、大聖女ジャンダルムは有言実行とばかりに俺が全ての準備を終えて合流するその時までキッチリと変わらずに屋根の上、避雷針の先に立っていた。

 王妃ボールを落すことなく、息もつかせぬ王子の猛攻の全てをメイスで受け止めて。

 驚愕よりも呆れの方が先立ってしまう……あのババア、本当に『預言書』の通りになっていたら『聖魔女』に殺されたんだろうか?

 何気に『聖尚書』と似たような疑念が浮かんできてしまうが……そんな事を言っている場合でもないな。

 俺は屋根へと飛び上がり、激闘を繰り広げる巨人と大聖女の脇を突っ切る形で眼下に見える“大聖堂のステンドグラス”に向かって飛び降りる。


「バアさん! へい、パスパス!!」

「……準備は出来たか若造」


 そう言うと大聖女ジャンダルムは何でもない日常の延長とばかりに足の側面を柔らかく使って王妃ボールをそのまま俺に向かって蹴る。

 本当にボールのように綺麗な放物線を描いてふんわりと……。

 そして俺は繋がったままの綱を掴み取って、そのままステンドグラスへと突っ込む。


パアアアアアン……

『ああ!?』

「ったく……修理代はどこに請求すりゃ良いんだい?」

「王宮にツケといてくれよ! 何せ……」


ドガアアアアアアア!!


「……それ以上に王族関係者が派手にぶっ壊すからよ」


 当然怨敵を追い駆ける黒い巨人は俺を再び追い駆ける形で大聖堂へ突っ込んで来た。

 ステンドグラスどころか壁そのものに大穴を開ける形で、その巨体を大聖堂の中心部に向かって。

 俺が床に放置した最早意識を保っていない、顔面どころか全身ボロボロで泡を吹いている王妃に向かって文字通り圧倒的な鉄槌を下す為に……。


『喰らええええ! 化粧お化けえええええええ!!』

「今だグール、ポイズン!! 解き放て!!」

「了解!」

「お任せ!!」


 しかしその鉄槌が王妃を床の染みに変える寸前、大聖堂の内部で待機していたカチーナさんはカトラスで、リリーさんが狙撃杖の連射で全ての仕掛け“デーモンスパイダーの糸を抑える仕掛けを断ち切った。

 その瞬間……。


バシン! バシイ! ビシ!! バシイイ!!

『え? え? え!?』


 上下左右、あらゆる方角から支えを無くしたゴムの如く何重にも仕掛けたデーモンスパイダーの糸が黒い巨人の体を縛り付けて行く。

 中央に鎮座する『精霊神の像』ごと……。

 無論一本一本ではこんな芸当は不可能だけどより合わせて巨体の関節部分を狙い、更に張り方の強弱を付ける事でその巨体を本当に一時的に留め置く事に成功する。


「名付けて蜘蛛の巣捕食糸縛り……さすがにここまで大量のデーモンスパイダーの糸を一辺に喰らったらどうする事も出来まい……」

『ええ!? うぐぐ……動かない……』


 さすがにこの量の仕掛けを一瞬では無理だったから引き付けてくれた大聖女がいてくれなきゃ不可能だったが、赤字覚悟で糸を全放出した甲斐はあったか……。


ブチ……ブツブツ……ビチ…………


 しかしそう思ったのもつかの間……ホッとする間もなく黒い巨人が動くたびに聞きたくない嫌な、まるで糸が動くたびに千切れて行くような音が聞こえ始める。


『まだまだぁ……こ、こんなものおおおおおお!!』


ブチブチブチブチ…………

 王子の気合の声と共に徐々に徐々に可動出来る範囲が大きくなっていく。


「マジかよ! あれだけの糸を放出したってのにほんの一瞬留め置くのが精一杯だってのか!? 俺の稼ぎのひと月分はつぎ込んだのに!?」

「う~~~ん、やっぱりロイヤルな血筋では我々のような一般庶民では到達できない何かがあるのかな? 具体的には資金面で……」

「……それ今云わなくても良くない?」


 いつの間にか俺の隣で狙撃杖を構えているリリーさんに俺はジト目で突っ込んでいた。

 事ここに至れば後は結果を見守る事しか出来ない。

 万が一デーモンスパイダーの糸から脱出されたら俺達にはもう打つ手がないのだからな。

 しかし黒い巨人の右腕が一本糸から解き放たれ、ダメかと思い俺達が武器を構えた辺りで変化が見え始めた。

 

『え? あ、あれ!? 全然動かなくなって……え?』

ゴオオオオオオオオオオ…………


 その変化に真っ先に気が付いたのはヴァリス王子本人。

 それもそのはず、王子本人も良く分からずに邪気を実体化して巨大な姿を形成していた全体が徐々に小さく、そして動かなくなって行っているのだから。

 一緒に括られた『精霊神の像』に栓の抜けたバスタブの如く、黒い巨体から大量の黒煙が吸収されて行く事によって。


『さすがに死霊使いの才能があったとしても、千年以上も王都の邪気を吸収し続けて来た“先輩”には敵うまいよ』

「……間一髪だったけどな」

『うわあああああ!? 何だコレ!? 黒いモヤモヤがドンドン吸われて……』


 その後もドンドンとまるで黒い煙を貪るように吸収していく普段は信仰の対象として崇められるハズの『精霊神像』を俺たちは悍ましい物を見届けるような気分で見つめていた。

 まるでそう……『邪神』でも目の当たりにしたかのような気分で。


                 ・

                 ・

                 ・


 そしてしばらくは蠢いていた黒い巨体は黒い塊になり、それすらも全て像へと吸収されて行き……最期の最後、糸が捕らえれる大きさすら無くなりダルダルに垂れ下がった時に像の前に座り込んでいるのは……キョトンとした顔の少年、ヴァリス王子だった。

 そこは奇しくも彼が最初に発見された……母親に置き去りにされた場所と同じだった。


「……え? あれ? さっきまでお話してた人たちは?」

「とりあえず今は引き下がって貰った……強引にだけどな」

『……気持ちを同調して邪気に引っ張られていては碌な事にならんからな』


 邪気に侵食はされなかったようだが、それでも邪気が危険な存在であるのは変わらんみたいだな……俺は溜息を吐きつつヴァリス王子にドラスケと一緒に歩み寄る。

 そんな怪しさしか無いだろう俺に対して王子は恐怖や警戒と言った当然の感情を表す事も無く、ただキョトンと俺たちの事を見返していた。


「さ~て王子様……君はこれからどうしたい?」

「……え?」

「因果応報……俺が尊敬する人が教えてくれた格言でね、良い事をしたら良い事が、悪い事をしたら悪い事が自分に返ってくるって意味なんだとよ」


 俺はそう言いつつ愛用のダガーを鞘ごと外して王子に差し出し……目の前で転がったままの王妃を目で示した。

 今宵色々と画策して魔物の仕業にしたててヴァリス王子の最も大切な人を踏みにじり殺そうとした張本人はドロドロの顔と色々擦ったせいで剥げかかった頭に、見る影もなくボロボロになったドレスだったモノに、下半身からは色々な異臭を漏らしつつ白目をむいている。

 ハッキリ言えば……子供でも簡単に殺ろうと思えば殺れる状況であった。


「俺は聖人じゃねーし自分の大事な人を奪ったり殺したり、危害を加えるようなヤツを殺すななんてご立派な事は言わねぇ……復讐が何の意味も無いと説法されたところで“だからどうした?”って言うだろうよ」

「…………」


 実際俺は自分の村を、家族を惨殺した野盗共が“生きていたとすれば”間違いなく復讐の為に刃を振るっていたと思う。

 預言書と違い自身が野盗に堕ちなかった今であっても、ガキの頃に俺から奪った奴らは地獄に堕ちようとも許す気は欠片程も持ち合わせない。

 でも、だからこそ……恨む対象と同じ場所に堕ちるのを免れた俺だからこそ出来る最低最悪なアドバイスがあった。


「人の手を借りて自分の手を汚さずに始末するのはこのババアと一緒だ。ヤルなら恨みも罪も、全てお前自身が受け止めるべきだからな……」

「う…………」


 流れでダガーを受け取ってしまったヴァリス王子は小さく呻いた。

 さっきまで圧倒的な力で確実に王妃を仕留めようとしていたテンションはスッカリ鳴りを潜めて、俺の大人として最低な言葉を受け止めている。

 子供に殺したいなら自分の手でやれなど鬼畜でしかない……俺自身今まで命を奪う戦いを経験していないワケでは無いのだから、それがどれほど心に傷を残すのかだって分かっている。

 だけど、人任せに手を汚さずにやって来た結果が目の前の王妃……そして今回の騒動で最も忌むべきクズの姿なのだから。


「ま、実際の罪状については“怪盗団ワーストデッドによる王妃殺人事件”って事になるからそっち方向での心配はいらねぇよ? お前さんの面を見たもんは誰もいねーし、大事な侍女には何のお咎めも無いだろうからよ」

「!?」


 そして俺は彼の一番の想い病みである事すら外してやる。

 殺しても何も問題ない……大事な大事な人にすら何ら影響は無いのだと、悪魔にも劣る卑劣な囁きで……。

 そして青い顔で転がったままの王妃を見つめる、明らかに迷いを浮かべるヴァリス王子にカチーナさんとリリーさんが自分の獲物を掲げて見せ……仲間たちも俺と同様に止めるどころから自分の得物をお勧めしてくる。


「……何でしたら私の愛刀カトラスを使いますか?」

「魔術に自信があるなら私の杖でも良いよ? 額に一発……サービスで弾も付けよう」

「バカ共が……そんな坊主に何をさせようとしてんだい!!」


 だが、そんな最悪な大人たちに囲まれた王子様にも救世主が現れる。

 破壊され最早月光が直接降り注ぐ大聖堂へと舞い降りたのは大聖女ジャンダルム……彼女は憤慨の顔で見据えるとメイスを高々と掲げた。


「フン……技術もつたない坊主に刃物なんざ扱えるはずも無かろう。おまけに習った事も無く魔力運用の飛び道具なんざ使えるもんか! どうせ獲物は動かないんだからここは重さが十分で一撃が確実な私のメイスの出番だろうが!!」

「「「うおい聖職者!!」」」


 俺たちは思わず3人揃って突っ込んでしまった。

 

「アンタが自前の得物貸したら意味ねーだろうが! 今夜の事は怪盗団の仕業って事に落ち着けるつもりだってのに!!」

「何を今更……アンタらがアタシからコイツを奪い取ったって事にすりゃ問題無いだろう? な~に、普段からその辺の置き忘れてシエルにゃいっつも叱られてっから問題ない。

「つーかその前に殺人勧めんな聖職者! ここは良からぬ私らを退治するのが本道でしょ!!」

「お前にゃ言われたくないな、元聖職者!!」

「ぷ……」


 そんなふざけたやり取りをしていると、ヴァリス王子が突然吹き出してしまった。


「アハハハ、何それ。お兄さんたちは僕に殺させたいの? それとも笑わせたいの?」


 う……そう言われると立つ瀬がない。

 別に受けを狙うつもりは無かったし、わりかしシリアスな話を持ち掛けていたつもりだったんだがな~。

 そんな事を考えている内にヴァリス王子は俺にダガーを返して来た。


「ありがたい申し出だけど……けど、それはいいや。確かにその化粧お化けは嫌いだし憎たらしいけど……それでも“ソレ”をしたら僕はもうアンジェラの近くにはいられなくなる気がするから」

「……そうかい」


 ダガーを受け取りつつ、俺はそんな事を言って笑うヴァリス王子の器の大きさ……預言書でも現在でもホロウ団長が『王』として目を掛けていた片鱗を垣間見た気がした。

 俺ならそんな結論には至れない……大事な人を奪うヤツを許すなんて選択肢は……。


「でもさ……殺すとかじゃ無ければ少しは仕返ししても良いと思うんだけど……」

「…………ん?」


 しかしそう思ったのも束の間……ヴァリス王子は月光に照らされた大聖堂の中、悪魔の如くニンマリと笑って見せた。

 それは実に…………悪戯を思いついたガキのように、俺好みの笑顔でもあった。


                *


 王都ザッカール……王族がトップとして君臨する都市であるのは名称からも明らかであるのだが、そんな都市の中央広場……多くの人々が往来する場所に建国記念碑が置かれている。

 そこでパーティーの翌日……ちょっとした事件が勃発していた。


「え……何アレ? 酔っぱらい?」

「きったねーな……服装は貴族っぽいけど……」

「ん? 何かどこかで見た事がある気も……」


 ザワつきながら遠巻きに“それを”目にした人々は貴族も平民も皆眉を顰める。

 記念碑の前に放置された一人の老婆は元は上質なドレスだったようだが、何があったのか見る影もなくボロボロに千切れ異臭を放つ染みを作っていて、ドロドロになった化粧がそのまま固まり、ゾンビよりも悍ましい状態に。

 更に豪華に盛っていた髪も虫食いのように所々が剥げていて止めとばかりに額には犬の糞がキッチリと乗っかっていた。


『煮ても焼いてもどうにもならないんで返品します。

                         怪盗団 ワーストデッドより』


 それが高く傲慢な振舞で権力を振りかざし、刃向かう者には薄ら笑いを浮かべて断罪をする仮面鬼女と全国民から恐れられる王妃ヴィクトリアを国民が表舞台で目撃する最後の機会になるなど……この時は誰も想像できなかった。


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