第九十九話 燃えるお婆さま

「……ってかこの小汚いボール、どっかで見たような?」

「アバ……アバババ……」


 重量の関係上空中を投げつなぐ手段を取っていた俺達と違い、人一人を片手でワシ掴む大聖女の握力はどのくらいなのか分かんないが、少なくとも当の本人は“頭が握りつぶされる”くらいの感覚になっているのでは無かろうか?

 痛みのせいか若干泡を吹いている……。

 目線まで持ち上げられた王妃ソレは立場上目通りくらいした事があるだろう大聖女にも一目では分からないくらいに崩れた化粧はドロドロだった。

 そんな不思議そうな顔になる大聖女目掛けて、黒い巨人ヴァリス王子の拳が次の瞬間には振り下ろされた。

 その狙いは明らかに大聖女ではなく“掴んでるモノ”限定であるのは明らかだったが……。


『危ないよ! そこのお婆さん!!』

「おやおやおや……」


ガギイイイイイイ……ン……


 しかしヴァリス王子の声を聞いた大聖女は不敵な笑みを浮かべると、そのまま手に持っていた王妃を上に放り投げて、愛用のメイスで巨大な拳を真正面から受け止めた!


「年寄りだからって仲間外れは冷たいじゃないかい? 坊ちゃん」


 そう言う大聖女の全身からは激しい炎が立ち上り、圧倒的なパワーを受け止めただけではなく、避雷針に片足で立っていると言うのに微動だにしていない!

 それは単純なパワーファイターってだけなら絶対に出来ない芸当だ。


「ス、スッゲ……」

「何という柔と剛の完全制御……巨人の一撃を全身で全て流すとは……」

「……あれこそエレメンタル教会の脳筋共の頂点。体内のエネルギーを炎の精霊に委ね修練に次ぐ修練で鍛え上げコントロールしつくした身体技能で力の全てを意のままにする。シエルが目指す最終目的の形よ」


 苦笑いしつつそう言うリリーさんだが、俺としては余りの完璧なその力の制御を目にして……正直言葉も無い。

 先日の俺への奇襲攻撃では今のように炎の魔力で身体能力を引き上げるような真似はしていなかった辺り、アレでも彼女なりの手心があったという事なのだろうか?

 そうしていると、当然放り投げたモノは重力に従って落ちて来るのだが……そんな落ちて来たモノに目もくれずに大聖女は片足で衝撃も無く受け止めて、再び上空へと“けり上げた”のだ。


ガキイイイイイイ!!


 そして追撃の拳をまたもや反動無しに受け止める……それはさながら曲芸の如く。


『おバアちゃん…………強いね!!』

「ふふふ、嬉しいねぇ……こんなババアとでも遊んでくれる気になったかい?」


 片方でヴァリス王子の猛攻を受け止め、片方で王妃を足でその場に留める……まるでお手玉のように……いや……パルクールと同じように神様に見せて貰った資料にもこんなのがあった気がする。

 確かリフティングとか言ったか?

 しかし俺達が若干その見事な技に見とれていると、大聖女ジャンダルムは全身に炎を纏わせたまま、俺達を睨みつけた。


「何か用事があるならさっさとしな! 元職場にあまり顔を出すんじゃないよ!!」

「……う」


 その一言でリリーさんは呻いた……まあバレるよな。

 一応黒尽くめの格好で正体隠していても見る人が見れば……使用者が限られている『狙撃杖』何か使っている時点でアウトだろう。

 ただまあ……あのバアさんが協力してくれるならこんなにありがたい事は無い。

 なにせここまで連れて来るのは良かったけど、この場に“留めておけるかどうか”は賭けだったからな……時間を稼いでくれるなら準備も出来る!


「大聖女さん、そのままお相手頼むぜ! 仕掛けが終わったら合図するからよ!!」

「年寄りにあんまり仕事させんじゃないよ! アタシにこの坊ちゃんを留め置けるのは精々5分そこらだからな! まったく……最近は期待の新人ってのが多くて嬉しくなって来るねぇ~」


 楽しそうに余裕であの巨人のパワーを受け流していると思いきや、実際にはそうでもないようだ。

 ……まあ王宮を一撃で破壊するようなパワーを他に被害がないくらい完璧に受け流すなんて技術、少しでも集中が切れたら終わりだろうからな。

 だけど、それくらい時間を稼いでくれるなら……。


「ドラスケ! どのくらい“捕えれば”全部吸い尽くすと思う!?」

『正確には分からん、だが1~2分でも留め置ければ脱出する膂力すら失うであろう』


 俺はエレメンタル教会の広場へと降り立ち大聖堂に向かって走りつつ、師匠から受け継いだザックに仕込んだ手持ちの“デーモンスパイダーの糸”を全て手に取った。

 正直結構良い値のするコレを全部放出するのは金銭的に相当な痛手なのだが……マジで背に腹は代えられん。

 俺はそのまま勢いよく正面扉を開けて、月光が差し込み荘厳な雰囲気のハズの大聖堂へと侵入する。

 精霊神教にとっての最高神の像が中心に鎮座する……俺にとっては最早不気味でしかない石像のある場所に罠を張る為に……。


「……せめてこのくらいはやって貰うぜお母様?」


                 *


 大聖女ジャンダルム……豪放磊落、教会の脳筋共の頂点、最強の女傑と細かい事は気にしない豪快な人物と云われ、実際にその通りの人物像ではあるのだが……その人生は波乱と悲哀に満ちた足跡の連続だった。

 元々孤児出身で身寄りも無く、運が良かったのか『炎の精霊』の寵愛を受けていた事で辛うじて教会組織に拾い上げられたのだが、その際に自分以外の同じ立場の子供たちが切り捨てられていて……彼女はその頃から自分の手が取り零してきた命を悼むようになっていた。

 自分と同じ孤児たち、初めて愛した男性、苦楽を共にした同僚、慕ってくれた後続の聖女たち……幾ら武威を誇ろうと、救えなかった命の何と数多い事か。

 ジャンダルムは強くなるしか無かった……少しでも守りたい何かを守る為に、自分自身の手からこれ以上大切な命がこぼれ落ちないように……。


 何年も何年も……それでも零れ落ちる命に歯噛みして心をすり減らし続ける彼女だったが、ある日を境に不吉な夢を見る様になっていた。


 それは自分が何者かに引導を渡される夢……顔も名前も良く見えないのに、それが自分の育て上げた愛弟子である事は理解できる……そんな夢だった。

 その夢で自分は『炎の精霊』の力を限界以上に引き出して、それでも敵わなかった愛弟子を前に肉体の限界を超え、自らの炎で灰も残さずに燃え尽きる。

 ジャンダルムにとっては自分の死だけを見るなら、愛弟子が自分を踏み台に高みに上ったこれ以上ないくらいの夢。

 しかしその愛弟子は泣いていた。

 燃え尽きる最後の瞬間まで、己の体が火傷を負う事すらお構いなしにジャンダルムを抱きしめて血涙を流していた。

 それだけで、ジャンダルムにとってその夢は悪夢に変わる。

 愛弟子の心を最期の最後まで守る事が出来なかった最も忌まわしい悪夢へと……。


 しかし何年も何年も……忘れた頃に見てしまう不吉な悪夢だったが、最近になって急に内容が変化したのだった。

『自分が次期大聖女と目を付けていた聖女が、惚れた男について行く聖女を止めようとして大喧嘩する』という何ともくだらなく……最高の夢へと。


「くくく……それこそアタシが見たい最高の未来じゃないのさ……」


 夢の内容が突然変化したのがどこにでもいそうな冒険者、発展途上の盗賊に愛弟子たちが遭遇してからである事に気が付かないほど大聖女も鈍くはない。

 また自分が取りこぼし失っていたかもしれないモノを拾い上げてくれた……そんな大馬鹿野郎が何やら面倒事を持って来た。

 見た事も無い巨大な黒い化け物を引き連れて、何度かリフティングをしていてようやくボールが大聖女にとっても色々忌まわしい王妃を囮に使っていた事も含めて……大聖女ジャンダルムは勝手に恩を感じて、勝手に返すつもりで……勝手に盛り上がっていたのだ。


ガギイイイイイイ!!


 最早何度目になるかも分からない黒い巨人、ヴァリス王子の猛攻を受け流しながら大聖女ジャンダルムは高笑いしていた。


「カカカカ、このババアの死に場所はまだまだ先って事かい怪盗さん!!  教会にとっちゃ迷惑な話だねぇ……この老害はまだまだ居座るらしいぞ!!」



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