第九十七話 天翔けるファーストレディ
「食いついた! 引っ張れ二人とも!!」
「「よいしょおおおおお!!」」
そうすると王宮の屋根に引っかけていた部分を支点にして、吊り下げられている王妃がヴァリス王子の拳が到達する寸前に上昇……辛うじて当たらずに済んだ。
「ひ…………!?」
まああの巨体から繰り出された拳だ、当たらずとも風圧だけで相当な恐怖を伴うだろうが……そんな些細な事は本当にどうでも良い。
スピード特化型である俺たち『ワーストデッド』にとって身軽さは最大の武器であるが、相反して力仕事には最大の弱点になる。
しかし今回黒い巨人に乗ったヴァリス王子を誘導するに際してそこが最もネックになる。
ハッキリ言えば
この期に及んで偉そうにギャーギャー部下に怒鳴り散らしていたのだが、肝心の戦える護衛が傍に一人もいなかったのだ。
原因は自分の命令で侵入したゴブリンの始末に当たらせるために兵士たちを後宮を包囲する形で配備していて、更に突然現れたヴァリス王子の対応にも兵士たちが持って行かれたせいなのだろうが……神様曰く、マジで自業自得である。
攫うついでに目撃した部下っぽい小太り貴族も縛り上げたから、しばらく足が付く事は無いと思うのだが……問題になるのは運搬方法。
身軽さが売りの俺たちにとって40~50キロはあるだろうオバハンをスピードを落とさずに囮として運びヴァリス王子を目的地に誘導するのは普通では困難だし……そもそもアレを直接抱えて運ぶの生理的に無理だし。
可憐な捕らわれの御姫様を救出~とかなら分かるけど、こんな杜撰な計画を立ててガキを手なずけさせようって性根から腐り切った臭いヤツは……なんか触りたくない。
『ワーストデッド』は以心伝心……俺の気持ちを二人とも心から同意してくれて、俺たちの運搬方法は“空輸”に決まったのだった。
「グール! ポイズン! 書定位置に付け、空輸開始だ!! 別にぶつけても構わんが原型だけは残すように!!」
「了解! 形が残ってれば生死を問わず《デッドオアアライブ》って事ですね!!」
「ま~生きてた方が食いつきは良いだろうけど、贅沢は言えないしね~」
「んん!?」
俺たちはあえて王妃に聞こえるように、それこそ釣り人が餌の有無について話しているように話してやると王妃は更に涙目で唸り声を上げ続ける。
まあ知ったこっちゃね~けど。
俺はそのままデーモンスパイダーの綱をハンマー投げの要領で体ごと回転を加えて遠心力を加えてぶん投げた。
「ほーら獲ってこ~~~~い!!」
「んんんんん……ンキャアアアアアアアアアアアア!?」
『ああ!? 逃がすかアアアア!!』
高々と夜空に放り投げられた王妃の猿轡が勢いで外れたか? 夜空に高貴とは程遠い悲鳴が響き渡る。
当然怨敵を前に座しているヴァリス王子ではなく、吹っ飛んでいった王妃を追い駆けて巨体を王宮の屋根よりも高くジャンプさせた。
だがまたもや追いつく寸前に所定の位置に付いたカチーナさんが綱をつかみ取り、再び遠心力を加えてぶん投げる。
「そ~~~~~~れ!!」
「ぶれ、ぶれ、無礼も…………ギャアアアアアアアアアア!!」
空輸、それは要するにパワー型ではない俺達が手っ取り早く重量物を運搬する為に遠心力や重力を利用して投げ渡すリレー作業だ。
俺達三人は身軽さの他にも昔から己の力の無さをカバーする為に『力を利用する技術』に特化しているという共通点があった。
パワーのある連中の力を受け流す、利用する事を身につけないと生き残れなかったという世知辛さはあったけど、お陰でこういった方法で重量物をリレーする“力の方角を調節する”事が可能だったのだ。
またも攻撃を外されたヴァリス王子が空輸中の王妃を追い駆ける。
しかし今度はリリーさんが狙撃杖を構えて空中を疾走する王妃の、側面に向かって『ミスリルの弾丸』をぶっ放した。
「吹っ飛ばせ! 風の弾丸《ウィンド・ブリット)!!」
ボオオオオオオオオオオオン!!
「オゲエエエエエエエ!?」
空中で弾丸に込められたリリーさんの風の魔力が炸裂して、王妃の体は更に王宮から外に向けて吹っ飛ばされる。
……風圧と涙や鼻水で相当ひどい事になりながら。
『ブフ!? ……くそ~~~まだまだ!!』
そしている間にも圧倒的なパワーで迫りくるヴァリス王子、使いこなし始めた邪気は凄まじく、空振っただけでも王宮の一部が破壊されてしまう……一撃でも食らったらタダでは済まないだろう。
でも、普通なら悔しいはずのそんな状況なのに巨人から洩れる王子の声には言葉とは裏腹に悔しさは感じられない。
むしろ楽し気に、初めてする鬼ごっこを楽しんでいるかのような無邪気さを感じる。
コレがヴァリス王子にとって大切なその侍女さん辺りがこの扱いだったら、それこそ憎悪丸出しで俺達を殺しにかかるんだろうけど、餌がアレだし俺らの扱い方もコレだし……彼にとっては楽しくて仕方ないのだろうな。
そうか~~~彼は諸事情でこういう遊びをしてくれる友達はいなかっただろうし、状況は違えど俺も村を滅ぼされてからはこんな遊びをする相手はいなかったからな~。
俺はそんな事をしみじみと思い、リレーされた荷物を再びぶん投げる。
「ハハハハハハ、どうしたどうした少年よ! 追いかけっこは苦手かね?」
『アハハハハハ、絶対に捕まえてやるうううう!!』
「ほぎゃあああああああああああ!?」
少年の豊かな情操教育の為にはこうした遊びは重要であるとか言ってたしな……ここは人生の先輩たる俺達が一緒になって付き合うべきだろう……うんうん。
*
命を弄ぶ、それは権力者にのみ認められた特権である。
生まれながらに高位貴族の令嬢であったヴィクトリアにとってそれは揺るぎない現実のハズだった。
下々の物は常に自分にかしづき、命令に従い、従わねば権力を持って屈服させるかもしくは秘密裏に始末する……それが正義であり悪い事とも思わず、王妃になってからはそれが王国の為であると妄執していたくらいだった。
一度ヴィクトリアの暗殺を企てたという大臣は捕縛され処断される直前に憎しみの籠った瞳で言われた事があった。
『貴様のように人を物のように扱う外道は必ず己自身にその行いが帰ってくるであろう!』
当時この言葉を聞いた王妃は負け犬の戯言と、斬首になった大臣を嘲り笑っていたのだが……今、まさに物のように扱われる段になって彼女はその事を思い出していた。
走馬灯のように…………。
「物扱いってこういう事じゃないでしょおおおおおおおおお!!」
最早何度目になったか分からない空中リレーの中、涙と鼻水でドロドロになった顔でさらに悲鳴を上げるヴィクトリアは自身の状況が本当に理解できなかった。
命を弄ぶ立場である自分が弄ばれている、しかも明らかに権力に全く関係ない不審者たちによって……。
その扱い自体も雑を極め、ヴィクトリア自身ですらした事もないほどいい加減で残酷。
王妃であるはずの自分を空中で投げ渡すという事だけでもあり得ないのに、連中は“死んでも構わないから原型だけは残せ”などと王妃どころか人間として扱う気も無い始末。
ヴィクトリアには自分が無事で済む未来は欠片も浮かんでこなかった。
「王国軍!? 兵士たちは何をしている!! 近衛兵は!?」
本来なら王国正妃である人物が攫われたなど大事件であるはずなのに、混乱の最中攫われた事と自身の計画のせいで兵士たちが散って配備している事で、空中を投げ渡されている“何か”が王妃であると分かる者は眼下に一人もいなかった。
兵士も貴族も誰もかれもが“夜空を舞台に追っかけっこをしている巨人”にしか目が行かず、ただ茫然と眺め立ち尽くすのみ。
「はやく!! 誰か!! たすけてえええええええええ!!」
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