閑話 怪盗からのプレゼント (ヴァリスside) 

 ……昔から僕の周りには何か“黒いもやもや”したものがいた。

 それが何なのかは分からないけど、いつも僕に声に出すワケでも無く訴えていた。

 『受け入れろ』って……。

 その黒いもやもやが何なのかは分からないけど、それはいつも同じじゃなく見る度に違う何かだって事は分かる。

 そして理由も分からないでもやもやの言う通りに受け入れるのは凄く嫌な感じがする……それだけはいつも思っていた事だ。


 僕が自分の事をヴァリスって名前だと理解した時には、、僕は黒いもやもやの事を気にしないようにしていて……気が付くと僕は王宮ていうこの場所にいた。

 誰も教えてくれなかったけど兵士のオジサンたちが話しているのを聞いて、僕がいる場所が王宮の中でも後宮って呼ばれている事を知った。

 僕が何かを聞こうとしても、変な笑い方をするオバさんたちも侍女の人たちも“立場をわきまえろ”って言って相手にしてくれなかったからそうするしか無かったんだけど……。

 何も分からないのに突然『お前なんか王子じゃない』と言って虐めて来る子供たちもいて……その子たちが僕と同じお父さんを持つ王子や王女だと知ったのも随分と後になってからだった。

 それまで僕は何にも知らないのにただここにいて、ワケも分からずに大人にも子供にもバカにされて虐められていたんだ。

 ただただ怖かった……。

 化粧で作った顔を歪ませ怒鳴るオバサンたちも、気に入らないからと悪口を言いながら僕の事を殴って来る王子たちも……僕はとにかくいつもそんな敵から隠れるように過ごすしか無かったんだ。

 ある日、そんな嫌な事の全部を教えてくれたアンジェラが僕の専属侍女になってくれたあの日まで……。


『こんな小さな子に自分の不始末の責任を擦り付けるのも大概だけど、分かっていながらはけ口にしている化粧お化けもクソガキ共も最低ですね!!』


 ……初めてだった。

 僕の知らない事、僕が何でここにいるのか、僕が誰の子供なのか、何で大人も子供も僕の事を虐めて笑っているのか……その理由を教えてくれた事もそうだけど、それ以上に僕の為に怒ってくれた人は初めてだった。

 アンジェラは元々没落した貴族のご令嬢だったそうだけど、さすがに王子に認められない庶子の僕でもいつまでも専属の侍女がいないのは外聞が悪い、けど身分的に没落貴族ならちょうど良いとなって王宮に拾い上げられたらしい。

 アンジェラはその事を重々理解しているそうで、そもそも身分だの権力だのには興味がなく『王宮ならお給料良いでしょうから』と笑っていた。

 そう、アンジェラの笑顔は後宮では今まで見た事の無い素敵な笑顔で、彼女自身「私は下位貴族出身ですからほぼ平民と変わらない育ちの悪さですから」何て言っていたけど、初めて僕の事を人として笑ってくれたその顔が大好きだった。

 初めての味方、初めての友達、初めてのお姉さん……後宮で見下し合い、こびへつらっていても裏ではその人の悪口を言うオバサンたちや王子王女たちなんかより僕にとっての一番大切な家族はアンジェラだった。


 そんな誰よりも大事なお姉ちゃんに……酷い事をしようとした。  

 アンジェラに酷い事をしようとしていた人たちをあっという間にやっつけたお兄さんが、一人から聞き出した内容に……僕の中で何かがキレた。

 僕を虐める……僕にとって一番嫌な事を見せつける……そんな事の為に、そんなくだらない事の為にアンジェラを奪おうとした!?

 その事実を知った瞬間に僕の中であったはずの、今まで怖いと思っていたオバサンたちの怒った怒鳴りつける声が……煙みたいに消え去った。

 それどころか別の気持ちが段々と湧き上がってくる。

 身がすくむだけだった“耳障りな”金切り声が、恐怖に震えるハズだったあの“喜色の悪い”顔が…………あの“腐り切った”見下した“クソババア共”の目付きが……全部、全部……ただ一つの気持ちを燃え上らせる燃料に変わっていく。


『ブチ殺してやる…………』


 そう思った、アンジェラ風に言えば“腹を決めた”その時……僕は初めて“黒いモヤモヤ”をつかみ取る事が出来た。

 その時の“黒いモヤモヤ”は小さい時から見ていたヤツと同じなのに、全然違う事を僕に訴えて来た。

『受け入れろ』じゃない『使いこなせ』って……。


 そしてその声(?)を聞いた瞬間から“黒いモヤモヤ”から聞こえてくる大勢の、僕と同じ気持ちを理解する人たちの声も聞こえて来た。

『あの王妃を殺すのか! 手を貸すぞ!!』『気持ちは分かるわ! 一緒に殺しましょう!!』『同志よ! 仮面鬼女に裁きを!!』『アイツのせいで父は……』『不当に家を潰されたこの恨み……』『殺す……』『殺して!!』『生かすな!!』『復讐を!!』


 まるで忘れかけていた気持ちを僕を通して思い出したみたいに、僕に同調する人たちがたった一握りの“モヤモヤ”の中から語り掛ける。

 すごい……こんなに、こんなに仲間がいっぱいいるんだ。

 あのババアをブチ殺したい同志がこんなに大勢…………。


「まかせろみんな……一緒に殺ろう、力を貸して!!」

『『『『『『『『オオオオオオオオオオオオオオオオ』』』』』』』』




 邪気に取り込まれるのではなく、邪気を味方にして力としてしまう……常人であれば取り込まれるのみ、喩え才ある者でも危険な所業なのだがそれは『死霊使い』としての初歩的な心構えである事などこの時のヴァリスは知る由も無かった。

 この瞬間、彼は『死霊使い』として覚醒したのだとは……。


               ・

               ・

               ・


 黒いモヤモヤから聞こえた同志たちの声に応えた瞬間、僕は途轍もない力を手に入れた。

 その力の遣い方が何となく分かった時、更に僕の相棒のボードラゴンナイトⅤが喋り出して……何と! 僕に更なる力を与えてくれたんだ!            

 その力はドンドンと大きくなって、僕を乗せて大きく強くなっていく。

 黒い巨大な龍の騎士、『ボーンドラゴンナイト・ファイナル』に進化してクソババアの住処の屋根をぶち抜いて飛び上がったら、今まで見た事も無かった王宮の外が見えた。

 広い……王宮の外はこんなに広いんだ! 

 ホロウ先生に聞いた事があったけど、僕はこんな狭いところにいた事を本当に初めて知った気分になった。

 硬くてどうしようもないと思っていた壁も建物も、まるでクッキーみたいに簡単に砕けて行く。

 今まで偉そうに僕の事を見下して嫌な笑い方をしていたババアたちも、王子たちも、王女たちも、僕だけじゃなくアンジェラを見下していた他の侍女たちも僕の姿に泣き叫びながら逃げ回っている! 

 今まで僕が怖くて仕方が無かった奴らが泣き叫んでおもらししながら命乞いするのもいる!!

 面白い! 凄く面白い!!

 ざまあみろって心から思う!!

 けど…………。


「ぬう!? 何という破壊力であるか! やるではないかデッカイの!!」

「粗削りですし技術は無いけど素晴らしい力ですね。コレは後々楽しみな逸材ですよ!!」

「呑気に言ってる場合ですか二人とも、仮にも聖職者がこの状況を楽しむんじゃない!」


 手に入れた凄い力をあのババアにぶつけようと思っていたのに……僕の前に立ちふさがったのは憎たらしい奴らが浮かべる嫌な笑い方とは全く違う、イヤじゃない笑い方をする3人の聖職者……。

 そんな三人を助ける為に兵士のみんなも偉いオジサンの号令で僕に魔法をぶつけて来る。


 止めてよ……邪魔しないでよ!!

 僕が殴ってやりたいのは貴方たちじゃない!!

 こんな状況で褒めてくれるオジサンも、棒を使って僕の力を真っ向から受け止めてくれるお姉さんも、そのお姉さんを心配しているお兄さんも……それに自分よりも他の人を助ける為に頑張る兵士の人たちにも、僕は恨みは一つもない!!

 何で邪魔するんだよ! みんなだってあのババアは嫌いでしょ!? 

 僕は一番憎たらしいヤツを殴ってやりたいだけなのに……。

 ホロウ先生が言っていたのはこういう事なの?

 歴史の勉強で先生は言ってた……『戦争は国と国の争いだけど実際に戦う人たちは何も知らない、何も関係ない人たちばかり……一番偉い、一番悪い者は最後になっても戦わないし死なない』って……。


 ……何でだよ……そんなの……おかしいじゃないか!?

 悪い事をしているのに、良い人たちに守られているなんて……アンジェラが殺されかかてもあのババアが生き残っているだなんて、そんなの……そんなの!!


 納得が行かない…………そう僕が思った時だった。


「ハハハハ、ハハハハハ……ハーッハハハハハハハハ!! 何をイラ立っておるのかな黒き悩める少年よ! 探し物が見つからずに困っておるのかね?」

「望みが叶わず暴れたくなる気持ちも分からないでは無い……しかし無関係な方向に向けるのは些か無粋ではないだろうか?」

「そ~そ~、ぶつけるべき苛立ちの矛先は然るべき大人が担うのが本道ってなもんよ」


 それまで逃げ惑う人の叫び声とか魔法の爆発音ばかりだったのに、不意に辺り一面に響き渡るほどのバカ笑いが聞えて来たのは。

 思わず攻撃の手を止めたのは僕だけじゃない……最前線で僕と戦っていた人たちがビックリして外……王宮の屋根を見上げていた。


「むお!? な、何とヤツは……まさか怪盗ハーフデッド!?」

「え!? まさかこんな日に王宮に!?」


 見えたのは月をバックに立っている3人の姿……知っている人もいるみたいで凄くびっくりしている人もいる。

 だけど僕にはそんな事はどうでも良くて…………僕の視線は彼らではなく“彼らの手前に吊るされているモノ”に釘付けになっていた。


「ん~~~!? んん~~~~~~~!!?」


 例えるならそれはミノムシ……でも体を縛られ動きを封じられて猿轡を噛まされたソレが吊るされた恐怖からか、それとも僕っていう巨人の前にいるのが理由か分からないけどウネウネと宙を跳ねる様は気色の悪い虫みたい。


「今宵王宮のパーティーと聞き、我ら怪盗団『ワーストデッド』は最もふさわしいプレゼントを用意し、はせ参じた次第であります。黒き悩める少年よ……苛立ちをぶつけたいサンドバックはコレではないですかな?」

「これ程斬りがいのある巻き藁も無いでしょうけど……」

「的として相応しい一品では無くて?」

「んんん~~~~~~~!! むんんんんん!!?」


 唸り声を上げて泣いている化粧お化けの顔面は泣いたせいか暴れたせいなのか分からないけど、いつも以上にドロドロに崩れて本格的にお化け見たいで凄く面白い!!

 サンドバック、巻き藁、的……僕は本能的に確信する。

 あれは……仲間だ……僕の気持ちを分かってくれるすごく良いセンスをした、とってもいい人たちだ!!


『そこにいたのか王妃ヴィクトリアアアアアアアアアアアアア!!』

「んんんんんんんんんんんんん~~~~~!!!」



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