第九十六話 邪魔しても容赦するのが普通

 俺が大急ぎで飛び立ったヴァリス王子が乗り込んだ黒い巨人を追い駆けてパーティー会場の宮殿に辿り着いた時には、既に建物には大穴が開いていて、暴れまわる巨人に対抗する王国軍の兵士たちが指揮官っぽいオッサンに指示出されて魔法で攻撃、更に接近戦を挑んでいるのは俺も良く知った二人の人物だった。


ガキイイイイイイイ!!

『邪魔しないでよ!!』

「つれないですね……もう少しダンスにお付き合いくださいな!!」


 口調は子供らしいのに聞こえる声は何故か野太い中年のような声……そんな黒い巨人にシエルさんは軽口で応戦する。

 援護射撃の魔法で起こる爆発の中、くり出す黒い巨人の拳を足を止めて激しい金属音を立てて受け止めるシエルさん……その戦い方は真正面から受け止めたい彼女には“らしい”戦い方だが、本日の限ってはそれだけが理由じゃない。

 王国軍の連中もとにかく最優先にしているのは黒い巨人をこの場に留める事……まずは非戦闘員を安全かつ速やかに逃げれるように倒す事じゃ無く留める事を最優先にしているのだ。

 現に今、黒い巨人はシエルさんたちではなく別の方へと矛先を変えようとしているのに、シエルさんは巧みに矛先の真正面へと自分の立ち位置を変えている。

 う~んあの弾幕を近距離でシエルさんに当てずに牽制する王国軍も見事なもんだが……流石はプロと感心してしまう。

 そして彼らの奮戦のお陰で会場から脱出して逃げ惑う礼服を着た貴族連中がギャーギャー騒ぎつつ会場から外に出て来ているのだが……その中でひときわ目立つゴテゴテと宝飾した厚化粧のババアが一人、部下っぽいオッサン貴族に向かって怒鳴り散らしていた。


「何なのですあの化け物は!? 本日は下等な魔物のみの予定だったであろう!? 他の兵士共は何故まだ来ない!?」

「わ、分かりません……あの巨人が何なのか……」

「他の兵士たちは“例の件”の為に配備、対応している為にこちらへ駆けつける事が出来ていないのかと……」

「言い訳無用! さっさと呼び戻せ!! 全く使えないこと……」


 ……会話内容と怒鳴り散らすその姿は正に化粧お化けというにふさわしい禍々しさに、何やらピンとくるものが……もしやコイツが?


「アレは現王国の正妃ヴィクトリア様ですね。相も変わらずヒステリックな……」

「うえ~アレがかの有名な仮面鬼女? 心証損ねただけで地位に関わらず数多くの人たちが理不尽に犠牲になったって言う……」

「!? 二人とも」


 俺の疑問に答えてくれたのはいつの間にか近くに来ていたカチーナさんとリリーさん、二人とも俺が“吹っ飛ばされた”時と同じ執事とメイドの格好のままだが、手にはしっかりと各々の武器を持ってた。


「二人とも、こっちに来ても大丈夫なのか? あっちの……テンソとジルバとか言うヤツは……」


 俺がそう聞くと二人は揃って溜息を吐いた。


「しばらくの間は大立ち回りしてたんだけど、後宮の方からアレが飛び立ったのを確認した途端に撤退してしまったよ」

「倒したはずの仲間すら残さずね……君を追撃しようとするのは阻止できていたのに撤退を決めた瞬間……引き際も去り口も見事なものだったわ」

「マジか……」


 筋肉ハゲ親父のロンメルすらいたと言うのに取り逃がした……か。

 個人的な見解だが、そう言う自分の力を過信せず攻める時逃げるべき時を確実に見極め実行できる連中は圧倒的に手ごわい。

 多分今後テンソを名乗ったあの集団は『調査兵団』の繋がりでは接触できなくなるだろうし……今後の事も考えると厄介な連中が現れたと歯噛みしてしまう。

 ハッキリとわかるのは俺が『預言書』で知り得た未来を目指している何者かの手引きでザッカール王国は利用されかかっていた事だけだが……。


「ホロウ団長は向こうの団長、ジルバと交戦……いや膠着したままいつの間にか互いに姿を消していました。正直あの男を押さえてくれるだけで御の字です」

「それは……確かにな」


 現状敵対戦力としては一番厄介そうな男の不在情報に俺は内心ほっとする。

 テンソのジルバと名乗った黒尽くめはホロウ団長の直弟子なだけあって、今の俺程度の実力では相手にすらならないだろうからな。

 強敵の出現に脳筋聖女や筋肉ハゲ親父辺りは喜んで突っかかるかもしれんが……。


「あれ? そう言えば筋肉ハゲ……いやロンメル氏は?」


 さっきまで共闘していたハズの二人と一緒にいない事に俺が疑問を抱いた時、騒ぎ立てる貴族連中の声をかき消すような豪快な打撃音と笑い声がこだました。


「グハハハハ、ズルい、ズルいぞシエル殿!! このような大物を独り占めとは釣れないでは無いか!! 我も混ぜるのだ!!」


 野太い声で嬉々として黒い巨人に拳を振るう格闘僧……確認するまでも無くそれは大変楽し気に参戦するロンメル氏であった。

 シエルさんやノートルムさんと違って完全な無手、だと言うのに響く音はどんな攻撃よりも響く重低音……拳が大地に響く度にオッサンの顔は喜びに歪む。


『あ~もう邪魔だってばオジサン!!』

「むお!?」


 それに対して鬱陶しいとばかりに振るわれた巨人の手が横から払われるが、その巨大な手をオッサンは真正面から受け止めようとし……一瞬耐えたかと思った瞬間に吹っ飛ばされた。

 しかし吹っ飛ばされたオッサンは壁や地面に激突する事も無く空中で体勢を整えると、体格に似合わない程華麗にフワリと着地して見せた。

 脳筋には違いないが筋肉だけの格闘家ではない技術……そして更に楽し気に笑う。


「フハハハハ良いぞ良いぞ! まだまだ未熟、戦いすら初めてと言わんばかりの単調な攻撃だが補って余りある圧倒的パワー! お主はもっともっと強くなる、実に面白い!!」


 発想は脳筋そのものだがな……。

 聖職者の立場にあってあのオッサンは本当に自他共に認める力を求める煩悩に塗れた格闘バカだよな……強敵がいると確認した瞬間に迷いなく巨人との戦いに参加したようだ。

 逆に最初から参戦しているシエルさんとノートルムさんの動きが悪いように見える。

 シエルさんは戦闘よりも時間稼ぎを主目的にしているから動きが悪いのは仕方が無いのかもしれないが、タメを張るとリリーさんも認めていたノートルム氏はさっきから要所要所で動きが止まる。


「ノートルムさん! どうされたのですか、何時もよりも動きが悪いです!!」

「す、すみません………………黒は予想外過ぎて……」


 ……? シエルさんの指摘に何だか良く分からない事を言うノートルムさん。

 ただもっと意味不明なのは王国軍の面々や黒い巨人ですら、そんなノートルムさんに気を使っているようにも思える妙な気遣いを感じるのだが??

 一見激しいバトルをしているのにどこか人間味のある動き……俺は何となくそう思って無差別に暴れまわっているような黒い巨人に違和感を持った。


「あの巨人、攻撃っていうよりかはハエを払っているような? 殺意は感じるのに殺意の方向はシエルさんたちや王国軍の兵士たちに向いていない?」

「だね……さっきから“邪魔するな”としか言ってないし……」


 俺が気が付くくらいなのだから、戦闘のプロである二人が気が付かないワケも無く同じ違和感を抱いたようだ。

 そう、無差別ではない……怒り狂ってはいるものの無関係な人間に危害を加えようとはしていない? 

 邪気を肉体に取り込んで暴走した『聖王』と同じように考えていたけど、今の状況は『預言書』とは全く違う展開に持っていけているのか?

 俺の脳裏に一縷の希望的観測が過ったその時……魔法攻撃で起こった爆発に紛れて黒い巨人から何かがこっちに飛んで来た。

 一瞬黒い巨人の装甲の一部でも破損して吹っ飛んだのかとおもったのだが……それは意志を持っているように俺たちの目の前に降り立つ。

 それは小さくも白い全身が骨で出来ている簡素な鎧兜を纏ったスカルリザード……俺たちにとってなじみ深いドラスケの姿であった。


『く……あの坊主、ヴァリスの才能はケタ違いであるな! 我が吸収していた邪気を全てコントロール下にして邪気そのものを武器とし奪い取りおった!!』

「うお!? お前無事だったのか……ボーンドラゴンナイトⅤ!!」

『…………その名を呼ぶ出ない』


 久々の“まとも”な姿にそう言ってやるとドラスケは実にグッタリとした様子で肩を落とした。

 アンデッドで疲労とは無縁のコイツがここまで困憊するとは……恐ろしい。

 しかし目の前でヴァリス王子があの巨人に乗り込むのを目の当たりにした俺とは違い、カチーナさんとリリーさんはあの巨人がヴァリス王子である事に驚いたようだ。


「え!? まさかあの異形の姿がヴァリス王子なのですか!? まさかもう手遅れ……」

『どうかのう……邪気を完全にコントロール下に置いた坊主はまさに一騎当千。“自らの意思で”あの巨人を操縦しとるかのう……』


 自らの意志で操縦……俺はドラスケが語る言葉に焦る仲間たちとは違う見解を見出し始める。

『聖王』という邪気に飲み込まれた存在を知っているからこそ、そしてドラスケに邪気っていう存在の融通の利かなさを聞いていたからこそ思いつく見解。

 邪気は強烈な想いが留まった存在だが“アイツが憎い!!”という強烈な想いがあっても時間と共に“憎い”という想いだけが残って誰かれ構わず憎しみを振りまく存在になってしまう。

 敵対する人類を蹂躙する『聖王』の無差別具合はまさにソレだった。

 憎しみに同調した同士に邪気による力を与え、憎しみの感情を増幅強化し手駒として扱うカリスマ的存在。

 だけど今の黒い巨人、ヴァリスという少年は違う。

 難い存在だけに鉄槌を下したいという、ごくごく当たり前の感情の元に関係ない連中を鬱陶しがっているようにしか思えない。

 邪気ぶきそのものになるんじゃねぇ……邪気ぶきを振り回してテンション上がってるだけなのだとしたら……。


『クソババアはどこだ!! 出て来い化粧お化け!! ブチ殺してやるウウウウ!!』

「誰の事ですかソレ!? 今日この場には該当者が一杯です!!」

『然り……左官屋に塗ったくられた如き妖怪は宮殿に入った時から何匹も見かけておる』

「……君ら、世の中には思っていても言ってはいけない事があるよ?」


 黒い巨人に受け答えするシエルさんたちのやり取りは効かない事に、一々その言葉に頷く王国軍の兵士たちも見ない事にして……俺は確信を持つ。

 アレはヴァリス王子だ、怒りにテンションは上がっているけど我を忘れているワケじゃ無い。

 大事な侍女あねを傷つけられて犯人を懲らしめようとしている普通の、ごく普通の感性を持った少年でしかない!

 だとするなら…………。


「ドラスケ!? お前ならもう一度ヴァリス王子が支配下に置いた邪気を奪い返す事は出来ないのか?」

『無理であるな……あの坊主の才は圧倒的、すでに我など凌駕しとるし元々アンデッドは死霊使いにとって最もポピュラーな使役対象であるぞ? 可能なのは坊主よりも遥かに高い力を秘めた存在か、あるいは強烈な吸引力を持った何かではない限り……』


 俺の質問にドラスケは申し訳なさそうに力なく首を左右に振る。

 しかしそれにとっては正直想定内、ドラスケの事だから出来るのならばとっくにやっているだろうし、出来なかったからこそ邪気を捨てて自分のみ黒い巨人から脱出するしか無かったんだからな。

 ただ……俺にはドラスケやヴァリス王子を超える邪気を操り吸収する存在に、残念だが覚えがあった。


「ヴァリス王子よりも力のある吸収可能なナニか……他の場所ならいざ知らず、王都であるなら、取れる手段が一つある」


 俺はとある場所の存在とその手段が可能かどうかをドラスケに確認……その手段に、ドラスケは唸りつつも「可能である」と頷いた。


『むう……しかし確かにそれなら坊主のコントロール下にある邪気すら強制的に吸収、奪い去る事も出来るであろうが……しかし……』

「そうですよギラル君! どうやってあの巨人、ヴァリス王子をあそこまで誘導すると言うのですか!? シエルさんたちが苦戦するような相手を……」

「…………あの少年だからこそ確実な手がある。本当に、俺の盗賊人生の中でも最低に価値の無い盗みがいの無いクッサイ汚物を盗まないといけない事になるがな……」


 俺は物凄く、とてつもなく不本意な気分に陥るが……カチーナさんの疑問に何時もの黒装束、ハーフデッドとしての衣装を手にしつつ作戦を口にする。

 その作戦に……カチーナさんもリリーさんも示し合わせたように衣装を脱ぎ捨てた。

 黒装束、『ワーストデッド』として活動する為に、これから自分達がやろうとしている不敬や反逆などという言葉が生ぬるくなる所業の為には顔は絶対に隠さなくてならない。


「確かに盗み甲斐がないですね……確実に釣れるでしょうが」

「まあ釣りの餌は臭いが強くないといけないのが常識だからね~」

「餌だけ食い千切られないようにしてくれよ~。せめて追い込むまでは……」




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