閑話 これから何をされても喜劇になる伏線

預言書アニメ』に登場する『聖王』は常に漆黒のフルプレートを着込んで、見るから超重である鋼鉄製の戦車に乗って移動していた。

 しかし戦車を引くのは馬ではない。

 まるでムカデのように何本も足のあるのに上半身は人間のような、物語のラミアのような形状なのに見た目比べ物にならない程悍ましい魔物に引かせていたのだ。

 その体は見た目以上に脆く、少しの刺激でも折れて千切れて、その度に人間のような上半身が激痛に喘ぐのだが、叫べば叫ぶほど『聖王』は更なる折檻で魔物をいたぶる。

 しかしいたぶられ、体液を流して細切れになろうとも『聖王』に邪気を過剰に流し込まれ邪人とされた“ソレ”の体は周囲の邪気を利用する事で自動的に再生してしまう。

 その魔物は『聖王』が勇者に倒された後にも生き残ってしまい、悍ましい姿を人間に見つかる度に追い立てられ、退治しようと刺され、千切られ、焼かれ、潰され……あらゆる責め苦を与えられても死ぬ事は無かった。

 ソレはいつ終わるとも知れない苦痛の中、妖怪のような顔に涙を流して「お願いです……誰か私を殺して……」と言い続けていたらしい。

 でも何をやっても死ぬ事の無い不気味な容姿であるが、やがて危害を加えるような力も無く何もしなくても体液を垂れ流して不快感しか与えないソレに近づく者は人間どこか動物も魔物もおらず……負の感情ですら誰からも与えられずに絶望的に長い時間を孤独に生き続けるしかなかった。


                 *


 現国王ロドリゲスの正室にして正妃であるヴィクトリアは生まれながらに高位貴族である侯爵家の令嬢であった事で、彼女の人生において他者よりも上の立場であるという環境は至極当然の事として認識していた。

 幼少から培われた気位は変わることなくむしろ増長を続け、親兄弟、教師や年長者、果ては王国の最高位である夫、国王に対しても例外ではなく……言葉の上では丁寧でも場において常に自分自身がトップであるという自尊心を持っていた。

 その自尊心の為に爵位を失ったもの、社会的地位すら失い命すら失った人々は数多く存在するのだが、ヴィクトリアはそのすべてを“為政者として当然の事”と只の日常としか感じていなかった。

 自分に逆らう者、自分の地位を脅かす者がいるなら人知れず命令を下して亡き者にする……実際正妃の座でさえもそんな血に塗れた暗躍により手にしたのだ。

 民の言葉など聞く価値はない、真の為政者たる自分が決めた事が王国の全てなのだ……国王たる自身の夫が日和見である事を知ってからはその考えに拍車がかかり、国王を傀儡とする上層部と共に国政の一端を担っている“つもり”になっていた。

 実際には上層部にとってはヴィクトリアも虚栄に満ちた操りやすい木偶人形に過ぎず、国民への税金負担の矢面に立たせているだけだったのだが。

 それでも国王に比べれば国内の政情を見る事は出来ていたようで……ここ数年で元々腐敗の酷かった自国が加速度的に弱体化している事、そして逆に地方の領地を治める貴族たちが徐々に力を付け始めている事に“今更”気が付いたのだった。


 ここで能力のある者なら王国のトップという地位を利用して地方領主に爵位を与えたり王家の血筋から婚約者を斡旋するなどの搦め手で王国に縛り付ける算段を取ったかもしれないが……残念な事にヴィクトリアは生い立ちが血なまぐさ過ぎた事が原因で力業しか思いつかなったのだ。


 力を付け始めた地方貴族の領主をパーティーに呼び寄せて事故に見せかけて始末、責任は当日の結界担当の下位貴族の誰かに負わせて処刑すれば王家の責任は少ない。

 調査されても地方貴族を亡き者にしたがっている奴らを唆しておけば依頼者はそっちになって証拠も残らず、逆に暗殺以来の小金も入る。

 他者を犠牲にする事を何とも思わない王妃は名案であるとパーティーに調査兵団『テンソ』へと名だたる地方貴族たちの暗殺を指令していたのだが……。


「保険に忍ばせていた者たちが失敗いたしました。魔物の侵入を待たず停車場で待機していた何者かと交戦になり……」

「…………何ですって。結界の消失からまだ少し……魔物の侵入から来賓客の避難誘導すら始まっていないと言うのに?」


 自身の名案が本日偶然居合わせた御者やメイドに邪魔されたという部下の報告に、ヴィクトリアは扇で顔を隠しつつ……般若の如き形相を浮かべた。

 来賓を自分たちの馬車へと誘導、その後潜んでいた連中により暗殺後、侵入したゴブリンの死体を証拠として現場に残しておく……そう言う手はずであったと言うのに。


「……何者です。大政も理解できぬ愚か者は」

「は……そ、それが、どうも教会の関係者と、ミミズク団長の姿が目撃されておりまして」

「教会? いやそれよりもホロウが!? あヤツは別件で本日王都を離れているハズではなかったのか!?」

「何でも早々に片が付いたから戻って来たとの報告が……現在はジルバが対応しております」


 ヴィクトリアの扇がミシリと鳴る。

 調査兵団でも別格の存在であるホロウがその場にいる限り、本日の小金稼ぎがほぼ不可能になったことはヴィクトリアにも理解できた。

 下手をすれば自分が裏から手を回している事すら暴かれかねない……。

 ヴィクトリアは『どうせそっちは重要ではないついでだったのだから』と本日の予定から切り捨てる。


「く……仕方が無い。本命の方は滞りないのでしょうね?」

「は、はい! そちらは問題なく……本命は目くらましの魔物と同時刻に侵入に成功しております」

「そっちの失敗は許されませんよ? 何のためにここまでの大掛かりをしたと思っておるのか……」

「勿論でございます。付属策の小金稼ぎは捨て本命の始末を確実に行いますのでお待ちください。あの者たちならゴブリンに引けを取らない有様を披露してくれる事でしょう」

「ふ……精々派手に無様にお願いするわね。あの子供が私に心底恐怖するように絶望を植え付ける為にね」


 ニタァと笑うその表情に高貴さなど微塵も無くほぼ妖怪の類。

 ヴィクトリアはヴァリスが王宮に国王の庶子として彼自身が認めて連れ帰った日、初めて自分から興味を持って連れ帰ったという事実に“もしや国王の寵愛を受けているのでは?”と恐恐とする側妃たちとは違い、ただ自分にとって使える人間かどうかのみに注視していた。

 何故なら王妃ヴィクトリアは国王ロドリゲスが興味を持つのは自身の評価のみ、嫌われる事が怖いと言うだけで寵愛するのはあくまでも自分自身のみである事を看破していたからだ。

 無能評価を受けたくないそんな男が自身の後継者に王子として認めていない庶子を付けるなんてこと自体がありえない。

 ある意味で夫の気質をしっかり理解していたヴィクトリアは当初念の為に殺しておこうかと思っていたのだが、その際に命を下したジルバに唆されて違う事を考える。

“寵愛を受けているかもしれない”というヴァリスをもしかしたら使えるかもしれない……誘導されているとは思わないヴィクトリアはそんな下卑た計略を自分のモノとして行動に移したのだ。

 その事が自分の人生において何をもたらすのかなど……思いつく事も無く。


「あの侍女……アンジェラでしたか? あの低姿勢のワリに私の事を敬う気配が欠片も見えないあの目も気に喰わなかった事ですし……精々泣き叫んで慰みモノになってボロ雑巾の如く儚くなれば良いのよ……ほほほ」


 妖怪じみた笑顔で笑うその様に気品なんて高尚なモノは存在せず、報告に来た味方である執事すらも不気味に思い後ずさってしまっていた。


                 *


 運命とは残酷であり不思議なモノ……。


 本日この場において間違いなく最も醜悪で心根の腐った人物であるはずの王妃ヴィクトリアなのだが……本来起こり得た未来に比べて誰よりも幸運に見舞われていた事は唯一『預言書』を目にした事のあるギラルですら想像も付かない事であった。

 喩えこれから因果応報という言葉を死の恐怖と共に味わう運命だったとしても、邪人化の方法を肌で覚えた『聖王』と遭遇するよりは遥かに幸運だったなんて……。


 醜く汚い魔物として孤独に死ねなくなる運命よりは遥かに…………。


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