第九十四話 ドラスケ最終形態

 とにかく変わり果てた容姿のせいで気が散るが、ドラスケの説明を聞かないと状況のセリも出来ん。

 俺はなるべくヤツの顔以外の箇所を見ないように薄目で状況の説明を聞く事にした。

 曰く『邪気』を取り込み過ぎた生者は魔物『邪人』と化す、ただ普通であれば邪気は特殊な存在生命活動を停止したアンデッドでもない限り見えないし関われないハズなのだが、“邪気に対して同意を示した場合”は取り込んでしまう。

 以前『トロイメア』で俺が怨念に対して断罪を“約束”した時ドラスケに散々説教されたのはそれが理由だった。

 覚悟も無しに約束も同情もするべきではない……と。

 しかしヴァリス王子は邪気を意のままに操れる『死霊使い』の才能を持っていて、元々邪気が寄ってきやすい体質らしい。

 そして精神的にまだ未熟な時期には感情の起伏、特に憎悪や絶望に瀕した時無意識に邪気を力として取り込み、暴走してしまう危険があるのだとか……。


「憎悪に絶望……か」


 チラリと視線を投げれば、引き裂かれた服も構わずに王子を抱きかかえて介抱する侍女の姿……名前も知らない女性だけど王宮で忌避されているはずのヴァリス王子をこんな緊急事態に見捨てずに守り、心配する姿で彼女がキーになる人物なのは想像できる。

 さっきまでの黒い左腕の事を思い出し、本当に彼女が無事だった事に心からホッとする。

『聖王ヴァリアント』は今日この日に“生まれる予定だった”のだと……。


『我自身、生前にも一度しか見た事は無いがな、死霊使いが『邪人』となると相当に手ごわい。何せ邪気を操る邪人になるのだ……新たな邪人を量産出来る最悪な魔物が生まれる事になるのだからな』

「ドラスケはここまでの状況を予測していたのか?」

『……我もお前の話は聞いておったから、話の中での『聖王』の存在が気になっておったからな。絶対的なカリスマで邪神軍を率いる者の正体が邪気を操る『死霊使い』であるなら色々辻褄が合う』


 ……そこまで考えていたのか、このガラクタ……もといドラスケは。

 だったら最初から教えて欲しかったな~と思いつつ、前に侵入した時はそんな暇も無かった事を思い出して口にはしない事にした。

 バラバラになった後、こんな姿に変わり果てたのだし……。


『しかし邪気を操り邪人を部下とし邪神軍を率いる……やる事は物語の『魔王』でしかない者が『聖王』を名乗るなど皮肉めいておるのう』

「実際その通りなんだろ? 一番大切な人を目の前で嬲り殺されるのを見せつけられたとしたなら、それを肯定するもん全てぶっ壊す事が聖なる行いだって思い込むだろうしさ」


 戦争は正義の意志が引き起こす最悪の殺し合い……神様もそう言っていたな。

 自分の側が正しい、自分達が正義だと思い込むからこそ悪行の数々を些末な事として無視する事が出来る。

 些末と処理された者たちがどうなるのかなんて考える事も無く……。

 ヴァリス王子を覚醒させようとしたジルバに繋がる何者かにとって、ヴァリスの侍女は都合の良い道具であり、その道具を丁度良いからと使おうとした。

 己の正義の為に最低最悪な方法で…………。

 俺自身、元々は勇者の引き立て役に利用されるはずだった男……自業自得とは言え誰も泣いてくれない、むしろ笑わせる為に死ぬハズの都合の良い道具になるはずだった。

 都合の良い道具として道を外れた今……俺はそんな状況に置かれた王子たちを見過ごせないし、そんな状況に陥らせる何かに対して苛立ちが大きくなっていく。

 預言書を見た事のある俺だけは知っている、『聖王ヴァリアント』を覚醒させた原因になった何者かの存在は明るみにはなっていない事を……。

 ただ俺が気が付かなかっただけかもしれないが、そいつらは陰に隠れてひっそりとこの世から退場しているように思える。

 まるで自分は正しい行いをした……という自己満足に浸りながら。


「……気に食わねぇな」

「ひ、ひいいいいいいい!?」


 感情のままに泣き叫び続ける黒尽くめを睨むと、血液と小便塗れになりながら無くした片腕を庇いながら必死に逃げようともがき始める。

 実行犯のクズとは言え、悪事を行う自覚を持っていただけコイツはまだマシな部類かもな……俺は一瞬そんな事を考えつつ、男に近付いて“足の親指”を勢いよく踏み砕いた。

 手の先と足の先は人間にとってセンサー、敏感な個所の一つ……ゴリっと骨が潰れる音が聞えた瞬間、男は更なる激痛に悲鳴を上げる。


「アガアアアアアア!?」

「よおオッサン、聞きたい事があるんだが……ちょいと良いだろうか?」

「イギアアアアア!?」


 うるせえ……本当に暗に殺される為だけに調査兵団に入っただけなんだろうが、そもそも王国軍でも大した事無かったんだろうな……自身の痛みに対する耐性がなさすぎる。

 ま、だからこそ嬉々として人にトラウマを植え付けるような事をやろうと思えるんだろうが……。

 俺は叫ぶだけの黒尽くめの、今度は足の小指を躊躇なく踏み砕く。


「ウガアアアアア!?」

「……なあ、こっちは丁寧に質問してんだが? 女嬲るようなクズが自分がやられる側になったらどうなるとか予想もして無かったのか? してねぇだろうな~だからこそそんな事が出来るんだろうし……」


 神様のお陰で立ち止まれた俺がもしかしたらなっていたかもしれない姿……当初は変な同類感もあったけど、見ている内に嫌悪感と共に自覚する。

 俺はこいつ等とは違う……そう言う輩を外道と思える普通の人間なんだと。


「とりあえず……黙ろうか? これから俺の質問以外、何か違う事を言った瞬間に指を一本切り落として行こう。女性の唯一の尊厳を傷つけようとしてたんだから、まだ15本もあるから何本か欠けても余裕だろ?」

「ひ……ひぐ…………」


 ダガーを引き抜いて俺はニヤリと笑ってやる。

 楽しくて楽しくて仕方が無いとばかりに、極力邪悪に見えるように笑ってやると激痛に叫んでいた男が漏れ出そうになる叫びを無理やり抑え込んだ。

 向こうで俺のやり口に侍女さんが引いている気配を感じるが……こういう時のやり口を教えてくれたのはスレイヤ師匠ではなく、普段は聖母の如き笑みを絶やさないミリアさんだった。

 あの人も一見清楚に見える回復師だったが女性に外道を働く男、DVや強姦なんかをやらかしたヤツに対してはトコトン容赦が無かった。

 オマケに回復魔法まで使えるから拷問の仕方は俺なんか足元にも及ばない……中途半端に回復されて続く折檻に己の行動を心底後悔する羽目に陥るのだ。


              ・

              ・

              ・


 数分後、俺はなるべく邪悪な笑顔を保持したまま、内心は心底呆れていた。

 結論を言えば黒尽くめは指を失う事も無く、それ以上の痛みを与えるヒマも無くベラベラと聞いても無い事を喋りまくった。

 この辺は幾ら生贄予定だったにしてもジルバの人選に問題があったとしか思えない。

 ま……こんな奴はどこの職場であっても碌な事を起しそうにないが。

 男が言うには自分たちは最近調査兵団『テンソ』へ入隊したのだが、今回指令を受けたのは団長ではなく別の人物だったらしい。

 その人物の名前は……まあ誰しもが予測できるヤツで……。


「……本当にソイツが依頼主か? お前さんの憶測とか虚偽なんて事は」

「ほほほほ本当だ信じてくれ!! 俺らは本当にこの国の王妃ヴィクトリアから直接指示されたんだ! 国王の寵愛を受けてるかもしれないそのガキは邪魔だが、寵愛を受けてるなら出来れば傀儡にしたい。自分の無力と絶望、逆らう事で自分以外が傷つく恐怖を植え付け立場を理解させる為に侍女を嬲れ、ガキに見せつけて辱めてから殺せって!!」


 ダガーをチラつかせただけで必死に泣き叫び外道な策略を吐く男の言葉に嘘は無さそう……というか激痛と死のへの恐怖でヤケクソにも見える。

 とは言えジルバが裏で暗躍していた事は何となく予想出来る。

 本来王妃にとって経緯不明な国王の庶子など殺してしまった方が絶対的に後腐れが無い。

 疑われたくないとか利用したいとか王妃がそんな考えに至ってそう言う風に計画したこと自体、ジルバによる誘導を感じさせる。

 ジルバの抜け目の無さ、そして『預言書』の通りに四魔将が邪神軍を率いる未来を生みだしたい誰かがヴァリス王子の事情を知った上で『聖王』として覚醒させようとしている事に冷や汗が流れる。

 この国の過去と邪神、そしてヴァリス王子の出自……そこまで分かった上でないと今回の計画はそもそも成り立たないのに。


「……!?」


 が、俺とは違って男の言葉を額面通りに捉えていた者がいた。

 突如俺は背後から迫って来た何かの気配に慌てて飛びのいた次の瞬間、黒尽くめの肩の辺りに黒い細長い何かが突き立ったのだった。

 男は新たな激痛に再び叫び声を押さえられなくなった。


「イギャアアアアアア!?」

「……何だよそれ。じゃあ僕がいたから、僕のせいでアンジェラが酷い目に合うところだったって事? 僕を虐めて言う事を聞かせようとしていたあの人の言いつけで?」


 気配の先、ヴァリス王子を見て俺はゾッとする。

 いつ目を覚ましたのか、王子は自分の指を黒く長い針のように伸ばして黒尽くめに突き刺していたのだ。

 それがさっきの左腕と同じ理屈、邪気による攻撃と予想は出来るが……ドラスケがその光景を前に慌てて邪気を吸収し始めた。

 速攻でドラスケが吸収した事で伸びていた指先が空気中に溶け消えるように消えて行く。

 その様にヴァリス王子は分かっているのかいないのか「ああ……」と残念そうな声を漏らした。

 ……今のは無意識なんだろうか?

  

『い、いかん落ち着くのだ坊主!! 怒りに任せて邪気を積極的に吸収するんじゃない!! 邪気に取り込まれてしまうぞ!!』

「ドラスケ!? 何だよ今の……さっき溜まってた邪気はお前が全部吸収したんじゃねーのかよ!?」

『その通りだが徐々に坊主が無意識にだが邪気の扱いに慣れ始めておる! 邪気が勝手に吸収される王都内であるのに“ソレ”に負けない力で指先程度の邪気を集めおったようだ。しかも短時間にな!!』


 ドラスケの話じゃ一日に一回は必ずヴァリス王子にまとわり付く邪気の吸収をしていたらしいし、今だってほんのついさっき吸収したばっかりだと言うのに……。

 俺は本来の展開で侍女が嬲り殺されていた事を想像すると、より一層の寒気を感じる。

 ドラスケがいなかったら向こう10年分の邪気が纏わりついていて、あのナイフが止められなかったらヴァリス王子の憎悪と切望に反応した邪気が一気に邪人に、『聖王』の姿に変貌させていた事だろう。

『預言書』で見た四魔将の実力はほぼ拮抗していて、現状俺にとって一番わかりやすい判断基準がホロウ団長なのだが……あんなレベルの化物が出現していたとしたら手が付けられなかっただろうな。


 だけど俺はこの時、ドラスケが邪気を吸収してヴァリス王子の邪人化を防いだ事で油断していたようだった。

 師匠には何度も何度も口を酸っぱくして言われていると言うのに、盗賊にとって尤もしてはいけない油断を……。

 言い訳が許されるなら、その油断をしていたのは俺だけじゃ無かったようで……。


「……え? ボーンドラゴンナイト…………動いて……喋ってる?」


 その言葉はなれない力に翻弄されたせいか、若干虚ろな目をしたヴァリス王子の口から発せられた純粋な疑問の言葉。


「すごいすごいまさかボーンドラゴンナイトが動いて喋れるだなんて!!」

『あ……いや……』


 だと言うのに……俺はその言葉に言い知れぬ嫌な予感を感じた。

 力量がどうとかじゃない……マジマジと、まるで大事なオモチャが喋り出した事を純粋に喜んでいるかのような、子供らしい満面の笑顔を浮かべだす10歳そこそこの子供に本能的なヤバい何かを……。


「そうか……君も僕の味方になってくれるんだね! そんなに一杯の力を僕の元に届けてくれたんだから……その力を使って見せろって事なんだよね!!」

「え?」

『は?』


 今……この子供は何と言った?

 俺達一般人には全く見えていない『邪気』をまるで見ているかのような発言。

 喜色の中に確かに煮えたぎり燃え上がっている怒りの感情を乗せながら……。

『死霊使い』は邪気を操れる才だが、未熟なうちは自分の体を邪気に乗っ取られて邪人になってしまう……実際『預言書』ではそのせいで『聖王』が生まれたのだろう。

 だけどこの瞬間にヴァリス王子の精神が急成長を遂げていたとしたら?

 そして邪人化せずに“10年分の邪気を溜め込んだヤツが目の前にいたとしたら?


「よし、行くぞ僕のボーンドラゴンナイト! その力を開放して最終形態に変形だ!!」

『な、何を!? グワ!? ウオオオオオオオオ!! 吸収していた邪気が一気に!? グオオオオオオオオオ!?』

「ド、ドラスケーーーー!!」


 次の瞬間にはドラスケの全身(?)から噴き出した黒い煙状の何か……。

 いや、一度実体化したのを見た事はあったけどアレは邪気の塊……それが段々と巨大なフォルムを作り出して膨れ上がり、室内では収まりきらない程の巨大な人型へと変貌して行く。

 その巨体は全体的に黒く、12枚の羽根を持ったドラゴンの如く禍々しいのだが金属的な輝きを持った全身は闇に堕ちた龍神と言えそうな……何処か背徳的な美しさすら感じる。

 そして巨大な人型はヴァリス王子を手の平に乗せると、胸の辺りに開いた席へと導いていく。

 いや……あえて言うなら乗り込んだ、と言うべきか?

 なんかもう色々と呆気に取られ過ぎていて、我に返った侍女さんが横から俺の事をガックンガックン揺らす。


「どどどどういう事なんですか!? ヴァリス様は一体どうなされたと言うのです!?」

「俺に聞かれても分かんねーよ!!」


 邪人と化す事は防いだのかもしれないけど『死霊使い』として邪気を操る能力は開花したって事なのか!?

 邪気に侵された『聖王』にはならなかったかもしれんが……これは……。


「さあ、この力があれば僕に怖い物は何もない! 行くぞボーンドラゴンナイト・ファイナルモード!! あの人……いや……あの化粧お化けのクソババアをぶっ殺しに!!」


ドゴオオオオオオオオオン!!

 分かりやすい怒りの咆哮を上げたヴァリス王子に呼応するかの如く、後宮の天井をぶち抜いてドラスケだった巨大なモノが飛び立って行った。

 ……怒る矛先も恨む理由も痛いほどわかるんだが。


「だああああもう!! これじゃあ力の出し方が違うだけで『聖王』が誕生するのと大して変わんね~じゃねぇか!!」



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