第九十三話 アイツは……変わっちまった。
っぶね~~間一髪だった。
俺は無駄に広いくせに人っ子一人残っていない後宮の中を逃げ回る二人が一つの部屋に籠城した事と、それを追い駆ける三つの気配を追い駆けていたのだが……籠城した二人にとっては運が悪い事だろうが追っ手は特に手こずる様子もなく別ルートから侵入に成功。
逆に追っ手にとって悪い事は“追跡中に自分たちが追跡されている事”には気が付かずに気配を垂れ流していた事だった。
お陰で俺は何の迷いもなく『王妃の部屋』に到着したのだが、追いついたその時は既に黒い巨大な左腕を持ったヴァリス王子に無数のナイフが放たれ、守ろうと侍女が立ち塞がった瞬間だった。
何の根拠も無いのに、俺は確信を持っていた。
あのナイフはカチーナさんの『ロケット』であり、シエルさん、リリーさんにとっての『血文字の日記帳』であり……俺にとって神様に出会った後、山中に埋めた一時でも他人の幸せを妬ましく思って壊そうとした『錆びたナイフ』。
特殊な人間を最悪な死に至らしめる分岐点を示すキーアイテム。
反射的に俺が放ったのはデーモンスパイダーの糸で相手の動きを一時的に封じる捕縛術『目玉蜘蛛』。
自らの糸で敵を捕獲する蜘蛛の名そのまんまの名前だが無数に投げられたナイフの悉くを侍女に直撃する瞬間に捕らえる事に成功した。
乾いた音を立てて床に落ちるナイフを一気に手繰り寄せ、一本拾ってみるが……独特な臭いに眉を顰めてしまう。
「うげ……キッチリ毒まで仕込んでやがる。マヒ性の毒……ウロボロスかこりゃ?」
一応俺はスレイヤ師匠の修行で一通りの毒物を見分ける事が出来るのだが……こんな毒を暗殺目的の輩が準備している事に違和感が生まれる。
元々何の為にこんな毒を用意していたのか……それは衣服の乱れた侍女の姿で想像できるけど……。
俺が色々考えていると黒尽くめの一人がようやく俺の登場に気が付いたのか驚愕の表情で叫んだ。
「な、何だ貴様!?」
「……問答している暇なんかあんのか? ほら返すよ大切なお仕事道具」
トス……
「…………は? ガ!?」
俺はそう言いつつ叫んだ黒尽くめの“後ろから”奴らの投げ放ったナイフを一本返してあげる。
丁寧に右太ももという鞘に根元まで深~~~く納めるように……。
それだけで、ご丁寧にマヒ性の毒が回ったらしい男は地面に倒れ伏して泡を吹いて痙攣を始める。
「ひ、ひい!?」
「……仲間がやられたからって恐怖に飲まれている暇もあると思うのか? 実戦中だぞ今は……」
「ガバ!?」
そして仲間の有様にたじろぐもう一人の側頭に鎖鎌の分銅を遠心力たっぷりにブチ当てると、そっちもアッサリと崩れ落ちた。
「ひ、ひいいいいいい!? な、何なんだよ!? お前はいきなり現れて!? それにそのガキは一体何なんだよ!? 今回は楽に快楽を楽しめるって話だったのに!!」
残る一人……片腕を失い小便をまき散らしながら泣き叫び後ずさる黒尽くめの姿に、俺は普段他者に対しては極力思わないように心掛けている感想を持ってしまう。
…………弱い……ぶっちゃけどう評価しても雑魚でしかない。
追跡の段階でも自分達が追いかける側だと油断仕切りで気配を垂れ流していた辺りからも違和感があったが、実際に一当りしてそれは確信になってしまう。
『油断はするモノじゃなくさせるモノ』……師匠の金言だが、この状況が油断させるための演技だとするなら俺は拍手を送る。
それ程までにこの三人の実力は王宮の秘密部隊とは悪い方向でかけ離れていた。
「……なあお前、本当に調査兵団か? あの
「な、なんだ……と?」
「ぶっちゃけ技術もそうだけど一番は精神力の方……向こうは自分も他人も傷つこうと倒れようと任務遂行の為には全てを作戦遂行の些事として動く厄介な連中だったが……」
自分の命も他人の命も同等に扱える連中の最も厄介で恐ろしいのはそこだ。
まるで軍隊アリの如く、蜂の如く恐怖ですくむ事も無くターゲットの殲滅だけを目的に殺意を向けて来るのだからな。
実際さっきまでそう言う連中と遭遇していたし、ホロウ団長と同等の実力を持つジルバがそんな中途半端な輩を本日のメインターゲットに組みこむのは妙な気が……。
「うるせえ! 俺らは団長直々に『お前ら以上の適任はいない』と命じられたんだ!! 軍でちょっとだけ町娘に手を出した程度で除籍されかかった俺達をワザワザ引き抜いてなあ!!」
しかし鼻水垂らしながら怒鳴り散らす男の醜態に俺は理解する。
この三人は最初からヴァリス王子にトラウマを与えて覚醒を促す為の生贄だったのだ。
元々懲罰ものの軍機違反を犯した者を体よく利用して処刑する為だけに用意された……。
その事実にこいつ等のやり口も性質も不快以外の何物でもないけど俺個人、ギラルという人間にとっては共感はしないが少しだけ親近感はある。
強者を引き立てる為だけに殺される雑魚って括りに関してだけは。
チラリと脇を見るとヴァリス王子が左腕を抱えて蹲っていて……その腕は俺の記憶の中にある『聖王』のモノと酷似した漆黒のガントレットだった。
ジルバの、それか他の何者かの思惑が“これ”なのだとしたら、その試みは成功しているとも言えそうだが。
「あ、あの……貴方は一体……」
「話は後、アンタに分かりやすく言えば俺は“ホロウ団長の同志”って言えば良いか? こっちは良いから王子さんを……」
「は!? そ、そうですヴァリス様!!」
突然現れて引っ掻き回した俺に警戒しているようだった侍女さんだが、俺が指摘するとハッとなって乱れた衣服もそのままに駆け寄る。
苦しんでいるとはいえ片腕が異形と化しているにも関わらず躊躇なく駆けよる事が出来るその姿勢は流石は専属侍女である。
しかし彼女にとって主の体に起こっている症状は見た事も無く、どうして良いのか戸惑っている。
「う……ああああああ……」
「大丈夫ですかヴァリス様!? この腕は一体……」
アンジェラがどうして良いのか分からず苦しむ主にオロオロしていたその時だった。
『侍女のアンジェラよ、ちょいと坊主から離れるのだ! コイツは邪気を制御出来ないで自身の体を変質しとる。邪気を操れない精神の未熟なうちは邪気を溜め込まないようにしてやらないと!』
「…………え?」
『クカアアアアアアアアア!!』
アンジェラにとっては初だが、俺にとっては数日ぶりになるアイツの声。
『邪気』という正体不明の存在に対して唯一干渉できる能力を持ったヤツの声が聞えると、急激にヴァリス王子の足元に向かって左腕から黒い何かが抜けて吸収されて行き、しばらくすると黒い左腕は急激にしぼみ始めて、元の少年の腕へと戻って行く。
「あ……あ……う」
「ヴァリス様!?」
そして完全に左腕が元の大きさに戻った辺りでヴァリスは力なく倒れ込み、その小さな体を侍女が慌てて抱きかかえた。
……あの黒い何かが『邪気』だとするなら、吸収できるヤツ一人しかいない!
「ドラスケか!? って事は何だ? ヴァリス王子のその腕は邪気のせいなのか? 溜まり込んだ邪気が宿主に悪さを働いて………………」
『その通り。邪気を操る才を持った者は『死霊使い』と呼ばれるが、その才はリスクが高いのだ。本来生命活動を停止しているアンデッドなら邪気を溜め込む事も出来るが、生き物に無理やり邪気を蓄積させると肉体が変質し『魔物』と化してしまう。成長した『死霊使い』なら他者を邪気により魔物と変じる事も出来るが精神の未熟な内は勝手に寄って来た邪気により己が変じてしまうリスクが……」
「あ、いや、まてまてちょっと待て……お前、ドラスケ……だよな?」
「…………決まっておるであろう」
俺は数日ぶりに再会した仲間が何やら重要な説明を始めたようだったのに、何一つ頭に入って来ず……思わず止めてしまう。
どうしても、ど~~~しても気になる事が一つあったから……。
俺が知るドラスケはリザードマン辺りが白骨化して鎧を着たような、分かりやすい『骨竜人』って感じで本人もスカルリザードを自称していた。
そして原理も分からないが骨の翼で身軽に飛び回るようなヤツだったのだが……今俺の目の前に“ある”のは何と言うか金属の塊だった。
何なのだろうかあの過剰に装飾を施されて膨張した巨大すぎる金属の腕と仰々しく突き出した角付きの肩、最早二足歩行を諦めたような車輪を並べたぶっとい足、そして二枚だった羽が12枚に増えて肩から突き出しているのは巨大な砲身?
ゴテゴテと色々な部品に彩られて、最終的には全体からは小さく見えるドラスケの顔が哀愁を誘う。
何だろうこの状況……数日ぶりに会った仲間が窮地に駆け付けた結構熱い場面のようでもあったのに……。
「……え~っと……立派になったな?」
「ふ、笑うがいい…………付属された重量のせいで飛ぶ事もままならず、ようやくこの場に辿り着いた我の醜態を」
邪気を吸収した影響か所々斑に黒くなり出しているドラスケなのだが、その部分がヤツの流した涙に見えなくも…………いや、何も言うまい。
ヤツは仕事を全うした……それだけで良いじゃないか……。
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