閑話 蝙蝠の真の目的
話は数十分前にさかのぼる。
パーティの間は後宮の敷地から出るな、王族面で来賓客に顔を見せるなと嘲笑交じりに言い渡されたヴァリス王子と唯一の侍女アンジェラであったが……どちらも煌びやかなパーティーに憧れさめざめと泣き崩れるような繊細な性格はしていなかった。
むしろ空になった後宮の敷地で焚火をしつつ焼肉パーティーを始めるという暴挙を敢行していた。
「わあ~アンジェラ、この肉すごく美味しいよ!」
「ふふふ、そうでしょう? お肉の一番美味しい所は骨の周りにあるもんなんですけど、やっぱり形が悪いですから、こういったパーティーじゃ廃棄されがちですからね。私の実家なら捨てるなんてとんでもないお宝ですよ」
骨の周りの肉を骨ごと焼いて、そして“骨ごと”ガジガジと齧り付くその姿に紳士淑女の社交性何て欠片も無い。
その様はただただワイルドであった。
元々地方の下位貴族出身の令嬢であるアンジェラは最低限礼儀作法は身に着けているものの、感性は田舎の村娘と変わりない。
本来なら王宮の、しかも国王の実子の専属侍女など成り得るハズも無いのに、自分がヴァリスの特殊な事情も含めて彼に就いたのだと確信した時から、彼女は“王子として仕える”という考えを一切放り投げ、ただただ“ヴァリスの味方”という事だけを考えて共に悪だくみをする『悪友』のように王宮の作法ではない『田舎の知恵』的な教育(?)を施していた。
本来の王侯貴族の教育としては間違っている事なのだが、そのおかげで幼少からたった一人で一方的な害悪に晒され続けて来たヴァリスの心が救われていたのは事実だった。
『私しかこの方に寄り添えないというなら私なりのやり方で、いつでも必要無くなれば良いと思っていましたけど……』
田舎貴族の大家族の末娘であるアンジェラは、実家から後継者だの他家との顔つなぎだの貴族的な期待は一切される事は無く、元々は中級程度の貴族家にでも働き口があれば……程度で王都まで来たのだ。
実家からは存在自体認識されているかも怪しい彼女は幼少から村人たちと共の育ち、仲間意識の強い環境にいたせいか王宮という貴族社会の総本山では良い意味で賢くなかった。
王の庶子であり寵愛を受けていると思われ、自分達が手を下すのは都合が悪いと考える王妃連中にとってアンジェラというヴァリスの唯一の専属侍女は外見では一番利用しやすい人物だと思われていた。
それ故に彼女に対してヴァリスの暗殺や毒殺を暗に唆された事は一度や二度ではない。
中には直接『王妃付きの侍女に任命してやるから』『高位貴族との婚姻を約束してやるから』と殺害依頼を受けた事さえある。
しかしアンジェラは後宮内で王妃たちから覚えが悪くなる事を分かった上でその事如くを断り、一度など彼女をスケープゴートに仕立てようと計画された殺人計画を田舎者特有の勘の良さでかわして見せ、ヴァリスを守る事に成功していた。
後々教師としてヴァリスに就く事になったホロウは、実際に王妃連中の駒として動いていたらアンジェラは約束なんて守られる事も無く実家ごと主犯として闇に葬られていただろうと彼女の行動にいたく感心したものだが、やはり彼女の頭には賢しい打算は無かった。
ただただ“ヴァリスを守る”という矜持だけで自らの主に仕えているのだった。
『どう考えてもこの子も私も
パキイイイイイイイン…………
無邪気に骨に付いた肉をガジガジとやっているヴァリスを見つめ、アンジェラがそんな事を思っていたその時だった。
王宮を覆う防護結界が乾いた音を立てて消失した。
「!?」
「な、なに!?」
元々外にいた事で二人とも音の発生源が今までドーム状に覆っていたハズの結界が破られた事には瞬時に気が付く事が出来た。
「結界が……消えた? アンジェラ……」
「……本日の結界役の身に何かあったのでしょうか?」
結界が消える……そんな事態はそこまで珍しくはない。
結界役の魔導師の交代時間などでも一時的に消失する事があるのだが、本日は王宮主催のパーティーの日……そんな折での結界消失という事実にアンジェラは妙な胸騒ぎがし始める。
やがて数分で再び結界が展開され始めたのだが……アンジェラは王都で最も防護の堅いはずの王宮内だと言うのに、何やら懐かしくも嬉しくない嫌な気配を周辺から感じ取り始めていた。
今まで楽し気に笑っていたアンジェラが険しい表情で辺りを……具体的には庭園の方角を睨み始めた事にヴァリスは不安そうな表情を浮かべた。
「…………どうしたのアンジェラ?」
「シッ! …………ヴァリス様、どうか声を立てずに私の傍に……」
「う、うん……」
アンジェラ自身こんな場所で出くわすはずの無いのに自分が警戒している事を滑稽に思いたいところだったが、万が一にも“それ”だったとしたらヴァリスが危険に晒される。
そう考えて彼女は“建物側”の自分の傍にヴァリスを引き寄せて庭園の方を見つめていたのだが……彼女の行動は笑い話には落ち着かず、残念な事に最も正しい事だったと証明するモノが段々と姿を現し始めていた。
「「「ギャ……ギギ…………ギャギャ……」」」
「…………ゴブリン……何でこんな所に?」
「ひ!?」
唐突に暗がりから現れた初めて見る魔物の姿にヴァリスは引きつった声を上げるが、田舎では害獣として何度も目撃した事のあるアンジェラは危険性も対処法も熟知していて冷静であった。
「落ち着いてヴァリス様、絶対に目を合わせてはいけません。顔を逸らしてもダメ、踵を返して逃げるのも論外です。ヤツのお腹の辺りに視線を向けたままゆっくりと後ずさって下さい……」
「ひ……え?」
「ゴブリンも対処法は野生動物と変わりません。刺激したり格下だと思われた瞬間に襲いかかってきます。刺激しないようにゆっくりと、建物の中に……」
「ひ……ひゃ、ひゃい…………」
突然の恐怖に泣き叫びそうになるヴァリスだったが、冷静に落ち着くように話すアンジェラに従って声を上げる事も無く震えながらもゆっくりと後ずさって行く。
そして建物に入った二人はパタンと扉を閉めた瞬間ヘナヘナと腰を下ろした。
「はああああ~良かった……あんな数が一気に襲いかかってきたら対処の仕様がなかったですよ」
「ア、アンジェラ!? 何なのアレ……ゴブリン!?」
初めての魔物に涙目で震えるヴァリスを抱きしめて頭を撫でつつ、アンジェラは窓から外を眺めた。
外では庭園の茂みから現れた数匹のゴブリンたちが自分達の食い残しの肉に喰らい付く姿が見て取れる。
「間違いなくゴブリンですね。実家では良く見かけて村の男衆が退治に行ったものですが、何でこんな王宮であんなのが……」
「そ、そうだよアンジェラ大変だ! あんなのがいっぱい出てきたらココだって危ないよ。アンジェラみたいな若い女性がいるのが奴らに知られたら……」
ガタガタと震えつつも落ち着きを取り戻して来たのか、ヴァリスが口にしたのは真っ先にアンジェラに対する心配だった。
しかしそんな主の様子にアンジェラはクスリと笑う。
「直接対面でもしない限りは大丈夫ですよ。田舎では常識ですがゴブリンは人間の生活圏、特に家の中には好んで入って来ないんですよ。ゴブリンが村に入ったらまずは戸締りが基本なんですから」
「……そうなの? でも本には女の人、特に綺麗で若い女性が襲われやすいって……」
「あら? ヴァリス様的には私は襲われやすい女性に見えるのですか……」
「え!? あ、いや……」
アンジェラが揶揄ってやるとヴァリスは真っ赤になって口ごもり、そのお陰か恐怖による体の震えが一時的に止まった。
緊急事態において落ち着きを取り戻すのは大事な事……アンジェラは田舎特有の野生動物や魔物に対処する方法をいかんなく発揮していた。
「まあ確かにゴブリンは繁殖の為に女性を連れ去るって言われてますが、その割には人間の気配を嫌う節があるんですよ。森ではゴブリン除けに大声で話せ、音を出せと言われるくらいで」
「……そうなの? 場所を教えたら危ないんじゃ」
「逆です。“ここにいるから近寄るな”と警戒させると寄ってこないんです。ゴブリンは賢いですから人間が天敵である事は分かってますからね、襲い掛かってくるのはあくまでも自身の身を守る為なんですよ」
詳しい生態を知らずとも現地で暮らす人々にとっては経験から学んだ対処の方法……そこには教義による教えなどは関係ない、生きる為の知識でしか無かった。
しかしアンジェラの行動と知識に感激するヴァリスとは裏腹に、この状況を好ましく思っていない輩は……無事に建物に避難した二人を見て舌打ちをした。
「チッ……コレだから田舎者は厄介だ。あのまま悲鳴の一つでも上げてくれりゃあゴブリンたちが始末してくれただろうによう……」
「!? だ、だれ!!?」
その声は灯の無い後宮の中から聞こえて来た。
ゴブリンが言葉を話すはずもなく、かと言ってどう考えても友好的な雰囲気のしない声色にアンジェラはヴァリスを庇いつつ声の聞えた方向……くらい廊下の先に目を向けた。
そして窓から差し込む月光に照らされ現れたのは黒尽くめの3人の男……それぞれが手に抜身のダガーを持っていて、その暗殺者にしか見えない出で立ちにアンジェラは危機感を覚える。
「世間知らずのお貴族様なら簡単だったのになぁ~」
「まったくだ……」
「愚痴るな……本日は俺らが本命なんだからな……」
世間話をするように近寄って来る3人だが、ただの一つも足音がしない……その事実だけで田舎育ちで勘が良くても戦闘能力は皆無なアンジェラは察する。
“絶対に殺される”と。
そう思った瞬間、彼女が取った行動は逃亡の一択……何も言わずにヴァリスの手を引っ張ったアンジェラは3人が現れた廊下とは逆方向へと走り出した。
「アンジェラ!?」
「黙って、走って! 追いつかれたら終わりです!!」
ゴブリンに遭遇した時よりも切羽詰まった表情で走り出したアンジェラを3人の黒尽くめたちは不気味な笑顔を浮かべて追いかけ始める。
まるで鬼ごっこでも楽しむかのように…………。
「やっぱりゴブリンを追い立てるよりも若い娘を追う方が楽しいよな~。殺すにしても悲鳴も表情も比べ物にならないクルものがあるっつーか……」
「仕事に私情を持ち込むな……気持ちは分かるがなぁ」
3人の黒尽くめたちは下卑た笑顔を浮かべつつ追跡を開始する。
彼ら自身自分に課せられた本当の役割を知る事も無く本日の本命であるターゲット…………国王の庶子ヴァリスの『専属侍女』を始末する目的で。
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