第九十二話 まずは隠れる、それが正しい野生の生き方
重力という事を神様が教えてくれた事があった。
何でも昔の偉い人で“ニューたん”だったっけか? そんな名前の人が見つけたとか言ってたけど、高い所から物を落すと下に落ちるって当たり前な事を発見したとか何とか。
最初聞いた時は“何でそんな当たり前な事をワザワザ発見したとか……”と思ったもんだが、神様に“じゃあどうして下に落ちるんだ?”と返されて返事が出来なかった。
大地が下に引っ張る力……それから派生した大地の話、星の話、宇宙の話……そのどれもが衝撃的で、刺激的で神様の学問中でも『リカ』は俺が最も好んだものだった。
何故そんな事を思い出しているのかというと……その知識が現在激しく警鐘を鳴らしているからである。
何か物を……例えば石ころを遠くに投げたとしよう。
その石ころは初めは上に向かって上昇するが、やがて勢いを無くすと重力に引っ張られて放物線を描くように下へと落ちて行く……それが普通の現象だ。
では空高く吹っ飛ばされた
「飛ばし過ぎだ!あのハゲエエエエエエ!!」
コレが単純に城壁すらも超えて城下町に墜落するならまだ救いもあるけど、現状王宮の敷地内全土には再展開された結界がドーム状にキッチリと展開されている。
屋根よりも高い位置で激突などしたら物理的な衝撃と魔力的な衝撃を喰らって意識を保つ事など出来ず……そんな一から人間が意識なく落ちたらどうなるか……。
言うまでも無く、潰れたカエルの出来あがりである。
「じょ、冗談じゃねぇ!!」
俺は慌てて進行方向での最後の建物になる屋根へと『ロケットフック』を射出させて引っかける。
その瞬間ガクンと自分の右手に確かな感触を感じて俺の体が上空でピタリと止まった。
しかし助かったと思うのもつかの間……命をつないでくれた『ロケットフック』から“バツン”と無情な音が聞えた。
「え……?」
ロケットフックは激しいアクションを想定していて俺だけじゃなく2~3人は余裕で支えられるだけの強度はあるのに、それでもあのオッサンの『火蛇波流斗』はその上を行く威力だったと言うのか!?
当然巻き取り前に切れてしまえば俺の上空に投げ出された体に重力は否応なく襲いかかって来るワケで……。
「うわわわわわ!?」
当然落下という現象が俺の身にも降りかかる。
しかし俺も盗賊の端くれ、現在の位置は恐らく4~5階くらいの高さ……このくらいであれば着地する事も可能。
伊達に長年スレイヤ師匠に叩き込まれたワケじゃねぇ……俺は寧ろ冷静に態勢を整える。
足先から着地したらそのまま突っ立っていたら膝が壊れる。
膝、腰、背中、首、腕、己の体の全てをバネとして着地の衝撃を体外へ逃がすイメージで……最早無意識でも反応出来るほど反復し体に覚え込ませたその技術により、俺は音も無く着地する……ハズだった。
下が池でなければ…………。
ドボオオオオオオ!!
「ブワ!?」
何とか無事に着地出来た……自分の命を失わなかったという事に関してだけは……。
俺は掃除の行き届いていない苔むした青臭く泥臭い水で全身を濡らしつつ池から這い上がって、ここまでぶっ飛ばした筋肉ハゲ親父への制裁を考えていた。
「あのハゲ……今度ぜってー高カロリー食を食わしてやる!」
「ギャ?」
「何でかって? そりゃ~あの手の人種に物理的制裁は意味が無い、むしろ『手合わせ」とかってご褒美になるだろ? ここは少しでも筋肉美にダメージを与える方向で……」
その時、理不尽な状況に多少混乱していたのか俺は自分の独り言に相槌を打ったように聞こえた何かに反射的に喋っていた事に……今更気が付いた。
自分の隣に森でよく見かける魔物、ゴブリンがいるという事に……。
「ギャギャギャギャ!?」
「うおっと!?」
そしてその瞬間、問答無用で襲い掛かって来たゴブリンの爪を交わして俺はダガーで首元を一閃、倒れ込んだゴブリンは血しぶきを上げて動かなくなった。
王宮なんて都市では元も警戒厳重な場所に魔物がいる……そんな状況は普通ならあり得るはずは無い。
ここに一匹でもコイツがいるという事は……つまりは“そう言う事”なんだろう。
「一部のバカの為にこんなところまで追い込まれたか……」
ゴブリンは基本的に害獣と呼ばれる一番の理由がコレ、人間と相対したら襲い掛かって来るからだ。
本来ゴブリンは人間を避けて逃げる魔物、安全域に外敵が踏み込んだ時点で向こうにとって逃げられないと判断された時に襲いかかって来るのだ。
人間の食い物や武器防具などを漁る事には抵抗が無いが、生きた人間というモノをゴブリンは殊の外警戒するからなのだ。
本来生きた人間たちが大勢いる『都市』なんかに入り込む何て事は絶対にしないハズなのだが、食糧で釣られてこんなところまでおびき寄せられたのだろうか。
「わりぃな。お前らだってこんな人間臭い場所に来たくは無かったろうがよ……」
人間にテリトリーに入られたゴブリンは殺処分するしかない……教義でやたらとゴブリンを邪悪に仕立て『若い女性は苗床にされる』などと悍ましい逸話が作られた最初の意図は結局『危険なゴブリンに近づくな』という警告だったはずなのに。
「今ではその逸話も、習性さえも都合の良いヤツらが利用しようとしてやがる……」
一匹ゴブリンを仕留めたと言うのに何も起こらない事を不審に思い、俺は『気配察知』を展開してみると……池の向こう側辺りに20~30はある何かの気配が茂みの向こうからこっちを恐る恐る伺っている様子を感知する。
……おそらくこの池も下水に繋がっているようで、運悪く遡上してしまったゴブリンたちは今まさに“生きた人間の匂いが充満する場所”に放り出されて混乱状態のようだ。
大半は何とか身を隠そうもしくは逃げようとしているようにしか見えず、俺が斬ったヤツは先んじて“戦う”と判断した個体だったって事だろう。
……さらに索敵範囲を広げてみる。
停車場から感知していた王国軍に囲まれた人気の無い地帯『後宮』である事は間違いないようで……人の気配をあまり感じない。
感じるのは数か所で結構な数の団体さんがモリモリ溢れ出ているのに……その場からあまり動こうとしていない気配…………多分これが下水から遡上したゴブリンたちだな。
唐突に人間臭い場所に放りだされて右往左往していやがる。
……この辺の行動はゴブリンの仕業にしたい連中にとっては好ましくない状況だろう。
人間の住処に放り込めばゴブリンは本能的に人間を襲い、食らうと思ってそんな展開を期待していたっポイが、その辺の当ては外れただろうな。
……まあ連中にとっては『王宮内にゴブリンが侵入した』って事実さえあれば良いんだろうがな。
「元々食い物は欲しくても人間と関わりたくない奴らが期待通りに人間を襲うワケもねーだろうに……む?」
その瞬間、俺の索敵に不可解な気配が引っかかる。
怯えて固まって潜んでいるゴブリンたちじゃない……『気配察知』索敵300メートル内に置いて不自然な程明確に逃走する動きが二つ……そして追いかける気配は3つある。
感知した気配は目のまえの建物……魔窟、女の牢獄とも表現される『後宮』の中を走り回っているそれは明確な意思を持っていた。
ご丁寧にドアを閉めて鍵をかける逃亡の仕方と、何とか鍵をこじ開けようとするなんて追い詰め方……実に人間臭い動きの気配だ。
「ゴブリンがお行儀よくドアを開けて部屋に入るワケねーものな。誰に追われているんだ『聖王』さんよ!?」
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