第九十一話 某塾、某書房とは一切関係ありません

 このカマかけで俺が唯一確証を持てるのはホロウ団長の“今後の”立ち位置のみ。

 記憶の中である『聖王』の姿がヴァリス王子の成れの果てか、それとも別の何かなのかは分からんが、少なくとも『聖尚書』は『聖王』を主として仕えていた。

 俺の人生経験の中でもトップの戦闘力を持っている知識も経験も、そして年齢さえも到底及ばないあの化け物なのだが、俺だからこそ分かる事実がある。

 ガキの頃『神様』に会ってから『預言書』に逆らう為に独自に行動していたからこそ、見えてしまうのだが……やはりホロウ団長は根本にある事実を知らない。

 長い年月を生きて善悪も含め王国の存続を目的に『禁書庫』の書物も全て熟知しているからこそ、そこに記されている“システム”として認識してしまったなら……そこから先の発想はなくなってしまう。

 その辺は仕方が無い事……何も問題が起こらないのなら、それ以上を模索する必要性はない。

 それ以上の問題を大量に抱え続ける王国で対応に追われる調査兵団にとっては、他に何も起こらないなら現行の知識で対応していくのが手っ取り早い事だし。

 逆に『預言書』の未来を望むとすれば、数年何には起こるだろう邪神復活に通ずる行動を起こす“ナニか”を知らなきゃおかしい……というか行動に移せないはずだ。

 ……あの預言書が正道な流れだと言うのなら、この世界にとってイレギュラーは俺の方、そうなればジルバは『預言書』に至る為の先兵と言えるんじゃ……。


「危ない!! ギラル君!!」

「え……うわっと!?」


 カチーナさんの激で我に返った俺は横から迫りくる投げナイフを辛うじて避ける事が出来た……あ、あぶね~~。

 冷や汗を流す俺の前に立ったカチーナさんは敵に構えたまま怒鳴った。


「大物の殺気に当てられたからとそっちに気を持って行かれるんじゃない! まったく君らしくも無い……」

「わ、わりいカチーナさん……」


 ぐうの音も出ないとはこの事。

 敵の中で最強最悪なのは『ジルバ』である事は間違いないが、他の連中の腕が劣るという事じゃ無いんだから……強敵のみ集中すれば良いという事では断じてない。


「……で? さっきのカマかけはどういう意味なのだ? あの口振りだと王宮の御家騒動というよりは“ワーストデッドの案件”のように感じたが……」

「まあ……おそらく…………じゃないかな~って思うんだけど……」

「何でそんなに自信無さげなのだ?」


 ワーストデッド案件……要するに『預言書』に関した良くない事の兆候って俺達の共通認識なのだけど、ここに至っても自分がどう立ち回るべきか判別が出来ない。


「アンタや脳筋聖女と違って正体が分かんないから解決策が分からん。ど~考えてもあの幼いヴァリス王子と巨大な黒いフルプレートの『聖王』が繋がらないし……」

「またもや何をらしくない事を……そのように色々考えを巡らせて策略を練るタイプでも無いだろう? 君ってヤツは」

「……うえ?」

「私やシエル殿、リリー殿同様に“自分が見たくないから”という実に勝手な理由で未来を盗み出すのが常套手段ではないか?」

「…………」

「父親に恵まれない子の気持ちを私はワリと知っているから、同じように盗んでくれるのでは? と私は思っているのだが……ハーフデッド殿?」


 その言葉は酷く乱暴で失礼……だけど単純にして明快。

 確かにその通りだ、疑わしいのであれば取り合えず……図らずも王妃共がヴァリス王子を亡き者にしたい感情と同じ帰結に我ながら苦笑を禁じえない。

 しかしまあ……確かにカチーナさんの言う通り。

 原因が分かっているなら、原因ごとこの場から無くしてしまえばいい。


「元の職場で“誘拐”を示唆するとか……とんでもねぇ女だな」

「生憎悪い男に引っかかってね……すっかり染められてしまったようです」

「……話はまとまったかしら~悪い男と染められた女~」


 そんなやり取りをしていると狙撃杖を構えたままでリリーさんんが声を掛けて来た。

 話している間にも2~3人の黒尽くめを吹っ飛ばしているから器用なもんだけど……。


「助けるにしろ盗み出すにしろ、どっちにしたって個々の包囲網を突破して後宮に向かう必要があるって事でしょ?」

「それについては全くもってその通りなんだが……」


 ここに至るまでに結構な数の黒尽くめたちを倒しているのに、未だに増殖を続ける……というか待機していた残存勢力までもが加勢しに来てないか?

 この場で踏みとどまる事は出来ても突破してこの停車場から後宮まで向かうのは余りにも現実的じゃない。

 俺がこういう時に得意としている建物の屋根や壁を利用する立体的な体術も、ここから一番近い建物まで距離があり過ぎて『ロケットフック』でも届きそうにないから地に足を付けた平面的な動きしか出来ない。

 超人的な跳躍力でもあればと思うが……それこそ現実的では無い。

 

「さて、どうしたもんか……」

「要はこの包囲網をどんな手でも良いから突破できれば良いって事よね」


 しかし俺が黒尽くめたちの包囲網をどうやって突破しようか考えを巡らせていると、リリーさんが不意に思い出したように言った。


「あ、ああ……そう……だけど……」


“どんな手でも”とか何やらすげ~嫌な念押し……そしてその予感はリリーさんが元同僚に声かけた事で確信に変わる。


「ロンメルさん、貴方とシエルで未完に終わった必殺技があったでしょ!? どうしても性格で受けグセのあるあの娘は上手く“乗る”事が出来なかったアレ!!」

「む? それはもしや複合必殺人間大砲『火蛇破流斗カタパルト』の事であるか?」

「多分ギラルはあの技を実現できるよ! 何しろ彼はシエルとカチーナさんの攻撃に挟まれても見事に受け流す事が出来る男だから」

「なに!? 誠か!! あの聖女とカチーナ殿の挟撃を……それは凄い!!」


 リリーさんに何やら吹き込まれたオッサンはやたらとイイ笑顔になって俺の方にズンズンと近寄ってきて……腕を掴んだ。


「……あの~ロンメルさん……一体何をしようとしているのかな? 何やら技名の語感に嫌な予感しかしないんですけど……」

「な~に攻撃を流せるというなら我の拳に“乗る”事も出来よう……。我が渾身の正拳と貴殿自慢の脚力が夜空を掛ける砲弾となるのだ!!」

「いや、ちょっと何言ってんのか分からああああああああ!?」


 俺が何か言う暇もなく、オッサンはそのまま俺を上空へと放り投げて、暑苦しい筋肉のほかに妙に迫力ある眉毛と眼光で、そのまま“俺に向かって”拳を真っすぐ突き上げた。

 というかオッサンの正拳!?

 そう認識しただけで感じる死の予感に叫び声を上げつつも反射的に体が反応する。


「ギャアアアアアア!!」

「さあギラル殿、我が拳を捉え踏み切れ! 筋肉は日々の鍛錬を裏切らん!! ゆけええ人間大砲『火蛇破流斗』!!」

「うおわああああ!? こ、こなくそ!!」


 ガ!! 突き上げられた拳に対して俺は死にたくない一心で右足を合わせる。

 そして威力を殺す為に足だけじゃなく全身のバネを使って正拳のインパクトの瞬間、一気に進行方向へと“吹っ飛ぶ”。

 岩石すら打ち抜くオッサンの正拳と盗賊である俺の跳躍力が合致した時……俺の体は現実的にあり得ない力で遥か上空……具体的には『ロケットフック』でも届かないと思っていた建物のはるか上までぶっ飛ばされていた。


「だあああ!? てめえコラ事前に説明くらいしやがれ! 筋肉バカがああああ!!」


 包囲網を抜けるにはこれしか無かったかもしれないけど、この扱いは納得は出来ん!

 着地はどうしろってんだああああああ!!


                *


「おお、上手く行った上手く行った! 確かにあの年にて力の流れを制御できる見事な筋肉の鍛え方であるなぁ!!」

「おお~~……出来るとは思ったけど、あそこまで飛ばすか…………提案しといて何だけど、さすがに大丈夫かしら?」

「大丈夫だとは思いますよ? 吹っ飛ばされるのもギラル君の得意技ですから」


 少々行き過ぎた光景にリリーは青ざめるが、一度似たようなシュチュエーションを実家で見た事のあるカチーナは多分大丈夫だろうと心配する様子もなく……包囲網を単身突破したギラルを慌てて追い駆けようとする黒尽くめたちの前に立ちはだかった。


「「「「!!?」」」」

「おっと……どちらへ行かれるのですか? 今まで私たちにダンスを強要しておいて……たった一人リタイヤしたからとお開きというのはあんまりではないか?」

「さよう……パートナーがいないなら、我らがその分お付き合いしますぞ?」

「……今度は私たちが足止めする番ね。夜はまだまだこれからよ~!」


 カチーナたち特別ゲストと黒尽くめたちの第二ラウンドは開始の合図も無く切って落される。


 そして格闘僧モンクの正拳に乗って包囲網の遥か上空を吹っ飛ぶ……理屈はそうだが、即興でそんな事を実行するバカさ加減に師匠との達人同士の戦いに終始していた調査兵団『テンソ』の団長ジルバは呆気に取られて見ていた。


「無茶な……何という無謀な……」

「ハハハハ! 相変わらず予想外に愉快な事をしてくれる少年だ。お仲間も随分と彼に引っ張られているようで、実に面白い!!」


 そして瞬間、致命的な隙を作ってしまったと言うのに自身の師匠でもあったホロウが何もせず同じように吹っ飛ばされた少年を眺めている事にジルバは違和感しか感じなかった。

 

「……何故にあの少年を気に掛ける? 技術的な才はある程度はありそうだが、王宮の隠密を長年組織して来た貴様が気に掛けるほどとは思えんが?」


 それは長年に渡りホロウという男の下で調査兵団として、そして弟子として生きて来たジルバにとっての純粋な違和感であった。

 すべては世の平定の為、善も悪も内包し王国の存続にとって都合の良い事を冷静に無感情に取捨選択する……ジルバにとってホロウとはそんな存在であったはずなのに……。

 ホロウは明らかな戸惑いを呈する元弟子へと向き直り……苦笑した。


「確かに彼は技術的には凡庸であると思いますよ? 彼の卓越した身体能力は彼自身の血の滲む努力の賜物ですが、誰しもが到達できない高みという事では無い」


 200年以上も年を重ねるホロウの評価は結構辛口である。

 調査兵団として長年生きて来たホロウはこれまでも似たように血の滲む努力でギラルと同程度の技量を身に着けた先人を知っていたから……ギラルの力量の限界を多少なりとも看破していた。

 そんな事を言われたジルバはますます困惑してしまう。


「……では何ゆえに?」

「不思議でしょう? 戦力も経験も圧倒的に足りないハズ……単純な力量では私にも貴方にも足元にも及ばないと言うのに…………何故か彼を中心に世界が動く」

「…………?」

「今ここで起こっている事態は貴方の計略には無かった事でしょうが……この場に連中はギラルという少年がおらねば居合わせる事は無かったのですよ? 彼の仲間は元より、この私も……そして“王宮での暗殺対象の数”をこなす予定でほぼ全ての戦力をこの場に集結するという判断を下したジルバ……貴方自身もです」

「…………なに?」


 力量だけなら瞬時に仕留める事も可能な駆け出しの冒険者、まだまだ未熟な盗賊風情のハズ、しかもついさっきまで面識すら無かった者がそんな事を出来るはずも無い。

 そうやって現実的に考えるジルバだったが、ホロウの説明に耳を疑う。


「本日招待された貴族の中には過去ゴブリンのスタンピートで没落しかけた名家や人身売買で危うく国外へ売り飛ばされる寸前だったご子息やご令嬢が領地を発展させた貴族もいます。そういった者たちは各々の領地で善政を敷いており腐敗した現王国へ反乱の危険が高まる……故に都合の悪いやんごとなき方々にとっては本日死んで貰えれば都合が良かったのでしょうが」

「……それがどうした?」

「王命として本日別件に出されていた私はゴブリン以外の妨害は無く、本日の夜会に間に合う事が出来ました。暗殺対象の力量と数のせいでジルバ、貴方がこっちに配備されていたお陰で……」


 ジルバはホロウが言っている意味が分からない。

 しかし理解できないと言うのに……ジルバは終ぞココ数十年は感じる事の無かった、予想とは違う何かが起ころうとしているという違和感を覚える。


「おそらく暗殺目的なんて業務が無ければ『テンソ』を総動員して『ミミズク』の足止めに動いたのではないですか? 今と同じように、貴方は私専用の抑止力として王宮から離れたどこかに押しとどめる為に」

「確かにその辺の命が無ければそのように動いたであろうが……しかしそんな思いを巡らせても仕方が無い。現状を見て出来うる最善を選び取ったまでで……」

「でしょうねぇ~……どっかの滅んだ村の出身でしかない、野垂れ死ぬか人から奪い殺す野盗にでもなるしか道は無かったはずの少年が地道に長年かけてゴブリンを利用する野盗を意図的に潰さなければ、人身売買に加担した腐敗貴族を社会的に抹殺しなければ……“王宮とは違う意思”に従う貴方はここにいる事は無かったのですよ」

「!!?」

「まあ、私は少しホッとしましたがね。本当に貴方が腐敗した王宮の手先でしか無いなら『テンソ』を王宮内部の誘蛾灯として腐食部分ごと切り落とすつもりだったので……」


 今度こそジルバは恐怖した。

 目の前で自身の心の内を読み取ったホロウにではなく……いつでも殺せるほどの存在でしかないと思っていたギラルという少年に対して……自分が良いように誘導されたというのではなく、結果的に世界を誘導しているかのような事を導く不気味な存在に。

 ジルバは自分が久々に恐怖している事実に……これまた久々に笑ってしまう。

 苦笑というヤツではあったが……。


「ね? 面白いでしょう……王国の行く末を左右するはずの我ら調査兵団が結果的に翻弄され動かされている」

「……今自分は真っ先にあのガキを仕留めておくんだったと後悔しているぞ……師よ」






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