第八十九話 蝙蝠たちのご予定
四方八方から飛び掛かって来る黒尽くめたち。
それぞれが手にダガーやら吹矢やら、おそらく毒って一撃で死に至らしめる特典を付与した武器を持ち正確に俺達を狙って来る。
さっきまでなら逃げるか、もしくは瞬間的な数の暴力に頼るしか方法は無かったけど……俺は少しだけバックステップで間合いを作り、ザックから素早く取り出した七つ道具『デーモンスパイダーの糸』を投げつける。
「「「!?」」」
一気に目の前に広がった糸はクモの巣よろしく数人の黒尽くめたちに絡みつき、ほんの一瞬の間連中の動きを制限する。
クモの糸ある場所へは向かわないように……。
そして、その一瞬を逃さないように俺は『鎖鎌』を取り出して“クモの糸の隙間”を狙って分銅を投げつけた。
「ご!?」
「ぐば!?」
クモの糸を縫うように、地面の隙間を反射するように操作した分銅は狙い通りに数名の黒尽くめの顎にヒットした。
『デーモンスパイダーの糸』と『鎖鎌』を利用した合わせ技『女郎蜘蛛』……スレイヤ師匠直伝の技なのだが、残念ながら今ので仕留められたのは精々2人程度……他の連中は今の攻撃で一気に警戒したようで、一瞬で距離を取ってしまった。
当たり前だがどんなに軽い糸であっても重力に逆らうワケも無く、時間が経てば下に落ちるからな……その判断は正解であるというしかない。
「!? 距離を取れ、思ったよりも出来るぞ、その御者は!!」
「盗賊の技? ……いや寧ろ我らに近しいような」
何やら不穏当な事を口走る連中だが、一瞬にして射程圏外へと逃れてしまう。
……チッ、さすがに判断が早い。
今の攻撃である程度の俺の射程範囲を正解に把握したようだ。
実際にそこまで距離を取られれば“俺には”攻撃の術はない…………だが。
「ガ!?」
「グワ!?」
その射程を上回るあの人が一時的にも安全圏に逃れたという気の緩みを見逃すはずもなく……放たれた『炎の魔力弾』は正確に黒尽くめたちを打ち抜いた。
「確かにギラルの間合いはそれくらい離れれば安全圏だけど、ここにスナイパーがいるとは思ってなかったかな~? テンソの皆様方」
ニーリングスタイルで『狙撃杖』を構えるメイド姿のリリーさんは不敵に笑う。
そんな彼女に黒尽くめたちは明らかな動揺を見せた。
「そ、狙撃杖だと!? ま、まさかエレメンタルの『聖女の魔弾』!?」
「なんだと!? ヤツが団長が長年スカウトしていた魔導僧リリーか!?」
「おりょ? もしかして私、有名人?」
「!!!? 全員足を止めるな! 馬車を射程に身を隠せ!! 動きを予測された時点で狙い打たれるぞ!!」
そして本人の発言で間違いない事を確信した黒尽くめたちは速攻で周囲に立ち並ぶ馬車の背後へと身を隠しリリーさんの視界から消える動きを始める。
それは何と言うかこのリリーさんの実力を分かった上での警戒の仕方で、ある意味で実力を最大限に認めているとも言える。
……まあ考えればそうか。
見栄えを第一に考える教会にとって狙撃手のリリーさんは実力は別にしてもパフォーマンスは地味に映る。
偏見に満ちた輩にとっては一方的に相手を狙撃し仕留めるやり口は卑怯と罵る連中すらいただろう。
だが逆に、こういった影の連中にとってはリリーさんは正に喉から手が出るほどの人材だったのだ。
リリーさんがいる事を知った瞬間の対応の仕方が見事としか言いようは無く、一気に狙いずらくなった事にリリーさんは舌打ちをする。
「……対応が早い」
「警戒されまくりじゃん……リリーさん、そんなにラブコール受けてたんか?」
「元職場にいた時は結構ね……皮肉なもんで私の技はプロパガンダには不向きでも暗殺稼業には向いているらしくて……ね!」
言いつつ放たれた『炎の魔弾』は正確に馬車向こうに身を顰めた黒尽くめの一人の足を正確に打ち抜いたようで、向こうから短い悲鳴が聞こえてくる。
遮蔽物の向こうだからと油断するのも間違い、このシスター……今はメイドの姿だが1キロ先からでも正確にターゲットを狙える実力があるのだから、馬車の隙間を狙うくらい造作もなく事。
…………が、そんな油断をしてくれたのも一人だけのようで、他の連中は不規則に動きを察知されないように周囲の馬車や石像などを盾に、再び距離を潰して来る。
そして数名が一気に飛び出して俺が反応した直後、リリーさんから一番近いところに停車していた馬車の上と下から黒尽くめが襲い掛かって来た。
まずは長距離射程のリリーさんを潰そうって魂胆なのだろう。
狙いは間違っていない……今この場において最も厄介なのは超遠距離射程を持つリリーさんなのだから。
しかし、ほんのあと数センチで毒塗りの刃が彼女の届くかという当たりで……彼らの動きは物理的に阻まれた。
闇夜に踊るカトラスと、月下に猛る筋肉によって……。
「甘いですよ? ギラル君の包囲を抜ければ仕留められると考えるのは。虚を突く事を考えるのは大事ですが、それのみで通じるほど実戦は易くないので……」
「さよう……折角の虚も利用できるように動ける体が無ければ宝の持ち腐れ。近接戦に長けた者がこの場にいる事を忘れてはいかん」
「「!?」」
自分達が襲う側であると思っていた連中は、その時すでに自分達が“襲われている”事に気が付くのが……残念ながら遅すぎた。
「ぐわ!?」
「ごぼおおおおおおおお……」
下から来た黒尽くめはカチーナさんが走り抜けた後そのまま倒れ伏し、上からの黒尽くめは更に高く飛び上がったオッサンの豪快な蹴りによって数十メートルは先の池まで吹っ飛ばされてしまった。
「ふむ……技術やチームワークは良いが、まだまだ鍛え方が足らんな」
「ですね……我々に近接戦に持ち込まれる時点でまだまだです」
「……アンタらの基準を当てはめられたら、連中が気の毒だけどな」
盗賊や暗殺者などスピードで戦う職にとって戦士や格闘家など接近戦のスペシャリストと同じ土俵で戦うのは自殺行為……あくまでも自分の距離を保つ事が最重要であるのはその通りなんだけど…………下手したら盗賊とかよりもスピードがあるような連中にその辺を揶揄されてもね。
こういった包囲された状態での陣形は基本的に砲台役のリリーさんに動かず狙撃のみに徹してもらい、俺が中間距離、カチーナさんが近距離で戦うのを基本戦術として訓練していたのだが、即興なのにロンメルのオッサンもキッチリこの動きに付いてきてくれる。
何だかんだ言って、このオッサンも優秀なんだよな……脳筋だけど。
この狙撃手であるリリーさんを晒して、ある意味囮として機能する戦法を真っ先に提案したのは当のリリーさんだからな……まず間違いなく前の同僚たるオッサンも慣れ親しんだ戦法なんだろう。
……前にシエルさんが結界を張る際に仲間を信じて無防備で結界に徹した時と同様に、こういう肝の座り方が尋常じゃね~んだよな……聖職者ってヤツは。
「ほほう、リリー殿! しばらく見ん内に狙撃の反射速度が上がっておるな!!」
「おかげさんでね! 毎日毎日素早い連中に弾丸叩き込むのに四苦八苦してっからさ~」
いや……こいつ等だけが特殊なんだろうか?
苦笑しつつそんな事を考えている内にも、黒尽くめたちは倒す傍から補填するかのように後から後から周辺の馬車の影、もしくは下から這い出て来る。
今のところ戦闘面では危なげないとも言えるけど、幾ら何でも過剰戦力過ぎるような?
「なんぼ何でも門番のチェックザルすぎるだろ!? こんな大量に不審者どもをスルーするのは!!」
「おや……そんな風に物事を決めつけて考えるのはいただけませんよ? 私の知る限り、本日門番を担当した兵士たちは職務に真面目な優秀な連中ですから……」
ゾク!?
まただ……戦闘中で黒尽くめたちに対抗する為にバリバリ『気配察知』を展開して警戒している真っ最中だと言うのに、その声は唐突に真横から聞こえた。
知り合いの声でもここまで鳥肌の立つ声も無いだろうな。
「どういう意味っスか? ホロウ団長」
しかしそう言った次の瞬間にはホロウ団長の姿は真正面の馬車の上……かと思えば今度は黒尽くめたちの包囲網の外にいたりと、素早いというよりはユラユラと亡霊の如く別の場所を移動している。
またいつものように揶揄われているのかと思いきや、団長の移動する先には常に付きまとう黒い人影が同じように気配もなくユラユラと現れては消える。
それは達人同士の異次元の戦い……共に音も無く、気配も無く死角へ死角へと動き僅かばかりの隙を伺って移動し続けているのだ。
分かりやすい剣戟も魔術も無く、ただユラユラと……。
正直高度過ぎて参考にもならない戦い方をしているが、その動きのせいでホロウ団長の言葉は所々途切れ途切れに近くなったり遠くなったりして微妙に聞き難い。
「彼らが王宮という場所にとって特別ゲストであると考える事自体が勘違いです。彼らは立派なホスト側……王宮にとって不審者かどうか……」
「……あ」
その一言で俺は団長が何を言いたいのか理解する。
何の事は無い、こいつ等は格好のワリに調査兵団という王国軍側の組織……迎える側なのだから、侵入の為に馬車に便乗する必要は無い、逆だ。
普段通り……かどうかは知らんが、王宮に侵入ではなく“出勤”するだけで最初から内部に入る事が出来て、当然最初から中にいれば門番のチェックに引っかかる事は無い。
黒尽くめたちは停車中の馬車に潜伏して、何かを待っていたと考えるのが自然だろうな。
「……ホロウ団長、こいつが張り付いていたあの馬車の持ち主はどんな人物なんだ?」
俺が適当に一番最初に発見して、ロンメルのオッサンが図らずも口封じを防いだ黒尽くめを指差すと……ユラユラと動きつつ団長は答える。
「ふ~ん……この馬車の紋章はある子爵家のモノですね。最近長男が色々とやらかして次期当主の座を追われた事で次男がパーティーに招待されているハズです」
「じゃあ、あっちの馬車は?」
「……数年前、自領の人身売買組織を壊滅に至らしめた伯爵家のモノですね。確か本日は御令嬢が招待されているハズです」
「「「「…………」」」」
俺が団長に何を確認しているのか、そして何に気が付いたのかを察したようで……黒尽くめたちの殺気が一気に増したように感じた。
つまり……そう言う事なんだろう。
そこまで口にすれば連中がここに潜んでいた理由を察せられない者はこの場にはいない。
「パーティーで呼び寄せた一部の者にとって都合の悪い連中の暗殺……」
カチーナさんがカトラスを構えたまま呟いた言葉がそのまま奴らが潜んでいた答え……依頼元がどこかは知った事じゃ無いが、少なくとも穏やかな理由で要人の馬車に潜むはずがない。
「しかしいくら何でもここは王宮です。幾ら腐敗が蔓延っていようと殺人事件を黙認できるほどでは無いでしょう?」
「そうよ……どんだけ腐ってても要人が暗殺されれば主催したパーティー元の王宮の責任問題じゃない! 王宮内で貴族が殺されるなんて……」
まあ……そうだよ……そうなんだけど…………ここまで来ると今まで不審に思っていた事の辻褄があってしまう。
王宮内であるのに妙なくらいに警備が外宮に偏っている、まるで籠城でもするつもりなのかと思える兵の配置。
時間にすれば数分の出来事なのだが、突如消失した王宮の結界。
そしてまるで内部に追い込むように、敷かれた包囲網……。
「……もしも要人たちが死んだ理由が事故だったら……どうだ?」
「「…………え?」」
「その事件が暗殺ではなく、不幸な偶然の積み重ねが起こした偶々の出来事だと言い張る理由があったとするなら、こんな腐った王国の上層部ならどうやって処理すると思う?」
そう事故……。
俺がガキの頃から聞かされてきた典型的な人がいなくなった時や死んだ時の常套句に使われてきた理由。
俺はそれが嘘である事を知っているし、今は仲間たちも知っている生態なのだが……未だに大衆は広く知られた教義を元に“それら”を人類の天敵であると認識している。
「たまたまパーティーの日に、たまたま下水から王宮に遡上して、たまたま結界が途切れた瞬間に侵入したゴブリンって魔物が、たまたま王宮内で人を殺しました~なんて理由付けが出来たとしたら……」
「「!!?」」
「ゴブリンは人間の武器を使う事もあるからな……便利な事に」
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