第八十八話 梟と蝙蝠

 ホロウ団長!?

 自分では対処できない、唯一出来るとすれば同じ類の化物しかいないと思っていた。

 本来、出来る事なら二度と会いたくない類のメガネ司書の登場ではあるが、今回に限っては天の助け!!

 …………とは言え危機が去ったワケではない、他の10は超える黒尽くめたちは変わらず向かって来る。

 気配もなく仕留められる危険が減ったとはいえ、数という暴力は無くならない。

 おまけに向こうは三~四人のグループを形成しつつ、今度こそ俺達三人を確実に分断しようとしている……瞬間的な数の利なんて今度こそ望めない。

 ……迎え撃つしかない。

 オッサンは最初からそのつもりで構えているが、俺とリリーさんみたいに普段は距離を保って戦うタイプには本音では避けたい戦法だけど仕方が無い。

 そう覚悟を決めた瞬間だった。

 俺たちがぶつかり合う寸前に高速の影が割り込んできたのは……。


ギャリイイイイイイイイ!!

「「「「「「!!?」」」」」」」

「ギラル君! リリーさん!!」


 そしてその影はすれ違いざま、黒尽くめたちに一撃加えたようで複数の金属音を響かせると着地……そして“カトラス”を逆手に構えたまま俺たちにある物を投げ寄越した。

 それは“ダガーとザック”、そして特徴的な杖“狙撃杖”である。

 どういう流れかは分からないが、執事姿のカチーナさんが俺たちの武器を持って加勢に来てくれたのだ。


「サンキューカチーナさん! 助かったぜ!!」

「ヤバかった~。丸腰のまま強がっていられるのもあと僅かだったよ」


 言いつつ俺は腰から足に掛けて動きを阻害しないような特殊な造りのザックを素早く装着し、ダガーを抜く。

 リリーさんは長大な杖をガシャンと折りたたんで中間距離モードに変形させて構えた。

 そして俺達の戦闘準備が整ったのを確認した黒尽くめたちは途端に警戒色を強めて、再び距離を取ってしまった。

 包囲網はそのままであるが……。


「んだよ。そのまま突っ込んで来れば良いのに」

「……彼らも曲がりなりにもプロですからね。戦力増強してしまった相手に不用意に突っ込まない程度には判断できるようです」


 俺の悪態に応えたのは、またもやいつの間にか傍にいたホロウ団長。

 ……いつもならひたすら不気味だけど、今日ばかりは頼もしく思えてしまうのだから我ながら現金なもんだ。


「申し訳ない……別件で遅くなりました」

「ホロウ団長……一体何なんっスか? この状況。調査兵団っててっきりアンタがトップの秘密組織って思ってたけど?」


 色々聞きたい事はあるけど、まず率直な疑問を口にすると……珍しい事にメガネ司書はバツが悪そうな顔で「う……」と唸った。


「あ~~身内の恥を晒すようで心苦しいのですが……ザッカールの腐敗は拡大の一途でしてね、調査兵団も一つでは回せなくなりまして……十年ほど前から王都専門の『テンソ』と王都外専門の『ミミズク』に部署分けしていたんですよ。元々調査兵団内部での組み分けだったのですが……カレコレ数年前に王命として『テンソ』と『ミミズク』を別組織として分けられてしまい……」

「……腐敗を正す側の調査兵団にも腐敗は進んでいた……と?」

「お恥ずかしい限りで…………当初は上手く回っていたのですよ? 何せ『テンソ』の長には私自らが育成した信の置ける者を任じたつもりでしたから」

「うげ……」


 ホロウ団長が育成した……この怪物の直弟子……だと?

 思わず声を漏らした俺だけじゃなくカチーナさんもリリーさんも露骨に顔を歪める。

 唯一オッサンだけが不敵な笑顔を浮かべるが……正直言って俺は相手をするなんぞ冗談ではないぞ。

 俺はそんな思いで黒尽くめたちの中心に立つ首魁ジルバへと視線を送ると……ヤツは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。


「……聞き捨てならんなホロウ。いつまで師匠面するつもりなのか……王命に従い王の為に影働きするのが我らの使命。貴様のように些末な悪事すら捨て置けず大局を見れんヤツに腐敗と詰られる云われはない」

「……やれやれ、技術の修得は天才的であったのに『国の行く末を第一に考える』という教えをそのように曲解するとは」


  国の為に……実年齢200オーバーな団長が言うその言葉は『王侯貴族に盲目的に従え』という事ではない。

 どうやら化物じみた戦闘技術は伝えられても、本当に団長が伝えたかった事だけは伝わらなかったようで……そう言うホロウ団長の言葉には失望が伺える。

 

「ギラルさん……彼らの目的はまだ判明しておりませんが、王妃や側妃など後宮の命に従って動いている事は明らかです。このパーティーを利用して何か仕出かそうとしているようですね」

「何かって……良くない事?」

「彼らにとっては良い事でしょうが……我々にとって、そして貴方にとっては宜しく無い事を起そうとしているのは間違いないかと」

「!?」


 貴方にとって……この団長にそう言われるとギョッとする。

 喩えこの男であっても俺の特殊な事情、『預言書』の未来を変えるって目的は知りようが無いだろうに何をもってそう判断したと言うのだろうか?

 驚愕する俺に苦笑いして彼は口を開く。


「この侵入騒ぎも計画の一端のようですが、その他王都郊外で妙な集団が暗躍しておりまして……その者たちの対処で我ら『ミミズク』は人員を裂かれておりましてね。ゴブリンを餌付けして王都へと誘導しようとしている不審な輩が……」

「ゴブリンって……まさか奴隷密売の野盗共の?」

「はい」


 俺は『ゴブリンが繁殖の為に若い娘を攫う』って教義が間違いである事を知った上でガキの頃から間接的にホロウ団長へと情報を流していたからな……そっちの方向で色々勘ぐられるのは仕方が無い事ではある。

 しかしゴブリンを王都に誘導? あの手の連中は経験則でゴブリンって魔物を本当の意味で熟知していて、餌付けして行動をある程度操作するのはお手のものだろうけど……でも、何のために??


「先日ファークス家当主の告白により発覚した闇組織経由で、その計画に加担した連中は複数確認されたのですが、やはり依頼主には辿り着かず理由も伝えられてはおりません」

 

 ファークス家という情報にカチーナさんが微妙な顔を浮かべるが、別に悪事に加担した話では無いから大丈夫だろう。

 しかし何だこの状況……その話はどう考えてもこいつ等黒尽くめ『テンソ』の行動と繋がっていると考えるべきだ。

 さっきジルバが『何でここに?』みたいに言っていたからそっちの件でホロウ団長含めた『ミミズク』への陽動と考える事も出来るけど……何か……腑に落ちない。


「ホロウ団長? 聞かれても教えられない事なら言わなくても良いけどさ……今日のアンタの仕事は何だったの?」

「……別に今回の仕事は言っても構わないが?」


 一応仕事に関しては機密扱いかと思って気を使ってみるが、ホロウ団長は何でも無い事のようにアッサリと答える。


「王都郊外付近で発生した……この場合は誘導されたゴブリンの始末と調査でしたね。思いのほか数は少なく早く片付いたので、こうしてまかり越したワケですが……」

「……誘導してたヤツはいなかったっスか?」

「残念ながら……私が担当した個所は水路の先まで確認したのですがね」

「…………水路?」


 王都郊外に誘導されたゴブリンたちに水路……その情報が物凄く不穏に聞こえた。

 大勢の人間が住まう王都では当然毎日のように汚水が発生するから、郊外へと流されて行く下水が当然完備されている。

 当然人が多ければ多いほど下水の需要は高まり、数は多くなっていく。

 そしてどんな権力者でも聖人君主でも生きている限りは汚水が発生するものであり……。


「団長さん…………当然王宮にも下水って繋がってるよね?」

「……実は私も、その最悪を想定して王宮にきたのだよ」


 チラリと地面に視線を向けるホロウ団長が何を心配したのか……そんなのは説明するまでも無い。


「い、いやしかし……王宮は常に結界が張り巡らされているのですよ? 結界はドーム状に見えてもしっかり地中まで包む球形を形成しているハズ。喩え地下の下水を辿ったとしてもゴブリンが結界を超えて王宮に至れるワケが……」


パキイイイイイイイイン…………


 カチーナさんがそう言った瞬間……王宮全体を包み込んでいた他者の侵入を拒む結界が乾いた音を立てて消失してしまった。

 先日侵入する時にはあの手この手を使って気が付かれないように頑張った結界がアッサリと、まるでカチーナさんの言葉に合わせたように……。


「……カチーナさん?」

「…………私が何かしたワケでは無いですよ?」



 

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