第八十七話 戦いは数であるとはよく言ったモノ
「あのオッサンにゃ~全力で突っ込み入れたい気分だけど……リリーさん、丸腰のままどこまでイケる?」
「……一般人が相手なら素手でも自信あるけどね。私もまともに魔法が使えなかった時は
俺の質問に含まれる不安を正確に拾ったリリーさんは、聞きたい情報を正確に教えてくれた。
一般人なら……つまりプロで刃物持ちに対しての対処は困難であるって事だ。
……つまり俺と全く一緒、相手が3人だからって個別に攻撃を受けたらまともに相手できる実力があるのはオッサンだけ……俺とリリーさんは確実に殺られる事になるだろう。
向こうはもうその気のようで、俺達それぞれに対して殺気を向けている。
だが……その思惑にこっちが乗ってやる義理はない。
この場での最大戦力が格闘僧のオッサンだけであるなら……。
「リリーさん! オッサンをラストに一直線!!」
「!? …………そう言う事か!!」
黒尽くめたちが俺たちそれぞれにかかって来る寸前、俺の言葉にリリーさんも呼応して“自分に殺気を向けていたヤツを無視して”オッサンと対峙していた黒尽くめのみに飛び掛かった。
「!?」
無視された連中も面食らうが、それ以上に面食らったのはオッサン一人と戦おうとしていた黒尽くめ。
その一瞬においてのみ、唐突に三体三が三対一になってしまったのだから……。
おそらくこの中でも素手で戦える格闘僧である事を前提に覚悟を決めていたのに、唐突にそれ以外の攻撃が降りかかり、黒尽くめは慌てて短刀をこの中で一番早く向かってきた俺に対して構えて“しまった”。
上空から蹴り……に見せかけて咄嗟に拾っていた砂利を投げつけると、さすがにそんなものは喰らわなかったが、上空の俺に気を取られてしまったせいで“反対側の下”からのリリーさんの水面蹴りには反応する事が出来なかった。
「足元お留守ですわよお客様!!」
「う、うわ!?」
そして水面蹴りで態勢を崩した黒尽くめの目の前に到達したのは
そのオッサンは目の前で恐怖の表情を浮かべる黒尽くめを前に……少々不満顔であった。
「むう……このような仕留め方は好みでは無いのう。隙を作った人の手柄を横取りするかのようで……ふん!」
「ごべ!?」
どうもバトルマニアなオッサン的にはこういった奇襲連携での戦闘は好みでは無いようだが……とは言え状況が状況である事はオッサンも理解しているようだ。
容赦なく放たれた正拳突きが黒尽くめの顔面に突き刺さり、後方へと吹っ飛ばした。
「「!?」」
実戦において完全な一対一はあり得ない。
特に力の劣る盗賊は相手の隙を突き、味方のサポートに徹するのが最大の役目。
一瞬でも戦力差を覆せる瞬間があるなら見逃すな…………これもスレイヤ師匠から叩き込まれた心得の一つだ。
一瞬にして丸腰相手の同人数だったはずが一人減らされた残り二人はあからさまに動揺しているように見えた。
……すこしでも動揺しているなら畳み掛ける!
考える心のゆとりを取り戻させる前に、落ち着いて考えるヒマがなければ簡単な虚実も確認する術は無くなる!
「二人とも! 今度は左!!」
俺は大声でそんな事を口にしつつ、実際には右の黒尽くめへと向かう。
一瞬敵も味方も右か左か分からなくなるが、俺が実際に向かったのが右側であった事でほんの一瞬だけ左側の黒尽くめが“俺じゃないのか?”と気が抜けた。
その瞬間、俺は地面を蹴って全身を反転させて左の黒尽くめの腹目掛けてソバットをくり出した。
しかしさすがは相手もプロ、そんな雑な奇襲が通じる事も無く俺のソバットは無情にもバックステップでかわされ空を切ってしまう。
その時黒尽くめはホッとしたような、俺の事をバカにしたような目になるが……その目付きは次の瞬間に驚愕に変わる。
ドゴ!!
「フゴ!?」
バックステップの先で待ち構えていたオッサンの蹴りをモロにケツに喰らって……。
全身に電流が流れるような衝撃に全身を硬直させた黒尽くめだったが、最後は背後に忍び寄ったリリーさんが手に持ったスカーフを使って瞬時に締め落した。
「は~い、二人目……」
「リリーさん、案外そっちの道でも行けたんじゃね~の? 急増の連携、しかも素手なのにこんなに手際よく……」
そう言いつつスカーフをたたみ直すリリーさんの動きは中々に手慣れている……正直言うと手際が良すぎて軽く引いてしまった。
そんな俺にリリーさんは呆れたとばかりに反論してくる。
「そんなワケ無いでしょ? ここまで攪乱と奇襲が上手く機能するなんて……こういうのは本当に
「……今日は丸腰でも最強のオッサンがいたから使えた手だけどな。同じ手法は二度と使えねーよ」
「我としては手際が良すぎて、どうも戦っている実感がな~」
いささか不満そうな顔になるオッサンに苦笑しつつ、最後の黒尽くめに俺達が向き直ると……ヤツは明らかに動揺した様子を見せる。
これで三対一……武器を持っていて圧倒的に有利だった状況が一変したのだから、その動揺は当然の事。
だだまあ……“本当に”3人しかいなかったのならコレで俺たちの勝ちなんだが……。
「腐るなよオッサン……俺たちのターンはここまでみたいだぜ?」
「む? ……なるほど、確かにのう」
『気配察知』にも『魔力感知』にも普通に引っかかる大量の怪しい気配……。
最早隠す事を止めたらしい不審な黒尽くめの連中が周辺に並んだ馬車のあっちこっちからゾロゾロと現れだした。
「ひ、ひいいいいいい!?」
まるでゴキブリの如き動きで現れる集団に良いリアクションで腰を抜かしてくれるのはさっきの御者のおっちゃんのみ、彼の声だけがこの場に響いて………………あれ?
「……ちょっと待て。ここは馬車の待機所で各貴族共の御者とか従者がもっといるハズなのに、リアクションしてくれんのがあのおっちゃんだけなのは妙じゃね~か?」
「それを言い出したらこんなあからさまな不審者が獲物振り回してる状況に兵士が飛んでこないのは何でよ? 曲がりなりにも王宮の敷地内でしょうに……」
リリーさんの見解もご尤も……本来俺達は騒ぎを聞きつけた兵士たちが現れるまでの時間稼ぎのつもりでいたと言うのに。
そんな事を今更ながらに考えていると、不意に怯えた良いリアクションを取っていたオッちゃんの悲鳴が聞こえなくなった。
慌てて視線を投げてみると、腰を抜かして立てなくなっていたオッちゃんが白目をむいて横倒しに倒れ伏していた。
「お、おい大丈夫か!?」
「……ご心配召されるな。一人二人であれば手間は少ないが、さすがにこの場の全員を始末するのは後始末が面倒であるからな……一時的に眠って貰ったのみ」
ゾク!?
その声を聞いた瞬間、全身の毛が逆立つ圧倒的な寒気を感じた。
そいつはゾロゾロと現れた黒尽くめと同じような姿で、特徴と言える特徴は全くないように見える。
だと言うのにその男が纏う殺気が尋常ではない……狙った獲物を確実に始末する事に長けた文字通りプロ中のプロ。
……ヤバイ、こいつはヤバイ!! 自身の本能が、経験則が全力で警鐘を鳴らしまくる。
何が最もヤバいのかと言えば今現在纏う膨大な殺気ではなく、こんなバカみたいな殺気を今の今まで感知できなかった事だ。
今までいなかったはずなのに突然現れたように感じるほどの隠形…………それは俺の中で絶対に敵対しない事を心に決めた眼鏡の司書と同等の技術。
「随分と雑な計画じゃないの? 最初は捕らわれた仲間の口封じだけかと思ったのにさ」
「……そっちが始末を容認してくれればそれで終わっても良かったのだがな。残念な事に貴殿らの腕が思いのほか立つようだったのでね……口を封じるべきは部下ではなく貴殿らであると判断したのみよ……」
軽口を叩いて誤魔化そうと思っても自身の恐怖は拭う事は出来ない。
俺とて幾度も命の危険、修羅場を潜った経験はあるから恐怖を感じても身がすくんで動けなくなるという時期は過ぎている。
ただそれでも……まともにぶつかって生き残れる算段は浮かばない。
それはロンメルのオッサンもリリーさんも同じようで……苦笑を浮かべつつ冷や汗を流していた。
「……ギラル殿、さすがにこの期に及んで戦い方にケチを付ける気は無いが……先ほどのような鮮やかな奇襲戦法をまた期待できるだろうか? この数に加えてあの首魁の男を含めると……五体満足は期待できんぞ?」
「残念ながらネタ切れだ。さっきみたいに意表を付いて引っかかってくれるほど甘い相手じゃなさそうだし……リリーさんがこれ以上の意外性ある暗殺術でも披露してくれるなら別だけどさ」
「……ご期待に添いたいとこだけど、私も同様よ。こんな怪しいゲストをゾロゾロ招き入れるザル警備なら、最初から武器の携帯を試みるべきだったかしら?」
苦笑するリリーさんに同調したいところだけど、多分警備がザルなんじゃなく警備の王国軍にこいつ等を手引きしたグルがいるんだろう。
目的は知らんが……どうせ碌な事じゃ無いのは確かだ。
そして首魁と思われる黒尽くめから俺は片時も視線を切らずにいたつもりだったが……不意に背後の空気が動いたような気がした。
誰もいなかったハズの空間で、本当に僅かばかりに空気が動く感覚がする瞬間……俺はそれを経験したのが『大図書館』だった事まで思い出して、再びゾワっと全身から冷や汗が噴き出す。
反応できたのはほぼ偶然……右に視線を向けた時目にしたのは、既に俺の首へと短刀を突き立てる瞬間だった。
「う、うわ!!?」
「…………ほう」
間一髪、首をの位置を僅か数センチ後ろに動かせた事で、短刀は本日のみ着用予定であるノートルム氏から借りた紳士服の襟元を切り裂き、即死は免れた。
慌てて反応したオッサンとリリーさんが攻撃を加えようとするが、首魁の男はヒラリと身をかわして再び距離を取った……反射速度も並じゃない。
「……なるほど、外勤のホロウが気に入るワケだな。この私の動きにつたないながらも反応して見せるとは」
「外勤? アンタも調査兵団なのか?」
「……スマンが我々は冥土の土産をくれてやるほど心が広くは無くてね。それ以上は自分で考えて貰えるか?」
そう言って首魁がさっと手を挙げると、取り囲んでいた10人は超す黒尽くめたちがザッと一斉にかかって来た。
考える間を与えない……ついさっき自分がやった戦法だけど、やり返されるとこれ程厭らしい戦法も無いな!
丸腰、多勢に無勢……おまけに今度はホロウ団長に匹敵する隠形を持った敵……ジリ貧どころじゃない、絶望的圧倒的に不利でしかない。
初撃をかわせたのはあくまで首魁が単体で攻撃して来たからこその偶然……集団でかかって来られては僅かな空気の揺らぎなど感じる事は出来ない!!
視界にとらえていたハズなのに、再び唐突に男の姿が消失したのを確認して……俺は『万事休す』って神様に教わった使いたく無かった言葉が脳裏に浮かぶ。
しかし次の瞬間……黒尽くめの首魁の姿を目撃したのは俺達を仕留めようとする至近距離ではなかった。
多分本人はそのつもりだったんだろうけど、俺達への攻撃を妨害する何者かが目の前に現れたせいで断念せざるを得なかったようであり……。
その男は眼鏡を直しつつ黒尽くめの首魁と同じように、その場にいるのにいるかいないか分からない程、生きているかも怪しいほどに気配無く佇んでいた。
「いけませんね~こう言った時にしっかりと名乗らないのは無粋ではないですか? 調査兵団『テンソ』団長ジルバ殿…………」
「ホロウ……貴様、何故ここに……」
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