第八十六話 ユニークなゲスト参加者

 チリ……

「……ん?」

「む……?」


 いかにも高価そうな装飾が施された馬車から質素な馬車まで、何台もの馬車が停車して主の帰りを待っている待機場にはあまり身分差などを気にしない緩い空気が流れていたのだが……俺が不意に感じ取ったと同時に、今まで普通に雑談していたロンメルのオッサンも声を漏らした。

 俺とオッサンの共通点は『気配察知』を使える事……この技術、俺は常時展開しているが普段張り巡らせているのは精々20~30メートルと言ったところ。

 限界の300~400メートルを常時展開していたら必要な時に疲弊して使えなくなってしまうから普段は押さえているのだが……そんなノーマルの状態で感じ取った“ナニか”の気配は余り穏やかな物では無かった。


「……ロンメルさん」

「皆まで言うな……あの馬車……であるな?」


 さっきまでのフレンドリーに好戦的な笑顔は鳴りを潜め、一瞬で戦士の顔つきになったおっさんが目で示したのはどこかの貴族家の花をあしらった紋章が掲げられたノートルム家に比べれば豪華な馬車。

 明らかに今のはあの馬車の“下から聞えた”のだが……。


「何? どうかしたの?」


 俺たち二人の唐突な反応に戸惑うのではなく警戒を露にするリリーさん。

 こういう時、自分の『魔力感知』では拾えない気配を元同僚ロンメルが感じ取ったって状況は今までもあったのだろう。

『気配察知』は極端に言えば五感を研ぎ澄ませる技法だから『魔力感知』とは別の技術だからね。


「前に隠形の修行中に師匠によく叱られたもんだよ……“自分の気配、他人の気配ばかりに気を向けて自分が出す音を疎かにするな”ってさ。特に“身に着けた刃物は少しの揺れでも音を出すものだ”って散々しばかれたもんだ」

「ふ~む……耳が痛いのう、我のような動に特化した武芸者でも疎かにしてはならん事であるのに」

「……あ~~なるほど……そう言う事か」


 俺たちの会話でリリーさんは色々察したらしく、彼女も彼女で『魔力感知』を展開……索敵範囲を広げて行く。

 範囲を狭くしてだが常時展開している『気配察知』とは違い『魔力感知』は魔法と同じような扱いなので常時展開しているモノではない。

 術者が使用すると判断してからじゃないと発動しないのだ。

 偶然にも俺達が何者かの犯したほんのわずかな“鍔鳴り”を聞き取り必要であると判断しない限りは……。

 そして『魔力感知』を展開したリリーさんは露骨に眉を顰めて見せた。


「……二人とも、分かってるとは思うけど……“それ”だけじゃないよ? 特殊な方法でパーティーに参加しようとしているのは」

「……だろうね」


 修行次第で『気配察知』を掻い潜る技能を身に着ける事は可能だが、有能な魔導師でも無い限りは自身の魔力を完全に消し去るのは難しい事だからな。

 俺たちの『気配察知』を切っ掛けに『魔力感知』でリリーさんはより多くの不審者を発見したようだ。


「まずはあの馬車から行きますか……。ロンメルさん、悪いが仕留めるのは任せて良いっすか? 生憎俺もリリーさんも絶賛丸腰なんで」

「……なるほど承知した。それから我にさん付けはいらんぞ?」

「いや~年長者に恐れ多いっスから…………ではオッサンで良いか?」

「カカカ! そっちの方が失礼では無いのか? 重畳重畳」


 ニカリと笑って見せる筋肉ハゲ親父……やはりそう言う扱いの方が気が楽なのだろう。

 笑いながらオッサンは目標の馬車の正面に回り込んで行く……。

 当然その馬車に待機していた御者を含めたどこかの貴族の従者たちは急に目の前に現れた巨体のオッサンに訝し気な様子になるが、オッサンは気にした様子もなく俺に親指を立てて見せた。

 その瞬間、俺は全身の力を一気に抜いて真正面から倒れ込み、鼻先が地面すれすれまでに低空になる直前で……一気に地面を蹴った。

 超低空での速攻、武芸者であれば懐に飛び込む為に磨く技術だろうが盗賊の俺にとっては主に“低い場所への侵入や逃走”に使われる事が多い技術。

 そんな方法でとある貴族の馬車下に潜り込んだ俺は『馬車の下に張り付いていた黒尽くめの男』と真正面で目が合った。


「!?」

「随分と斬新な招待のされ方ですね……お宅さん!!」


ゴキイイイ!!

「ぐべ!?」


 まさか自分の存在が誰かにバレているとは思わなかったのだろう……面食らった男は俺の超低空の頭突きを顔面で喰らって馬車の反対側へと吹っ飛んだ。

 しかし吹っ飛ばされながらも態勢を整え着地を果し、黒尽くめの男は俺を睨みつけて短剣を引き抜く。

 奇襲をくった形とは言え反応の仕方出来たのは称賛に値する……ただ黒尽くめの彼にとって本日は実に厄日だったようで……。


ドゴ!!

「ぐべ!?」


 さっきと全く同じ呻き声を上げた彼は地面に張り付くように踏みつぶされていた。

 吹っ飛んで来た彼を待ち構えていた筋肉ハゲ親父の壮絶な踏み込みを背中から喰らって、文字通り潰されたカエルの如く……動かなくなったけど生きてんだろうか?

 しかしオッサンは踏みつぶした方には目もくれずに、馬車下から這い出して来た俺に注目している……再び好奇心旺盛な好戦的な目付きで。

 ……あ~なんか嫌な予感。


「素晴らしい……まるで蛇の如き低空からの速攻。初撃であったら間違いなく我も懐に飛び込まれておっただろうスピード…………面白い、面白いぞギラル殿! 是非とも後日我とも手合わせ願いたい!!」

「ほんと……それしか無いのなアンタは……」

「ちょ、ちょっとアンタら!? こ、これは一体何事なのだ!?」


 面倒臭い脳筋に目を付けられたと思っていると、唐突に自分たちの馬車の下から黒尽くめの不審者が這い出て来た事に御者を含めたどこかの貴族の従者たちは慌てふためいていた。


「……そっちの馬車下に張り付いてやがったんだけど、知り合いじゃないの?」

「とと、とんでもない! こんな如何にも怪しげな者を同伴などしたら主人の沽券に関わる……どころか最悪反逆罪だぞ!?」


 そう言う連中に含むところは無さそうで、本当に慌てふためいているように思える。

 まあそうだろうな……確証は無いがこの馬車はたまたま利用されただけなのだろうか?

 そう思った瞬間、リリーさんが大声を上げた。


「二人とも! 3時と7時と9時方向に魔力発動!!」

「な!?」

「ちい!!」


 リリーさんの声が聞えたと同時に俺達目掛けて3方向から飛んで来たのは炎の槍……俺は慌てて回避する事しか出来なかったが、オッサンはその一瞬で攻撃の意図を察したのか踏みつぶして気絶させた黒尽くめを、今度は上空へと“蹴り上げた。


「ぐべ!?」


 三度同じ呻き声を上げた男はやや哀れではあるが、炎の槍は完全に男が倒れ伏していた地面へと着弾して火柱を上げる。

 失敗した仲間の口封じ……この一瞬でそこまでの判断を下すという事は間違いなくその道のプロって事になるワケで……。


「オッサン大丈夫か!?」

「おお、最初から我らでなく仲間の始末を目的にした攻撃だったようだからな。狙いが正確だっただけに、我には当たっておらん」

「くそ……なんなんだよコイツらは」

「仲間の始末までの流れを見るにカタギではあるまいな。その筋のベテランである」


 瞬間的に攻撃の意図を察して口封じを未然に防いだこのオッサンも大概だな……。

 が……そんな事を呑気に考えている暇はあるはずもなく、気絶しているヤツとは別の黒尽くめが三人、既に俺達を取り囲んでいた。

 既に俺たちに隠形で姿を隠す事は諦めたのか、気配を殺し事はせず……ただ静かな殺気を漂わせて各々が既に短刀を抜いていた。


「……アンタらもパーティーに参加希望だったのか? ならしっかりフォーマルな格好じゃないとドレスコードに引っかかるぜ? だから馬車下に張り付くとか斬新な参加を試みているのかもしれないけど」

「まったくよ。ウチの聖女も嫌々ながらドレスを着ているってのにそんなに動きやすい格好で……なってないわよ」

「「「…………」」」


 俺とリリーさんの軽口に表情どころか感情すら動いた気配も感じない。

 さすがにホロウ団長や大聖女のような化け物クラスではないだろうけど、手練れには違いない……それは何となく察した。

 さっきの一人は奇襲戦法で何とかなったが、特にリリーさんは『狙撃杖』があって初めて魔導僧として本領を発揮するタイプ……俺も含めて丸腰でどうにかなる気はしない。

 額から一筋の汗が流れ落ちる。


「まったくである。場を弁えない衣装でこのような場所に参ずるなど礼儀に反する行為……貴様らには常識というのモノが無いのであるか?」

「「「…………」」」


 そんな中、ただ一人丸腰がデフォである筋肉ハゲ親父だけは悠々と拳を構えて3人の殺気を受け止めていた。

 それこそサイズが無いからと稽古着のままこの場に現れたアンタが言うなというセリフを宣って……。

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