閑話 嵐の前の静けさ(ドラスケside)

「これはこれは……名も無き庶子の分際で厚顔無恥にも王宮に寄生する恥知らず、王宮きってのハズレくじを主とする哀れなアンジェラさんではありませんか」

「お、王妃様……私のような下位の者の名を覚えていただいているとは……光栄でございます」


 後宮へと続く渡り廊下……そこで厨房から食材を運ぼうとしているアンジェラに高圧的に声を掛けたのは髪を山盛りにしてパラソルが床を這っているかのようなドレスの、センスで顔を隠した白塗りの化け物……もとい第一王妃である。

 厭味ったらしくニヤ~っと笑った顔はアンデッド顔負けな程気色が悪い。

 アンデッドである我がそう思えてしまうとは……後宮とは恐ろしい場所であるな。

 色々と調査も兼ねて王宮内部を探索していたのだが、妙なシーンを目撃してしまった。


「いえ、王妃としましては侍女の中でも最も意味の無い職場に付けられた貴方のような不幸な方を申し訳なく思ってましたからね。名を覚えるくらいの事は当然ですのよ」

「…………そんな、王命でございますれば」


 取り巻きの似たような顔に化粧を塗りたくった塗り壁共と一緒になってクスクスと笑う、明らかに嘲る王妃に対してもアンジェラは表情を変える事無く頭をたれた。


「結構……王命であるならどのような下賤ものであろうと主としてみなさなくてはなりませんものね。恐れ多くも国王からの王命……その意味を分かっているようで感心いたしました」

「……恐れ入ります」

「であるなら……本日あの者に下された王命は分かっておりますね? 王子でもない下賤な庶子を来賓客の目に触れさせる事は出来ませんからね~、アンジェラさん?」


 そう言い残してオホホと典型的な笑い声を残響恩に、塗り壁共はパーティー会場へと去って行った。

 そして……完全に姿が見えなくなり声すら聞こえなくなるまで頭をたれていたアンジェラは、誰もいなくなった事を確認してビッと中指をおっ立てた。


「ふん……誰が行きたいものですか、あんな耳障りな笑い声の裏で何考えているのか分からないような、パーティーとは名ばかりのサバトに」


 オホホウフフの塗り壁共が見えなくなってから、ヴァリス少年の専属侍女アンジェラの呟きに思わず頷いてしまう。

 貴族同士の会話、特にパーティーなんぞでうまい飯や酒が飲めないのは今も生前むかしも変わらんな……奴らの面は我などよりもアンデッドじみて見えるしのう。

 たまたま潜入する事になった後宮という場所であるが、知識として愛憎渦巻く女の戦場というモノはあったが、こういうのも実戦と同じで体験せねば本当のところは理解できない。

 ここは戦場などと人が起こす諍いの場ではない、あらゆる己が武器を振りかざし食い合いを繰り広げる魔獣同士の弱肉強食の理が生きる『魔窟』と言った方が正しいだろう。

 何しろ愛による憎しみなんぞという人間らしい感情のやり取りなど、この後宮で見た覚えがない。

 原因の根幹は知らんが邪気が感じにくい王都において、妙に邪気を留め置ける稀有な体質の少年が気になり潜入してはいるのだが、少年の体質以上に気になったのが邪気の出所。

 まあ案の定というか予想通りというか、ヴァリス少年に邪気あくいを送っているのは後宮に住まう王妃や側妃、その子供である王子や王女と言われるガキども……同じ後宮という区画にいる王家の連中の事如くに邪気を向けていたのだ。

 ねっとりと厭らしく、蔑むように……。

 現国王は随分とお盛んらしく、我が見ただけでも10人以上の妻がおり、その全てに王子王女をもうけていて……ハッキリ言えば長男やら長女やら、第何王子何だか考えるのがバカらしいほどいる。

 その全てから『邪気』が送られてくるのだ。

 

 しかしヴァリス少年は王子と認められてここにいるワケでは無い。

 立場も無ければ力もない、もっと言えば母親が誰なのかすら分からず“持っている”連中からそんな感情を向けられるのは筋が違うであると……当初は考えていた。

 だが色々見て、そしてホロウ氏に話を聞いている内に筋違いとは言え連中が少年に『邪気』を向けてしまう理由も理解できた。

 現国王は相当に八方美人であるらしく、それは政務だけに留まらず男女間の事柄にも言えた。

 他人に嫌われたくない精神で望まれるままにホイホイと計画性も無く何人もの地位のある令嬢たちと閨を共にし、結果大勢の妻や子供が生まれてしまった。

 野望を抱いて自分の娘を送り込んだ貴族たちは『王の寵愛』を受ける事に躍起になり、妻たちも子供たちも『王の寵愛』=『次期国王の座』として我こそはとなる。

 ホロウ氏曰く『このままでは歴史上最大の御家騒動が起こるでしょうね~』と遠い目をしていたが、我はそれを想像すると戦場でも感じた事の無い類の寒気を感じた。


 だが現国王は嫌われたくない精神で『言われたらやる』「呼ばれたから行く』といった動きしかせず、我には寵愛どころか親の自覚すらあるようには思えなかった。

 ……一度だけ後宮に顔を出した国王は目にしたが、その顔はヘラヘラと締まりがなくアレが国王か? と疑ってしまったくらいだ。

 他人である我が一目で『面倒だけど嫌われたくないから』という態度を見抜けるくらいなのだから、当の本人たちがその事に気が付かないワケが無い。


 そんな中においてヴァリス王子に対する対応だけが唯一違ったのが『王自ら我が子として城に連れ帰った』事だった。

 王子として認めないが我が子とは認める……それはつまり王子の重責を与えないように気遣い寵愛を受けているのでは? という注目を浴びる結果になったのだ。

 ……ヴァリス少年とって、そして外野から見れば言いがかりも甚だしい。

 あの少年は実の母親どころか父の顔すら碌に見た事が無いと言うのに……。

 むしろ国王は同じ王宮内にいると言うのにヴァリス少年を極力避けている節すら見える。

 ……自らの生誕を祝うパーティーに名指しで後宮の敷地から出るなというお達しに、さっきの塗り壁共のは相当溜飲を下げていたようだがな。

 しかしパーティーへの羨望など持ち合わせていないアンジェラは意気揚々とヴァリス少年の待つ後宮の更に奥にある小さな居住区へと“戦利品”を持って帰る。


「ヴァリス様~~今日はお肉の良いところを沢山いただきました! 晩御飯はご馳走ですよ~」

「アンジェラお帰り~って……うわ、凄いねどうしたのこんなに!?」

「ふ、ふ、ふ……本日はパーティーですからね。形のいい部位ばかり持って行って形が悪い箇所は大分放置されていたんですよ。どうせ今日はパーティーに出払っていて後宮には誰もいません、ガンガン火を焚いて焼肉しましょう焼肉!」


 専属侍女の声に奥から現れたヴァリス王子は形は不揃いだが大量にある肉の山に目を丸くする。

 後宮の中でもこの居住区を知っている者は限られ、日々の食事は食材を持ち込んでアンジェラが“ここで”作るのが日常になっていた。

 それは後宮内でも認められていない事で食事を提供されていない事もあるが、碌に毒見役すらいないヴァリスを守る為という専属侍女の計らいでもある。

 ハッキリ言えばこんな魔窟の中で唯一ヴァリス少年の味方は、専属侍女であるアンジェラだけなのかもしれん。


「アンジェラは……パーティーに行きたいんじゃ無いの? 同僚たちはパーティー会場で忙しくしているんでしょ? そんな日に僕と一緒にいるなんて……ただでさえ行き遅れとか馬鹿にされて……アンジェラは綺麗なのに……」


 それは一応は男爵家の令嬢でもあるアンジェラに対するヴァリスなりの気遣い。

 ああいう場所は出会いの場でもあるから、ホスト役に回る侍女たちもこういう時に独身の貴族に見初められたとかの話は良くある事。

 そういう機会を自分のせいで奪ってしまったんじゃないか? って事なのだろう。

 我……正直この坊主、嫌いじゃない、邪気との関連は別に考えてもヴァリス少年は普通に良い子だ。

 こんな魔窟であからさまに卑下されて蔑まれて生きているというのに、他人を気遣える立派な男にしか思えん。


「そんな事、気にしない気にしない。私はあんな煌びやかに見えてどす黒い会場でまともに仕事がこなせる気がしませんし、男漁り出来るほど強靭な精神もしてませんよ」

「…………でも」


 そんな坊主の頭をアンジェラは撫でつつクスリと笑った。


「何だったら貴方が大きくなったら私を貰って下さいな。行き遅れの年増でも良ければ」

「な!?」

「あら嫌ですか? 私の事を綺麗だって言ってくれたでは無いですか?」

「そそそそそそそ、そん……そんな事……」


 分かりやすく真っ赤になって慌てふためくヴァリス王子を悪戯っぽく揶揄う専属侍女の平和な光景……そこには魔窟の雰囲気は無く、親し気な姉弟や友人がじゃれ合っているかのようであった。

 塗り壁共には優越感かもせんが、こやつらにとってはこっちの方が本当の意味で楽しめるパーティーができるのであろうな。

 我が柱の影からそんな事を考えつつ覗いていたのだが、不意に真っ赤になってアンジェラの揶揄いを回避しようとしていたヴァリス王子と目が合った。

 あ……ヤバイ見つかった!!


「ああ! こんな所にあった!! 僕のボーンドラゴンナイトⅤ!!」

『…………』


 飛びつく勢いでガッシリと掴まれてしまった我は、つかの間の自由時間が終わったのを悟った。

 くそ……やはり重量が……。


「大事にしているんだけど、結構無くなるんだよな~。昨日も廊下に落ちてたし」

「……やっぱり角はやり過ぎだったんじゃないですか? センスに付いて行けなくて逃げたんですよ、その模型」

「ええ~? カッコイイと思ったんだけどな~」


 未だに我の事を模型と信じて疑わない二人は冗談交じりにそんな事を言い合うが……アンジェラよ、お主は正しい。

 我の頭部には元々骨とは言えドラゴンの角があるのだが、ここ数日その角が数を増しているのだ。

 縦向きのドラゴンの角以外に横向きの、巨大なバッファローのような角が……。

 数日前、後宮の塗り壁共が実家と不穏なやり取りをしているとかでホロウ氏がここに訪れなくなってから……若干少年の造形欲に歯止めが利かなくなってきている!

 この坊主、嫌いでは無いが我にとっては天敵であるのは間違いないのだ!!


「いや、ここは角を増やすよりももう一つ顔を増やすのはどうかな……ダブルヘッド、いやどうせならトリプル……」


 助けてギラルーーーー!

 我が違う生物に生まれ変わる前にーーーーーー!!




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