第八十四話 急には用意できない特注サイズ

 妙な所で共感というか同情的に男の友情的な何かが芽生えた気がする。

 考えてみると今まで『預言書』でいう所の悪役って共通点を持つ仲間はいるのに、こういう普通っぽい感覚を持った同性の仲間はいなかった気がする。

 何気にみんなキャラが濃いしね……。


 しかしそんな俺たちに近寄って来る輩が一人いた。

 一瞬貴族連中には定番って噂の爵位による見下しマウント合戦的なヤツでも現れたかと警戒したのだが……そんな者よりも遥かに面倒な輩である事を確認して呻き声が漏れそうになる。


「おおノートルムよ! エルシエル殿をパートナーとして連れ出せたとは……とうとうやったでは無いか!!」

「あ、ロンメル殿……いや~今回は理由があったからなので素直に成功とも言えないのですがね」

「な~に腐る事はない。あの難攻不落の女傑にドレスを纏わせたのは大きな一歩であるぞ」


 そう言って大仰にノートルム氏の背中をバシバシ叩く筋肉ダルマのハゲ親父、格闘僧ロンメルは白い歯を見せてニカリと笑って見せた。

 な……何でコイツがここに!? 

 ファークス家で追い回された恐怖の記憶が思い出され、冷や汗が噴き出して来る。


「む……貴殿は?」

「え……あ……ハ、ハジメマシテ……本日ノートルム様の従者を務めマス、ギラルと申すものデス。ヨロシクオネガイシマス……」


 そして隣にいた俺に気が付かないワケも無く、俺は妙な勘繰りをされる前に反射的に自己紹介していた。 

 無いとは思うが、こういう達人共は戦闘の動きだけで察するタイプもいるからな……油断は禁物である。


「おお失敬失敬、名乗りもせずに……我はロンメル、エレメンタル教会のしがない格闘僧である!!」


 王城であるとか貴族の前とかそんな事は一切関係ないとばかりに豪快に笑うオッサンは、衣装も態度も何も変わらず豪快であった。


「あれ~ロンメルさん? 何でここに?」

「どうされたのですか? 本日我々教会関係者に出動の指令は無かったと思いますが?」


 そんな知り合いの大声に反応しないワケも無く……シエルさんとリリーさんが近付いて来た。


「ぬお!? 何とリリー殿ではないか! その恰好……冒険者に転向したと聞いておったのに、まさかブロッサム家にメイドとして雇われたのか? 貴殿の狙撃の才が生かせる職場では無いと愚考するがのう」

「うっさいわ! そんなの私自身が一番知ってるっつーの!!」


 ペシリと気安くオッサンの腹筋に突っ込みを入れるリリーさんに蟠りのようなものはなく、もちろん筋肉ハゲ親父も同様、元職場仲間という関係性に変わりはないようで……こういう所が脳筋の良いところなんだろうか?


「今回は冒険者の依頼って感じで隊長殿に付き添ったってだけよ。んで、こっちが私が入れて貰ったパーティのギラルとカチーナ」

「あ~~そんな感じで……」

「カチーナと申します……導師殿」

「……ほう?」


 リリーさんの紹介の流れでカチーナさんも前に出て挨拶するが、明らかにハゲ親父ロンメルの目付きが楽し気に吊り上がった。


「……なるほど、出来るな。風に逆らわぬ柳の如きしなやかさ、そして風を切り裂く嵐の如き敏捷性……なるほど相当に出来るな」

「……お褒めに預かり光栄です。そちらも巌の如き頑強さをお持ちのようで」


 そしてカチーナさんも同じような好戦的な笑顔を浮かべる。

 ……この辺の流れはシエルさんと初対面した時と全く一緒じゃね~の?

 横目でリリーさんを見ると、話が進まないと判断したのか溜息交じりに口をはさんだ。


「……んで? そっちは何でまたこんな所に? お城に招待されたにしては格闘僧の格好そのままは無粋が過ぎるでしょうに」

「我もこのような化粧臭い場所に来たくは無かったのだがな、大聖女からの指令があってのう……」


 どうやら本音では来たくなかったらしいオッサンは腕組みして眉を顰める。


「ジャンダルム様の?」

「ああ、大聖女殿は“精霊が警戒している”と言っておってな……本当は教会から聖騎士団を派遣できないかと打診しとったのだよ。エレメンタル教会としては一応精霊の警告として城に掛け合ったらしいが、『本日はパーティーであるから警備は万全であり心配は無用』と突っぱねられたらしい」

「…………まさか」


 その言葉に俺とカチーナさん以外の『エレメンタル教会関係者』の連中の顔が露骨に曇った。

 俺たち二人がその事について疑問に思っているとシエルさんが説明してくれる。


「大聖女ジャンダルムは『炎の精霊』の寵愛を受けていますから、取り分け『荒事』の気配に敏感なんですよ。戦の前などは特に……」

「え? ……でも城の連中はその忠告を無視したみたいだけど?」


『精霊神』の方はともかく『精霊』に関しては実際に寵愛を受けて力を借りている聖女って分かりやすい存在がいるのだ。

 この国にいる限り精霊神教であるはずの連中がその忠告を聞かなかったって言うのか?

 俺の疑問にリリーさんが難しい顔をしたまま呟いた。


「……精霊からの忠告をよっぽど舐めているのか……それとも『荒事』が起こる事自体を想定しているのか?」

「……マジかい」


 本日俺たちは多少の行動を起こすつもりではいるけど、別に何かを盗むつもりも、ましてやどれ程のクズであったとしても殺人を犯すつもりも無い。

 目標の人物から知りたい情報を聞き出す……それだけのつもりだったのに、すでに大聖女だけじゃなく城側も何らかの想定をしているって言うのか?

 個人的にはこのオッサンがここにいる時点で相当なマイナスであるが……視線だけで仲間たちに確認を取るけど、カチーナさんもリリーさんも“どうする?”“今日は止めとく?”って顔だ。


「そんなワケだが大聖女殿としては放置する気にはなれんかったみたいでのう。我ら格闘僧の数名を貴殿らと似たように貴族の従者として潜り込ませたのよ。取り越し苦労ならそれで構わんってなもんでな」

「ロンメルさん、貴方も従者枠だったのですか? だったらしっかりと正装しなくては駄目じゃないですか。私などこんなに動きにくい姿ですのに、貴方はいつも通りなどと……」

「仕方があるまい……我のガタイで着れる紳士服などありはせん。特注になってしまうからのう」


 若干ズレた事を言い出すシエルさんにオッサンは気まずそうに答える。

 このオッサンでもこの場でいつもの服装でいるのは気が引けるようだな……少しは常識があるようでちょっと安心する。


「今回はたまたま我が王都にいたから駆り出されてしもうた。懲罰で屋根の修復に駆り出されておらなんだら今頃貴殿らと一緒にトロイメアでアンデッド退治であったろうがな」


 色々とオッサン自身不本意な感じだが、俺達としては強敵が加わった状態だからより不本意なんだよな~。

 そんな事を思っているとオッサンは辺りを見渡して呟いた。


「しかし、我が今日この日にここに来たのは……意味のある事なのかもしれん。もしかしたらこれぞ精霊の思し召しと言えるのやも……」

「……どういう事です?」


 オッサンが見渡したのが周辺の警備体制である事を察した瞬間、今まで純情ボーイであったノートルム氏の瞳が本来の聖騎士隊隊長の目付きに戻った。


「……見たところ問題があるようには思えませんが」

「いや、ここいらはパーティー会場から地続きの主要人物が集まる地点……むしろ過剰なほど警備体制を敷かれておる。問題は……」


 そう言ってロンメル氏が親指で示したのは王宮……よりも更に奥の方向。

 そっちは先日の潜入でも立ち入らなかった奥の奥……王国でも最高位の連中が居住しているというエリア、後宮がある方向だ。


「外側に向けては確かに警備万端であるが、逆に内側に向かう道筋に妙な穴があるような気がしてならん。これだけの人数を配備しているにも関わらずにな」


 俺はそんなオッサンの言葉に『気配察知』を最大限にしてみる……するとさすがに王城全域の気配を察知する事は出来ないが、先日潜入した夜間に比べて警備の人数は多いと言うのにバラツキが目立つ気がする。


「……確かに、妙っスね。まるで内側に誘導して包囲殲滅でも企んでいるみたいな歪な布陣にも思える」

「むむ……ギラル殿、貴殿はもしや盗賊か? 今『気配察知』で警備体制の確認をしたであろう?」

「あ……いや……精々が半径3~400メートルが限度っスけど」


 ……そういやこのオッサンも『気配察知』は使えるんだったな。

『魔力感知』程では無いけど『気配察知』も使い手同士だと察知された事に気が付かれてしまうからな……仕方ないと言えば仕方が無いけど。

 俺がおっかなびっくりそう答えると、オッサンはカチーナさんに向けた好戦的な目を俺にも向けてニカリと笑った。


「ほう! それは凄いのう。我は正確には50が精々、それ以上は“向こうに何かいる”程度しか分からんからなぁ……こらえ性も無いからすぐに接近してしまう」

「……少なくともアンタが隠密には向かないのは理解したよ」

 

 戦いたくはないけど、話す分には悪いオッサンじゃ無いんだよな…………同じ脳筋でも

シエルさんと違って清涼感も無く、ただただ暑苦しいのが難点だが……。

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