第八十三話 出世に向かない貴族様

「首がキツイ……」


 いつもと違う動きにくいタキシードってヤツに慣れない……しかし今日に限ってはいわゆる正装をしなくては目的地に入れない事を考えると着ないワケにも行かない。

 喩えそれが貴族っぽいワリかし立派な馬車を運行する“御者”であってもだ。


「こういった服装は初めてのようですね。動きづらいのなら御者を変わりましょうか?」


 気を使ってくれるのは隣に座るもう一人の紳士服、しかし俺よりも遥かに着こなしていてかつ似合っているのが微妙に腹立たしいカチーナさんである。

 もう魔法での男性に擬態しているワケでも無いのにその姿はキリッとしたイケメンでしかなく……執事役としてはちょいと目立ちすぎる気もするが。


「大丈夫大丈夫、むしろ少し動いていた方が気が紛れるよ」

「そうですか……しかしこんな形でこのような社交の場に戻る事になるとは、人生は分からないものですね」

「一般人の盗賊風情が入り込むってのもおかしな話だけどな~」


 二頭の馬に馬車を引かせてゆっくりと王城へ向かう……カッポカッポと規則正しい馬の足音にガラガラと鳴る車輪が長閑な雰囲気を醸し出していて、これから行くのが国を腐らせる魑魅魍魎蔓延るパーティー会場でなければ良いのにと思ってしまう。


 嘔吐感を避けられない話し合いの後日、俺たちは王城で行われるパーティーの参加資格のある一人の爵位持ちの聖騎士隊長に接触を図った。

 それが本日のみの主として仕える事になった聖騎士団5番隊隊長ノートルム・B・グロッサム殿……顔見知りであるリリーさんから従者としての同伴を申し出られ、アッサリとOKしてくれたナイスガイである。

 ……幾ら腐っていても国王が主役のパーティーなのだからもう少し難航するかと思いきや、俺とカチーナさんがシエルさんと一緒に戦った冒険者である事と、こっちの目的の為にシエルさんをパートナーとして配役させて欲しい辺りを説明したら……涙を流し、熱い瞳で俺たち二人の手をまとめてガッチリ掴んでいた。


『ありがとうありがとう! 君たちは恩人にして救世主……シエルが私のパートナーを引き受けてくれるのなら、あの人の隣に立てる栄誉が得られるのなら私は神にも悪魔にもなろう……国の一つや二つ売り渡す所存です!!』


 とまあ暑苦しくも漢らしく、ついでに超危険な発言まで漏らしていたノートルム氏であったが……ヤバい事にこの男に関してはその一言一句が嘘じゃねー事を俺は知っている。

 預言書では本当に国を亡ぼす『聖魔女』の隣に死ぬまで付き添うんだからな……シャレにならんのを知っているからこそ、発言の全てがシャレにならん。


「シエルさんも中々の御仁に見初められたもんだな」

「実害が無いなら望んでる事はカワイイもんだけどね」


 相場者の小窓から声を掛けて来たのは本日はメイド服に身を包んだリリーさん……赤毛が白黒のメイド服に映えていつもよりも可愛らしさが強調されている。

 俺たちの中では一番年上なのに、誰よりも幼く見えてしまうのを本人は気にしているみたいだけど。

 本日のパーティーに付き添える従者は基本的に3人、それも会場に入れるのは招待客とパートナーのみ……パーティー事態に用は無いからそこは構わない。

 俺たちはそのラインナップに沿って御者、執事、侍女の体を取っているのだ


「ちなみに我らがご主人様のどんなご様子で?」


 形だけとは言え本日に限り俺たちはノートルム氏の従者なのだから、一応は主人の現状を知っておこうと……って建前で、俺は前を向いたまま完全に興味本位で聞いてみる。

 そうするとリリーさんは苦笑交じりに呆れたように答える。


「あ~……何か死にかけてる」

「……え?」

「乗車してからお隣のパートナーに釘付けで“もう死んでもいい”って感じに召されかけてるわよ。ま……確かに今日のあの娘は極上だけどね」


 不穏当な言い回しに少しギョッとしたが、見てもいないのに状況が物凄くアリアリと浮かんで来る。

 確かに本日のシエルさんはいつも通りの清楚さにドレスアップした姿は、知り合いの俺達でさえ度肝を抜かれるモノだった。

 屋敷を出る時に数人の中年メイドたちが“いい仕事したぜ!”って顔で見送っていたのが非常に印象的だったな。


「お貴族様のワリにゃ~随分と初心なんだな……ノートルムの旦那」

「ギラル、貴方がそれを言いますか? ……まあ初心なのは見ての通りだけどね」

「ブロッサム男爵家は誠実な心を持った貴族としては稀有な血筋であるのは貴族籍を持つ者たちには有名ですからね。利用しやすいようで、実に扱い難い潔癖な家柄と……」


 元侯爵家の跡取りであったカチーナさんもその辺は知っていた事のようで……あんまり貴族連中に良い感情の湧かない彼女には珍しく好意的な物言いである。

 ……つーか好意的じゃねーのは俺たち全員に言える事か?


「見目も悪くないし仕事も確か……でも他者を貶める不正に手を染める事は決してない事で出世には向かないお行儀の良い男爵というのがブロッサム家の一般的な評価ですから」

「それは……褒めてんの?」

「王侯貴族など頂点に立つような立場であれば向かないタイプですが、私は嫌いじゃないですね……友人や従者として付き合う分には気持ちが良いですよ」


 まあ立場が上になればなるほど公私を分けなきゃいけないし、家を守り大きくする事が命題である貴族家だったら跡取りの観点からも正妻の他に側室だって必要になって来る。

 正しい事だけで領地経営だのが回せるワケでも無く、上に立てば立つほどにダーティーな手管も利用できなければやっていけないだろう。

 明らかに現在も、そして『預言書みらい』でもノートルム氏にはそう言う立ち回りは出来ないだろう。

 この国ではその辺を勘違いした奴らが上層部である事が既に問題なのだけどな……。


「さっきから馬車が揺れる度に隣りと密着しては昇天しかけては慌てて体を離して~を繰り返しているような初々しさの隊長殿に腹黒い貴族は無理に決まってるよ」

「潔癖こじらせて聖騎士団、その流れで見付けてしまった実直な聖女様ですものね。ギラル君、我々の計画に利用するようで心苦しかったですから……なるべく馬車はゆっくりと行きましょう。たまに揺らしてあげるのも忘れずに」


 クスクスと笑う女性陣を他所に俺は何だかノートルム氏の事が他人事に聞こえない感じがしていた。

 別に何がどうってワケでも無いのに、キリッとした紳士服のカチーナさんが女性的に笑う姿に……自分の中でモヤっとする何かを彷彿させているようで……。


 ……そしてしばらく馬車をカッポカッポと走らせて、先日は気配を隠して姿を見せないように侵入した城門を、門番に紹介状を見せるだけでアッサリと通過した。

 無論この際に厳重に身体検査をされて、武器等を携帯しているのであればここで預ける事になる。

 俺達も現在は“いつもの装備”を持っていない……カチーナさんの『カトラス』やリリーさんの『狙撃杖』も特殊な武器で目立つのもあるが、取り分け俺が普段所持する師匠から受け継いだ『七つ道具』などは持ち込むには怪しすぎるからな。

 一応見せかけにレイピアを帯剣はしているものの、カチーナさんはともかく俺には使う技術は皆無……今何かあったとしたら肉弾戦しか方法が無い。

 まあ“そっち”だと護衛対象の方が圧倒的に強いんだけどね……。

 その護衛対象であるノートルム氏は先に馬車から降りると、恭しくパートナーの手を取ってエスコートをする。

 その瞬間、周囲の視線が一斉にこっちに向く……何人かはその正体が何者か気が付いたようで「まさか……聖女……?」と呟く者までいる。

 元々綺麗な水色の髪に合わせる為に用意されたブルーのドレスに身を包んだ『光の聖女』エルシエルさんがノートルムさんに手を引かれてゆっくりと馬車から降り立った瞬間、そのあまりの美しさに溜息すら聞こえて来た。

 ムリも無い……内情を知らなければ鍛え込まれた無駄のない肉体は煽情的でもあり、更にいつもの修道服に近い聖女の衣装とは違うドレス姿は一層の背徳感すら醸し出す。

 所作は完ぺきで非の打ちどころは無い……。

 だけど馬車から降り立ったシエルさんは開口一番、俺達だけに聞こえる声で言った。


「……ねえリリー、今からでもパートナー役代わりません? やっぱり私にドレスはキツイですよ。リリーのメイド服の方が動きやすそうですし、入城が目的ならパートナーが私じゃなくても良いのではないですか?」

「シエル~~? 私たちにとってはどうでも良いけど、隊長さんにとってパートナーが変更したら意味ない事を理解してないのかな~?」


 今回のパートナーの件はあくまでも“俺たちの手伝い”と認識しているシエルさんだからこその発言だが……さすがにその認識はあんまりである。

 リリーさんにシエルさんが説教を喰らう間、俺は若干落ち込んでしまったノートルム氏の肩を叩いた。


「気をしっかり持って……アレが手ごわいのは誰よりも知ってるんだろ?」

「……ああ……分かっている。すまんな……付き合いの浅い君たちにそんな気を使ってもらうなど」

「その辺は気にしないで下さいな。何となく……アンタとは長い付き合いになる気がしなくも無いんでね」



 

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