第八十二話 青春の雄叫び(笑)

 精霊神……それは精霊神教にとっての最高神であり、エレメンタル教会の大聖堂では穏やかな女神の姿として像が祀られている。

 この前トロイメアで町民を軒並みだました時に使った姿もそれだが……。


「リリーさん、元聖職者にして異端審問官でもあったアンタにお願いがあるんだけど」

「な、何よ改まって……」

「これから俺、精霊神教の人が聞いたら異端者、邪教徒の先兵として火あぶり確実な妄言を言うけど……リリーさんには全力を持って俺の無知蒙昧な妄想を論破、叩き潰して欲しいんだ」

「……は?」


 俺の不穏な言葉に身構えるリリーさんであったが、構わずに俺は“普通の神経ではあり得ないような荒唐無稽な妄想話”を話し始める。

 そして数分後……俺の話を黙って聞いていた元エレメンタル教会所属、『光の聖女エルシエル』が率いる異端審問官の一員であった異端者の捕縛や懲罰に詳しく、どこぞの木っ端盗賊の妄言など易々と論破してくれる腕利きの魔導僧リリー殿は……俺の妄言をあざ笑うかのように呆れ混じりな溜息を吐いて……口を開いた。


「は~~~~ギラル……」

「はい…………」

「……参りました」


 そして深々と頭を下げての敗北宣言……妄言を打ち砕いてくれるはずの彼女からの発言に俺は大いに慌ててしまう!


「そんな!? 頑張ってくれリリーさん! 俺はハッキリ言ってこの結論は受け入れがたい! 今こそ邪教徒を追い詰める異端審問の辣腕を振るってくれ!! 何なら腕ずくでも一向に構わんから!!」

「無茶言うな!! というか何で私に聞かせた!! 今まで少~し懐疑的だった精霊神の存在が私の中で木っ端みじんに砕け散ったじゃ無いの!!」


 精霊神の存在は結構懐疑的な意見もあり、何となくそんな事を考えている代表格は最も精霊に寵愛を受けている『聖女』たちだったりする。

 それは聖女にとって精霊とは身近な存在であり、信仰対象というよりは昔馴染みの友人といった意識が強いから精霊という存在を良く知っているからである。

 曰く……自然界の魔力の化身である精霊が、自らに優劣を付けるのか? 自然そのものが人間のように上下関係を望むのか……と。

 精霊神教でそんな事を声高に主張などしたら背信者の烙印待ったなし、混乱が起こる事が分かっているからこそ、そう思っても誰も声を上げる事は無いのだが……そんな聖女と親友だったこの人が“そっちより”だったのは……まあ必然か。


「ただでさえ古文書の解読して行くうちに千年前の知りたくも無かった真実が分かってきてザッカール王国の歴史どころか精霊神教への信仰心もグラついていたってのに……決定打を寄越してくれちゃって…………どうしてくれんのよ!!」

「いや……そう言われてもさ……」


 確かにリリーさんは古文書の解読で『邪気』ってヤツの真相に迫っていたワケだし、それに密接に関わっていたのが精霊神教である事も知っていたワケだからな……。

 元聖職者と言えど狂信者という程じゃ無かったワケだし、感情的に否定する事もない。

 逆に隣で聞いていたカチーナさんは顔面を蒼白に変えて、静かに立ち上がる。


「…………ゴメンギラル君……ちょっと吐き気が……」

「……ああ、気持ちは分かる」

「カチーナ……私も行く。夕飯前で良かったよ。こんな悍ましい話……シエルは当然、大聖女様にも聞かせられんわ……ウプ」


 どうでも良いがパーティでは一番新参者のリリーさんだが一番年上で、俺たちの事を呼び捨てで呼ぶ。

 本当に今思う事でも無いが……。


                  ・

                  ・

                  ・



 ……しばらくお待ちください。

 少々洗面所方向より『青春の叫び』が聞えて来ますがお気になさらないで下さい。


                  ・

                  ・

                  ・


 ……暫くして再びテーブルについた俺達3人だったが、やはり全員顔色が悪かった。

 俺も含めて仲間たちは今まで生死を掛けた戦いを幾度となく繰り広げて来た経験者でもある。

 ちょっとやそっとの事で不安定になるほどヤワでは無い自負はあったのに……リリーさんはゲンナリした表情で俺を力なく睨んで来た。


「ギラル……アンタよくその結論に行ったね。普通ならそんな事を“繋げて”考える事は無いと思うんだけど……」


 それについては俺の発想力が豊かという事じゃ無いから、色々な意味で褒められても全く嬉しくない。


「この場合は運が良く……いや“運が悪い事に”俺が稀な出会いや経験をしてある意味誰よりも盤面が広く見えちまった結果だよ。本っ気で気が付かない方が幸せだったろうがよ」


 この結論に調査兵団ミミズクたちが気が付けないのも仕方が無い。

 彼らは俺達よりも先に『邪気』を収拾して大地を正常化するシステムの存在を古文書で知っていたのだからな。

 当然だけど機械的なシステムだと知っているのだから、それ以上の事を繋げて考え調査しようとかの考えには至れない。

 なんせ『邪気』は武力や魔力と違って特殊な者以外には感じる事が出来ないのだから。

 俺達だってドラスケって特殊な情報源が無ければ確認する事は出来なかった……そもそも普通ならアンデッドと意思疎通する機会だってあるワケね~んだから。

 そして俺の行動は『預言書』で知っていたから避ける為のモノ……普通だったら“その結論”に至る発想は湧かない。

 テーブルに突っ伏したままカチーナさんが力なくこっちを見た。


「ギラル君……『預言書』について個人的には『聖騎士』の件も含めると肯定的にはなりたくないのですが、そう言う事であるならば……そしてもしも『聖王』がヴァリス王子であるとするならば……全てを破壊したくなる気持ちは理解できてしまいます。それは……許しがたいでしょうね」

「あの子が『聖王』だって確証もねーけど、俺の妄想が結論なら同一人物の可能性は俄然跳ね上がるな……ヤバい事に」


『預言書』の邪神軍はあくまで“軍”である。

 圧倒的なカリスマを持っていて『邪気』って裏技を使える王が率いる軍団。

 しかも『邪気』は本人の意志によるところが大きい感情的な力……カリスマに加えて“ザッカール王国憎し”の感情がある者ほど強烈な死兵と化す。

 不正腐敗蔓延る王国に、王子と認められないのに後宮に軟禁状態の王子……後宮で王国に恨みを抱かないように大事にされている事も無いようだし…………これは。


「……ヤベーな、詰んでないか?」

「ど~すんの? もう私、知人友人一族郎党引き連れてこの国どころかこの大陸からも離脱した方が良い気すらして来たんだけど?」

「うおい元聖職者……万人を救うのがおめーらの建前だろうが」


 リリーさんにそう言いつつ、俺もスレイヤ師匠を含めた『酒盛り』のメンツや冒険者として交流のある連中、顔なじみの商店街の面々などが浮かんできて……何か事が起こる前にこの国から脱出させたい気分に駆られる。

 ……簡単に信じてはもらえんだろうが。


「大陸の北東部だからな~この国。出来れば遠く南西方向に進みたいけど山脈もあるし、師匠ももうすぐ臨月だから無茶はさせらんねぇ……一度東に向かうのがベターか?」

「……東の港町ガンダルなら異端審問官で行った事があるよ。ちょ~っと目こぼししてやったから船を調達する伝手はあるよ?」


 むむ、さすがはリリーさん……そう言うコネを持っているとは、やはり優秀な魔導僧……光の聖女を補佐していただけの事はある!


「ギラルが脱出させたい人数にもよるけど、複数回に分けて海路を辿れば南西の王国まで移動は可能でしょう」

「そうか! だったらとにかく身内だけでも先に脱出させて……」

「ちょっとちょっとちょっと…………」


 死んだ目でそんな事を言い合う俺たちに向かって、カチーナさんが胡乱気な眼でこっちを見ていた。


「君たち……途中から完全に全てを見なかった事にしての具体的な逃亡計画に移行しているじゃないですか? ギラル君、君の本来の目的からも外れてますよね、それでは……」

「「う…………」」


 いや、まあ……分かってはいるよ? 現実逃避であることは……『預言書』の未来を何とかしようと邪神の復活やら四魔将の闇落ち回避とか今まで姑息に駆け回って来たんんだからさ……。

 とは言え、どうしたもんだか解決策が皆目浮かんでこない。


「んにゃろ~~~四魔将でも『聖騎士』と『聖魔女』は猛者だけど単純思考で分かりやすかったから闇落ちの流れも読みやすかったのに……」

「何気に失礼な発言ですが……今は流しましょう。確かに私もシエルさんも大切な何かを失う事が無ければ、というのは共通ですからね」


 単純、とは言え結局人が闇に堕ちる、外道に至る原因は結局それに尽きるだろう。

 良心を、道徳心を、常識を……壊したり捨てたりする理由は様々だけど、大本の原因ってヤツはどこまで行っても一つしかない。

 俺があの時“飯を食わせてもらった事”と同様に……。


「結局……どうやっても当事者に聞いて何とかしない限り、方法も浮かばね~な」


 当事者……俺が髪をクシャリと掻き上げて呟いたその人物が誰であるかなど二人とも聞いてこない。

 そんなの『現国王クズ』以外話の流れで存在しないからな。

 案の定人物確認もせずに二人とも“それ以降”の行動について話し始める……話が早くて良い。


「何? 直談判でもする気?」

「また王城に潜入するのですか? しかし彼の御仁は一応は王国の最高位……近づくのは至難であるかと」

「まあ……ね、腐っても国の最高位だからな。王国でも屈指の護衛に守られているのは確実だからな……腐ってても禁書庫探しとはワケが違う」


 ファークス家に侵入した時の雇われ傭兵たちとは練度が違うだろう。

 禁書庫探しは要人のターゲットでは無いから比較的容易に済ませたが、何か問題が起きた時は物理的に首が飛ぶような護衛対象なのだからな。

 喩え腐っていても……。


「それに当日ターゲットが城にいるかどうかは今んとこ確認できない。腐っててもスケジュールはあるだろうが……」

「それは……さすがに入手困難なのでは? 腐ってはいても国王ですよ?」


 段々とカチーナさんも元王国軍で貴族であったのに遠慮が無くなってきた。

 無理もない……あんな悍ましい話の中心人物と聞かされて、敬うのは無理があるしな。

 でも、この件ついて確実な真実を知っているのは国王のみだから……何としても接触を図る必要があるんだけど……。

 確実にターゲットがいる事が確信できるスケジュール……俺はあらゆる情報源、何だったら二度と会いたくはないけどホロウ団長に打診する事も考え始めていたのだが、不意にリリーさんが「あ……」っと声を漏らした。


「そう言えば近々王城で貴族を招いたパーティーが開かれるって聞いたわ。国王の生誕祭だか何だか……腐っててもそういう祝い事はやんないといけないみたいね。当事者だから腐ってても挨拶くらいはしなきゃいけないだろうし、当日は絶対いるハズよ」

「パーティーか……」


 確かにそれならば、しかも祝われる当事者であるなら確実にパーティー会場にはいる。

 それに普段は入城する事無い大勢の貴族が入り込むなら、ドサクサに国王に近づく機会もあるかもしれない。


「だけどリリーさん、さすがにそんな外部に目を光らせている当日にこの前みたいな潜入は無理だぜ? それこそ特にガードが厳重になるだろうし……」


 前回の潜入に成功したのは綿密な『結界』を掻い潜る為の情報収集と、警備兵たちの気が緩む一瞬のスキを突いたからこそだ。

 しかしリリーさんは俺の心配を他所に余裕ある笑みを称えたまま言う。


「私が何で興味も無い腐ったヤツのパーティーなんて知ってると思う? とある貴族籍の隊長さんがとある聖女様をパートナーに誘いたくて四苦八苦しているのを知っているからだよ……」

「……それってまさか」


 リリーさんは徐々にいつもの調子を取り戻して来たのか、口角をあげて楽し気に、悪~い笑顔になって立ち上がった。


「お貴族様の従者って事なら数人の付き添いは認められるらしいし…………堂々と、正面からって言うのは……どうかな? ワースト・デッドの諸君」

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