第八十話 『セイシュン』と『ヒルドラ』の違い

「どうだった? 我が古巣、エレメンタル教会の観光は?」

「中々に見ごたえがあったよ……格闘僧の修行風景に始まり大聖女の襲撃、光の聖女と大聖女のマジもんバトルに最後は聖騎士団との嫌味の応酬と……キャラクターのバリエーションは豊富で飽きなくていいね」

「そりゃ~何より。私ににとっては飽き飽きしてるラインナップだけどね」


 椅子に座ってコーヒー片手にリリーさんはケラケラと笑った。

 エレメンタル教会の訪問を終えた俺たちはそのまま『針土竜亭』へと戻ったが、丁度か解読が一区切り付いたらしいリリーさんも含めて集合……そのまま報告会となった。

 彼女も行くのは気まずいとしても親友や恩師の事が気になるようで、そんないつも通りだったという報告に口ではそう言いつつ、表情は和らいでいた。

 しかしあのケンカ風景が日常って判別するのは何とも……。


「ところでリリーさん、今回エレメンタル教会に潜入して一つどうしても気になった事があるのだが……これは貴女の親友エルシエルさんにとって重要な案件かもしれないけど」

「……シエルの?」

「な、何かあったのですかギラル君? 私は何も気が付かなかったのですが、シエル殿に何か危険が迫っているとか……」

「危険……か。ある意味危険かもしれないな……ターゲットにされているとするならば」


 俺が声のトーンを落としてそう言うとリリーさんはスッと目を細め、逆にカチーナさんは目を丸くして驚く。


「聖騎士団5番隊隊長のノートルム……俺はあの男が怪しいと見たが?」

「……ほう? 初対面でその事実に気が付けたか……流石はハーフデッド、その手の気配すらも察知するか」

「褒めるなポイズンデッド……確証は無かったがな。教義順守派であるはずの聖騎士と証明派の聖女が繋がりを持つなど不自然かとも思ったのだがな」

「それは少々認識が甘いぞ……喩え表面上対立する派閥同士であっても末端まで意思統一が可能なほど人間というのは強固でも、そして脆弱でもない」


 まるで悪の幹部同士が密談をする如く、悪い笑顔で話す俺たちにカチーナさんは警戒を露にして口を開く。


「ま、まさかギラル君……あの二人は対立する派閥の影に隠れて新たな第三勢力を立ち上げようとしているとか……」


 そのカチーナさんの見解はある意味正しい。

 実際に『預言書』では『聖魔女』が派閥どころか教会組織そのものをぶっ壊して新たな組織をぶち上げてしまうワケだからな。

 ただ…………それは今の話ではない。


「なるほど……あの反応は怪しいと思ったが、対立する派閥同士である事が逆に障害になって燃え上がっちゃう感じか……イケナイ事をしている……的な?」

「実はシエル側はまだちょっと自覚ないんだけどね~、悪くは想ってないはずなんだけどな~。隊長さんの方はもうあからさま……熱烈なアプローチを繰り返してるよ」

「ほえ~あの脳筋聖女に……まあ見た目も性格も悪く無いのは事実だけど」

「私もロンメルさんも何度か協力頼まれた事はあるけどね~」

「………………え?」


 悪ふざけして俺達が悪の幹部風に話していたせいか、カチーナさんにはいきなり話が切り替わった様に思えたようである。

 だが徐々に理解が及んで来たのか徐々に顔面が紅潮してきて口元が興味津々とばかりに吊り上がって行く。


「え? え? ええ~~~~~!? もしかして、まさかシエル殿……あのお二人ってそう言う関係なのですか? なんといいますか、ここここ恋仲的な!? 私は全然気が付きませんでしたけど!?」


 さっきの緊張感ある表情はどこへやら……俄然興味津々とばかりにテーブルに身を乗り出して来る……こういう所はこの人も普通に女子だよな~。

 俺がその事に気が付けた……というのは少し違って『預言書』を見ていたからこそ疑えたって言うのが正直なところだ。

 最期の最後まで『信滅軍』を率いる『聖魔女』につき従い生死を共にし、後輩聖女との最後の戦いの直前に召喚勇者との戦いで命を落とすノートルムの姿は俺とは雲泥の差の死に様だった。

『地獄で待ってる』『必ず参ります……』息を引き取る瞬間に涙すら見せずに言い合うその姿に“あ~この二人ってもしかして”と幼心に思ったものだ。


「元はお貴族様の出らしいけど、とにかく腐敗した王国に迎合するだけの社交界に嫌気がさして別の方に進もうと聖騎士団に入隊したのに、そこも変わらず腐り切っていて辟易していた時に我らが聖女様と出会っっちゃったらしくてね~」

「あ~~~陰鬱な世界とはかけ離れた実直な脳筋聖女に癒されちゃったか……」


 色々とアレなところはあるものの、シエルさんは普通に裏表のない善人だからな……だからこそ異端審問官のクセに実績自体は誰よりも悪いくらいだし……さもありなん。


「出会いは!? お二人はどうやって出会ったのですかリリーさん!!」


 うお!? カチーナさんが何時にも増してグイグイと……珍しくリリーさんの方が面食らっているくらいだ。

 御家事情からも男装を強いられていたカチーナさんだが、本当は女子トークってヤツがしたくてたまらなかった口なのかもな。


「え~っと一度隊長さんも自暴自棄になっていてね……大聖女様に強引に引っ張られて格闘僧たちの修練に放り込まれたらしいけど、そこでシエルにゲチョゲチョに伸されたらしいわ。んでもって『貴方の剣はもっと迷いのない真っすぐな剣のハズです! 無用な事を考えずに真っすぐ私を見なさい!!』……そう言ったらしくてね」

「「おお…………」」


 何か思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 まず間違いなくその時のシエルさんは好敵手になりうる人物に強くなって相手をして欲しいという想いで漢らしく喝を入れたのだろうが……相手のノートルム氏はハートを打ち抜かれたというワケか。


「あの人も中々に罪作りッスね」

「悪かないと思うけどね? お貴族様出身ってのは孤児院での私たちには気に障ると言えなくも無いけど、あの男本人は嫌いじゃないし」

「無用な事を考えず真っすぐね……」


『預言書』で知る限り、確かにその男は散り際まで実直だった。

 実直に惚れた女の為に命までかけていた……ある意味羨ましい死に様……いや生き様でもある。

 

「シエルも他人のそう言うのには普通に興味津々だけど、いざ自分の事になると中々にニブチンでね~。一度彼が“お付き合いしてください”って言った時には物陰から見ていた私たちは“よく言った!!”ってガッツポーズをしたもんだけど……その後日が暮れるまで組手に付き合わされた彼をロンメルさんと大聖女が慰めていた時は……泣けたわ」

「それは……涙なしには語れませんね」

「何だろ……スゲーどっかで聞いたような展開……」


 あの脳筋代表的なハゲ親父と豪傑ババアが気を使った……だと?

 その話で思い出されるのは勿論師であるスレイヤ師匠とケルト兄さんの恋愛事情……あの時はケルト兄さんが圧倒的にヘタレであったのが問題だったが、師匠も師匠で相当鈍かったからな……。


「何だろ……俺今、すっごくノートルムさんを応援したい気分……」

「分かります……何か私も使命感のようなものが……」

「そうしてくれる? 実は結構あいつらをくっつけようって協力者は多いんだけど、あの脳筋聖女も中々でね……表面上では教義順守派と証明派の対立構造も邪魔しやがるしさ」


『預言書』の未来において、もっとも教会組織をぶっ潰したかったのはあの隊長さんだったんじゃなかろうか?

 無論その未来に至る道筋は既に潰してしまったから、そう言う方向でのアプローチに協力するワケには行かんがな。


「しかし……清廉潔白の代表っぽいエレメンタル教会でも、そういう色事は普通に繰り広げられているもんなのな。シエルさんの事もそうだけど、10年前の現国王の御落胤やら、その煽りで引退に追い込まれた当時の大僧正とかさ~」

「……あれらとシエルの件を一緒くたにしないで欲しいんだけど……あっちは精霊神教の中でも随一に爛れ切ってるから」


 リリーさんは俺の発言に露骨に眉を顰めた。

 ……まあ親友としては“アレ等”と同じように語られるのは不本意だろうな……言ってて俺もそう思った。

 神様曰くシエルさんたちのが『セイシュン』で、件の爛れた連中のが『ヒルドラ』ってヤツなのかな?

 口では大人の恋愛とか言っていて、その実はイイ歳こいて性欲に負けただけって言ってたけど……。


「んで……大聖女様と直接話して何か成果はあったの? こっちは解読の中で残念な事が判明したけどね」

「……残念な事? それは一体」


 リリーさんはそう言うとさっきまでとは打って変わった真剣な目になり、俺を真っすぐに見据えて来た。


「ギラル……貴方が憶測で話していた王都中の『邪気』を建国時から一部に溜め込んでいるんじゃないかってヤツ……どうやら憶測や妄想じゃすまないみたいよ」




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