第七十九話 それは無垢な赤子が刃物で遊ぶが如く……
「リリーによろしくな」
そう言われて大聖女ジャンダルムの部屋を出た俺だったが……聞きたい事を聞けたと言うのに余計に分からない事が増えた気がする。
個人的には予想以上に豪快なバアさんとの会話は楽しいモノだったけどな。
ゴシップ目線での国王のやらかしなんかにゃ興味も無いけど、『聖王』の特性を考えると母親の存在を無視するワケにも行かない。
話を聞いている限り大聖女も
「個人的には真剣に調べる気にもならんけどな……興味もねぇ他人の逢瀬の場所を探すとか、ほぼ罰ゲームじゃねーか」
最近になって調べ始めた俺に比べて調査兵団、特にホロウ団長辺りはもっとげんなりしていたんじゃ無かろうか?
何故か脳裏に疲れ切った表情で部下たちと溜息を吐く眼鏡の司書様が浮かんだ。
カレコレ10年も前の出来事をあの化け物が調べ上げても判明していないって辺り、何か根本的な見落としがあるのだろうけど。
そんな事を考えつつ教会の渡り廊下を歩いていると、不意に男女が言い争うような声が聞えて来た。
「ハ……この場に下賤な冒険者を招き入れるを良しとするとは、さすがは下等な貧民上がりの餓狼の手下……躾がなっていないな!」
「……口を慎みなさい。私の事などどうとでも言えば宜しいですが、私の友人や師匠を愚弄するなら容赦いたしませんよ?」
それは聞き覚えがあるけど馴染みのないドスの利いた声色のシエルさんのモノと、相手は全く知らないが鼻につくような高慢な言い方の男。
しばらく歩くとカチーナさんとシエルさんが白い軍服の連中と対峙している姿が見えた。
白い軍服……それは教会のお抱え騎士の『聖騎士』の連中だ。
ぶっちゃけ『預言書』の聖騎士のイメージがあるせいか、色眼鏡で見てしまいあんまり連中に良いイメージが無かったのだが……シエルさんをあからさまに見下して因縁を付けている男は分かりやすいほど気分を悪くさせる。
「ふん、そうやってすぐに牙を剥く姿は滑稽であるな。貴様如き女、喩え聖女であろうと我ら正当な精霊神教聖騎士団の敵ではない事が分からんとは……格の違いを見抜けぬとは哀れなものよ」
「…………フ」
遠目で見ていても分かる事がある……聖騎士団は大衆の前では白く輝く鎧をまとった神聖な教会を護る騎士って事になっているが、そう言った大衆の注目を浴びる立場でもあるからこそ、結構な確率で貴族籍の連中がコネで上役として入隊するというのを聞いた事がある。
もちろん貴族だって千差万別、カチーナさんのように鍛錬を積んで強くなった本物の戦士だっているのだが……因縁を付けているそいつはどう考えてもコネ側の方だろう。
それも聖騎士でいる自分はつえ~と勘違いしているタイプの……俺ですら分かるくらいの雑魚にしか見えない。
珍しい事に礼儀正しいシエルさんが失笑、横にいるカチーナさんに限っては呆れているくらいで……少なくともその男個人はやり合ったらイジメレベルになってしまう、それこそ本人が言っている格というモノを本人が分かっていない。
『預言書』の自分が目に浮かぶようだ。
そして聖騎士の側のリアクションはマチマチ……そいつに同調するようにニヤニヤ笑っている奴らもいれば、引きつった顔で“おい止めとけ!”って顔の奴もいる。
その中でも特に“止めとけ顔”で額に手を当てているのが一番偉そうに見える茶髪の男……あの団体の隊長さんか?
そんな事を想った矢先、その隊長っぽい男が呆れたように口を開く。
「止めろモログ副長……派閥が違えど『光の聖女』は同じエレメンタル教会の同士。無用な争いで怪我でも負ったらどうする。それこそ格を重んじるべきでは無いのか?」
「……確かに隊長のおっしゃる通りですな。諍いを起して怪我をさせては面倒です。戦いのイロハも知らぬ女に対して些か大人気が無かったですな」
そんな事を言いつつ見下した笑い声を上げる副長と、その他数人の聖騎士……。
う~わ、あのバカ本当に分かってない……今あの隊長が“シエルさんの間合いに体を割り込ませて牽制していた”事実に……。
聖騎士団も千差万別のようだが、少なくともあの隊長に関しては腕は立つようだな。
そして白軍服の団体がその場からいなくなったのを見計って、俺は二人に声を掛けた。
「オ~ッスおつかれ~。面倒臭いのに絡まれてたね」
「ギラル君、いつからいたのですか?」
「ほんの少し前、シエルさんが踏み込もうとして隊長に止められた辺りから……」
俺が素直にそう言うとカチーナさんはジトっとした目で睨んで来た。
「見ていたのなら割り込んでくれても良かったと思いますけど? その挙動をしっかりと見分けていたなら」
「見分けたから割り込まない方が良いと思ったんだけど? あの格の違うらしい副長はともかくとして、隊長さん含めた聖騎士の連中と本気バトルは勘弁ですぜ?」
俺はそう言いつつ見た目はただ立っているようでいて、実はこの場の誰よりも戦闘態勢であった聖女様をチラリと見た。
いつも通り穏やかそうな微笑であるのに……怒りが溢れていらっしゃる。
変な話だがあの勘違い副長は争いの火種としては優秀だ。
あの場で俺まで乱入したら間違いなく俺の事も含めて愚弄を始め、最終的にリリーさんの事すら口にしたんじゃなかろうか? そう思う。
そうなったら最早収拾が付かない事になっていただろうな。
そんな事を考えているとシエルさんがハッとなって、カチーナさんに向かって深々と頭を下げて来た。
「カチーナさん申し訳ありません! 教会の同胞があのような無礼を……」
「いえいえお気になさらず……私もあのような手合いを見るのは初めてでは無いですから」
シエルさんの顔にはさっきまでの怒りの雰囲気はなく、ただただ申し訳なさがにじみ出て、対するカチーナさんは労わっているようで……二人とも『預言書』では犬猿の仲であったはずなのに、その姿は上層部の理不尽に対応する部下同士みたいだ。
「アレがエレメンタル教会が誇る聖騎士団か……話には聞いていたけど随分とお育ちが良いようですね」
ぶっちゃけ俺が知っている『聖騎士』は預言書のカチーナのみ……あっちは白とはかけ離れた常に赤く血塗られた鎧をまとった禍々しい姿であったからな。
あの白く清潔な聖騎士団が正式なモノだとしても、何と言うかピンと来ない。
「お恥ずかしい話ですが、聖騎士団とは名ばかりで箔を付ける為にコネで入隊する貴族が多いのはご存じでしょう? あの副長は典型的な人物で、確かカザラニア公爵の推薦で入ったのですが……」
「聖騎士の名前に勘違いして“自分は強い”って思い込んでいるって事か」
俺がそう言うとシエルさんはため息交じりに頷いた。
「先日のトロイメアでの一件で背信者たちを聖騎士団として捕縛に駆り出されたらしいのですが……その一件以来益々勘違いした連中も多いようで」
「……捕縛の手柄ったって、あの連中は戦意どころか魂すら抜けてたんじゃないの?」
「はい……ノートリス……先ほど私を牽制していた聖騎士団五番隊隊長から聞き及びましたが、副長を含めた取り巻きの連中は無抵抗な背信者たちを追い回し得意げになっていたらしいです……嘆かわしい」
呆れたもんだ。
町民を皆殺し、アンデッドに貶めた連中に同情なんざ欠片も湧かないけど、無抵抗な奴らを引き合いに自分の力を過信できるとは……。
「聖騎士団は従来の教義順守派に属する者たちですので、あの副長は証明派よりの私たち聖女は気に喰わないのでしょう。ましてや自分よりも弱いと女性を見てるのなら高圧的に侮辱もしやすい」
「……実力のある聖騎士の連中にとっては迷惑以外の何物でもなさそうだったな。顔を青くして構えている連中もいたし」
「相手の実力を全く見抜けないと言うのも幸せなのかもしれませんね」
どうやらカチーナさんも同じ見解……遠目で見ても俺には副長とやらが一息のブレスで命を奪えるドラゴンの目の前でダンスでも踊っているようにしか見えなかった。
「普通に教会で鍛錬しているのなら格闘僧たちに交じって筋肉坊主共をなぎ倒すシエルさんも見てるだろうに……」
「……見てないのですよ。そもそもそういった勘違いをした連中が真面目に訓練するワケが無いじゃないですか」
「あ~~……なるほどね」
曰くやった事もないクセに難癖を付ける輩。
もしくやった事も無いからこそ“大した事は無い”“あんなもん自分にも出来る”とやらないクセして人を見下し小馬鹿にすると言うヤツか……。
神様も言ってたな……まるで自戒するかのように。
『自分で努力もしないクセに“あんな事俺でも出来る”って言うヤツは結局何にも出来やしない。やるヤツは出来るなんて口にする前に既にやっているもんだ』
自分に出来ない事を出来るようになりたいなら、やるしかない。
訓練を、修行を、努力を……それは当たり前の工程でしかなく、本当は誰もが知っていて当然なのだが、何故かその事実を忘れたがる輩は多い。
その結果が俺にとっては真っ二つの死に様に直結すると思えば……やっぱり目を逸らすワケには行かなかった教訓だ。
そして神様の事を思い出した事で、俺は『預言書』の気になる事ところまでも思い出していた。
「聖騎士団の隊長、ノートリスさん……派閥が違うって言ってたワリには話す事はあるんだ? 討伐の話も本人から聞いたって言うし」
「派閥が違うからと、別にいがみ合っているワケではありませんよ。同じ教会組織なのですから隊と関係ない場面では普通に会話いたします。先ほどは聖騎士団の隊長として、部下の手前あのような態度でしたが……おそらく後程個人的に謝罪にいらっしゃるでしょうね。そういう方です」
「……なるほど」
苦笑して見せるシエルさんからは悪感情は見えない……少なくとも聖騎士団はともかく、隊長本人に対しては好意的なようだ。
教会を二分する派閥争いと聞いていたけど、面倒臭い枠組みさえなければ案外仲良くやっていける面もあるんじゃないだろうか?
『聖魔女』が教会の組織そのものを破壊し作り上げた『信滅軍』で最後まで付き添った側近と同じ名を持つ隊長の存在に……俺は妙な気分になった。
「何にしても少し安心したね俺は。教会関係者って何故か脳筋ばっかり見ていた気がするから、ああいったネチネチと辛気臭い輩もいるって確認できて……」
「ギラルさん? それはどちらに対しても失礼ですよ?」
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