第七十八話 余り物でも福とは限らない

 あえて『大聖女』とか敬称を付けない馴れ馴れしく失礼な物言いをする俺に少しだけ戸惑った様子を見せた大聖女だったが…………やがて俺の目をジッと見据えると重々しく口を開く。


「小僧……それはアタシが大聖女……いや精霊神教の聖職者として聞いても問題ない類の話かい? 聞いた途端に異端者を疑われるような……」

「!?」


 大聖女の確認の言葉に俺は正直驚いた。

 失礼だの不敬だのと言われる気はしなかったが、何言ってんだ? とかどういう意味なんだ? とか理由を聞き出そうとすると思っていたのに。


「そ……っすね。正式に精霊神教の人に明言したら、普通は磔や火刑でもおかしくない類の話かな?」


 ウソや誤魔化しが通用する状況ではない……そう判断して俺が正直にそう言うと、大聖女は鼻を鳴らした。

 まるで“納得した”とでも言うように。


「フン、なるほど……だったら今のアタシにゃ聞かせない方が良さそうだな」

「……俺個人はアンタには聞いて貰っても問題ないって気になってたんだけど?」


 実際俺は自分の過去も含めた『預言書』の話をこの大聖女には話して、あわよくば味方に~とか都合の良い事も考えていた。

 教会の大聖女であるこの人なら、いざって時に巨大なメイスを振り回す圧倒的戦力にもなりうると……。

 しかし大聖女は見透かしたように腕を組んで俺を見据えた。


「……色々と考える頭はあるようだが、駆け引きのやり口はマダマダ甘いねぇ。お前さんが何をもってアタシを信用したかは分からんが、アタシがお前さんの思惑通りに動くとは限んないさね」


 そう言われて、俺はちょっとムッとしてしまう。


「……アンタはシエルさんの師匠で、あの人と同じ類の人間だろ? 仮に俺が信用に値しないなら真正面から潰しに来る類の……」


 俺が信用した理由は基本的には『預言書』も含めたシエルさんの師匠であると言うのが大前提だ。

 腐敗の蔓延る教会組織の中で、少なくとも『預言書』の胸糞悪い未来を推奨する行動をこの人が取るワケは無いハズ。

 しかし俺がムッとした事が可笑しいのか大聖女は少し口角を上げた。


「青い青い、確かにお前さんの言う通りアタシもシエルと似たような人種だ。搦め手は苦手で真正面から対処する癖がある……だからこそ、アタシの行動は至極読みやすい。本物の賢しい連中にとってはな」

「…………」

「まあアンタみたいなヤツに信用される事は光栄だがね……アタシが言いたいのは甘く見るなって事さ。国も教会も一筋縄では行かん、デカいだけじゃなくしつこく想像よりも遥かに賢しい……悪知恵なら自分よりも上だと認識してにゃ~何からケチが付くか分かったもんじゃない」

「ぐ……」

「今のアタシの立場じゃ、知らないって事にしといた方が良い……そう言う事さ」


 ……言葉に詰まる……確かにその通りだ。

 俺は『預言書』という未来を知ってはいるが、肝心なするべき事、そして自分の敵がどいつでどれ程の数がいて、どれだけ強いのかも分かっていない。

預言書みらい』を知っていたからと言って、相手よりも優位に立っているワケではない……当たり前の事であるのに、俺自身が忘れかけていた。


「……分かったっスよ。確かに今の立場、大聖女様は知らん方が良いかも」

「ふふふ、そこで納得して反省できるのもアンタの力の一つさ。残念だがシエルはその辺の機微がまだ納得できんようでな~」


 それは確かに……同じ話をシエルさんにしたとするなら、、彼女なら全ての話を聞いた上で真正面から味方するか、もしくは敵対するかの2択になっていただろうな。

 だからこそ『預言書』の話も含める可能性のあった今は席を外して貰っていたのだし。

 この師匠も同系統ではあるが、自分の性質を熟知した上で行動を律する事ができているのは……経験キャリアって事なんだろうか?


「いつか面倒な肩書を取っ払ってたたのババアになったその時にでも教えてくれや、アタシの無様な死に様をさ……」

「…………おっかねぇババアだ」


 俺はその言葉に戦慄しつつ、何故かニヤリと笑う大聖女に同調して笑ってしまっていた。




「さ~て……そいじゃあ聞きたい事ってのはアタシが10年前見つけた赤ん坊……ヴァリス王子の事だったかい? だけどお前さんリリーから粗方聞いたんだろ?」

「ああ、酔った勢いで口走ったって聞いたけど……」

「まあ“そう言う事”にしといてるが……ハッキリ言やあ、それ以上の話は無いんだがね」


 ようやく聞きたい話が聞ける段になったかと思ったが、大聖女はしょっぱなから中々にガッカリな事をぶっちゃけた。


「アタシの中でイマイチあのクズの所業を風化させる気にはならんかったから、酒の席の噂程度に言い伝えたかっただけだが……」


 あのクズ……明言して無くてもそれが現国王は指している事は分かる。

 この大聖女が我が子として持ち帰った赤子をどんな境遇に置いているのかを知らない事は無いだろう。

 話に聞いている限りで“そのクズ”が唯一認められる行為だと言えるのが自身で引き取ったという点だと言うのに、王子と認められる事は無く他の後継者やら王妃、側室連中からも蔑まれている現状となれば、その評価は正当だと言える。


「ギラル、アンタも聞いたならおかしいと思ったろ? お家騒動の引き金にしかならない赤ん坊をクズが引き取ったってのをさ」

「あ、ああ……普通なら知らねーフリでもしそうなのに」

「当時アタシもそう思った……何なら赤ん坊の命の危険すらあったんじゃないかってな。なんせ通称『責任逃れ王子』だったからな」

「何っスか? その聞いた事も無いくらいにカッコ悪い渾名は……」


 現国王ロドリゲス・S・ザッカール何世……とか言ったっけか?

 日和見の側近たちの言いなり国王というイメージしか無いんだが……。


「現国王は9男だってのは知ってたかい? ヤツは元々王位継承権からはかけ離れた順位だった。おまけに兄たちは大抵優秀で、それを良い事にヤツはあらゆる責任を伴う苦痛から逃げ続けていたのさ。学問、武術、社交も外交も、国民に対する人気取りですらな」

「はあ……」

「ヤツはそのお陰で王位に就いた」

「…………はあ!?」


 何だその逆転した現実は? 

 しかし大聖女はため息交じりに教えてくれる……そんな『責任逃れ王子』が『日和見王』になってしまった必然を。


「国王の座……この国では形骸化して久しいけど、ヤツらには何か意味があったんだろうねぇ……最も王国の事を考え国民に顔の知られていた第四王子が暗殺されてから見る見るうちに残りの兄弟間で殺し合いが始まった。で……誰もが捨て置いた害にならないと思っていた末の弟だけが生き残ったのさ」


 あらゆる苦難から逃げ続けていた事で兄弟間でも眼中に無かった為に暗殺の対象にならなかった……そう言う事らしい。


「それがヤツの作戦、生き残り王位を簒奪する策略だったなら見事なもんだと言いたいが」

「本当の本当に、害にならないヤツがたまたま生き残ったと……」

「今の王国の腐敗を見りゃ、最も害になるヤツが残っちまったワケだがね」


 才能を隠していたワケでも無く、本当に無責任で無能、何も出来ないからこそって……マジで最悪だな。

 ホロウ団長に聞いた時よりも遥かにヤバイのが国王に君臨しているというのが実感できてしまう。


「そんな逃げ癖が付いていたヤツがガキの頃からいつも隠れ家に使っていたのがココ……エレメンタル教会で……件の赤子がいた大聖堂なのさ」

「……え!?」


 その情報は聞き捨てならない! そう思ったのだが、大聖女は俺が驚く事も織り込む済みだったようでニヤリと笑った。


「アンタ今、思ったろ? 隠れ家のココでシスターの誰かとイイ仲になったんじゃないかってさ」

「……違うのか?」

「残念だがね、当時のアタシたちもそう考えて色々と事情聴取して回ったのさ。さすがに王族と繋がりを持って放置は出来んからね」


 腐っても王族のお気に入りとなれば疎かな対応も出来なくなる……ハッキリ言えば教会としては、そうだったらシスターでいられても困ると言うのが本音だろうか。


「結果は?」

「言わんでも分かろう。ヤツとは全く関係のない当時の大僧正との関係があったヤツが数人見つかった程度さ……下半身事情が暴露されたソイツが隠居した事以外は変化なし」


 当時の大僧正にとってはとばっちりも良いところだったろうな……全然関係のないところから流れ弾が飛んで来たようなものなんだから。


「……じゃあやっぱり平民の娘でも連れ込んでいたか?」

「あ~ほ……仮にも教会の聖堂だぞ? あんな関係者から一般人から無差別に人の集まる場所でよろしくやってたら、さすがにアタシも張り倒してるっての。素直に連れ込み宿に行けってな」

「……だよな。それにその程度だったら調査兵団が調べ上げていそうなもんだし未だに母親不明ってのは腑に落ちないな」


 それから色々と当時の話を聞いたのだが、結局新たな発見があるワケでも無く……分かったのは『現国王が昔はちょくちょく教会に足を運んでいた』という事だけであった。

 エレメンタル教会の大聖堂……そこに最大の意味があるとはこの時の俺には知る由も無かった。




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