第七十七話 巡る奇縁

「や~悪かったね。あのスレイヤの弟子でおまけにこっちのやる気を正確に感知したのを見たらいてもたってもいられなくてさ~」


 カラカラと悪びれる様子もなく豪快に笑うバアさん……間違いなくこの人がシエルさんの師匠である大聖女ジャンダルムである事をその振舞で確信してしまう。

 突っかかり方はともかく、戦いたい理由は弟子と全く一緒だからな……脳筋め。


「エレメンタル教会ってのはそんなんばっかりなんっスか? どう言うワケか俺は戦闘狂にしか会ってない気がするっスが……ま~嫌いじゃね~けど」

「あ~~心配しなさんな、アタシらみたいなバカは少数派だよ。大抵は敬虔な信者しかいない場所さ……信仰対象が精霊神かお金様かの違いはあるがね」


 俺の漏れ出た本音に対して大聖女ばあさんは自分達の組織を皮肉った様に正確に答えてくれる。

 要するに拳で片の付かない面倒事の方が多いって事なのだろう。

 どう考えても彼女はエレメンタル教会の現状に不満を持っているな……平たく言えば面倒臭いと。

 ……小一時間程休憩室で待っていた俺達だが、今大聖女の部屋へと通されたのは俺一人。

 一応カチーナさんにはシエルさんの案内でこの教会に関する別の調査を頼んではいるが、実際のところはこれから聞き出す情報に関してシエルさんに聞かせたくないところがあったのだ。

 その人あの見た目で直情的でウソが苦手だからな……。

 何かを察したのか大聖女も人払いをして、今現在この部屋にいるのは二人だけ……彼女は俺を見据えるとニヤリと笑った。


「師匠の方は今どうしてるんだい? ようやくケルトの坊主に手籠めにされたとは聞いてたがね」

「今は冒険者引退して王都にいるっすよ? 来月が予定日なんでね」

「ほお!? アイツが師匠ってだけでも驚きだったのに母親になるのかい? いやはや月日が経つのは早いもんだ」


 スレイヤ師匠の現在を聞いたバアさんは驚いたようだが殊更嬉しそうに笑顔になった。

 それだけなら近所の気のいい婆ちゃんにしか見えない……突然メイスを振り下ろす戦闘狂にはとても……。


「というかケルト兄さんの事まで知ってたんっスか?」

「知ってるも何も……アイツらは同じスラム出身の昔馴染みさね。知らんかったんかい?」

「……腐れ縁とは聞いてたけど、幼馴染とは」

「スレイヤとケルトはよく食い物の窃盗事件で聖女時代に捕まえる事が多くてね……鈍くさいケルトの方がとっ捕まる事が多かったもんだよ」

「鈍くさいって……」


 俺は『酒盛り』にいた時、一度としてケルト兄さんの槍捌きを掻い潜れた事は無かったから、懐かしそうにそう言われてもいまいちピンと来ない。

 しかし次の言葉で俺はその人物がケルト兄さんであると確信する。


「ケルトがスレイヤを女として見てたのはそんな頃からだからね……スラムから奴らが出るまで変わらなかったのに……未だにアイツらは一緒なんだね」

「……あの人のヘタレはガキの頃からの筋金入りだったんっスか?」


 強さ云々はともかく、スレイヤ師匠に対するヘタレっぷりに関してだけは『酒盛り』の中では共通認識だったからな。

 あの二人をくっつける為に外野の俺達がどんだけ苦労した事か……俺の呟きにバアさんは手を叩いて笑い出した。


「アッハッハッハ! そうかいそうかい、その辺も変わっちゃいなかったか!!」

「そりゃもう、ひでぇモンでした。同性って事でミリヤさんが師匠を焚きつけて、ドレル……チームリーダーのオッサンがケルト兄さんを励まして……ガキの立場から俺が二人をくっつけるようにさり気なく立ち回って……ファーストキスまで約3~4年かかったっス」

「は~~~3~4年? アンタ等もよく頑張ったね」

「ええまあ……そのくせファーストキス済ませてからは早い事早い事……その流れで師匠はご懐妊、パーティ解散の流れで俺は独り立ちって事になったんっスよ」


 ご懐妊を俺たちに伝える時の二人の気まずそうな顔は今でも思い出して笑えるエピソードだ。

 特に男勝りな師匠が恥ずかしがる女っぽい仕草はレア中のレアだったし……。

 その辺の事も聞かせる「アレが女の顔を! そりゃ是非とも見たかった!」と再び大爆笑する大聖女……何とも馴染みやすい安心する下品な笑いである。

 だけど一しきり笑うと、大聖女は居住まいを正す……大聖女という立場に相応しい見事な立ち姿で。


「そんな私が守ってやれなかった者たちに育てられた男が、再びアタシが守り切れなかったシエルやリリーを救ってくれたワケだ……不思議な縁だよ」


 そう呟くと大聖女ジャンダルムは深々と頭を下げた。


「冒険者ギラル……大聖女として先の精霊神教の不始末への謝罪、そして聖女と魔導僧……大事な娘たちを助けてくれた事……心からお礼を申し上げる」


 それは疑いようのない心からの言葉……。

 教会組織の大僧正やらがお布施目的にしている演説に比べて遥かに価値のある、まさしく大聖女の立場に相応しい人物からの言葉だった。

 

「……止めてくれよ、俺は俺なりに目的があっただけさ。あの二人に関わったのは利害の一致でしかない」

「それでも……だよ。特にリリーに対してアタシは破門するしか手が無かったからね。何が大聖女なのか……部下一人、直弟子の親友一人守ってやる事も出来やしない」


 教会組織の聖女を束ねる大聖女という自分の立場に板挟みになり、行使する力や発言力にも限界がある。

 しかしその事について長年悩み足掻き、それでも結果を出せなかったと嘆くような人物が何も出来なかったとは思えない……少なくとも当の本人は。


「大丈夫じゃ無いっすか? リリーさん本人が言ってたっスからね……“結局教会組織みたいな団体行動、私には向かなかった”って。魔力を放出出来ないハンデでも足掻き続け、親友とタメを張る為に己を磨き続けて来たあの人自身、誰かに守って貰おうとか考える質じゃ無さそうだし」

「ふん……生意気に抜かしよるわ」


 俺がサラッと事実を言ってやると大聖女は少々目を丸くしたものの……フッと息を吐きだした。

 まあ少しでも気持ちが軽くなってくれりゃ~それで良いけどな。


「それで……小僧……ギラルだったか? このババアに何の用だ? ワザワザこんな辛気臭い場所に年寄りの愚痴を聞きに来たワケじゃあるまい」

「個人的にゃ、それでも良かったっスけどね」


 大聖女の冗談に俺は軽く返す。

 実際師匠方の面白過去話も聞けた事だし……欲を言えばミリアさんの話も聞いておきたいところだが、それはまたの機会という事で……。

 チラリと視界の隅に写る大聖女愛用の巨大なメイス……俺はそれが預言書で『聖魔女』が振るっていたモノと同じモノである事を確認し……やる事をやる事にする。


「10年くらい前にアンタが大聖堂で拾ったっつー赤ん坊について……ちょっと聞きたい事があるんっスよ。今現在後宮で軟禁状態のヴァリス王子について」


 俺がそう言った途端に大聖女は目を細めて迫力のある表情へと変わった。


「興味本位……って事じゃないようだが、あんまり軽々しく話すような内容じゃないがね」

「正直に言えば、何もないなら俺も深堀するつもりはねーんだけどよ? 他人の過去の詮索とか……面白くもねぇ」


 それは俺にとって本音以外の何物でも無い。

 実際に今まで必要で調べた人の過去で楽し気なモノを見た覚えがねぇ……。

 カチーナさんの過去然り、トロイメアの過去然り……知る必要があったからこそ知らなければいけなかったが、知らずに済めば気が楽だっただろうと思わなくもない。

 

「正直だね小僧。つまりやりたくもない過去詮索をしなきゃいけない目的があるって事かい? シエルやリリーを救ったみたいに」

「…………」

「別に教えてやっても良い、胸糞悪くなる話だがね。だけど代わりにアタシにも教えて欲しい事がある」

「……何っスか?」

「アンタの目的……いや、ギラル……アンタは一体何だ?」


 答えに詰まる俺に対して大聖女は「ふん」と鼻を鳴らした。


「見込みはあるが腕前で言えばまだまだ達人の域には達しない発展途上……だと言うのにお前さんはまるで知っていたかのように王国や教会の魑魅魍魎どもを出し抜き、結果アタシにも出来なかった事、悪人どもを見付け、叩き潰しおった……賢人ぶる老人が気にするのは当然だろう?」


 ジッと見据えるその瞳に含むモノは感じられない……分からないから聞いた、それだけの事なのだろう。

 俺が何か? そんな哲学的な事を言われても答えようは無い。

 目的だって話しても理解されるワケが無い。

 だけど……『預言書』を元に未来を予測して降りかかる最悪な出来事を回避しようとしてきた俺だからこそ、ある程度予測できる事もある。


『預言書』の中で俺は大聖女ジャンダルムの姿を一度も見た事が無い。

 だけど『聖魔女』が彼女の愛用したメイスを使っていたのは何故か……。

 素直に考えるならアレは師匠の遺品、それも『聖魔女』が自ら手に掛けた結果受け継いだんじゃ無かろうか?

 今現在も大聖女の立場に苦しみギリギリの選択で弟子たちを助けようとしている彼女だ。

 シエルさんが『聖魔女』としてエレメンタル教会に刃を向けるなら、自分は『大聖女』として教会の側に立ち、弟子の迷いを断ち切らせる為にも自らの命を掛けて……。

 いや、むしろ自身が出来なかった志を弟子に託す目的で……そんな未来が浮かんで来る。

 ああ、つまりこの人は……。


「俺は単なる死に損ないだよ……大聖女……いや、バアさん……アンタと同類のな」


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