第七十六話 大聖女の洗礼

 ヴァリス王子の謎の出自……その手掛かりを探すという目的で遅めの朝食を終えた俺とカチーナさんは、当時発見された現場であるエレメンタル教会へと赴いていた。

 リリーさんは「破門直後に行くのは勘弁」と辞退した……まあ解読もまだ途中らしいから作業分担って事で。


「カチーナさんはリリーさんの話知ってた? 国王が直接云々とか」

「何となく自身の子である事は認めていると小耳には挟んでいましたが、直接本人が受け取りに来たと言うのは初耳でした。情報規制をかけていないのも好意的に見るなら己の不始末の責任を取ろうとしたようにも見えますが……」


 カチーナさんも一応は国王であるから口にはして無いが、王国軍時代に外見からでも国王のやっている無責任な振舞を知っていたからこそ、そう言った好意的な風には見れないようだな。

 現国王の日和見具合はこの国に蔓延る腐敗がそのまま物語っている。

 そんな他者の目を気にして、部下から嫌われたくないから国政を好き放題にされるのを放置している八方美人野郎があからさまに自身の悪評となる情報を放置している。

 ……似たような状況を俺は見た事があった。


「盗賊組織の繋がりで掴まりそうになった男爵が、比較的軽い脱税を自首して人身売買とか大量殺戮とかの余罪を隠そうとしていた感じに似ている気がするんだよな……それ」

「言うなギラル君……私もそれを不安に思っていた所だ」


 御落胤などお家騒動や内乱の元にしかならない……だと言うのに、状況的に“知らん”とでも言えば終わりそうだったのに我が子と認めたとか……。

 何か調べれば調べる程、真っ黒い闇があふれ出して来るような。

 段々どんよりして来た俺達だったが、エレメンタル教会の大聖堂前の大広場に到達すると聞こえ始めた格闘僧モンクたちの気合の入った掛け声に少しだけ気が晴れる。


「たるんどるぞ貴様! そのような腹筋で我の拳を受けれると思うで無いぞ!」

「オッス師範! 気合であります!!」

「貴様も背筋と大腿四頭筋の鍛え方が甘い! もっとデカくせねば格闘僧を名乗る資格なし!!」

「うおおおおおバンプアップ、バンプアップ!!」

「よおおおし! キレてるぞ貴様ら!!」


 どっかで見た事がある巨漢の筋肉ハゲ親父が上半身裸で弟子たちに筋トレをさせる、なんとも暑苦しい光景だと言うのに……そんな物すら爽やかに感じてしまう。

 うん……別に誰にも迷惑かけてないしね、あのハゲ親父。


「あ、ギラルさんにカチーナさんではありませんか! ようこそエレメンタル教会へ」


 そして若干黄昏る俺たちに声を掛けてくれたのは、見かけは良く知る聖女の服ではない動きやすい運動着を着て、手には見られた金属の棍を持った脳筋……もとい『光の聖女』エルシエルさんであった。


「ういっす……お久しぶり」

「せいが出ますねシエル殿。相変わらず軸がぶれない見事な重心です」

「いやいや、まだまだですよ。先日ドラスケさんに吹っ飛ばされてから己の身体強化に頼り切っていた事実を痛感しまして……彼らの修行に混ぜていただいているのですよ」


 彼女は彼女で今まで別の格闘僧と模擬戦をしていたようで、爽やかな汗を流す背後には幾人もの倒れ込む男共が……。

 見た目だけなら極上の美女同士の語らいだと言うのに、何故か背後にお花畑ではない激しい荒波が見える不思議……何となく倒れ込む格闘僧たちと目が合ってしまった。


 あ~~そうっスよね……美人の聖女様との修行にちょっと夢を見ていたのですか。

 あ、お隣の方……ああそうですか、彼はまだ教会に来て日が浅いから本性を知らなかったと、いけませんね先輩はしっかり教えてあげないと。

 ……そうっスか、信じなかったんですか……先輩を信じなかった自分が愚かだった……うんまあ……それも経験って事で。


 初対面の格闘僧たちと目と目で通じてしまう虚しさよ……。

 しかし世の無常をを感じる俺だったが、不意に『気配察知』に何かが引っかかった。

 それは全く隠す気も無い交じりっ気のない攻撃の意志……殺気、いや闘気!?

 そしてその闘気は明らかに俺が気が付いたのを確認してから、上から襲い掛かって来た。


「うおりゃあああああ!!」

「な!? 早え!!」


 じっくり観察する暇もなく俺の目の前には巨大な鋼鉄の塊が迫っていた。

 俺は反射的に抜こうとしていたダガーでは受けられないと判断し、咄嗟に手甲で受けてから踏ん張らず、勢いに逆らわずに後方へ体を投げ出す。


ギャリイイイイ!!


 金属同士がこすれる嫌な音を立てて鉄の塊が重力に従い流される。

 だがここ最近リリーさんに散々弾丸を食らわせられていた事で本能的に察した。

 本命は初撃じゃない!!

 体が勝手に動き宙を泳いだままの俺が腕と膝でガードを固めた瞬間、既に鉄の塊であるメイスから手を離した一人の老女が嬉々とした表情で拳を繰り出すところだった。


 ド……

「うお!?」


 ガードの上から拳を当てられた俺はそのまま5~6メートルは吹っ飛ばされ……そして体をひねって着陸する。

 そしてようやく真正面から見据えた老女は、実に楽し気な表情で地に落ちたメイスを担ぎ上げていた。


「やるねぇ……さすがはスレイヤとミリアの弟子と言ったところかい。初撃のメイスを流しただけでも及第点なのに追撃までしっかり対処しおった」

「……お宅のお弟子さんに最近フェイントを覚えろって散々しばかれたっすからね」

「リリーはアタシの直弟子ってワケじゃないんだが?」


 突然強襲をかまして来た物騒な婆さん……俺は初見だと言うのにその人物の振舞に何者かを理解してしまう。

 この人こそが間違いなく脳筋聖女の直接の師匠である大聖女。


「アンタが大聖女ジャンダルムさんっスか? 随分とお行儀の良い方だね」

「ふ……アタシが現役時代に散々煮え湯を飲まされたスレイヤの愛弟子だって聞いたから期待してたが……なるほど、面白い男を育てたもんだねぇ」

「……スレイヤ師匠の事を知ってんの?」


 ミリアさんとの繋がりは聞いていたけど、まさかスレイヤ師匠とも顔見知りだったのか? 驚愕する俺に大聖女はメイスを担いだままニヤリと笑った。


「アイツもスラム出身だからね。聖女時代にゃ盗み働くガキを何度追い駆け回した事か……うお!?」

ガギイイイイイイン……


 思わぬところで聞いたスレイヤ師匠の過去話だったが、大聖女の話は襲い掛かる棍によって中断した。

 シエルさんによる強襲によって……。

 俺の時とは違う重厚な金属音が辺り一面に響き渡る。


「何をしているのですか大聖女様!! 教会に訪れた方に襲いかかるとはどういう了見ですか!!」

「ぐぐ!? またしても打ち込みが速く重く……やはりアタシの時代は終わりつつあるようだね次期大聖女!!」

「うっさいです!! 私の友人に不意打ちかます不良聖女の後釜などお断りです!!」


ギャン! バギャン!! ガギイイイイイ!!

 それから始まる大聖女と聖女による大乱闘……轟音の中呆気に取られる俺達だったが、周辺にいた格闘僧が気を使ってか話しかけて来た。


「光の聖女様のご友人方……休憩室へご案内いたしましょう。ああなると長いですよあの二人」

「……あ~お願いします」

「ありがとうございます……」


 その表情は慣れたと言うか諦めたと言うか、達観した感じで……俺たちはご厚意に甘える事にした。



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